自分にとっては「萌え」だと思ったものが他人にとっては不快に感じることもある
結城氏:
僕らより前の人たちはやっぱり「もうそろそろ俺たち漫画とかアニメじゃないよな」とか、好きだったことを手放して社会に出ていく人たちだったせいか、我々の世代もハタチを過ぎてアニメを見たり漫画を読んだりすると親や先輩社会人から「なにやってるの」と言われてしまったけど、僕らはよりもう少し若いと、だんだん言われなくなっていく。大人になってからも好きだったことを手放さなくなった世代ですね。
そのせいだと思うんですが、コミケの年齢層がどんどん上がっているみたいです。(笑)
菊田氏:
いまの若い人たちの感覚ってすごく大事だと思うんですね。だから僕は年に一回くらいゲーム関係の専門学校で講師として教えているんですよ。ハタチ前後の人たちと話をするんだけど、もうぜんぜん違う。世代によっても違うし、どんどん変わっていきますね。
そこでもうちょっと前におもしろいと思ったのは、ある時代までは全員が知っている作品があったんですよ。たとえば、『FF』は全員プレイしている。ほかの作品はバラバラだけど『FF』だけは全員プレイしているみたいな。
でもいまはもうないんです。全員をまとめる流行みたいなものは失われてしまっているんですね。みんながそれぞれ思い思いに自分の好きなコンテンツの中に入っていっている状況で。
結城氏:
それは僕らが『ヤマト』を作るときに一番感じたことなんですよ。作品はどんどん細分化して、タイトルごとの嗜好性がはっきりしていく。
ある程度タイトル数が多くなったときに、「私たちはこの人たちをターゲットにします」というのがすごく増えた。ターゲットを絞った分、そのターゲットにはものすごく刺さるんですよね。刺さらない人にはまったく刺さらないけれど、そういう棲み分けができた。
『ヤマト』はSFアニメと言いつつも、宇宙ありドラマあり戦記物、冒険物としてのイメージもあったり、いろいろなものが入っている全年齢向けなんです。
それがだんだん求める人たちの好みに合わせたものが作られる時代なのに、全年齢向けにしてしまうと薄いアニメになっちゃうじゃないですか。そんな薄いアニメを見ろと言われても難しい。そういう時代になっちゃってる。そこに「全年齢向け全方位向けを売っていくんですか」と。
菊田氏:
それができるのかどうかはわからないですけどね。
結城氏:
なので、僕らは『ヤマト』で、少なくとも全部の要素を昔よりもちょっとだけ濃くしようと気をつけました。女性の乗組員を増やしたり、メカのディテールを増やしたり、ミリタリー要素を追加したり。そういうのをいろいろ濃くしていったんですね。でもそうすると、昔の『ヤマト』を好きな人たちが……。
──こんなの『ヤマト』じゃないって言いますよね(笑)。
結城氏:
「女性が増えたから男性の出番が減った」とか。
菊田氏:
ヤマトは漢の艦ですからね。
結城氏:
有名な言葉ですけど、「自分の萌えは他人の萎え」ってあるじゃないですか。自分にとっては萌えだと思ったものが、他人にとっては不快に感じることもある。昔は自分の好きなものだけをヨイショしていたのが、いまは自分が好きではない要素をむしろ攻撃する風潮になっていますよね。
菊田氏:
そうですね。
結城氏:
僕らは僕らなりにちょっとずつ、いまの時代に合わせていこうと考えた事が、ある種の人たちには気に入らないし食い足りない。
菊田氏:
言っちゃえば贅沢なんでしょうね。
結城氏:
ターゲットを絞った作品が増えているから、それと比べちゃうのも仕方ないんですけど。
菊田氏:
僕らの時代はなにもなかったじゃないですか。あるものの中からなにか見つけて「これが好きなんだ」みたいなものをやるところまでがマーケットだったんだけれども、いまはもうそういう時代じゃないってことなんですね。
──いまクリエーターを目指す方だったり、若いクリエーター世代の方に対して、おふたりからアドバイスがあればうかがってみたいのですが。
結城氏:
僕らの時代はイカれた感覚やイカれた判断力で飛び込むということから始まっていますが、いまはハードルが低いから、覚悟や決意がないと何十年も仕事として成り立たせるというのはなかなか難しいと思うので、そこが肝じゃないかなと思います。楽しくて始められるけど、楽しいだけだとやっぱり続かない。
──菊田さんはどうですか。
菊田氏:
諦めみたいなことかな。
結城氏:
諦めちゃうの!?
