「日本のインディーゲーム業界に足りないもの」を片っ端から自分で変えていく
──一條さんはご自身でゲームを開発するだけでなく、ゲーム開発者をサポートする活動もいろいろなさっていますよね。それについても具体的にお聞きしたいです。
一條氏:
ここ最近でいちばん力を入れてるのは、先程少しお話した「indie Game incubator」、略して「iGi(イギ)」です。
毎年5つのインディーゲーム開発チームに対して、半年間をかけて、ゲーム開発の専門家からのメンタリングからビジネスサイドの知見とゲームそのものブラッシュアップを行い、最終的にパブリッシャーを得るための英語プレゼンができるようにする、という無料のプログラムになります。
──スタートアップ企業のインキュベーションのゲーム版みたいなものですか。
一條氏:
その通りです。特にこのプロジェクトで力を入れてるのは「ゲーム開発の専門家によるメンタリング」です。具体的にはオンラインで1時間くらいのミーティングを毎週3~4コマ行い、今ゲーム開発で困ってることについて、直にサポートするというものです。
開発系のメンターでは『天穂のサクナヒメ』のなるさんとこいちさん。それから、Epic Games Japanの岡田さん、『カニノケンカ』のぬっそさん、『終わる世界のキミとぼく』EIKI`さんがいらっしゃいます。
ほかにもUX/UIデザイン系やビジネス系、コミュニティマネジメントなどの分野でそれぞれ専門のメンターがいて、Valveの人に直接Steamの話をしてもらったり、税理士さんにお金回りの話をしてもらったりもしますね。
──なるほど、本当に現場の人たちが集まってるんですね。
一條氏:
そうですね、基本的に現場発の人選で、新進気鋭の開発者にこれまでの苦労や知見を共有していただきます。なぜそうなのかというと、ゲームは時間とお金だけがあっても完成は難しいからです。だから、ゲームを完成させるために必要な情報を持つ「専門家による知見の共有」を一番大事にしているんですね。
『インディーゲーム・サバイバルガイド』は、一般のゲームファンが目にすることも考えて、なるべく一般化した情報で構成しています。
しかし、「こういうゲームシステムを作るとここがヤバイからこうしておく」みたいな、なんというかオープンな場では言えないような情報共有も必要です。そこをこのiGiの中でどんどん共有していく。それがiGiの一番の特徴ですね。ダジャレですけど、私はここにすごく“意義”を感じています(笑)。
一同:
(笑)。
一條氏:
もうひとつ、本書のインタビューにも掲載している渋谷の「asobu」ですね。これはオープンなコミュニティになっていて、誰でも専用Discordチャンネルに参加できます。インディーゲーム開発者同士のつながりを深める目的でやっています。現在はコロナ禍でオンラインでの活動が中心ですが、asobuでは「インコレJAPAN」、「asobu talks」、「Indie Brains」、「asobu INDIE SHOWCASE」というような動画コンテンツで国内外のインディーゲームファンにゲームの情報を発信する活動をしています。
今後もコロナ禍が少し落ち着いてきた段階でいろいろとイベントをやっていくと思うので、ぜひご注目ください。
最後に、今年の6月にやったのが「Indie Developers Conference」です。これは文字通りインディー開発者向けの技術カンファレンスになっています。
日本だと「CEDEC」という歴史ある大型のゲーム開発者向けカンファレンスがあって、私自身も3年間CEDECの運営委員を務めた経験があるんですが、参加する方々の傾向から、どうしても大型のゲームのノウハウに寄りがちなんですよね。
──たしかに大手のセッションが多いですよね。
一條氏:
CEDECのセッションはゲーム会社に勤められてる方にとって非常に重要な情報ですし、そこにはコミュニティーもあって、技術者同士の交流もあり、日本のゲーム産業を支えている考えています。
でもやっぱり、「GDC」のような海外の大型カンファレンスに比較すると、私たちみたいなインディーゲームのセッションはまだまだ扱いが少なく、CEDECではだいたい毎年ひとつあればいいぐらいで。
この状態だと、インディーゲーム開発者同士で重要な知見を共有していくのが難しい。ということで、IGN Japanの今井さんと、PLAYISMの水谷さん、私の会社ヘッドハイの3社共同で立ち上げたのが「Indie Developers Conference」になります。
──反応はどんな感じだったんですか。
一條氏:
第1回はオンライン開催だったんですが、非常に好評でした。「こういう話が聞きたかった」「普段知ることのできない開発のノウハウを学べた」というポジティブな意見がとても多かったです。何かのかたちで今後もやっていきたいなと思っています。
これらがここ2年くらいの活動で大きい3つですね。「自分のやれることをどんどん提供している」みたいなのが最近です。
