2021年10月9日24時55分より日本テレビ系にて放送がスタートする『ルパン三世 PART6』。
ルパンの相棒である次元大介の声優が小林清志さんから大塚明夫さんに交代することや、押井守氏といった豪華ゲスト脚本家がオムニバスエピソードを担当することなど、話題に事欠かないこの秋の注目作だ。
そんな本作において、エピソードをまとめあげる「シリーズ構成」という役割を担っているのが大倉崇裕氏だ。
本業はミステリー小説家でありながら、『名探偵コナン から紅の恋歌』や『名探偵コナン 紺青の拳』の脚本も執筆。『ルパン三世』シリーズには『ルパン三世 PART5』の第17話「探偵ジム・バーネット三世の挨拶」にて初参加を果たしている。
大倉氏がシリーズ構成という役割を通して『ルパン三世 PART6』で描こうとしていることは何なのか? 氏の「アニメ脚本家」としての来歴や、押井守氏や湊かなえ氏といったゲスト脚本家たちとの意外な間柄についてなど、興味深い話題と併せて、いろいろと伺ってきた。
※取材に際し、写真撮影時以外はマスク着用、換気とパーテーションの設置等、感染症対策を徹底したうえで実施しています。
突然の『劇場版 名探偵コナン』抜擢がアニメ脚本を書くきっかけ
──大倉さんの本業は小説家ですが、『名探偵コナン』ではじめてアニメの脚本を手掛け、その後『ルパン三世』に参加されています。アニメの脚本に関わるようになった経緯を教えていただけますか?
大倉氏:
小学館の方から電話が掛かってきたんです。何をどう思われたかは未だに分からないですが、原作者の青山剛昌先生が、私の小説をドラマ化した『福家警部補の挨拶』をご覧になられていて。「このドラマの原作者なら『コナン』の脚本を書けるんじゃないか」とアニメのスタッフに言われたらしいんです(笑)。しかもそれがいきなり劇場版の脚本の話でした。
不安になって「アニメの脚本なんて書いたこともない人間に任せて大丈夫なんですか!?」と聞きました。「だったらまずTVシリーズの脚本を何本か書いてみて、できそうであれば映画もやってみませんか」という話をしてくださったんですよね。
もともと『コナン』は大好きでしたから、そこまで言ってくださるのなら、まずはTVシリーズの脚本を書いてみますと。それで最初に書いたのが「不思議な少年」(2016年8月13日放送の第829話)というエピソードです。その後、改めて劇場版の脚本を正式に依頼されて書いたのが『名探偵コナン から紅の恋歌』の脚本でした。続けてテレビシリーズを数本と、『名探偵コナン 紺青の拳』も書かせていただいたという形です。
──その後、今度は『ルパン三世 PART5』で第17話「探偵ジム・バーネット三世の挨拶」を担当されていますが、この依頼があったときはどういった経緯だったんでしょうか。
大倉氏:
『ルパン』のときも突然電話が掛かってきて(笑)。呼び出されて行ったら、単刀直入に「単発エピソードを1本書いてくれないか?」と。しかも「自由にやってくれて構わない」と言うんです。『ルパン三世』も大好きでしたから、やらせてもらいますとお引き受けして。それで「探偵ジム・バーネット三世の挨拶」が出来上がったんです。
『PART5』の「次元も五ェ門も出ない」エピソードは何故生まれた?
──「探偵ジム・バーネット三世の挨拶」のときはどのようにストーリー設定を考えていったんでしょうか?