菊田氏:
諦めておかないとやり続けられない。どこかに期待があり過ぎちゃうと疲れちゃう。
結城氏:
努力は必ず実るわけではないってことですよね。
菊田氏:
人間って希望と諦めをどこかで切り替えてやっていくしかないと思うから、そのスイッチみたいなものは自分でしっかり持たないといけないと思います。
結城氏:
成功が宝くじだとすると、宝くじは買っても必ず当たるわけじゃないけど、買わないと当たらないですからね。
菊田氏:
「今回は当たらなかったな」と切り替えができて、またつぎに行こうというのが僕らの人生だから、そこをうまいこと切り替えていける人はやるべきだと思うけど、それがうまくできないと心が壊れちゃう。
結城氏:
心を保っていられるのはやっぱり情熱だと思う。好きだという情熱。
徳川埋蔵金じゃないけど、延々と掘り続けても掘り続けることが幸せな人生だと思えれば、その先に埋蔵金はあるかもしれない。でも、掘り続けている人生そのものを楽しめないと、たしかに厳しいかもしれない。
菊田氏:
そういうようなところが、ちょっとこの業界にはあって。
──僕らゲームメディアとしての役目は、作品がたくさん世に出てきている中で背中を押してあげたり、なにかきっかけになるような記事を書いて、読者に興味を持ってもらうことかと思うのですが、お話を聞いていると「そこまで情熱がない方にきっかけを持ってもらう」という部分が大事なのかなと思います。
たとえば音楽でいうと、いまはサブスクでなんでも聴けるじゃないですか。でもサブスクは楽曲の数が多すぎて、若い世代の人は「なにを聴いていいかわからない」って言うんですよね。
僕は1970年代の生まれなんですけど、昔はラジオで楽曲が流れてきたらDJが言った瞬間にメモを取ってレコード屋に探しに行く、みたいな苦労がありました。
結城氏:
いまの若い世代の人たちは時間の方が大事だもんね。時間をいかに振り分けるかっていう。
──気になった楽曲をYouTubeで調べて聴くだけだったり。
結城氏:
でも、YouTubeで調べて聴くにしても自分が信じられる人の言ってることは信じるとか、情報の精査の仕方とか僕たちと違うように思いますね。
菊田氏:
「飢え」みたいなものじゃないですか。僕らは飢えてたから。
──ゲームセンターで流れる音楽はそこでしか聴けなかったじゃないですか。それがCDで出るというので喜び勇んで買って「あのゲーセンの曲を家で聴けている」みたいな感動があったんです。「あそこでしか聴けない音楽が、家でも聴けるからお金を出そう」という欲求とかみ合った部分だったと思います。
菊田氏:
いまは、3食適当なものが勝手に口に入ってきちゃうみたいな感じですよね。勝手に口に入ってくるにまかせるのではなく、「これは好き」「これは嫌い」と自分の責任で選び取っていく経験を積んでいかなければ自分そのものが薄くなってしまうのではないかと思います。どこかで飢えている自分を取り戻さないと。
結城氏:
自分の嗜好性まで他人に委ねてしまうみたいなね。
菊田氏:
そうそう。自分の好みだと思っているものは、たまたまYouTubeがおすすめしただけのものかもしれない。そういう怖さを自覚しないと、本当の自分にはなっていかないんじゃないかと思うことはあります。たとえば僕らの時代はLPレコード1枚で3000円以上したわけですよね。
それって清水の舞台から飛び降りるようなものですから。それを買ったからには、もう聴くしかないじゃないですか。どれだけわけがわからないものを買ってしまっても、毎日聴く(笑)。
──音楽もそうですし、アニメもOVAがあったので。買ってみないとわからないから「当たりであるように」と願いながら買うという(笑)。
結城氏:
僕はおもしろくなかったら買わないけど(笑)。
一同:
(笑)。
──いま思い返すと、あの時代に買ってよかったと思っています。
菊田氏:
「買ったものが外れる」という経験は必要なんでしょうね。全力で選んで外すっていう(笑)。そういう失敗をちゃんとしないと。
結城氏:
まあ、我々の時代はどんなにリサーチしても、外すときは外しましたよね。
