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『ダイの大冒険』『仮面ライダーW』三条陸が語る、「ヒーローの条件」とは?──どんなにカッコよくても、「頑張れ!」と思えなければ好きにはなれない

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ダイで危惧したのは、「当時のジャンプに〇〇を使う少年がいなかった」こと

──ここからは「漫画原作者」としての三条先生に迫っていこうと思います。『三条陸 HERO WORKS』では、「『ダイの大冒険』はゲーム『ドラゴンクエスト』のままにするのではなく、オリジナルの作品にすることを決定づけた打ち合わせがあった」ということが語られていました。その打ち合わせでどういったことを話されていたのかを、もう少し詳細に聞いてみたいです。

三条氏
 まず、鳥嶋(和彦)さん【※6】から「ドラクエ4のバックアップ企画の一環として、ドラクエの読み切り漫画を本紙に載せたい」という話がありました。その読み切りのプロット制作を依頼され、堀井さんの許可をいただいたのちに鳥嶋さんとディスカッションしました。

 その時に最大の問題として挙げられたのが「ゲームの漫画は、ゲームの内容をネタバレするわけにはいかない」ということです。しかも『ドラクエ』はRPGだから、より最後のオチを明らかにするわけにはいきませんよね。

 そして、当時のゲームを漫画化した作品は「ゲームの冒頭の部分だけを漫画にして、そのまま終わる」ものが多かったんです。それでは、まず読者アンケートは取れません。本当にただゲームに誘導するための「タイアップ漫画」で終わっているものが大半でした。

 そこは堀井さんも「漫画でゲームの内容をネタバレしてしまうと、ジャンプの読者もゲームのファンも両方興ざめだから、嫌だよね」という意見でした。そこで、「ドラクエの世界観はそのままに、全く別の主人公で新たなストーリーを展開してみるのはどうだろう」という案が出たのが、『ダイの大冒険』の始まりですね。これが、あの打ち合わせの真相です(笑)。

※6「鳥嶋和彦氏」
週刊少年ジャンプ第6代編集長、Vジャンプ初代編集長を務めた鳥嶋和彦氏。『Dr.スランプ』『ドラゴンボール』などの担当編集としても知られている。ちなみに「マトリフ」は鳥嶋氏がモデルだそう。

──そこで『ダイの大冒険』の枠組みが決まっていったのですね。そこから漫画でオリジナルのストーリーを展開するにあたって、三条先生は「ドラクエのどんな要素が使えて、どんな要素が漫画で使ってはいけない」という基準を決めていったのでしょうか?

三条氏
 まず「オリジナルの勇者がいて、こんな風に活躍しました」というゲームとは全く違うストーリーを描いたとしても、それはそれで読者からすると興ざめだと思ったんですよね。ある程度はゲームに寄せた方がいいと考えました。

 そしてオリジナルの展開が許可された段階で、「ゲームから一部の要素を抽出して拡大した番外編」を描くことにしました。なぜなら、まず読者が一発で「あぁ、これはドラクエのメインストーリーとは別の物だな」と理解できる必要があったからです。ゲーム本編とは別物だけど、元々あるテイストは残して魅力的に伝えなければいけませんでした。

 そこで注目した「ドラクエの要素」こそが、「鳥山先生がデザインしたモンスター」でした。スライムやドラキーなど、鳥山先生がデザインしたモンスターはとても可愛くて魅力的ですよね。ですが、その魅力があると同時に「かわいいスライムなどをズバッと剣で真っ二つにするところも見たくはないな……」と気がつきました。

 そこで、「勇者がモンスターを味方につける」というアイデアを思いつきました。
 「モンスターたちと一緒に育ったから、モンスターがみんないうことを聞いてくれる」という主人公を立てつつ、「勇者がモンスターたちを従えて悪いやつをこらしめる」という、ゲーム本編とは完全に逆の構造を作ることに成功したんです。これが読み切り版の『デルパ!イルイル!』【※7】になります。

 これであれば「ドラクエ本編のストーリーではないとわかってもらえる」「鳥山先生のモンスターを魅力的に使う」という要件をクリアしつつ、しっかり漫画として面白い仕上がりになると考えました。