大倉氏:
やっぱり「自由に書いてください」と言われると、逆に「何を書けばいいんだ?」って困るんです。「ミステリーをやってほしい」とすら言われてないんですけど、でもミステリーを書いている私に頼んできたということは、ミステリーでいいんだろうと。
私は『ルパン三世』ももちろんですけど、モーリス・ルブランの「アルセーヌ・ルパン」シリーズも読んでいて大好きだったので、こちらに近いネタで何か書けないかなぁと考えたんです。
そして「そういえばアルセーヌ・ルパンって、1回だけ私立探偵をやっていたんだよなぁ」というのを思い出して。そのとき怪盗という身分を偽って、ルパンが名乗っていたのが「ジム・バーネット」という名前なんです。日本語でも読めるエピソードではあるものの、そんなに有名ではないんですけど、「じゃあルパン三世も探偵にしちゃっていいんだ」と。
それで屋敷に閉じ込められて人が殺される、クローズドサークルのシチュエーションにしようと。
──元ネタであるアルセーヌ・ルパンも好きだからこそ出てきたアイデアだったんですね。
大倉氏:
どちらかというとそうです。話の性質上、次元も五ェ門もまったく出てこないですし(笑)。「ルパンしか出てこないですけどいいですか?」と駄目もとで聞いてみたら「いいですよ」と言うので、じゃあそれでやらせてもらいますと。
すごく気を使ってくださったのか、あとは脚本上の修正もなくそのまま放送していただいて。それがルパンとしては最初の仕事でしたね。
──自分の思い描いた物語が映像になるというのはどんなお気持ちでしたか?
大倉氏:
やっぱりかなり刺激を受けます。小説を書くのはほとんどひとりの作業ですし、せいぜい編集者との1対1のやりとりですから、ほぼふたりで作っているようなもので。
これがアニメの脚本になると、監督がいて、プロデューサーがいて。打ち合わせに行くと10人くらいになるっていうのは、それまでほとんど経験がなかったんです。もちろん関係者を含めるともっとたくさんの方がいらっしゃいますけど。
その人数でのディスカッションで話がどんどん膨らんでいって。そうして自分が書いたものをベースとした脚本をルパン役の栗田(貫一)さんが喋るわけで、それはもう堪らないです(笑)。
自分のものが土台になって、最終的に動いて、喋って、音楽もついて、それが放送される。それは小説が店頭に並ぶのとはまったく違う醍醐味ですね。
──小説とアニメの脚本を書くときに意識している違いみたいなものはありますか?
大倉氏:
小説が書けたら脚本も書けると思いがちだと思うんです。でもやってみると全然違います。脚本の場合、本来は脚本家になるために勉強された方が書くわけですから、やっぱり必要とするスキルは違うんです。こんな脚本の勉強をしてない人間がやっていて怒っているプロの方もいるんじゃないかってけっこうビクビクしているんですけど。
脚本の場合、多くの方が関わってくださるので、極端な話「部屋」と書けば「部屋」になるんです。「ルパンが部屋に入った」というときは、どんな部屋なのかを簡単に書いておけば、美術の方が考えてくださって絵にしてくださるんです。
けれど代わりに、状況説明なんかで小説と比べると、地の文がないのでセリフで伝えなきゃいけない部分が多いんです。それがなかなか難しいです。
──トリックに関わる部分などはト書きで伝えたりする形になるんでしょうか?
大倉氏:
そうする場合もあります。重要なところは書いた上で、打ち合わせでも「ここは大事です!」と。「ここの位置には絶対に壺を置いて!」とか(笑)。今回の『ルパン三世 PART6』はミステリーがテーマなのでそういうことがとくに多いんです。
そこでミステリーが分かっていらっしゃる方だと、あんまり演出で強調しすぎても「あぁ、この壺が今回のカギなんだ!」と気づいちゃうから気をつけなきゃいけない。
これまでご一緒した方々は、皆さんそのあたりをすごく理解してくださっているので、そういう意味では幸せな脚本家なんじゃないかと思います。
これは例えなので、今回のルパンに壺は出てきません(笑)。
新キャラクターのシャーロック・ホームズとルパンは単純な「善と悪」では表せない関係に
──今回インタビューを行うまえに『ルパン三世 PART6』の第1話を視聴させていただきました。すごくおもしろかったですし、「探偵ジム・バーネット三世の挨拶」とは違い、『ルパン三世』がもともと持っているあらゆる魅力が凝縮されたお話だったと思います。