菊田氏:
いまの若い世代の人たちは、リスクを取ろうという意識はあまりない気がしますね。それっていまはまだいいかもしれないけれど、この先じわじわ効いていくんじゃないのかなって。
結城氏:
それは大事かもしれない。リスクを取るということを日常的に繰り返していかないと、自分の人生でも大きな岐路に立ったときに、ノーリスクの方ばかりを選んでしまうのではないかと思う。
さっきの話に戻ると、僕らは海のものとも山のものともわからない怪しい業界にダイブしましたが、それってリスク以外になにがあるんだっていう(笑)。
いいフレーズが浮かんでもそれをすぐに忘れるとしたら「忘れるくらいのもの」
──リスクというところで『トリニティトリガー』にお話を戻しますが、新規のタイトルというのはこの時代に勇気ある決断だと思うんですね。そういったところでフリューさんおよび礒部さんはちゃんとリスクを背負った上で本作を出されると思います。改めて楽曲についておうかがいできれば。
菊田氏:
(礒部さんを見ながら)たくさん作ったよね。
礒部たくみ氏(以下、礒部氏):
65曲くらいです。
──そんなにですか!?
菊田氏:
本当にたくさん作ったので、細かいところまでさまざまな表現ができていると思います。最初からこれだけたくさん作ろうと思っていたわけではなく、礒部さんの情熱に応えた結果としてこれほどの数になりました。
それこそ未知数だったんですよ。「これだけのものになります」みたいなものがわからなくて。でも、僕はドキドキするのが大好きだから「それはハチャメチャな仕事だね、やりましょう!」となりました(笑)。
僕の作る音楽は、ゲームの世界を表現するものだと思っています。音楽を聴く中で「自分がその世界に立っている」「自分がそこにいる」、そういう気持ちになっていただけたらうれしいですね。
──ちょうど制作期間がコロナ禍だったと思いますが、こういう世界情勢になったときに制作スタイルや考え方に変化はありましたか? もともと個人で集中して作るタイプのお仕事だと思うので、あまり影響がないと言えばないのかもしれませんが。
菊田氏:
結城先生は変わりました?
結城氏:
家から出る機会は減ったけど、頻度が減っただけでやってることは大差ないかなぁ。
──外出の機会が減ったことで、スイッチの切り替えみたいなところはあったりしたのでしょうか?
結城氏:
ほとんど自宅で作業をしているのでスイッチの入れ替えもそんなにないですね。
菊田氏:
僕も同じようなところですね。仕事と生活の切り分けをしていないですから。日々働いているけど、日々休んでもいる。とにかく日々が楽しく回っていれば、それでいい(笑)。
結城氏:
そうですね(笑)。
菊田氏:
仕事が楽しいと思えなかったらやってられないでしょう。
──たとえば仕事じゃないタイミングでフレーズが浮かんだときはすぐ録音したり、楽譜にしたりするのでしょうか?
菊田氏:
記録できる時は記録しますけども、でももしそれができないとして、それで忘れるとしたら「忘れるくらいのもの」かなあと思います。
──なるほど。
菊田氏:
そんなものは忘れる程度のものですからね。
──言ってみたいです。その台詞。
菊田氏:
僕、たまにかっこいいこと言うんですよ(笑)。
一同:
(笑)。
菊田氏:
自分の心の中に焼きついて「もう絶対これしかない」というようなものじゃなかったら、人の心は動かないですからね。
──すぎやまこういち先生もおっしゃっていましたが、「『ドラクエ』の序曲は5分で作ったけど、55年の蓄積があったから5分で作れた」と。
菊田氏:
やっぱりその瞬間にできるんですよね。ゲームの「世界」はその世界を生み出す人の心の中にあるから、それは考えてどうこうするみたいなものではなくて、自然に生み出されるみたいなところがあって。
逆にいうと、世界を生み出す人の心の中に明確にイメージがないといけない。「自分はこの世界をこんなふうに描きたい」という情熱が強ければ強いほど僕の中にまっすぐ入ってくるんですよね。だから、あまりひねらずにスーッと出てくる感じ。
──礒部さんからのボツはなかったんですか?
