2030年のゲームクリエイターが担う役割は「編集者」
──そういう未来になったときに求められるクリエイターの才能はまた少し変わってくるものなんですか?
大前氏:
求められるスキルセットはガラッと変わると思います。人間が今まで手作業でツールの力を借りてデータにする作業、つまり翻訳作業をする必要がなくなってしまう。
いまのクリエイターと呼ばれている若者たちが何を使ってクリエイティブを作っているかというと、スマートフォンが多いんですよね。そして今後は、3DCGを作るために3DCGツールを学んだり画面で三面図を見ながら作業したりする世界から、急にカメラの前で演技をする世界に変化する。
VTuberとか分かりやすいかもしれませんが、演技が上手いやつの方が役に立つことになる。いまスマホでTikTokやYouTubeの映像を作っている人の経験値がダイレクトに3DCGアニメ制作に使えるようになる。それが2030年の変革に繋がっていくと思います。
──そうなったとく、絵を描く力がないのに「こういうのがウケる」という視点を持っている人こそが、めちゃくちゃ人気になるって可能性もあるのでしょうか?
大前氏:
そういう人も出てくると思いつつ、「そういう世界になる」とはあまり思っていないですね。ウケるウケないの感覚や趣味趣向って、すごく小さい粒度で存在しているじゃないですか。そのひとつひとつの感度が高い人がウケるものを作るんだろうなと。
今の世界は全方位に創作物が氾濫していて、もうおじさんになるようなぼくらの世代でさえ、それを浴びるように摂取して生きてきているので、何を創作するにしても「コラージュを作っている」という指摘から逃れられないと思うんです。
ですが、いま最前線で作品を世に出しているクリエイターの方々は、それを自分の作品としてまとめる能力が高いから素晴らしい作品が生まれる。そこにあるのは、やはり自分の「好き」をいかに分解して理解し、「これのどこが大事な要素なのか」を正しく再構築できる能力だと思うんですよ。
ちなみに僕は、「Stable Diffusion」を使ってみたけど良い絵は出なかったですしね(笑)。
──なるほど(笑)。
大前氏:
求めている絵に対する「理解の解像度」が低すぎたんですよ。「どうしたらもっと良い絵になるのか」というアイデアがないから、真に迫る一枚に繋がらない。自分がやれることの幅の狭さに愕然としますよ(笑)。
やっぱり良い絵の本質を理解するためには絵が上手くなければいけない。ディテールに迫るためにはディテールの解像度を理解する必要がある。それらは、いろんなものをたくさん見て、いろんなものをたくさん作るというプロセスでしか磨かれません。
AIというテクノロジーに触れて、あらためてアーティストの能力の価値は毀損していかないとも思いましたね。そういうできる人が使ってみると生産量が100倍くらいにはなるかもしれない。ゼロから作らなきゃいけなかったところが、AIを従えて味付け用のキーフレームを一個使えば桁違いの生産量になる。
結局、何も努力しない戦闘力5の人がいきなりAIを従えたところで、戦闘力15にしかならない。AIを装備したら誰でも戦闘力1万になるものではないんですよ。
──「理解の解像度が必要」というのはまさにそうだと思いますね。意外とAIに伝えるべきキーワードが思いつかないから、想像力が必要だぞ、と。
大前氏:
おっしゃる通り。AIが出てきたことで「これは革命的なことが起きた!」と思うけれど、触ってみると違うんですよね。売り物になるものを作れるかというと作れないですから。だからこそ、今の若い人たちに「Stable Diffusion」や「Unity」などのテクノロジーに触れてもらって、何か作ってみるというチャレンジをしてほしいと思いますね。
──それでいうと、「2030年のゲームクリエイター」はどんな役割を担っていると考えますか?
大前氏:
「ニコニコ自作ゲームフェス」などのイベントでアドバイスおじさんをしてきた経験から思うのは、2030年にはゲーム編集者という職業がある程度生まれているのではないかと思います。そして、ゲーム編集者がゲーム作家とタッグを組んで、重要な役割を担いながらコンテンツを作る世界になっていると良いなと思います。
現在でも「集英社ゲームクリエイターズCAMP」や「講談社クリエイターズラボ」といった、マンガ編集的なアプローチでゲームクリエイターを育成するような取り組みを行っています。今はまず、この完成形を見たいなと思っています。
──大前さんが思う、ゲーム編集者に求められる人物像のイメージとは?