 なので、『デルパ!イルイル!』の始まりは「ドラクエのモンスターにフォーカスした読み切りをやってみよう」というシンプルなアイデアからだったんですよね(笑)。

※7「デルパ!イルイル!」
『ダイの大冒険』の序章でありながら、読み切りとして掲載された作品。主人公のダイが「デルパ!」「イルイル!」と唱えるとモンスターを出し入れできる「魔法の筒」を使って戦うお話。

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──そして読み切り版を経て『ダイの大冒険』の連載が始まりますが、個人的に印象に残っているのが「1話でいきなりポップがメラゾーマを撃つ」ところです。
 普通であれば徐々に呪文のランクを上げていくと思うのですが、『ダイの大冒険』の場合は1話からメラゾーマが出てきます。あの「いきなりメラゾーマ」は子供ながらにすごく興奮したのですが、やはりあれも計算した上での展開だったのでしょうか?

三条氏
 あれは「最上位の呪文を使えるものを弟子に持っている=つまりアバンは相当すごい」ということを読者に理解させる狙いがありました。だからこそ、1話でいきなり最上位の「メラゾーマ」をポップに撃たせたんです。そして、「メラゾーマくらい強い呪文も全く効かないような強敵」がバンバン出てくることもしっかり想定していました。

 少し話が逸れてしまうんですが……僕が『ダイの大冒険』の連載を開始する時に感じていた不安が、「当時のジャンプのヒーローに、剣を武器にしているキャラがあまりいなかった」ということでした。当時のジャンプのヒーローのバトルスタイルは、「拳」が主流だったんですよね。

 要は、「脱ぐとムキムキで、拳と拳の殴り合いで相手を倒せる」というヒーローが主流でした。素手じゃないにしても、「かめはめ波」のような手から放たれるビームや掌圧などで戦うことが基本的なスタイルだったと思います。だから、最初は「ジャンプの読者にとって、少年のキャラクターが刃物を持って相手を斬りつけるのは抵抗感があるんじゃないか?」と考えていたんです。

 そこで解決策として用意したのが「出てくる敵全員が、どれだけ剣で斬っても全く傷つかないほど強い」という設定です。
 というか……「もうこれしかないだろう」と(笑)。

 そしてポップのメラゾーマもこれと同じ解決方法で、「どれだけ最強の呪文でも全く効かない相手」を出せばいいだけです。主人公たちの手札が強い分、敵もすごく強くしました。

 つまり、『ダイの大冒険』の敵がとにかく強いのは、僕自身「剣を振り回す少年の主人公」に警戒心があったからなんですよね。たとえば序盤に「ハドラーがパプニカのナイフを指で止める」というシーンがあったと思うのですが、あれは「刃物が効かないくらい強い敵」ということを描写しているんです(笑)。

──そんな理由があったんですね!

三条氏
 『ダイの大冒険』から少し経つと『るろうに剣心』などの連載が開始されて、「主人公が剣を振るう作品」は結構出ましたよね。まぁ、剣心は「少年」ではなかったですけれども(笑)。

 ただ当時のジャンプでは「剣を振るう少年のヒーロー」は全くと言っていいほどいなかったので、「いくらドラクエとは言っても、子供がバンバンモンスターを切り裂いてしまうのは結構キツイ絵なのではないか?」と考えていました。先ほどの「スライムが真っ二つにされるのは嫌」問題に近いですね。

──ハドラーの両手が斬られるシーンがあったり、なんとなく『ダイの大冒険』は「斬撃」描写の印象が強いです。

三条氏
 ある程度キツい絵にならないようにしつつも、「斬る時は斬る」ようにしています。

 基本的に、「普通に戦っても攻撃が弾かれるくらいの強敵が切り伏せられる」分には読者も納得すると考えていました。要するに、「剣を持っている」ことによって主人公が有利に見えてしまうのが、あまりカッコよくないのだと思います。

 やっぱり「剣を持っている主人公が相手を傷付けたら、簡単に斬れます」ということは当然の話ですよね。だからこそ、「剣を持っている主人公でも決して有利ではないくらい、強い敵が出てくるようにしなきゃダメだ」と考えました。

 ダイを描く時は「子供に残酷な行為をさせているように見える」「得物を持っている時点でバトル漫画的に有利に見えてしまう」などの問題には気をつけていましたね。これは僕のバランス感覚というか、「読者から見た時に過度な描写にならないように」という警戒から来ている部分なのかもしれません。

