げっ歯類の可愛らしさを詰め込んだような外見とキュートな鳴き声。『ポケットモンスター』(以下、『ポケモン』)のアイドル的存在と言えば、老若男女に関わらず世界中で知られる「ピカチュウ」だ。
かつてそんなピカチュウと「声」を使って交流するという、夢のようなタイトルがあった。その名も『ピカチュウげんきでちゅう』(以下、『ピカげん』)である。
NINTENDO64で発売されたアンブレラ開発のそのソフトは、マイクの付いた周辺機器である音声認識ユニット「NINTENDO64 VRS」に対応した初の作品として『シーマン』が誕生する前年の1998年にリリース。直接自分の声でピカチュウに言葉を投げかけ、コミュニケーションすることによって友だちになるというコンセプトの作品である。
「自分の言葉でキャラクターと交流する」という当時としては画期的な音声認識を利用した唯一無二のプレイ感と、かわいらしいく反応するピカチュウの姿。大河ドラマを中心にさまざまな作品に出演する俳優の綿引勝彦を起用したまさかのコマーシャル映像もあり、当時目にしたプレイヤーは多いだろう。
一方で、本来のコンセプトとは異なる“クリアを目的とした攻略対象のゲーム”として見た場合、『ピカげん』はなかなか掴みどころのないタイトルになる。
時代的な背景が大きいが、技術的にまだ洗練されておらず、認識性能に若干の不安がある音声操作。また、当時発売されていたゲームとしてはめずらしく攻略本が存在しない作品でもあり、「このゲームにはエンディングが存在するのか?」と思いながら、ピカチュウと飽きるまで戯れただけでゲームを終えたプレイヤーも少なくないだろう。
そんな「楽しいけど攻略プレイを求めるゲームではない」という『ピカげん』の状況が変わったのが2017年。実時間でゲームを攻略するリアルタイムアタック(RTA)の走者のひとりによって投稿された1本の動画だった。
ひとりのRTA勢によって解明された『ピカげん』のチャートは、攻略不可能、あるいはエンディングが存在しないと思われていた本作に、局地的ながら熱い視線が注がれるきっかけになった。
コンマの世界の記録を狙うRTAの世界で「声」といういかにも曖昧な要素で左右されるプレイング。RTA動画に地声が入っているという奇妙な空気感。そもそもピカチュウと戯れることが主目的のゲームとRTAという相反したジャンルの同居はあまりにも興味深い。
そして2019年の年の瀬。『どうぶつの森』借金返済レースなどを筆頭に、かつてない盛り上がりをみせた「RTA in JAPAN 2020」にて、オフラインで『ピカげん』RTAに挑戦したのがスピンスさんである。
今回は「speedrun.com」にて世界1位(※取材時は世界2位だったが後に記録を更新)の走者スピンスさんにお話を伺い、「音声」をコントローラーとして使うRTAの奥深さ、ピカチュウという存在に対する率直な印象を探った。
執筆・取材/Nobuhiko Nakanishi
編集・取材/ishigenn
撮影・取材/実存
ピカチュウを褒めたり怒らせたりする情緒不安定RTA
──率直に聞きたいのですが、なぜ『ピカげん』でRTAをしようと思ったんでしょうか。子どものころに思い入れのあるタイトルだった?
スピンスさん:
幼少のころに買って遊んではいたんですが、「なんかリンゴとか水晶とかアイテムがあったよね」くらいで、印象はすごく薄かったですね。むしろ自宅にPCエンジンがあったので、それでひたすら『ボンバーマン』シリーズを遊んだり、あと『スーパードンキーコング』とか『ディディーコングレーシング』とか。
──そうなるとアクションゲーム好きですよね。『ピカげん』がそれほど好きでもないような。
スピンスさん:
まあ、そうですね(笑)
ただ、もともとタイムアタックは好きで、自分で記録を測ったり、『ゼルダの伝説 ムジュラの仮面』のバグ技のマネごとをしたりはしてました。そこからRTAを知って、『ボンバーマン』を走ったりしていましたね。
※2018年夏の「RTA in Japan Online」では『爆ボンバーマン』を走ったスピンスさん。
──『ピカげん』のRTAはいつごろから?
スピンスさん:
2017年に投稿された動画を見て興味が湧いたので、半年くらい前から走り始めました。
──子どものころに遊んでからひさびさに触れられたわけですが、第一印象は?
スピンスさん:
チャートがあったのもあるんですけど、思ってたよりもピカチュウが言うことを聞くなと(笑)
──なるほど(笑)
スピンスさん:
あと、僕は攻略中にピカチュウを動かさないために、「かわいい」と言い続けるんですけど、そのときは高めの声を心がけてますね。
──その場にじっとさせるために「かわいい」と言い続ける?