大倉氏:
ありがとうございます。たしかに物語の性質が違いますけど、それこそスタッフ間でのディスカッションで膨らんでいった部分が大きいです。私がひとりで作るとみんな「ジム・バーネット」みたいになっちゃうんです(笑)。
「ひと部屋だけ」とかスケールを小さくしてしまいがちなので、脚本に取り掛かるまえに「このくらいのスケール感でやりましょう」といったことを話し合いました。
それからルパンはやっぱり泥棒なので。「ジム・バーネット」では探偵役として書きましたけど、泥棒として出るからには狙うお宝が必要であると。最初のうち、実はそのことも全然考えてなかったんです。「お宝は何なんですか?」と言われてから「そっか、お宝ねぇ……」なんて(笑)。
そういう形でキャッチボールしながらだんだんと膨らんでいったんですけど、それが結実して出来上がったのが第1話です。
細かなアクションとかは脚本には書いていなくて、そのあたりは監督をはじめとした皆さんが詳細に詰めてくださった部分になっています。
アクションが起こる必然性は脚本の段階で盛り込む必要があるので、次元や五ェ門がどのタイミングで出てくるのかとか、ここでパトカーが道を塞いでいてみたいなざっくりした部分は書いていますけど。
ただ、いざアクションシーンになったときに、ルパンがどういう感じで車に乗り込むのかとか、次元が持っている武器がマグナムなのかそれともバズーカなのかとか。脚本家によってはそこも細かく考えている方もいらっしゃるのでしょうけど、そのあたりは自由にお願いしますと。
──では映像を観てはじめて「あっ、次元がこんなことしてる!」みたいな。
大倉氏:
そうそう! 私もこのあいだ第1話の完成形を観せていただいたんですけど、めちゃくちゃおもしろくて(笑)。自分の書いたものが遥かに上のものになって返ってくるっていう、これは小説にはない醍醐味です。すごく刺激になります。
──そんな中、今回は探偵役としてシャーロック・ホームズが登場します。彼はとても周囲の人たちからも愛されていて、善人である部分を強調して描いているように感じました。『PART6』のキャッチコピーのひとつである「この男、悪人か、ヒーローか」がルパン三世のダーティな魅力を指しているとしたら、これと対比されるキャラクターなのかなと思ったのですが、いかがでしょう?
大倉氏:
そういう部分もあります。さっきも言ったとおり、やっぱりルパンは泥棒なので。それと対決するのは探偵だと。
でも「善と悪」みたいにそう単純ではないです。1話ではホームズは善の側にいるべきキャラクターとして打ち出していますが、ずっとそのまま進むのかといえば、どうなのかな? と。
ルパンにも謎があるんですけど、ホームズにも謎があって。それが明らかになっていくことによって、ホームズの見え方も変わっていったりする。そうすると、誰からも頼りにされ、愛されているホームズは本当のホームズなのか? っていう。
原作でもそうですけど、ホームズって本来、頭が良すぎてかなりエキセントリックな人で。一般市民とは話が噛み合わないというか、そういう人物なんです。善人・悪人は別として。そういう尖ったホームズを期待していた人は第1話で違和感を持つと思うんです。
──言われてみれば、様々な布石がセリフの端々に潜ませてあったような気がします。
大倉氏:
そういうふうに、ルパンだけじゃなくホームズの印象も変わっていくよというのは、プロットの段階で私から提案させていただいたと思うんですが、最初は近所の人とも仲良くしていてっていうのは、監督のアイデアだったと記憶しています。「それはいいですね」と。そのあたりはディスカッションの中から生まれていきました。
──現代を舞台にシャーロック・ホームズも登場して活躍するというのは、『ルパン三世』ならではの自由度だと思ったのですが。
大倉氏:
そこはひと昔前だったら、それこそ『ルパン三世 PART2』だと「シャーロック・ホームズ三世」というキャラクターが出てきましたけど、いまはもうそういうのも必要ないかなと思ったんです。
ベネディクト・カンバーバッチが出演しているドラマの『SHERLOCK(シャーロック)』はバリバリに現代を舞台にしていますし、時代は19世紀ですけど、ロバート・ダウニー・Jr.の『シャーロック・ホームズ』とか、日本の漫画にも『憂国のモリアーティ』という作品があるじゃないですか。
