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いまのVRには最初のとっかかりとなる“マリオ的ソフト”がない──Switch版『ディスクロニア』を発売した梅田慎介がプロデューサー・岸上健人に聞く「#メタバースくそくらえ」の真相

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「#メタバースくそくらえ」の真相と“謎Bロジック”への危機感

梅田:
岸上さんにもう少し突っ込んだ話を聞いてみたいんですけど、「#メタバースくそくらえ」【※】の件を教えてもらっていいですか。僕はすごく肯定的に受け取ったんです。ベンチャーキャピタルからお金を引っ張る概念としてのメタバースが世の中に広がりすぎているなか、MyDearestさんはメタバース会社でもあるけど、本質的にそれらとは違うと言いたかったんですよね?

※2022年4月26日に岸上さんが出した宣言的なリリース。ネガティブな言葉として広まりつつあった「メタバース」は、もっとワクワクする言葉であるべきで、そうあってほしいという岸上さんの強い願いを込められている。

岸上:
当時、僕らとは別の勢力が急にメタバースでお金の匂いをさせようとしていたんです。でも、メタバースだって本当に面白くないといけないし、本当に触り心地がいいものでないといけない……そのユーザー目線がまったく伴っていなかった流行だったので、そこに疑問符を投げかけたかったんですよ。

Switch版『ディスクロニア』を発売した梅田慎介がプロデューサー・岸上健人に聞く「#メタバースくそくらえ」の真相_015

梅田:
あと、MyDearestさんにとってVRやメタバースはあくまで手段であり、世界観やキャラクターを提供する会社であるとも言いたかったように感じました。一辺倒の“メタバース”という概念だけを売っているような、中身がない会社じゃないんだぞ、と。

岸上:
ズバッといいますね(笑)。でもまあ、そういうことです。要するにビジネス目線だけのメタバースは一時期だけ投資家からお金が集まるかもしれないけど、それでは持続的でないし、結局ユーザー視点がゼロ。なんというか、僕らはVRゲームを作っているBtoCのベンチャー企業ですから。BtoCの厳しさってハンパないじゃないですか?

梅田:
ハンパないですよ。ある意味、BtoCは狂ったものを狂ったように提供するしかなくて…。

岸上:
C(カスタマー)がわざわざお金を払って、スキマ時間にプレイしてくれるなんてことはありえないと思ったほうがいい。BtoBにもいいところはいっぱいありますが、メタバースって本来はBtoCのジャンルで遊んでくれた方がどう盛り上がるかでしかないのに、BtoBの“謎Bロジック”を持ち込まれることに反論したい、というか。

梅田:
謎Bロジック(笑)。すごく同意ですし、ひとつも間違ってないと思います。メタバースも含めてですが、今後VR業界ってどうなっていくんですかね。

岸上:
ハードの進化に関して、極論を言えばあとは値段だけだと思っていて。10月にMeta Quest 3が出たじゃないですか。これは結構大きなことで、Apple Vision Proで話題になったMR(複合現実)の機能を誰にでも届く価格にしたのがQuest 3というイメージなんです。MRって要するに現実とVRの融合ですよね。VRは閉じた世界でしたが、MRは現実の世界も見えているので、障壁がすごく下がったと思うんですよ。

梅田:
無茶な質問をしますけど、MyDearestさんはMRをどう使っていくんですか?

岸上:
MRの良さは、プレイヤーたちの世界をゲームの世界に置き換えられることだと思います。『ポケモンGO』が街をゲームの世界にしたように、MRなら自分の部屋をゲームの世界にできてしまう。だから、その部屋という最小単位にMyDearestの世界観やキャラクターを組み合わせて広げたいとは思いますね。

梅田:
ただ、僕の勝手な考えですが、MyDearestさんはVRのほうが向いている気がします。

岸上:
そうですね。MRモノも作るかもしれませんが、本命はVRだと思っています。MRは自分の生活空間の延長なので、長時間対応できないんです。一方で、VRは世界を無限に作り込めるから長時間対応できる……つまり世界観やストーリーを作りやすい。ただ、MRは入り口としては最適なんです。

梅田:
MRが広まればVRの人口も増える、と。

岸上:
いまのVRはコアな人たちが楽しんでいるジャンルですが、これという入り口がないのでコアとライトな層が断絶している状態なんです。つまり現実かバーチャルしかなくて、ライトに楽しめる中間がない。そこにMRが入ってくるんじゃないか、と見ていますね。

