過去に制作されたゲームや映画などを新たに作り直す「リメイク」。しかしながら、リメイクと聞くと原作ファンは大なり小なり不安を抱いてしまうのではないだろうか。
なぜならリメイクはじつに幅が広い。新たなキャラクターやエピソードを大胆に追加するリメイクもあれば、グラフィックやAIの向上など技術面を主とするリメイクもある。思い入れの強い作品ほど、変わらないでほしいと思ってしまう部分は多いだろう。
そんな中、プレイステーション3を代表するタイトルのリメイクが発表された。名作と名高い『The Last of Us』である。
謎の寄生菌のパンデミックにより荒廃した世界を舞台に、中年男性「ジョエル」と14歳の少女「エリー」の過酷な旅路を描いた『The Last of Us』は、互いの“信頼”を得るまでの過程を丁寧に描き、200以上のゲームアワードを受賞するなど高い評価を得ている作品だ。
2013年に発売された『The Last of Us』は、2014年にHDリマスター版『The Last of Us Remastered』、2020年に続編『The Last of Us Part II』が発売されている。
・2013年6月:PS3『The Last of Us』(原作)
・2014年8月:PS4『The Last of Us Remastered』(原作のHDリマスター版)
・2020年6月:PS4『The Last of Us Part II』(原作の続編)
・2022年9月:PS5『The Last of Us Part I』(原作のリメイク版)
そして、『The Last of Us』が発売されてから9年の時を経てリメイク版『The Last of Us Part I』(以下、『Part I』)が9月2日に発売となる。
リメイク版『Part I』の特徴は、原作を忠実に再現していること。つまり、ストーリーは変わることなく技術面を主としたリメイクである。
ジョエルとエリーの体験を損なわずに再現しつつ、あらゆる側面から改良を加えたという『Part I』は、開発元である「ノーティードッグ」の最新技術を駆使したエンジンによりゼロからフルリメイクされた。
ノーティードッグは『The Last of Us』シリーズだけでなく、『アンチャーテッド』シリーズや『クラッシュ・バンディクー』シリーズも手がけているスタジオである。
今回電ファミは、ノーティードッグのクリエイター2名にインタビューをする機会をいただいた。
応じてくれたのは、『Part I』のクリエイティブディレクターを務めたショーン・エスケイグ氏と、ゲームディレクターを務めたマシュー・ギャラント氏だ。両名ともに原作から制作に携わっている。
名作をリメイクするうえで「守った点」や「変えた点」、改めて気づいた『The Last of Us』の魅力についてうかがった。
『The Last of Us』のリメイクはプレッシャーがあった
──原作である『The Last of Us』は、ゲーム史に残る1本です。壮大なストーリー、優れた演出、魅力的なキャラクター、緻密な戦闘システム、美麗なグラフィックなど、ゲームを構成するすべてが圧倒的でありながら、かつそれらが一体となることで傑出した完成度を誇っています。発売から約9年が経過し、そのエポックさや評価は議論され尽くしているとは思いますが、いま振り返ってどのようなタイトルだと感じていますか? また、リメイクを行ううえで改めて気づいた『The Last of Us』のすごさ、魅力があればお教えください。
エスケイグ氏:
リメイクするにあたり、かなりのプレッシャーがありました。なぜなら『The Last of Us』はスタジオ全員にとって特別なタイトルだからです。そのため、今回の企画は最初から慎重に進めました。
2013年にPS3で発売した原作と2020年にPS4で発売した続編『Part II』を比べると、技術面でのプレイ体験がだいぶ違っていると思います。PS5で原作のリメイクを作ることで、『Part II』と違和感のないプレイ体験にしたいと心がけていました。
原作ではキャラクター、アニメーション、エフェクトなどあらゆる制限があったため、できることが限られていましたが、最新技術を使ってPS5でリメイクすることでシームレスに世界を再現できていると思います。アクセシビリティも拡充しているので、新しいプレイヤーも増えてほしいです。
戸惑いの気持ちが移ろっていく様子を顔の表情だけで表現
──ノーティードッグは『The Last of Us』以前に、エンターテインメント性の高さが世界的評価を得た『アンチャーテッド』によって、スタジオの名はすでに知れ渡っていました。『The Last of Us』の登場により、エンタメ性だけではなく深いテーマを有した作品、映画的な演出による高い没入度を誇るゲームを生み出せるスタジオとして、さらなる評価を得ています。ノーティードッグにとって、『The Last of Us』がもたらしたもの、『The Last of Us』があったからこそ確立されたことがあれば教えてください。
エスケイグ氏:
『The Last of Us』は、プレイヤー自身がキャラクターとなってストーリーを体験してもらうことを大切にしています。リメイクでは感情の表現がより豊かになりました。
目の瞳孔、そばかす、シワなどの細かなニュアンスが加わったことで俳優の演技に限りなく近づいています。
私のお気に入りのシーンのひとつに、エリーがトミーたちのいる発電所から逃げ出してしまい、牧場の家に逃げ込むシーンがあります。
エリーはジョエルを疑い、これからなにが起こるのか戸惑いを隠せずにいる。「世界でたったひとり頼れる存在のジョエルが、自分を置いて逃げてしまうのではないか」という戸惑いと不安から、目がうるんで顔が赤らむ。一方ジョエルは、娘のサラを亡くした悲しみを乗り越えられず、感情的になっている。
そこで、感情的につばが飛ぶような表現もできました。
また、エリーが親友のライリーと踊っているシーンも、「ライリーがこれからファイアフライに行ってしまうかもしれない、会えなくなってしまうかもしれない」という不安を抱えています。その戸惑いの気持ちが移ろっていく様子を、言葉を使わずに顔の表情だけで表現することができました。
こういうところが、スタジオとして成長できた部分だと思います。
ギャラント氏:
『アンチャーテッド』シリーズと『The Last of Us』シリーズは、キャラクターとストーリーにフォーカスしているという部分は共通しています。
しかしながら『アンチャーテッド』シリーズは「アクション性」、『The Last of Us』は「人間性」を表現することにそれぞれフォーカスしています。そのため『The Last of Us』は戦闘の場面でもジョエルが苦しんでいる様子や怒っている様子を映し出す作品となっており、そこが表現の大きな違いだと言えるでしょう。
──リメイクするうえで、原作のどのような点を変えず、どのような点を変えようと考えたのでしょうか? 新しいものを追加したいという欲求はなかったのでしょうか?
