「本当に自分が描きたいものかどうかわからない」に、どうやって立ち向かう
──『崩壊:スターレイル』と「Fate」シリーズは、やはりどちらも「ストーリー」を楽しみにしているユーザーが多いと思います。この「ストーリーでユーザーの興味やモチベーションを持たせ続ける手法」について、お聞きできればと思います。
David氏:
たしかに、私が以前携わっていた『崩壊3rd』もストーリー性を重視したタイトルでした。『崩壊:スターレイル』も合わせると、ストーリーを意識した路線をずっと続けていますね。
具体的に意識していることとしては、やはりそこも「愛と正義」の話になります。ストーリー作りにおいては、自分の中で「愛と正義を、どうやってストーリーで表現しよう?」と考えるところから始め、そこから出てきた問題点をひとつずつ解決していくようなスタイルが多いと思います。
私自身、直接シナリオを書くことは少ないのですが……『崩壊:スターレイル』のシナリオライターの一員(焼鳥氏)は、私が『崩壊3rd』に携わっていた頃から一緒でした。そして、ちょうど『崩壊3rd』に携わっていた時、彼はシナリオ制作で悩んでいることがありました。
ただ、彼のシナリオは既に完成度が高く、こちらから指摘するような点はありませんでした。そんな時にアドバイスしたのは、「“本当にそれはあなたが伝えたいストーリーなのか? 本当にそれはあなたが好きなキャラなのか?” と自分自身に問うことが大事」ということでした。
そのため、ストーリー制作においてはテクニカルな面より、自分自身が表現したいものであるかどうかを問うことが大切ではないかと考えています。ただ、私自身はシナリオ専門の人間ではないので、開発チームの中での脚本を作る能力は中の下くらいではないかと思います(笑)。
一同:
(笑)。
David氏:
最初にプロデューサーを務めた時は、やはりシナリオの表現ひとつとっても、自分自身が細かくチェックを行い、全体をコントロールすべきだと考えていました。ですが、より多くのメンバーと一緒に仕事をするようになり、「彼らの能力をもっと信頼するべきだな」と気づきました。
やはり自分ひとりが「ここを直したい」と思っても、それは自分の好みの問題でしかありません。そして、今の時代にマッチした作品を作るのであれば、私よりも若いシナリオライターの方が描いたものの方が、感性なども含めて今の若いユーザーに響くシナリオを作れるのではないかと考えています。
──奈須さんはいかがでしょうか?
奈須氏:
そうですね。時代、触媒に合わせたシナリオ作りは念頭に入れるべきだと思いますが、それとは別に、ユーザーのモチベーションの在り方を大切にしています。具体的に言うと、どんな物語であれ「謎を用意する」ことです。
世界の謎、キャラクターの謎、テーマの謎……いろいろな「謎」があると思うのですが、結局どんなに面白い話であったとしても、「何の危険も、何の不安もない平坦な世界の話を読みたいか?」と言われると、まぁそうではないだろうと。
なにかどうしても気になってしまう「疑問」がある。
ユーザーにとっての「明かしたいもの」があり、その不明点を明らかにしてスッキリしたいという欲望こそが、集中力を引っ張っていくものだと思っています。
面白い世界観やキャラクターも当然必要なんだけれど、それだけだとユーザーにとってはその世界とキャラのことを知ってしまえば、物語はそこで終わりになる。さきほどDavidさんが言われた通り、謎や疑問がない状態だと、そのキャラが気に入らなければそこでおしまいです。
そうして、ユーザーに「この物語を最後まで読みたい」と思わせる好奇心や知識欲を植え付けた上で、各キャラクターのドラマを回していく。そうすると、自然に興味を惹くことができると考えています。
自分がミステリー好きなのも大きいとは思いますが、これってみんなが当たり前にやることだから、自分が偉そうに言うことでもないのですけどね。
──やはり「ミステリー」から受けた影響も大きいんですね。
奈須氏:
自分の場合、そこにプラスで「美しいものを書きたい」と思っていた。それこそ、無名だった頃から。ただ、「美しいもの」と言っても、その「美しいものを書きたい」という言葉に憧れていただけでした。「自分にとって美しいものとは何なのか」という答えに気づくまでに、すごく時間がかかった。
「奈須きのこにとっての美しいもの」が何であるかを受け入れて、「このカタチを自分の中心に置いておこう」と考えたのが、2010年以降の奈須きのこなんじゃないかと思っています。
──その「奈須さんにとっての美しいもの」とはなんなのでしょうか?
