ガンプラ方言問題。バーニアは大型メインロケットノズルにあらず。
──当時の小倉さんの仕事としては、幸村誠さんの原作もありますけれど、それをアニメに落とし込んでいく上で必要となるSF的なものを設定していった感じなのですか。
小倉氏:
原作こそあるんだけど、一番最初の番組企画としての体裁は職業もの、社会人向けに見せるということ。社会人が主人公であるドラマとは?とか、そういう話がほとんどでしたね。
谷口氏:
はい、「宇宙空間における仕事とは」というポイントを学ぶために最初は小倉さんによる勉強会を開いたんですよ。
勉強会では、脚本家の大河内一楼さん【※1】とか、メインになるアニメーターの千羽由利子さん【※】たちと共に宇宙空間における挙動とか、そういったレクチャーをしてもらって。
※1 大河内一楼
脚本家。ゲームライターから小説家に。その後、『∀ガンダム』『プラネテス』『コードギアス 反逆のルルーシュ』の脚本、シリーズ構成を手がける。
※2 千羽由利子
アニメーター、キャラクターデザイナー。アニメ『To Heart』の作画で注目される。『プラネテス』ではキャラクターデザイン、総作画監督、作画監督を務める。
小倉氏:
何をやったか忘れてますけどね(笑)。
谷口氏:
小倉さんに怒られて以降、気をつけていることがあるんですよ。それは何かというと、「バーニア」という言葉ですね。
バーニアってすごく便利な言葉だからアニメ業界だとよく使っちゃうんだけど。なにしろ作画さんにはソッチのほうが伝わるんで。
小倉氏:
あれはスタジオぬえの森田(繁)さん【※1】も言っていたけど、ガンダム方言とか、ガンプラ方言と言われているものですね。本来、「バーニア」は「微調整」って意味なんですよね。
メインのノズルがあったら、わきにちょっと小さいノズルがついているでしょ。それはメインロケットの癖を調整するために、ほんのちょっと力を効かせている。
氷川竜介さん【※2】に教えてもらったんですけど、回転する計算尺を「バーニア」っていうんです。計算するためにほんのちょっとズラすっていう挙動。それだからバーニア。
※1 森田繁
SF作品の企画制作をしているスタジオぬえに所属している設定考証、脚本家。『機動戦士ガンダムSEED』、『宇宙戦艦ヤマト2199』などに携わる。
※2 氷川竜介
アニメ・特撮評論家、研究家。理系的な分析で知られる。
谷口氏:
いやぁ、勉強になります。
イシイ氏:
メインで吹かすのをガンダム世代はバーニアって呼んでいて、僕も当時はずっとバーニアって言ってました。
小倉氏:
アニメの現場ではね、まだバーニアって呼んでます。
谷口氏:
そのほうが伝わりやすいから、利便性を優先しちゃうんですよね、どうしても。
イシイ氏:
……あ! 『バイファム』だ、バーニアって呼んだ最初の作品は!