エスケイグ氏:
今回のリメイクは、原作を“忠実に”再現しながら拡張することを意識しました。
すべての選択肢を慎重に考えました。特にゲームに足すものを議論しているときに、これから足そうとしているものは「もともとあるものを改良するのか」「違うものに変えてしまうのか」という方針は慎重に考えた部分です。
また、原作をそのまま残すのではなく、「なにをゲームに入れないか」も議論しました。
グラフィックについては、技術が向上するとつい綺麗にしたくなってしまうと思います。
たとえば軍が統括している地域は文明の最後の砦のような部分ですが、そこを綺麗にしたいと思って木を足そうと思いがちなんです。でもいったん立ち止まって考えると「戦闘のあるこの区域で実際に木は育てないのではないか」と気がつきます。その代わり、軍が統括している地域を出ると、自然豊かな景観になっている。
技術が向上したからといって、なんでもかんでも追加していいわけではない。そこが気をつけた部分ですね。
AI技術の向上により敵も味方も複雑な行動を取れる
──リメイク版で表現の向上を感じられる要素や注目してほしい見どころを教えてください。
ギャラント氏:
ゲーム全体が拡張されているので絞ることはとても難しいですが……。
原作ではメモリが足りなかったのでシンプルに作ることしかできませんでした。PS5ではほとんどメモリの心配をせずに作り込めるので、施設ごとの生活感を表現できていると思います。
「ミュージアムだったらなにがあるだろう」と考えたときに「絵画もある、銅像もある」など、よりミュージアムらしく表現することができました。
AI技術の向上により敵も味方も複雑な行動を取れるようになり、会話も的確になっています。加えて、DualSense コントローラーには「アダプティブトリガー」や「ハプティックフィードバック」の機能もあるので、臨場感のある本格的な戦闘も可能になりました。
ほかの部屋からの声も聞こえるし、自分がまるでそこにいるような体験になっていると思います。
しかしながら、いま紹介した拡張要素はあくまでプレイ体験の“助け”にしかすぎません。プレイヤーには最新技術でゲーム世界に没入してもらいたいです。
──アクションに応じて「アダプティブトリガー」や「ハプティックフィードバック」機能を活用するタイトルは多くありますが、セリフに合わせて震える「音声振動」は珍しいDualSenseの使い方だと感じました。このアイデアを採用するにいたったきっかけや経緯をお聞かせください。
ギャラント氏:
このアイデアはオーディオのプログラマーから提案がありました。なぜオーディオかというと、DualSenseの中に小さなスピーカーが内蔵されているからです。
「ハプティックフィードバック」で強弱をつけることができれば、もっとリアルな体験をプレイヤーに与えることができるのではないかとデザインチームにアイデアがおりてきました。
また、これまで聴覚障害を持つプレイヤーにとっては演技やストーリーにおいて字幕だけしか情報がありませんでした。しかし「ハプティックフィードバック」があればコントローラーを通じて、より体感的に経験できると思います。
──最後に、本作ではじめて『The Last of Us』の物語に触れるプレイヤー、もう一度『The Last of Us』の旅に戻ってくる、再びジョエルとエリーに会いたいと願っているプレイヤーに対して、メッセージをお願いします。
エスケイグ氏:
ジョエルとエリーの旅をもう一度プレイしてもらうことが待ちきれないです。新規のプレイヤーにはとにかく楽しんでほしい。私たちは原作のゲームもキャラクターもストーリーもすべて大好きな作品です。
既存のプレイヤーについては、もう何度もプレイしているかもしれません。しかし前回とはきっと違う経験になると思います。なぜならプレイヤー自身が9年前とは違う立場にいるからです。
私自身もいまは娘がいます。ジョエルがくだす決断も以前とは違った形で経験・共感していただくことができると思います。
ギャラント氏:
これは私たちからの原作へのラブレターです。ベストな形で『The Last of Us』を遊べる決定版だと思います。ぜひジョエルとエリーのために一緒に戦い、応援してください。
ノーティードッグのクリエイターがリメイクをするうえで目指したのは、新しいキャラクターやエピソードを追加することではなく「眼差しのニュアンス」や「シームレスな展開」など、あらゆる側面から技術面を改良して「ゲーム世界に没入できる設計にすること」だった。
その“変化”は原作と違和感がなさすぎるがゆえにすぐに気づかないかもしれない。しかしながら、中身は大きく変わっている。
飛躍的に向上したAI技術によって敵も味方も複雑な行動を取れるようになったことで、歯ごたえのある戦闘になっているという。
また、ファンから要望の多かった機能を盛り込んでいるのも大きな特徴だ。
「死亡時のセーブデータ消去」や新たな「タイムアタックモード」に加え、コスチュームの変更、モデルビューアーモード、アクセシビリティも拡充している。ムービー中に音声ガイドを取り込むことも可能となり、これはPlayStationで初めての試みとのこと。
原作をプレイした人はもちろん、今回のリメイクを機に興味を持った人も、上質な『The Last of Us』の世界を体験してみてはいかがだろうか。