礒部氏:
ないですね。自由にやっていただいて。「菊田さんらしさ全開で」みたいな(笑)。
菊田氏:
礒部さんの心の中にあるイメージを僕がすべて受け止めて、そのままメロディーにしていきました。たぶん、その作業に間違ったところがなかったんでしょうね。そういう仕事は作業に費やす時間に関わらずいい仕事だと思います。
『聖剣伝説2』で「予感」という曲があるんですよ。短い曲なんですけど、あの曲が好きだと言ってくれる人が結構いるんですね。
変な曲で変な拍子だから、ぱっと聴くと複雑に聴こえるんだけど、あの曲は15分ぐらいで作っているんですよ。ほぼほぼ制作が終わったあとで「もう1曲作ってほしい」と言われて。もうその場で作ったような曲。
「ひねる」とか「作ろう」みたいなものはなにもなくて、自分の中に降りてきたものをそのまま出したみたいな。でも、それがすごく人の心を打つことはあるんです。だから、自分の中で正しい道筋で正しいインスピレーションを正しく出すということができれば、なにも困らない。
礒部氏:
曲を作るにあたってゲームの話よりも、一緒にごはんを食べたり関係ない映画の話をしながら思いを汲んでいただいてたんじゃないかなって。
菊田氏:
それが大事なんですよ。結局ゲームを表現しているというよりは、礒部さんを表現しているから。
その人の人となりや性格、持って生まれているもののイメージが僕の中を通じてメロディーになるので、その人に近づいて伝えてもらうことが一番大事だと思います。
年寄りが若い人の仕事に口を出してもいいことない
──せっかくなので結城さん、菊田さんもお互いになにか聞きたいことあればぜひ。
結城氏:
僕はよく菊田さんのツイートに絡んで発言するので、僕のTwitterは菊田さんの言葉だらけになっていますよ(笑)。
一同:
(笑)。
結城氏:
菊田さんは物怖じせずに自分の言葉で発言されているのですごいと思っています。誤解されることがあっても「じゃあいいよ」とならずに、ずっと発信されている。ああいうところに信念はあったりするんですか?
菊田氏:
お互いにぼちぼちな歳じゃないですか。僕らみたいな感じの人間がちゃんとものを言うということをやっていかないと、僕らの下の世代の人たちや、さらに下の人たちの世代が言えなくなってしまうんじゃないかと思うんですよね。
僕らだって、言いたいことを言う先輩たちに勇気づけられてきたわけで、下の世代の人たちが僕らを見たときに、「なにか言いたいこと言うイカれた人たちがいるぞ」と見せる責任もあるのかなって。
結城氏:
僕からすると、それなりの情熱と時間を割かれる行為だと思うので、信念的なものがないとやってられないと思うんですよ。いまってぜんぜん関係ない部外者がその言葉尻だけを捉えて攻撃してきたりするじゃないですか。それでも物怖じせずに発信してらっしゃる(笑)。
菊田氏:
ちゃんと僕なりに考えて言ってるんですよ(笑)。
結城氏:
僕は歳を取って精神力が落ちたのかもしれない。(笑)
菊田氏:
そこはやっぱり日頃から培わないといけないですよ!
結城氏:
ええぇぇぇぇぇぇ(笑)。
──菊田さんは精神力を維持するために意識されていることはあるんですか?