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(画像はYouTube | アニメ「ドラゴンクエスト ダイの大冒険」 第4話予告 「魔王ハドラーの復活」より)

──『ダイの大冒険』の原作を読み返した際、「ダイが冒険に旅立つまで」がほぼ単行本1冊にまとまっていることにすごく驚きました。「なんて綺麗にまとまっている1巻なんだ!」と、感動すら覚えました。

三条氏
 その当時、漫画は大体10話くらいでスパッと終了するものが多かったため、ある程度は「10話で話をまとめること」を意識する必要があったんです。当時のジャンプはよく「10週打ち切り」なんて言われていましたからね。

 逆に、10週の間に人気が出た漫画はしっかり10週目に巻頭カラーがもらえるんです。その巻頭カラーをもらえたら、ずっと連載が続くのはほぼ確定です。

 当時は「10週か、一生か」なんて言葉があったくらいですね。
 ……怖い言葉がゴロゴロありますよね、あの編集部は(笑)。

一同
 (笑)。

三条氏
 だから、その10週の間で『ダイの大冒険』にしっかり人気が出れば、ダイが島から旅立つあの場面が巻頭カラーになるはずだと考えていました。その上で魔王軍の組織図を大きく見せて、「これから闘いが始まるぞ」というフックを作る予定でした。

 逆に、もし人気が出なくて打ち切りが決まってしまったとしても、「主人公が旅に出るところで終われば、綺麗な終わり方でしょ?」と考えていました(笑)。連載継続と打ち切りのどちらに転んでも区切りが良いように、最初からあの10話を構成していましたね。

 だから、実際の10話の巻頭カラーで魔王軍の組織図と、ダイが旅に出るあの場面を2色ページで見せられた時は、本当にホッとしました。「あぁ良かった。とりあえず使命は果たせたな」と……(笑)。

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(C)三条陸/集英社

「ゲームの漫画化」という難題に、『ダイの大冒険』はどう立ち向かった

──先ほど「『ダイの大冒険』はドラクエ4のタイアップ漫画として始まった」とおっしゃられていましたが、実際に三条先生が『ダイの大冒険』を描かれる以前に『ドラクエ4』の大まかなストーリーなどは聞いていたのでしょうか?

三条氏
 発売前にテストプレイが可能な『ドラクエ4』のROMをお借りすることはできました。あれは……かなりの役得でしたね(笑)。まずジャンプ編集部にROMが送られてきて、まず最初に鳥山先生や鳥嶋さんがプレイした後に、僕のところへ回ってきていました。そしてみんながクリアしたら、エニックスに返すという……(笑)。

──編集部内で回してプレイされていたんですね(笑)。

三条氏
 順番的に、僕は結構早めにプレイさせてもらっていました。

 これから出る『ドラクエ4』を発売前にプレイできた時は……流石に「これはすげえ!!」と思っていました。当時の『ドラクエ』はみんなが発売初日に徹夜しながら並んでようやく買えるようなゲームでしたからね。あんな優越感を感じたことは中々ないです(笑)。

──これも個人的な感覚になってしまうのですが、『ダイの大冒険』と『ドラクエ4』は「魔王が最初から攻めてくる」という点で、子供ながらにシンパシーを感じていました。最初の『ドラクエ』三部作を遊んだ時に思っていた「魔王は最初から攻めてこないの?」という疑問に対して、作り手からアンサーが帰ってきたような感覚がありました。両作のあの展開は、たまたまシンクロした形だったのでしょうか?

三条氏
 『ダイの大冒険』の初期は僕が『ドラクエ4』を遊ぶより先に連載していたので、あの展開は本当にたまたまシンクロしたような形だと思います。

 『ドラクエ4』がああいった展開になっていったのはRPGのストーリーとしての正統進化だと思うのですが、『ダイの大冒険』の場合は、まず「ドラクエをジャンプの漫画として成り立たせなければならない」という考えからあの展開になっています。

 つまり、「ジャンプ漫画の定番を、どうドラクエワールドに落とし込むか」ということが大切でした。たとえば、「自分を犠牲にして仲間を守る」という定番の展開は、「メガンテ」として落とし込んでいます。「ドラクエの世界観から、ジャンプ式のドラマに使えるものを持ってくる」という感覚ですね。

──先ほどから何度か話されている「ただのバックアップ漫画だと思わせない」という手法は、今もなお、ほとんどの原作つき漫画が乗り越えられていない問題だと思うのです。そこを乗り越えるにあたって、三条先生は具体的にどういった点を工夫していたのでしょう?