小倉氏・谷口氏:
ああ! ラウンドバーニアンだ!(笑)。
谷口氏:
そうだ! 『バイファム』のせいだ(笑)。
イシイ氏:
デザインがスラスター推しのくせに、「ラウンドバーニアン」って言っちゃったから(笑)。
谷口氏:
ということは、責任者は元アニプレックス社長である植田(益朗)さん【※】。
小倉氏:
植田さんね(笑)。A-1 Pictures、アニプレックスの。
※植田益朗
アニメプロデューサー。サンライズ時代には『銀河漂流バイファム』、『機動武闘伝Gガンダム』など多数の作品を手がける。アニプレックスと、その子会社であるA-1 Picturesの代表取締役社長を歴任した。
イシイ氏:
でもラウンドバーニアンは姿勢制御するから、使い方として合ってはいる。あれを「バーニア」って言わなければよかったんですよね。
小倉氏:
まあ、インパクトがあるからねえ。
設定考証の今と昔。「昔はみんなで知識を持ち寄っていた」
谷口氏:
多分、当時の時代的に「ロケット」って言うと恥ずかしかったんでしょうね(笑)。そういう意味でいうと、SF作品とかで「スター」と呼ぶか「スペース」と呼ぶかという問題もあるじゃないですか。
小倉氏:
コンプライアンス的に言えないんだけど、僕は愛してるんだよね、そのB級のテイストを。名前とか用語とか難しいですよね。そのときの世情もあるし。
イシイ氏:
コスモとか、一時期流行ってましたよね(笑)。
小倉氏:
我々にとっては、神聖なる言葉ですよね。松本零士さんは、なんでもコスモ、コスモって言ってましたね。
冒険王で『宇宙戦艦ヤマト』の単行本があったじゃないですか。そこでは「コスモシップ・ヤマト」と記されてました。
イシイ氏:
最初はコスモシップでしたね。スペースバトルシップとスペースクルーザーもありました。
小倉氏:
その話には、松本零士さんと西崎(義展)さん【※】の血で血を争う歴史があるんですよ。本当は「スペースクルーザーヤマト」って西崎さんは言いたかった。
でも松本零士さんが「戦艦とクルーザーの違いもわからんのか」と軍艦の知識で反論するわけ(笑)。
※西崎義展
『宇宙戦艦ヤマト』シリーズのプロデューサー。2010年、遊泳のため訪れていた小笠原の船上で海に転落し、死去。会社倒産、金銭、著作権トラブル、覚せい剤と銃刀法違反による逮捕など、波乱万丈の人生を送るが、葬儀にはたくさんの関係者が訪れるなど、カリスマ性を誇った。
谷口氏:
(笑)。
小倉氏:
ちなみに、富野さんは『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』でもアポジモーター【※】っと名付けちゃったり、凄いんですよ。
イシイ氏:
アポジモーターって言ってた!
小倉氏:
言ってたでしょ! やめろよっていうね。誰か教えてあげればいいのに。
※アポジモーター
ガンダム世界における姿勢制御装置。本来は人工衛星の軌道投入の際、人工衛星を静止軌道などの目的の軌道に乗せるために“遠地点”(アポジー)で作動させる推進装置(ロケットモーター)を指す。
谷口氏:
多分、そのあたりはみんなそれぞれ知識を知っている範囲で、持ち寄ったもの。それに対して責任者だったりとかは、まだ存在しなかったんだと思いますね。
私の最初に関わったロボットものの『絶対無敵ライジンオー』という作品では、設定制作だったんですけど同時に設定考証らしきこともやっていました。
『Gガンダム』に入ったときでも、スタジオワークに関わる設定考証はいなかったですから。『Gガンダム』では、「このアンテナは何のためにあるの」とか、みんなで話してましたからね。
小倉氏:
『Vガンダム』くらいまでは設定考証的な役割を井上幸一さん【※】がやっておられましたよね。
谷口氏:
はい、井上さんがやっておられましたね。
※井上幸一
サンライズの元企画室室長。『装甲騎兵ボトムズ』などでは設定制作を担当する。
小倉氏:
作品次第ですよね。ああいう感じになるかどうかって。
谷口氏:
『勇者王ガオガイガー』のときは野崎透さんとは別に堀口滋さん【※】が設定制作でもあり、設定考証としてやっておられたんですよね。敵や味方の理屈とかを米たに監督と一緒に作られていた。
ちなみに『Gガンダム』で、音声入力というのは私が一話の演出時に勝手に考えた設定でして……。
※堀口滋
サンライズの元プロデューサー。『勇者王ガオガイガー』、『機動戦士ガンダムSEED』などでは設定制作を携わる。
──『Gガンダム』で必殺技を叫ぶのは……。
谷口氏:
「必殺!」って叫ぶのは、これがスイッチになっていて。「オッケーグーグル」とか「ヘイ!シリ」と同じで、「必殺!」と言うからスイッチが入る。
以降の話で主人公のドモンが「バ~ルカン!」と叫ぶんですけど、バルカンは人間の体には存在しない。つまり音声で言わないと使えないという。
小倉氏:
ああ~! 音声入力による火器管制。すごいな、なるほど。