菊田氏:
僕は仕事をするうえで、若い人たちと話をする機会の方がはるかに多いんです。同年代と一緒に飲むと、基本的に昔話になるじゃないですか。それはそれで楽しいですけど、自分にとって刺激にならない。「楽しかったね」で終わっちゃう。
結城氏:
それは、僕もそう思うんです。でも、新しい人たちとの人脈や出会いを自分で探していくのがどんどん億劫になって(笑)。
菊田氏:
たとえばこういうインタビューを受ける話だったり、いろんな機会があるわけじゃないですか。なにかしらのものを、若い世代の人たちに向けて発信していかないとパイプがなくなっちゃう。
結城氏:
昔はパイプがなくなったらまずいと思ったのが、だんだん「もういいかな」って思うようになって(笑)。
一同:
(笑)。
菊田氏:
頑張ろうよ(笑)。
結城氏:
そこはやっぱ菊田さんとは違うかな。パワフルだなって。
菊田氏:
僕はそこはちょっと頑張ってますよ。でも単純に好きなんですよ。礒部さんみたいな人が好きなんです。
──ラブコール返しですね。
菊田氏:
本当にそう。情熱を持っている人が好きなんですよ。そういう人と一緒に仕事するのが僕は大好き。
──礒部さんはいまおいくつなんでしょうか?
礒部氏:
僕は30歳になりました。
菊田氏:
僕の半分。
結城氏:
僕は若い人たちと一緒に仕事をしたときに足手まといになりたくないんです。彼らの邪魔になりたくない。
──それはないと思いますよ。リスペクトがあると思いますし。
結城氏:
昔『ロードス島戦記』を自分が中心でやるようになったときに、業界でも大手と呼べる規模のスタジオだったせいか、昔からやられてるベテランの方々も結構いっぱい参加されていて。そういう方々の描かれた原画をチェックするにあたって、本当に申し訳ないけれども「アレ?」と思うことがあったりしたんです。
そういう経験則として「年寄りが若い人の仕事に口を出してもいいことないな」と、自分の中にブレーキがかかっているのかもしれません。ベテラン的に扱われているけど、じつはお荷物だと思われているんじゃないかって。
──いやいやいや。
結城氏:
自分が過ごしてきた時間の中で、上の世代に対して感じたことでもありますから。
菊田氏:
宮崎さんだってまだまだ自分で描いておられるじゃないですか。
結城氏:
本当にすごいよね。菊田さんは音の仕事だから少し違うかもしれませんけど、僕らの仕事は目を使うじゃないですか。僕は遅いほうだったんですけど、50代で老眼になったんですよ。老眼になってみるまでは「老眼って近くが見えなくなるらしいけど老眼鏡かけると見えるらしい」みたいな感じだったんだけど、実際に老眼になってみると絵描きにとってきついんですよ。
ちょうど本を読むくらいの距離が見えなくなるんですね。たしかに老眼鏡をかければ見えるんだけど、老眼鏡って近眼ほど余裕がないというか、ここの距離で作ったらここの距離しか見えないから、近づいたり離れたりすると見えない。
──なるほど、そうなんですね。
結城氏:
そうなると遠近両用じゃないと日常生活に支障が出るんじゃないですか。でも、遠近両用の眼鏡って微妙に歪むんですよ。歪むから、自分の描いてる絵が信頼できなくなる。
自分が描いた絵をその場で渡す気になれなくて。だから何日か置いて、いろんな角度から見たりとか、眼鏡をかけたり外したりしてチェックしないといけないんです。つぎの日に見ると「これでいいと思ってたんだ!?」ってなる。
そういうことが本当に増えてきて。菊田さんがおっしゃっていたように、ファーストインプレッションでひねらずに制作することはいいことだと思っていたし、僕もできればそうしたいんだけど、そうもいかなくなってくる。絵描きは歳を取るごとに描く能力が落ちていくのが非常にわかりやすいです。毎年のように「今年でもう引退かな」と思いますよ。
菊田氏:
いやいや、早いですよ。
結城氏:
筆をバキっと折ろうかといつでも思ってる。シビアですよ。
菊田氏:
厳しいですね。
結城氏:
自分がすごく好きだったスーパースターたちが歳とともに衰えていくのを見ていくのが切ないんですよ。切ないから、自分がそういう状態になるぐらいだったら、筆をバキって折ろうかなって。
菊田氏:
でも、折ってもそこから先どうするかっていうのはないでしょ?