大前氏:
僕がいま思う最強のゲーム編集者は「Why so serious?」代表の斉藤大地さんですね。平さんの方が彼のことは詳しいと思いますが……(笑)【※】。
【※】編集部注釈:斎藤大地は電ファミニコゲーマーの元編集部。
斉藤さんのすごいところは、クリエイターの持っているコアとユーザーが見たいものを繋げるために何をすれば良いかを本質的に分かっているところ。世に出したときに受け取るべき人たちが「これは素晴らしい」と思わせるラインがどこにあるのか把握している上で、クリエイターの「こういうことがやりたい」という意思にとことん向き合って、着地させるところまで面倒を見るんですよ。
仮にクリエイターのやりたいことがユーザーの望むラインとズレていた場合は「こういう表現にしたらラインに達するよ」と適切な翻訳作業ができる。この翻訳作業がすごく大事なんですよ。
それができるのは、ゲームのお作法を知っていること。あるいはユーザーの期待値を知っていること。「マンガ編集者は第一の読者になることが重要」とよく聞きますけど、それに近い要素がゲーム編集者にも必要ですよね。ゲームにおける適切な文脈を押さえて話しができるくらいの知識量と、語彙力が重要かなと思います。
──僕も編集者として「編集」を考えてきた口ではありますけど、編集者の大事な仕事のひとつは「引き出すこと」なんですよね。その上で斎藤さんは、漫画や小説などオールジャンルの編集者なのも大きい。
引き出しに入っているアイデアを、どういう手段で伝えるかまで導ける人はおそらくなかなかいない。そういう意味でも、作家さんのやりたいことをゲーム的な文脈で適切に翻訳できる人は稀有ですよね。
大前氏:
このクリエイターとこのクリエイターを掛け合わせたら、このクリエイターとこのIPを掛け合わせたら強いコンテンツになることもあるじゃないですか。斉藤さんがやった「Team Ladybug」という2Dアクションが得意なチームと、『東方Project』や『ロードス島戦記』の掛け合わせもバッチリでしたよね。
それはプロデューサーの能力かもしれないけど、「このクリエイターの能力を最強にするためには、どういうセッティングをすると良いのだろうか」と考えることも、ある意味では編集の能力だと思うんですよ。『ドラゴンクエスト』を作る時に、鳥嶋和彦さんが鳥山明さんを連れてきた話しもありますけど、そういう繋がりを作ることもゲーム編集者の仕事なんじゃないかなと。
──鳥嶋さんなんかは、『クロノ・トリガー』で鳥山明さん、坂口博信さん、堀井雄二さんという、当時のまさに“最強の組み合わせ”を実現していますもんね。
大前氏:
そうそう(笑)。「Why so serious?」でも同じようなことが起きている感じがします。
──たしかにそうですね。しかも、インディーズゲームから火種を作ろうとしている。
大前氏:
それが2030年の世界に向けて何か起きそうという期待感が一番あるところですね。「Unity」に関係のない話ですけど(笑)。
今年30歳の人たちにぶっ刺さるコンテンツのリメイクが2030年に生まれる
──先ほど未来のアニメの作られ方についてお話いただきましたけど、「2030年のゲームの作られ方」については何かイメージはありますか?
大前氏:
アニメーションやAIに関しては先ほど話したことがゲームの作り方にも共通すると思うけど、それ以外の部分は全く分からない(笑)。「Unity」もレイトレーシングができるようになったり、どんどんキレイな絵が作れるようになったりしています。
※今年3月に公開され大注目を集めた「Unity」のリアルタイムデモ映像「Enemies」。月並みな表現ながら「まるで実写」。
だけど、みんながみんなリアルでキレイな絵で遊びたいかというと必ずしもそうではない。ビックタイトルでさえスタイライズドな絵作りをしている。だから、どういう方向性になるかは未知数なんですよね。
以前、一瞬だけ「VRヘッドセットをかぶってゲームを作ることになるかな」と思ったけど、ならなかったし……。VR空間に入って直接モノの配置やディテールを詰められたら便利だと思ったけど、結局ヘッドセットは疲れるしやらないよなって(笑)。
逆に8年前を考えると、2014年でしょう。2014年ってどういう時期でしたっけ?