前回のインタビューで「日本でこういうところが足りてないと思います」みたいなことは言ってたと思うんですけども、「やっぱり文句言うばかりじゃなくてちゃんと自分でやらなきゃ」と思って。
──足りないと思っていたところを全部、一條さんが自分でやっちゃったんですね(笑)。
一條氏:
「誰かがやったらいいな~~」とは思ってるんですけど、結局自分がやることになるんです(笑)。
なぜかというと、ここ最近で「インディーゲーム」への注目度がすごく上がってきた反面、それにいっちょ噛みしようとするインディーゲームがよくわかっていない会社も増えてきていることもあって、ほっておくと開発者さんが不幸になってしまう。ここのタイミングで自分が頑張らないと、という面もあります。
──たしかに、「インディーゲーム」という言葉もかなり浸透してきてますし、前回お話を聞いたときよりも確実に市民権を得てきていますよね。
一條氏:
そうですね。前回のインタビューの時点でもそうだったんですけど、任天堂さんをはじめとしたプラットフォーマーが、動画番組などを通じて「インディーゲーム」をとても広めていただいたと思っています。『カニノケンカ』も地方のeスポーツ大会で使われたり、インディーゲーム開発者がテレビに出たりとかして、「ゲーム作家」、「インディーゲーム開発者」という生き方の認知が広まっていきました。
これだけ認知が広まったとなると、もはやインディーゲーム開発者は詐欺や甘い話から自衛が必要になってきた段階にあると感じているんです。実際、「海外で宣伝しますよ」と言ってお金だけ取られてドロンされた、みたいな被害の事例もありますし。
──なるほど。注目度が高まっているということは、裏を返せばそこに目をつけられるということでもあるわけですね……。
一條氏:
ただ何が起きるにせよ、「インディーゲーム開発者」という言葉自体が、業界内外から注目されて盛り上がっていくと自体は歓迎すべきことだと思ってます。
「ゲームを作って暮らす」という生き方が広まった先にはどんな未来が?
──本書で書ききれなかったことや、今後伝えていきたいことってありますか。
一條氏:
いろいろあります(笑)。まずは、インディーゲーム開発者さんの資金獲得についてですね。
投資を受けて、それをもとにスタジオを作って、ゲームを作ってリリースする……という流れは、英語圏・東南アジア等ではほとんど当たり前になりつつあるんですけど、日本はまだ自己資本のゲーム作りが主流です。でも、その流れはおそらく今年ごろから変わっていくはずです。
──投資からのゲーム作りという流れが日本にも入ってくるんですね。となると、今回の本の内容の一歩先というか。
一條氏:
そう、一歩先です。今回の本は、ゲームを作り始めているけど、パブリッシャーがついたり、コンテストに入賞したりする活動の手前の方がメインターゲットなので。そうした方が自分の作品で活躍した先に、投資につながっていければと。
あとはチーム制作の比率がじわじわ増えていると感じています。チームを組むことによって、もちろん軋轢が生まれることもあるんですけど、やれることの幅は圧倒的に増えますから。海外でパブリッシャーや投資家がついてるインディーゲーム開発もやっぱりチームがほとんどですし。
肌感覚として、これまで日本のインディーゲームは個人開発が多かったと思うんですよ。サウンドをほかの人に作ってもらってということはあったんですけども。
ただ、これからインディーゲームで生活するスタイルが成り立ってくると、チームで開発するということが増えると思っています。私個人はソロ開発が大好きなのであんまり変わらないとは思いますが(笑)。
──たしかにこの本で「ゲームを作りながら生きていける!」というのが広まったら、それを目指す若い方も増えそうです。
一條氏:
その点で言うと、この本が全国の書店という場所に置かれるというのも非常に意義が大きいことだと思っていて。この情報をまとめ上げるにあたって、自分ひとりの知見だけではなくて、いろんなインディゲーム開発者さんの知見が入ってますから。
学生さんや若い方、それから社会人の方で、インディーゲーム開発についてまだ手探りの方は店頭で手に取ってもらって、励みになったり、絶望してもらったりしてほしいですね(笑)。
──それは本当にいいことだと思いますよ。学生さんがこういう本を先に読んでおけば、悪い大人に「起業したいなら学生ローンで今すぐ100万借りてくるぐらいの度胸がないとダメだよ」って騙される学生も少なくなりますからね(笑)。(※編集者の実体験です)
一條氏:
こわい(笑)。そんな変な話に引っかかって、見えないところでつぶれてしまっている開発者さんもたくさんいると思っています。そのような事故を抑えて、かつ萎縮させない。この本では「地道にやっていきましょう」ということを淡々と書いているのです。
たとえばこの本を読んだ学生さんが大学4年までにSteamで1万本くらい売ったから「これはいけるぞ」と思い、パブリッシャーさんと契約して……という未来もあり得ない話ではないと思います。逆に言えば、学生のうちに完成できなかったとか、完成させても生活ができる売り上げに達成できなかったという場合は、「就職したほうがいいかも」というガイドにしています。