梅田:
『スーパーマリオブラザーズ』で初めてファミコンを触った人が、しだいに『ドラクエ』や『FF』をやり込むようになる……という感じですね。

岸上:
なんでも参入するためのとっかかりがいると思うんですけど、VRには『マリオ』がまだないのに、先行して『ドラクエ』や『FF』がある……という感じがするんです。

Switch版『ディスクロニア』を発売した梅田慎介がプロデューサー・岸上健人に聞く「#メタバースくそくらえ」の真相_016

“遠そうで近い”可能性を秘めたJRPGと生成AIの相性

梅田:
この連載でゲストのみなさんに聞いているのがAIについてなのですが、岸上さんに特に聞きたいのはVRとAIの関わり方。MyDearestさんはAIをどのように導入しようとしているのか、していないのか。

岸上:
僕らの世代ってAIが超好きでAI信奉者だと見られがちなんですけど、僕は中立ぐらいです。誰でもできるところをAIに任せることで、そこに手をかけなくてよくなるというのがメリット。ただ、AIは最大公約数で一番いいものを作るんですけど、結局コンテンツを作るときに大切なのは人間感というか、外れ値をどう出すかの勝負でもあるじゃないですか。

梅田:
レバーパテに蜂蜜をかけてバケットに塗るこの料理も人間にしか思いつかないですからね(笑)。

岸上:
この料理のように、思いもよらない組み合わせは人間が見つけるものだし、工数をかけないと生まれない。だから、ツールとしてAIを使うことで誰でもできることを減らして、人間しかできない作業をいかに人間がやるか…ですかね。

Switch版『ディスクロニア』を発売した梅田慎介がプロデューサー・岸上健人に聞く「#メタバースくそくらえ」の真相_017
「地養鶏のとりさし」はささみ、むね、砂肝の3点。噛めば噛むほど鶏の旨みが感じられるお酒にもピッタリなひと皿。

梅田:
VRゲームを作るうえではストーリーのプロトタイピングみたいなところになるんですかね?

岸上:
プロトタイピングは相性がよさそうですね。あとはNPC。AIによってセリフのパターンを用意してNPCがランダムにしゃべってくれたら、それはそれで面白いかもしれない。

梅田:
ChatGPTにNPCのセリフを100個考えてと言ったらすぐ出てきますからね。

岸上:
だからRPGの進化にはめちゃくちゃつながると思います。特にJRPGとの相性はめちゃくちゃいいですよね。

梅田:
そうなんですよ。AIは物量に強いから、JRPGで膨大なNPCのセリフ量を作るのは向いている気がします。

岸上:
ここぞのセリフは人間が作らないといけないんだけど、NPCってある程度自由度を保てるし、逆にヘンな反応を示したらそれはそれでゲームとしても面白い。JRPGとAIの相性は遠そうで近いというか、可能性はある気がしますね。

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『DYSCHRONIA』は最後までやると情緒を壊すヤバいゲーム

梅田:
時間的にそろそろ最後の話題ですけど、今後MyDearestさんはどういう会社に進化していくんですか?

岸上:
僕はその人にしかない意見を言う尖ったクリエイターが何かを作るのが好きなんですよ。でも、そういう人って全員売れるわけじゃないじゃないですか。なんというか、いろんなクリエイターがウチの会社に入ったら、才能を発揮しやすい場になれればいいなと思っているということなんです。

梅田:
クリエイターたちの“器”になりたい、と。今後の作品にも期待しています。

岸上:
まずは『DYSCHRONIA』を買ってプレイしてほしいですけどね(笑)。僕の20代最後をこのゲームに捧げましたから。『DYSCHRONIA』はSwitchのミステリーアドベンチャーゲームとしてめちゃくちゃいいものになったと思うんですよ。Switch版には3部構成のエピソードが全部入っているんですけど、エピソード1にはミステリーアドベンチャーゲームだという敷居の低さがあると思います。ただ、エピソード2〜3をやるとそのヤバさを感じるというか…。

梅田:
そうですね(笑)。

岸上:
『DYSCHRONIA』はある意味でディストピアものなんです。夢から覚めたくない住民たちが、夢の中に眠り続けることで犯罪のない世界を求める、と。ネタバレない範囲で言うと、そんな中で夢から起きないといけない、絶望の明日を見ないといけない……という結構ヤバい話なんですよね。ストーリーとキャラクターが抱えているヤバさを体験して、情緒を壊してほしいんです(笑)。

梅田:
たしかに、最後までプレイするといい意味で壊れますね。僕らはVRとSwitchを並行して動かすという新しいチャレンジとしてここまでたどり着きましたけど、そんな制作過程をハードルに感じず、Switch版を買う人はひとつのSwitchゲームとしてプレイしてほしいんですよね。