──そんなに変わっていないかもしれない……。
大前氏:
2030年にはUnityよりもライトな環境でゲームをオーサリングして共有して遊ぶプラットフォームは増えているかもしれない。それこそ『マインクラフト』や『Roblox』などですよね。「今日はこういうルールでこういうことをやろう」と毎日即興で新しい遊びを考えて、その中で面白かった遊びは何日も続けて遊べるプラットフォームが増えるんじゃないかなと。
──『マインクラフト』や『Roblox』のような単一のプラットフォーム的なものが伸びていくのか、もう少し汎用的な環境にいくのかは注目ポイントかもしれないですね。
大前氏:
もっと一般的なものになっていくだろうし、本格的なゲームエンジンのような続編を作る流れが出てくる可能性もありますよね。
──マクロ視点での「2030年のゲーム」に関する、大前さんの見解を聞きたいです。
大前氏:
今もですけど、ゲームに関しては原点回帰をしている感じがあります。オンラインゲームで世界中の人たちと繋がって遊ぶことが楽しいというよりも、同じ地域の人や身近な友達と遊んだ方が楽しいとなっていくサイクルで起きるのかなと。2022年の現状を見ると、みんな世界中が繋がっていることに疲れちゃっているような感じがするんですよ。
一方で、世界でウケることは商業的な成功でもあるし、大きな連帯感にも繋がる。それこそ多くの人たちが『Undertale』をプレイしていましたけど、だからこそ共通で語れるストーリーがあると思う。なので、ローカリティとグローバルの新しいバランスを体験することになるのだろうなと。
ただ、ゲームの消費のされ方、遊ばれるコンテンツ自体は、2030年になってもそこまで変わらないと思います。今後の日本は少子高齢化で子どもの数は増えないので、ゲーム人口はおじさん・おばさん、おじいさん・おばあさんという大人のプレイヤーが増え続ける。
いまだと、一番お金を使ってくれる大人世代と新しくファンになって欲しい若い世代の両方に狙いを定めたデュアルチャネルマーケティングをしていますよね。『桃太郎電鉄』が令和で大ヒットしたことにも繋がっていると思うんですけど。
そういうことを含めて考えると、2030年は高齢者世代・大人世代・若者世代というトリプルチャネルマーケティングになっているのだろうと。すごくいやらしい読みですけど、今年30歳前後の人たちにぶっ刺さるコンテンツのリメイクが、2030年に生まれるんじゃないですかね(笑)。
──ははは(笑)。いまのゲームって、スマートフォンのアプリを含めて高度になり過ぎているから、次に爆発的に成長する場所は、それこそ『Roblox』みたいなものの延長線上にありそうな気がしますね。
大前氏:
『マインクラフト』と『Roblox』が2030年からもう一度盛り上がる可能性はあると思います。あるいは『怪盗ロワイヤル』のようなコンテンツの可能性もあります。
──ちなみに、いまってゲームエンジンがゲーム産業以外にも使われ始めているじゃないですか。「ゲームの人」と「ゲームじゃない人」が出会ったり組み合わさったりして、面白いイノベーションが起きるのでしょうか?
大前氏:
いまでも実際にありますね。たとえば、「職業系のトレーニングをVRでやる」のは「ゲームの人」と「それ以外の人」たちで起こっている面白いことですよね。
ほかにも、元ゲーム開発者が「Unityで脳外科系の手術をするためのテクノロジーを作る」とか。リアルタイムでは難しいと思っていた体験と近似する体験をゲームで再現して、それをゲーム以外の産業が受け入れた時にイノベーションが起こるんですよ。それはここ数年での大きな変化ですよね。
「自動運転AIのトレーニング」も、以前はトレーニング用のマシンを使って、トレーニング用のセンサーを積んで、トレーニング場で走らせないといけなかった。そういう物理でのトレーニングって何パターンもできないし、危険性を考慮して一人ではトレーニングすることができない。
それをゲームの人に協力してもらうことで、AI学習させるためのシナリオに沿って、ゲームエンジンを使って何パターンもトレーニングできる。しかも一人でできるようになるから、めちゃくちゃ早く安く済むようになったという話しも聞きます。
──そういうさまざまな産業分野におけるUnityの開発事例や技術的なナレッジを10月25、26日開催の「SYNC 2022」で学ぶことができるんですよね?
大前氏:
はい。いろんな人、産業のいろんなアイデアが共有される場です。それをまたいろんな産業の方たちが見て、ああだこうだ言い合って、振り返って見たら「SYNCのタイミングでチャットしたのがスタートなった」とか「SYNCがキッカケに起業しました」となるような、次なるイノベーションが生まれる場所になるだろうと思います。
──それでは最後に「SYNC 2022」に参加される若いクリエイターの方たちに向けてメッセージをお願いします。
大前氏:
今回からつけた「SYNC」という名前には、英語圏の「Let’s sync up!」(近況を報告し合おう!)の意味が込められています。コロナ禍でお互いに何をしているのか見えない状況が長く続いてしまったからこそ、「Unity」に対してコミュニティのみなさんがお互いに何をしているのか、同期するのがもっとも大きなテーマです。
年齢関係なく、隣の才能のあるクリエイターがやっていることを聞いたり見たりするとワクワクする。新しいこと・面白いことをしている人を見つけたら「自分も頑張らなきゃ!」とやる気が湧くか「俺はもう頑張らなくてもいいや……」と絶望するかは分かりませんが(笑)。
ただ、強いエネルギーがたくさん集まるところに自ら身を置くだけで得られるものはすごくたくさんあります。なので、まずは飛び込んで、そのエネルギーを浴びてほしい。
60以上、いろんなジャンルのステーションがあるから、ゲームを作りたい人、IT産業で頑張ろうとしている人、それぞれに適した内容を探してみてください。そして、それを見たことによって、自分が気づかなかった活路・方向性など学べることはたくさんあるはず。ぜひ「SYNC 2022」に飛び込んで刺激を受けてください。(了)