いまはいろいろなホームズ像が登場しているので、彼の経歴について整合性をどうこうするのも逆に野暮かなと思ったんです。だけどこのホームズもほかの作品とはひと味違うホームズだよっていうのは、お伝えしておきたいです。
「ホームズも世襲制なのか?」とか考えられているファンの方もいらっしゃったみたいですけど、そのへんはあまり深く考える必要はないかなという感じです。
「名探偵」の登場は、「何をしてもいいルパン」への原点回帰
──今回『ルパン三世 PART6』を手掛ける上で、「せっかく新作を作るのだからこれまでとは違うものにしたい」という部分もあれば、「ルパン三世ならここは死守しなきゃ」みたいな部分もあったかと思います。そういった「守りたい部分」「崩していきたい部分」というものがあれば教えてください。
大倉氏:
少し質問からズレるかもしれないんですけど、『PART6』で何をやるべきか考えたとき、いちばんそれを難しくさせていたのって『PART5』の存在だったんです。『PART5』はめちゃくちゃ完成度が高くて、私も大好きなシリーズなんです。
ルパンのルーツまで掘り下げるような話もありつつ、その上でテーマに「デジタル」というものがあって。「泥棒は時代遅れなのか?」みたいな部分も描いて、シリーズの結論めいたところまで出しているんですよね。『PART6』を作るとして、これ以上何をやればいいんだと(笑)。
だから『PART5』の延長線上で作るのは不可能だろうと。誰かに言われたわけではないですけど、シリーズ構成をするとなったときに考えて、「それなら一度リセットする必要がある」、そう思ったんです。
『PART6』でリセットしたことで、これからまたいろいろな「ルパン三世像」が描けるような形になればいいんじゃないかなぁと思って。そこまで考えて、「ミステリー」というテーマに目をつけたプロデューサーや制作の方は凄いなと思ったんですけど。
『PART5』の流れをいったん止めるために「デジタル」は使わない。なるべくアナログな世界設定でいく。でもデジタルじゃないことに不自然さがあってもいけない。『PART5』であそこまで描いておいて、理由もなくスマホやインターネットがまったく登場しなくなったらおかしいよね、みたいな。
それでなんとかするにはどうしたらいいかといったら、名探偵なんですよね。彼らがいれば頭のよさで解決できちゃうから、デジタルが介在しない話になってもいいんです。だから「崩したかったもの」があったとすれば、『PART5』ということになりますね。
──『PART5』の流れを一度断ち切ることで、『ルパン三世』が本来持っていた魅力を改めて引き出したかったということなんですね。
大倉氏:
他のシリーズでもあると思うんですが、あまりに傑作が出来てしまうと次のアイデアが難しくなっちゃうんですよ。誰かがまたリセットしなきゃいけないというのがあるような気がしていて。
「これから先のルパン三世は、また何をしてもいいんだ」と思ってもらえるような作品に『PART6』はするべきなんだろうと。だから「古臭くない、2021年に合った原点回帰」ですよね。ルパンはルパンであって、次元は次元っていう、キャラクターが持っているものは変えない。そこは「守るべき部分」になります。
それを実現するために「ミステリー」を最大限に利用する。そのために現役のミステリー作家の方の力をお借りする。それで12本のエピソードが出来上がりました。
──『PART5』のルパンたちはキャラクターデザインが新鮮なものになっていましたが、『PART6』ではそれ以前の印象に戻ったように感じました。それも「2021年に合った原点回帰」というテーマに呼応したものだったのかなといまのお話を聞いて思いました。
大倉氏:
デザイン自体には私はまったく関わっていないんですけれど、いま言ったような気持ちはいろいろな方に申し上げていたので、そのあたりを汲んでくださった方がもしかしたらいたのかもしれないです。
──けれど「これが今回のルパン三世です」と出てきたものを見ると、やはりまったく古びていないんですよね。
大倉氏:
そうなんです。そこが『ルパン三世』の凄いところですよね。私などは原体験として観てきていますけど、ずっと『ルパン三世』を観てきたわけではない若い人たちにも、ちゃんと「ルパン三世だ!」と分かるものになっているんじゃないかと思います。
そうやってシリーズを重ねるごとに、新しいファンを取り込んでいる。言葉では説明できない、時代を超える魅力が『ルパン三世』にはあるんだと思います。