三条氏
 まず最も避けるべきだと感じたのは「ジャンプの読者に認められないということです。もちろん『ドラクエ』のファンに読んでいただくことも大切ですが、「ジャンプで連載したけど、人気が出ませんでした」というパターンは『ドラクエ』に一番申し訳ない形になってしまうんですよね。

 つまり、多少『ドラクエ』のルールを破ったとしても、まずはジャンプの読者に喜んでもらう必要がありました。シンプルに「漫画としてジャンプで成功を収める」ということが、最もドラクエを立てる方法だったんですよね。

 だから、『ダイの大冒険』は常に「ジャンプの漫画として立っているか」を前提に物語を考えていました。まず最初にある程度ストーリーの枠組みを作り、「これなら漫画として大丈夫だ」と思えるようになった段階で、後から『ドラクエ』的な魅力やテイストを盛り込んでいくことが多かったです。

 とにかく、「剣と魔法の世界観のジャンプ漫画として成立しているか」を主に考えて作っていました。

──逆に「ジャンプの漫画として面白く」作る中で、『ドラクエ』の要素が制約になることはあったのでしょうか?

三条氏
 それは「これはドラクエの世界にはあるけど、ダイの世界には存在しない」と考えることで、うまく細分化して対処できると思いました。つまり、「あるにはあるけど、作中では描かれない」感じですね。

 たとえば、『ダイの大冒険』では「ザオリク」は言葉だけしか出てこないんですよね。漫画的に、「ザオリク」はあっちゃいけないと思ったんですよ(笑)。

 なぜなら、「人が生き返る」って普通ならドラゴンボールを7つ集めてやってることですからね(笑)。それくらいのことを呪文一発でできてしまったら、絶対にダメだと思いました。読者もそれは絶対に納得できないですよね。

 そして「ザオリク的なものはかつて存在したかもしれないが、現在はこの世界で使える人はいない」という設定を作りました。でも、「ザオラル」はギリギリアリにしています。なぜならザオラルは「生き返らせようとしたけど、ダメだった」という演出に使えるからです。レオナがザオラルまでは使っているのはそのためです。

 だから、「ザオラルまでは許容できるけど、ザオリクはジャンプ漫画的にはナシ」という感じですね(笑)。とにかく、「ドラクエの要素そのものをナシにはせずに、あくまで“ダイの世界では使えない”だけ」といった書き方をしています。

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『ダイの大冒険』連載当時の「ベギラマ」のラフスケッチ。三条先生の「ドラクエをジャンプに落とし込む」手法がよく伝わってくる。(C)三条陸/集英社

──その「ジャンプ漫画にドラクエの要素を落とし込む」という点では、やはりあの「……今のはメラゾーマでは無い メラだ……」でお馴染みのシーンが印象的です。

三条氏
 あのシーンはRPGのパラメーター設定から考えると比較的自然ではあるんですよね。まず「魔法攻撃力」的なステータスが存在していて、「たとえ同じ呪文だったとしても、そのステータスが高い奴が使った方が強い」という設定自体は結構自然だと思いました。

 でも、あのシーンは「これまでの展開で大体の呪文を使い果たしてしまったけど、大魔王が出てきたから何かしなければならない」という問題の果てに出てきたんですよね(笑)。もしあそこで「メラゾーマ」よりも強力な呪文が出てきたら、それはアウトなんです。

 『ドラクエ』には存在しない上位の呪文を漫画で勝手に作り出し、「これが最強の呪文ですよ!」と出てきた場合……僕がゲームのファンだったら間違いなく興ざめしてしまうんですよね。

 逆に、「メドローア」のような、元々ゲームには存在しない呪文であればある程度は許容できます。しかし……「バーン」という名前だからには、やっぱり火炎系の呪文を使わせたかったんです。