ケースバイケースではあるんですが、私は学生さんには「まずはゲーム開発会社さんに勤められた方がいいです」とよく言っていますね。別に開発でなくても営業部や広報部でも全然かまわないです。
というのは、「インディーゲーム開発者になる」ということは「ゲーム産業の構成員になる」ということでもあるからです。
やっぱり会社勤めを経験するとメールのマナーだの会社内でお金がどう回っているだのの感覚が身につきますし、ゲーム開発社であれば、どんな部署で働いていたとしても、パブリッシャーさんやゲームメディアさんなど、ゲーム産業のステークホルダーが分かってきます。そこがインディーとして独立したときの大きなアドバンテージになるのは間違いないので。
「世界にこれ好きなやつ、1万人くらいはいるだろ」と思って作ったら、実際は2.3万人いた
──今回の『インディーゲーム・サバイバルガイド』って一條さんの「自由なゲームがたくさん生まれてほしい」という根本的な想いがけっこう大きいと思うんですよ。
その想いについて、もう少し詳しくお話ししていただけますか。そうすると、私のようなインディーゲームで頑張っていきたい人たちも元気が出ると思うんです。
一條氏:
わかりました!私の想いとしては、「このゲームは俺の性癖を詰めたゲームだ」、「これを世界にお出ししてやるぜ」とリリースまでこぎつけた人が、同じ癖を持つ世界中の人の手にちゃんと渡って、なんていうか「開発者みんなが幸せになってほしい」という気持ちがあるんですよね。それは私が自分で会社をやっている目的のひとつでもあります。そういうチャンスを増やしたいんですよ。
『Back in 1995』も、レトロポリゴンという表現がほぼなかった2015年当時で、「こういう表現が刺さって楽しんでくれる人が1万人くらいはいるかな」と思って、Steamで売り出してみたんです。
結果は全プラットフォーム合計で2.3万本の売上で、世界には私の想定よりもちょっと「レトロポリゴン癖」の人が多かったことが分かりました(笑)。
──(笑)。でも、それは嬉しい話ですよね。「世界にこれ好きなやつ、1万人くらいはいるだろ」と思って作ったら、実際は2.3万人いたと。
一條氏:
そうですね。しかも、たぶん私ひとりでこつこつ作ってるのであれば、2.3万本の売上があれば2年くらいは生きられると思うんです。
よく日本のコンテンツ界で、「世界に打ち勝つ」「世界に通用するコンテンツを作ろう」みたいなスローガンをよく目にしますけど、その「世界」の主語がでかすぎるんですよね。
世界には思ったよりもいっぱい「癖」を持った人がいて。その癖に刺さるものというのは、国も地域も関係ないんです。世界のあらゆる場所にに“レトロポリゴン大好き人間”がいて、そこに刺さっていったのが前作です。実際に今はレトロポリゴン表現が少し市場になっていってますし。
そういった今はまだ誰もやっていない表現や、あるいはまったく新しいゲームシステムを突き詰めて、それに刺さる人に届けたい。それが世界に向けて発信するに足りる理由だと思いますね。
「世界に通用する」といっても、結局通用する先は個人なわけじゃないですか。その癖を見つめてゲームを作ってほしいと思ってますね。
今後、tnhrさんは展示会に出られたりしますか?
──じつは11月のデジゲー博に落ちちゃったんです……(笑)。でも一條さんの本を読んだので、今後も展示会は出る気満々です。
一條氏:
でしたら、ぜひこの本のガイドをぜひご活用いただければと思います(笑)。
ちなみに、この本には「展示会の出展レギュレーションをしっかり読みましょう」って何度も書いてあったと思います。実際、私もデジゲー博のレギュレーションをあらためて読んでいたら、自分で用意していた機材が一部使えないことが分かりました(笑)。「あっこれ持ってったら設営できなかったな」と。ヒヤっとしましたね。
だから、『インディーゲーム・サバイバルガイド』は自分のためにも書いてる本なんです。イベント前なんかは、普通に読み直すことになると思いますね(笑)。
──なるほど、出展するときのチャートにもなるんですね(笑)。(了)
「インディーゲーム」という言葉が日本に浸透してしばらく経ったが、「ゲームを作ってご飯を食べていく」レベルのプレイヤーは国内においてはかなり少ない。そんな問題を解決し、より面白いゲームが輩出されることを願う一條氏の気持ちが十分に伝わるインタビューとなった。
そして何よりも本書によって明らかになったのは、「ゲームを作って生きていく」ためのさまざまなキャリアパスの存在だ。「ゲーム会社に就職する」以外に生きる道筋が示されたことは、これからゲームを作りたい人にとっても、まさに今ゲームを作っているひとにとってもまさしく希望の光である。
そしてなによりもひとりのプレイヤーとして、一條氏の活動とこの世のインディーゲーム開発者を応援したい。
最後に余談となるが、冒頭で述べた私が開発しているゲームは『ふりかけ☆スペイシー』というタイトルになる。もし本稿を読んで興味が湧いた方がいれば、チェックしていただけると幸いだ。