結城氏:
そこは、猫でも愛でて(笑)。
一同:
(笑)。
──すぐだれかが違う筆を持って「先生これでお願いします」って言ってくると思いますよ。
結城氏:
『トリニティトリガー』のお話をいただいたときも、「お荷物になりたくない」という気持ちはあったんですよ。でも、若い世代の人たちが自分たちが子どものころに好きだったテイストを再現してみたいという気持ちもわかったし。「どんな形でもいいので関わってください」という礒部さんの情熱にほだされた形で。
そこまで言ってくれると、やっぱりなにかしら力になりたいなと思い参加させてもらいました。
どうせこの足を切らなきゃいけないんだったら、その大事さを知ってる僕たちが切る
菊田氏:
僕が先生に聞きたいことは、やりたいことはあるでしょって。
結城氏:
自分が好きだった漫画がアニメになるのであれば、出来ればして欲しくはなかったりもするんですが(笑)どうせ誰かがやるのであれば自分がやりたいという気持ちはずっとありますね。
前からずっと心の中にあって「やりたいことがありますか?」と聞かれたときに答えているのは、萩尾(望都)さんの『ポーの一族』と答えるんですが、一度マッドハウスでパイロットを作って萩尾さんを説得しようという話があったものの、残念ながらそれは実現しませんでした。
菊田氏:
少女漫画の感覚をちゃんと理解していて、それを作れる人となると少ないと思うんですよね。
結城氏:
確かにあの感覚を理解できるアニメーターってどれだけいるんだろう、とは思っていて。だからこそもしやるんだったら自分がやりたいとずっと思ってたんですけどね。でも、だんだん自分の力が衰えてきていることを実感している今、いままでは情熱の面でも自分が適任かもしれなかったのが、もうそうじゃないなと。
菊田氏:
そうですね。いまの若い世代の人たちだけで再現するのは難しい部分があると思います。
──最後に『トリニティトリガー』を楽しみにされている方、またはこの記事を読んでちょっと知って買ってみようかなと興味を持った方々に対して、それぞれのご担当の部分の見所だったり、聴きどころだったりと改めて最後コメントをいただければと思います。
菊田氏:
僕に言えることは『トリニティトリガー』の中で、菊田裕樹が音楽を担当したその結果として、みんながロールプレイングゲームというものの音楽に求めるものが、全部あります。僕はそれだけの仕事をしました。本当に自信を持っておすすめできるので、この「世界」を楽しんでください。
結城氏:
僕たちが作ってきたものを、もう一度作りたいという志向性を持った人と仕事させてもらったので、もしかしたらいまのソーシャルなゲームとは少し違うかもしれない。でも、むしろいまのゲームとは違うテイストこそを楽しんでもらえたらうれしいです。(了)
コンテンツが生き残ることは、決して簡単なことではない。どんなにヒットした作品も当時の時代性を背負っているため、世代が変われば刺さらなくなるのは当然だ。しかし、リメイクやリブートで若い世代に寄せることはできる。
本作『トリニティトリガー』は完全新作のタイトルであるものの、「子どものころに影響を受けた作品を自分たちで作っていきたい」という情熱はリメイクやリブートと変わらない。
結城氏も菊田氏も、口を揃えてディレクターを務める礒部氏の「情熱」にほだされたと言っていた姿が印象的だ。
現在は、SNSで発信をすればいつでも「絵師」や「イラストレーター」を名乗れる時代になっている。それはよい部分もある一方で悪い部分もあるだろう。
結城氏や菊田氏の時代は業界に入るハードルが高く、そこに退路はなかった。しかし現在は発信の環境が発達したことによってリスクなく業界に入ることができるため、すぐに戻ることもできる。よほど強い精神力がない限り、舵を切らずに突き進むことは難しいのではないだろうか。
本作は、リスクを背負うことが少なくなったこの時代にあえて完全新作という大きなリスクを背負っている。若きディレクターの「挑戦」に結城氏と菊田氏は、かつて自分たちがリスクしかない業界に飛び込んでいった「挑戦」を重ねて見ているのかもしれない。