 だから、「メラゾーマを撃ってきたと思ったら、それはバーンにとってのメラだった」という形で作り上げていきました。そしてカイザーフェニックスに関しても、「カイザーフェニックスという必殺技はあるけど、あれはバーンのメラゾーマがすごすぎるだけ」というロジックを用意すれば、ジャンプ漫画的な演出もしつつ、ドラクエファンにも納得してもらえると考えました。

 これらの演出やロジックを徹底したことで、最終的に「メラゾーマよりも強い火炎呪文は、この世にはありません」という当時の『ドラクエ』準拠の世界観を守ることができました。

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(画像はYouTube | アニメ「ドラゴンクエスト ダイの大冒険」 第95話予告 「最大最後の逆転」より)

三条先生の「ヒーローの条件」とは?

──続いては「アバン」についてお聞きしたいのですが、『三条陸 HERO WORKS』内でも「アバンは想像以上に読者から人気が出た」という風に書かれていましたよね。

三条氏
 アバンのようなキャラクターは、「一見すごそうに見えない」という点がポイントだと考えていました。「全然すごそうに見えない上にうさんくさい人が来たと思ったら、実は本当にすごい人だった」というオチがつきますから(笑)。

──アバンは、自分の探求心からいろいろな学問などを研究する「学者的な勇者」というキャラクターですよね。なんとなく「勇者」は戦いの中で強くなっていく「戦士」のようなキャラクターが普通だと思っていたのですが、アバンの「知恵を駆使する勇者」というキャラ性には驚きました。

三条氏
 まずアバンを作るにあたって最初に考えた要素は「家庭教師」でした。読み切りを載せた時に鳥嶋さんが「ダイのキャラクター像が、子供が感情移入しやすくて良いね」と褒めてくれたところから、より子供たちが感情移入できるような設定を膨らませたんです。

 ……鳥嶋さんにしては珍しく褒めてくれました(笑)。

一同
 (笑)。

三条氏
 本当は勇者になりたいのに、ブラスじいちゃんから「お前は勇者を守る魔法使いになれ」と言われて、得意でもない魔法ばかり練習させられている……というダイの状況を、「本当は追いかけたい夢があるのに、親から言われて別のことをやらされているような子供たちが共感しやすい」と褒めてくれたんです。

 そこで「確かに子供たちの学校の状況と照らしあわせることのできるキャラが良いかもしれない」と気づいたのが、アバンの始まりです。

 そこから「レオナが島に家庭教師を送ってくれる」という設定を固めつつ、「学校」的なモチーフと絡めるようにストーリーを作っていきました。まず「勇者業を教えてくれる家庭教師」という時点で、キャラとして十分面白いですよね(笑)。その「家庭教師」という要素を発展させて、学者的なアバンのキャラ像を立てていきました。

 ちなみに、アバンの人となりやしゃべり方は当時のジャンプにいた近藤裕さん【※8】がモデルですね。「とっととやらないと死んじゃいますよ」とニコニコしながら言い放つあのキャラの濃さが、本当に印象的だったんです(笑)。

※8「近藤裕氏」
『ドラゴンボール』の二代目の編集者を務めた近藤裕氏。「フリーザ」のモデルになった人物と言われている。

──なんとなくの感覚になってしまうのですが、勇者としての使命を果たすダイに比べると、アバンの方が勇者生活をエンジョイしているように見えます。

三条氏
 『勇者アバンと獄炎の魔王』【※9】でも描かれているのですが、アバンは「なにかに秀でている人は、結局あまり得をしない」ことを子供の頃からわかっています。だから、アバンは「爪を隠すこと」ができるんです。

 一方、ダイは勇者の存在に憧れて育っているから、自分の中に「勇者の理想」のようなものを持っています。そして、何もかもが理想通りにはならないことを戦いの中で知っていく……という感じです。

※9「勇者アバンと獄炎の魔王」
2020年より連載が開始された『ダイの大冒険』のスピンオフ。原作を三条氏、作画を芝田優作氏が務めている。若かりし頃のアバンの姿を描いていた前日譚的作品。

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──アバンの考え方として印象的なのが、「強い力は人のために使うべき」という、「利他的」な部分です。この考え方は『ダイの大冒険』以外の三条先生の作品にも何度か登場しているのですが、やはりこの利他的な考えこそが三条先生の考える正義の価値観や「ヒーローの条件」だったりするのでしょうか?