スピンスさん:
「かわいい」と言うとピカチュウは照れるんです。モエギ草原というステージのチュートリアルでは、「ピカチュウ」と呼びかけると命令を受け付ける状態になるんですけど、それをキープさせるために何度も「かわいい」と言い続けるんです。
ステージ開始から3分後に一度オーキド博士のテキストが表示され、その1分後に終了のテキストが出るんですけど、そのテキストの出現条件が「ピカチュウがなにもしていないこと」。だからそのときにピカチュウが動いたり寝ていたりすると、タイムロスが出てしまう。
あとゲームのカメラはピカチュウを追従するんですけど、動いてほかのオブジェクトが画面に出ると処理落ちが発生するので、そういう意味でも「かわいい」と呼び続けるのは重要ですね。
──ピカチュウを愛でる発言でピカチュウの活動を停止させるってなんともシュールですね。
スピンスさん:
そうですね(笑)
──攻略では、ピカチュウとお別れするときに「バイバイ」と言うとロスになるから、わざと怒らせたりもしますよね。
スピンスさん:
あれで4秒くらいロスになりますね。
──どんな言葉で怒るんでしょうか?「電気ねずみ」とかありますよね。
スピンスさん:
最近の調査だと「ライチュウ」と言っても怒りますね。結局言ってみないといと絶対わからないんで、どうやったら怒るのか、家ではひたすらネガティブな言葉を投げ続けたりします。いろいろ嫌いそうなポケモンの名前をずっと言い続けたり……。
──はた目で見ると恐怖でしかない研究ですね。
スピンスさん:
けっきょくのところ、いまは「だいきらい」と言ってます。
──褒めたり怒らせたり、非常に情緒不安定なRTAですが、ずっとプレイしているとピカチュウが可愛く見えてきたりしますか?
スピンスさん:
もう最近はプレイしていても何とも思わないですね。無感情ですね。言葉では「かわいいよ」って言ってるんですけど、内心は何も思ってない。
──ですよね。
スピンスさん:
1回のプレイで20回から40回は言いますからね。
最速タイムのためには“喉の調整”と“圧縮単語”が重要
──自分は子どものころに音声をまったく認識してくれなくて、「『ピカげん』は大人の声で開発テストしたから子どもの声は認識しづらい」という噂を信じていたこともありました。
攻略プレイしていて実際に認識しやすい声、認識しづらい声はあるんでしょうか?
スピンスさん:
ありますね。たとえば声質だったり、発音だったり。声の大きさも重要ですね。基本的には早口で言うと認識しないことが多いので、音と音の間を空けてしっかり発音することが重要です。
──なんだか歌手とか演説の発音練習みたいになってますね。
スピンスさん:
あと、RTAで重要なのはやはり圧縮された短い言葉を探すことですね。
たとえば「あ」と言ったとき、ピカチュウが起こす行動はおそらくランダムに選択されているんです。リンゴを食べさせないで投げさせた方がいいパターンの際は、「リ」と言うと確実に投げたりだとか。
──お家でピカチュウを怒らせる言葉を探しつつ、さらに「あ」とか「り」とかテレビ画面に向かって言い続けてるわけですよね。
スピンスさん:
やっていますね。相当ひどい絵面だと思います。
──しかしそれだけやり込んでいると、喉のコンディションがRTAに影響与えそうですね。
スピンスさん:
喉の調子が良いときは、ほぼほぼ失敗はしないんですが、疲れていると認識しづらいですね。だから2周目以降は1周目ほど上手くいかない。
喉の調子を整えないといけないんですよね。今日ものど飴持ってきてます。
──のど飴が必要なRTA……。ちなみに、世界1位の走者は海外の方でタイムは5秒差ですが、言語的に有利不利が出てることはあるんでしょうか?(※北米では『ピカげん』は『Hey You, Pikachu!』という名前で英語対応で販売されている)
スピンスさん:
実は言語的というよりも、ゲームそのものの仕様がけっこう違うんですよ。たとえば海岸にある「スイカ割り」のミニゲームが「くす玉」になっていて、割るとポイントが貰えたり。ゲームそのものが違う。
──なるほど。そういえば海外にはスイカ割りの文化はないですよね。
スピンスさん:
ただ、けっきょくは運が大きい部分があって、実は「メガホン取得イベント」のランダム要素や、ピカチュウがお使いする最後のイベントがポイントになるんですね。お使いパートでは、ピカチュウがなにをするか操作できなかったり。機嫌が大事になりますね。
──ランダム要素もありますが、いかに言葉を上手く発言するかという面でも、テクニックが楽しそうなRTAです。
スピンスさん:
なんだかんだで操作もけっこう忙しいところがあったりとか、最近になってタイムの短縮も達成しているので、楽しいですね。
いかに早く発声するかとか。あまり長く発声してもだめですし、少しだけ早いかなとか、遅いかなみたいな試行錯誤があります。連続で言葉を発する場面もあるので、ギリギリ認識するところまで攻める。ゆっくりと話してしまうとロスになります。
──まるでプロですね。『ピカげん』のアスリートみたいな。
スピンスさん:
でも、もういいかな。
──えっ。
スピンスさん:
(笑)。まあ、僕がやるというよりは、いろんな配信者にもっと遊んでみてほしいですよね。音声認識のRTAなんてなかなかないですから。人によてはピカチュウに怒ったりすることもあると思いますが。
──では最後になるのですが、そもそもこのゲームを抜きにして、ピカチュウ自体は好きですか?
スピンスさん:
あー……嫌いではないですね。好き……ではないけど、嫌いでもない……。ただピカチュウかイーブイかって言われたら、イーブイが好きですね。
──まさかのイーブイ派。(了)
第三者に対してもっとも効果のある言葉を探り、それを駆使して自分の意のままに操ろうとする気持ち。それは社会生活の中できっと誰もが意識せずして日常生活の中で自然としている、良くも悪くも処世の技術のひとつだろう。「クリアするために最短距離を走るゲームプレイ」は、まるで「目的のために最短距離を走ろうとする人間関係」のようだ。
「ピカチュウ」と熟年夫婦か付き合いの長いカップルのようなスピンスさんふたりの関係性は、動画を見た誰もを楽しませるエンターテイメントへと昇華されていた。