岸上:
まさにそうですね。まずSwitchゲームとプレイしてもらえれば全然よくて、もしSwitchゲームとしてプレイして面白かったらVR版もあることを思い出してほしい…という感じです。

梅田:
買った人はぜひ最後までプレイしてほしいですね。どうか最後までプレイして判断してほしい…それは多くのゲームクリエイターが思っていることですけど。

岸上:
いや、驚くと思いますよ。みなさんが「こうなるんでしょ?」と思っている展開とは絶対に違うという自信はあります。ヘタしたらプレイ中にSwitch落としちゃうんじゃないですか(笑)。

Switch版『ディスクロニア』を発売した梅田慎介がプロデューサー・岸上健人に聞く「#メタバースくそくらえ」の真相_019
『DYSCHRONIA』と世界観のつながりを持つユニバースVR作品『TOKYO CHRONOS』と『ALTDEUS: Beyond Chronos』のSwitch版もTwinPackでリリースされることが発表された。

梅田:
この記事が出る頃には発表されていますが、イザナギゲームズ とMyDearestとの共同の取り組みとして『DYSCHRONIA』に続いて『TOKYO CHRONOS』『ALTDEUS』のTwinPackがSwitchででますし、『TOKYO CHRONOS』の舞台も決まりました。これは、MyDearestさんの世界観をVRの中だけじゃなくて、もっと多くの人に届けたい、という僕の壮大な計画がひとつずつ実現されているんです。僕の中では『DYSCHRONIA』のあるシーンのように、『TOKYO CHRONOS』『ALTDEUS』に遡って、もっと広い世界に届けるというのが目的ですね。

岸上:
いやぁ、最高のコメントですね。『DYSCHRONIA』をプレイした人には分かる泣けるコメントです。自分たちの作ったものがSwitchゲームになるなんて1ミリも思っていませんでしたから。なかなか商業的に成功せず、人生をかけて必死になっていた『TOKYO CHRONOS』を作っていたころに戻って教えてあげたいです(笑)。

Switch版『ディスクロニア』を発売した梅田慎介がプロデューサー・岸上健人に聞く「#メタバースくそくらえ」の真相_020

[対談後記]

対談の中にもあったとおり、僕の知る中で岸上さんは最も「週刊少年ジャンプ」の主人公感がある人物なんですよ。経営者でプロデューサーという似た立場である私だから分かるところもあると思うのですが、無茶苦茶嫌なことをたくさんあつめて鍋にドバッと入れて煮込んだくらい凝縮されたようなできごとがたくさん起こるのですが、そんな中でもいつも岸上さんは笑顔で「なんとかなるさ!」って言っているイメージがあります。私よりかなり若い方ですが、正直そういうところを無茶苦茶尊敬していますし、岸上さんの頼みだったら聞くか…ってなってしまいます。でも、考えてみたら、私のお願いを聞いてもらっていることの方が多いか…(笑)。

 このインタビュー記事が出る頃には、『DYSCHRONIA: Chronos Alternate』のSwitch版が発売され、さらに『TOKYO CHRONOS』『ALTDEUS: Beyond Chronos』のTwinPackのSwitch版が発表され、さらに『TOKYO CHRONOS』の朗読劇化も発表されていると思います。MyDearestさんの作品はキャラクターや世界観・物語としてもとても素晴らしいので、その部分をイザナギゲームズ としてもMyDearestさんと一緒により多くのプレイヤーの方々にお届けできると良いなと思っております。

このインタビューでは伝えきれないくらい、まっすぐで明るくて魅力的な岸上さんみたいな人こそがきっとVRの未来をより素晴らしいものにしてくれるのではないか? と思っています。


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インタビュアー
株式会社イザナギゲームズ プロデューサー 兼 CEO。「デスカムトゥルー」「ワールズエンドクラブ」「冤罪執行遊戯ユルキル」などをプロデュース。また、ゲームのみならず、WebトゥーンやMCバトルなども手掛けている。アニメ作家谷口崇がデザインしたコン梅田というキャラクターで活動することが多い。 Instagram: @kon_umeda
Twitter:@umeizanagi
ライター
1989年生まれ。編集者・ライター。編集プロダクション勤務後、フリーランスに。映画、ドラマ、ラジオなどエンタメジャンルを主戦場に、書籍・雑誌の編集、インタビューの取材・執筆を担当。直近の担当書籍に『The Art of Ron Cobb コンセプト・アーティスト ロン・コッブの仕事』『タローマン・クロニクル』など。
Twitter:@h_ymsk

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