三条氏
 やっぱりそこは僕の根本にある考え方だと思いますね。僕が「確実に悪だ」と思うのは、自分の都合のためだけに大きな力を使ったり、その力でわがままに行動するようなヤツです。これは誰が見ても悪いキャラですよね。

 もし仕事上で何の問題もなかったとしても、「強欲に、自分勝手に振る舞う人」はやはり周囲の同僚からも嫌われますよね。ですから、「大きな力を使って自分の思うままにしようとすること」はひとつの確実な悪だと思っています。

 そして、アバンなどが言っている利他的な考え方はその逆です。「自分以外に力を与えようとする」「自分以外を助けようとする」ということは、確実な善行だと思います。この考え方が、作品のベースになっているのではないでしょうか。 

──その「正義」に関して、『冒険王ビィト』の1話で「里の人とか……世界中の困ってる人たちのためにがんばってるんだ!!(中略)それを正義っていうんだぜ!!」と、ビィトが堂々と「正義」を掲げるシーンがすごく印象的でした。

三条氏
 ビィトが1話で言ったことは、まさにそうだと思いますね。

 「自分の手柄のために戦うのではなく、みんなのために戦う。それが正義だ」と宣言しているシーンです。とはいえ、アレはゼノンたちがビィトに命を預ける展開の前振りでもあります。「他人のために命を預ける」という利他的な行動だったとしても、やはりそこに文脈がなければ読者は乗れないんですよね。

 あの展開に対して、「それを正義っていうんだぜ」というロジックを乗せたようなイメージです。

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(画像はジャンプSQ. 『冒険王ビィト』より)

──その「利他的な考え」と逆に位置しているのが、「ザボエラ」なのではないかと考えています。すごく自己中心的なキャラではありますが、読めば読むほど味わいのあるキャラになっていくような感覚があります。

三条氏
 やっぱり歳を取ってくると、ザボエラに対する感情移入は増してきますよね。「彼はこうするしかなかったんだ!」と段々思えるようになってくるというか……(笑)。

 ザボエラは深層心理で自分に自信を持てていないから、息子すら利用してしまうような自己中心的な行動に走ってしまうんです。ザボエラが死んだ時に「恐ろしいものだ……欲とは……」とクロコダインが口にしていましたが、あれはまさにその通りなんです。

 「(倒れたザボエラを指し)こいつもかつては絶大な魔力で一目置かれた存在だったんだ。それが出世欲に目がくらみ、他人の力ばかりを利用している内にこんなダニのような奴に成り果ててしまった。」
 「恐ろしいものだ………欲とは」

 『ダイの大冒険』より

 つまり、「本当はすごい魔力を持っていたのだからその分野で頑張ればよかったのに、いつの間にか策士ぶって出世ばかり考えるからこんなことになったんだ」ということです。

 でも、ザボエラって自分に自信がないからそんなことはできないんだよね……(笑)。この辺りが「ザボエラの味わい深さ」に繋がっているのだと思います。

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(画像はYouTube | アニメ「ドラゴンクエスト ダイの大冒険」 第33話予告 「ザボエラの奇策」より)

──その「味わい深い悪役」で言うと、「フレイザード」もかなり印象的です。

三条氏
 フレイザードは良いですよね。彼は書きやすいキャラでした(笑)。

 フレイザードやザボエラに関しては、「敵のバランス感」を考えた上で、ああいったキャラになっています。魔王軍には六大団長がいましたが、初期の段階で「半分がダイたちの味方になり、もう半分は敵のまま」と考えていました。実際にクロコダイン、ヒュンケル、バランの半分が最終的に仲間に加わりました。

 その「味方になる敵」に対するコントラストとして、敵のまま出続ける六大団長は「本当に悪いヤツ」を並べておいたということです。ミストバーンなんかも裏切りようがないキャラですし、「残りの半分は絶対に悪側から動かないと思えるキャラにしよう」と考えていました。

 そしてフレイザードはヒュンケルとクロコダインが味方に加わってから戦う最初の相手なので、「コイツはもうとにかく爽快に悪いヤツにしよう!」と(笑)。

──たしかに、ある意味爽やかなキャラですよね(笑)。

三条氏
 フレイザードは「悪役としての返し」が爽やかなんですよね。負い目がないというか、「いいんだよそれで!」と開き直ったような感じで襲いかかってきますから(笑)。

 真っ向から「同情なんか要らねえよ!ワハハ!!」というキャラですし、そこに変な気持ち良さがありますよね。

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(画像はYouTube | アニメ「ドラゴンクエスト ダイの大冒険」 第19話予告 「アバン流最後の奥義」より)
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(画像はYouTube | アニメ「ドラゴンクエスト ダイの大冒険」 第54話予告 「ハドラー対バラン」より)

──悪役の流れでお聞きしたいのですが、三条先生は過去のインタビューでも何度か「ハドラーは当初ここまで活躍するキャラになるとは思っていなかった」と語られていました。

三条氏
 ハドラーはもっとひどい目に遭わせるつもりだったんですが……意外と頑張り始めたんですよね。

 ザボエラと一緒に奇襲していたあの時がハドラーの「一番下」の時期です。
 「とうとうザボエラにまで頼るようになったぞコイツ」と(笑)。

 僕自身も「ここからハドラーをどうすればいいのか」と悩んでいたのですが、徐々に格を上げていくような展開にしていきました。一度底辺を味わったからこそ、ハドラーはハドラーなりの意地を見せるだろうと。

 そこから「ハドラー親衛騎団」の面々を新キャラとして登場させる時に、「復活したハドラーの部下にするのがまとまりが良いな」と考えました。ハドラーは「部下持ち」にしたことによって、よりキャラが深まりましたね。もちろん親衛騎団をバーンの配下として登場させる手もあったと思うのですが、それでも「ハドラーチーム」として立ててしまった方がオイシイと思いました。

 そのキャラ配置も含めて、ハドラーは「頑張り始めた」んですよね。そこから功績も立てて、しっかり終盤まで生き残りました。逆に、最後まで生き残れたからこそハドラーは「自分なりの反省」をすることができたキャラなのだと思います。

──三条先生の描写もすごいのですが、ハドラーが持っているある種の「愛嬌」のようなものは、作画の稲田先生の描き方もすばらしいですよね。

三条氏
 僕と稲田先生の関係は、『あしたのジョー』の梶原一騎先生とちばてつや先生の関係に近いと思っています。梶原先生のロマンチックやロジカルな表現に、ちば先生の温かみのある絵が乗るところなんかは、かなり『ダイの大冒険』も近いところがありますよね。

──『三条陸 HERO WORKS』でも「作画の稲田先生がダイの言動にツッコミを入れてくれることがあった」と書かれていましたが、実際『ダイの大冒険』における「原作と作画の関係」はどういった感じだったのでしょう?

三条氏
 「原作」というものは、いわば「設計図」なんです。そして作画は、映画で言えば「実際の役者の動きを撮影した映像」です。だから、極論を言えば作画こそが漫画における「リアル」だと思います。

 そこで実際のリアルの現場を描いている稲田先生から「ダイはこんなことは言わないと思う」という意見が来れば、設計的にそうじゃなかったとしてもその方が「リアル」なんです。

 最もリアルの現場を理解している稲田先生がそう思うのであれば、間違いなくそちらの方が自然です。このキャッチボールこそが、「ダイの大冒険における原作と作画の関係」と言っても過言ではないと思います。

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ライター
某ゲーム会社勤務のゲーム開発者。ブログ、「枯れた知識の水平思考」「色々水平思考」の執筆者。 ゲームというメディアにしかなしえない「面白さ」について日々考えてます。
Twitter:@hamatsu
編集長
電ファミニコゲーマー編集長、およびニコニコニュース編集長。 元々は、ゲーム情報サイト「4Gamer.net」の副編集長として、ゲーム業界を中心にした記事の執筆や、同サイトの設計、企画立案などサイトの運営全般に携わる。4Gamer時代は、対談企画「ゲーマーはもっと経営者を目指すべき!」などの人気コーナーを担当。本サイトの方でも、主に「ゲームの企画書」など、いわゆる読み物系やインタビューものを担当している。
Twitter:@TAITAI999
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