奈須氏:
そうですね。一言でいってしまえば、「成し遂げた後」の人々やその状態が、自分にとっては最も尊重できるものだったようです。
──さきほどDavidさんが「本当に自分が描きたいものであるかを自身に問う」というお話をされていましたが、奈須さんは「本当にこれは自分の描きたい話なのか?」と悩まれることはあるのでしょうか。
奈須氏:
多分、自分はそれを『空の境界』【※4】で出し切ってしまったんですよね。
だから、それ以降は言ってしまえば惰性でした。「自分はこれしか才能がないから、これで食べていくしかない」と自分に言い聞かせていた。「美しいものを書きたい」とは言うけれど、その言葉に縋っているだけだった。
そこからいくつか歳を取り、いろいろなものを素直に受け入れられるようになって。だけどやっぱり対抗心もあったり……。そんなどっちつかずの中で、「結局のところ、人に喜んでもらえるのが自分にとっては一番うれしい」と気がつきました。
この「人に喜んでもらえるのが一番うれしい人種」って確実にいると思うんですが、クリエイターの大半はそうなんじゃないかと思います。自分の心も大事だけどサービスも大事。「作家性とか魂の叫びとかはいずれ勝手に出てくるものだから、今のところはみんなに喜んでもらえればいいじゃん!」と考えています。
※4「空の境界」
奈須きのこ氏が執筆した、長編伝奇小説。当初はweb小説・同人小説として刊行されていたが、後に講談社文庫による文庫版・ドラマCD・劇場版など数多くのコンテンツ展開が行われた。
David氏:
私も、いま奈須さんがおっしゃっていた時期と似た経験をしたことがあります。
奈須氏:
小説のように、自分ひとりの創作活動で終わるものは、結局自分と向き合うだけで作品を作り出して、そこで終わります。
逆に、ゲーム制作のように大きな組織の中で行う創作活動は、自分以外の人に目を向ける必要があります。その時に、自分の心の在り方が問われたり、「自分がやりたいこと」に対する見え方が変わってくるんじゃないかと思います。
──ちなみに、奈須さんが悩んでいた時期は武内(崇)さん【※5】に相談などをしていたのでしょうか?
奈須氏:
していたら何か変わっていたかもですね。武内には「完璧な自分」を見せていたかったので「次も凄いのやるよ」なんて態度で強がってました。最近はもう遠慮なく打ち合わせのたびに「つらいー、つらいー、ゲームしたいー、おいしいもの食べたいー」とか言ってますけど(笑)。
※5「武内崇」
TYPE-MOON代表。『月姫』や『Fate/stay night』のキャラクターデザイン、小説『空の境界』のイラストなど、数多くのTYPE-MOON作品のデザインを務める。
──そうでしたか(笑)。というのも、さきほどDavidさんがおっしゃっていたシナリオライターさんとのお話が「作家と編集」の関係に近いような気がしているんです。そういうクリエイターとして「詰まった」時期に、どのようにクリエイティブ性を拡張されていたのかが気になります。
奈須氏:
やはりそういう時期にクリエイティブ性を拡張してくれるのは、他のライバルたちの作品です。どんなに心が冷え切っていたり、もう下りたいと思っていても、他の方が作ったいいものを見ると……対抗心が燃え上がるんですよね。「チクショウおもしろすぎんだろ、俺だってやってやらァ!」みたいな。
自分だけを薪にし続けているといずれは燃え果ててしまう。
より長く、より熱くなるにはライバルという薪が必要なんだと思います。
David氏:
クリエイターとしては、「仮想の敵」を作ることは割と大切ですよね。
「負けたくない」という気持ちが創作活動に刺激を与えてくれます。
やはり自分だけで考えようとしても、最終的に作りたいものがわらなくなってしまう時があります。そんな時に同じ業界のすごい作品を見て、「自分もこれに負けないものを作る!」と決意したりします。
両者の「ストーリーづくり」の違い。「ゲームを仕掛ける」とはどういうことか
──引き続き「ストーリー」についてお聞きしたいのですが、『崩壊:スターレイル』や『FGO』などの運営型かつRPGの場合、やはりストーリーとシステムの組み合わせが重要なのではないかと思います。そこの「総合的なゲームとしての組み上げ方」について、おふたりにお聞きしてみたいです。
David氏:
そこに関しては、開発当初に何度か過ちを犯したことがありまして……(苦笑)。
当初はストーリーとゲームシステムのデザインを、別々のチームで行っていました。結果としてゲーム全体の構築が上手くいかず、苦戦をしました。
それを解決するために採ったのが、「週に1度、シナリオライターとシステム開発者がミーティングをする」という方法です。
たとえば、システム側が「これからローグライクっぽいコンテンツを出したい」という要望を出し、そこに対してシナリオ側が「では、そのコンテンツにはこんなお話でいかがでしょう?」と、上手く相互作用できるように提案をします。
そこから1~2ヶ月くらいかけて、両チーム同士の認識をすり合わせるようにしていきます。そこでお互いの考えが上手くまとまってから、正式なコンテンツ制作に移るような段取りを決めています。
──なるほど、「模擬宇宙」【※6】などの新コンテンツはそうやって作られているんですね。
David氏:
「模擬宇宙」のようにシステム側の企画から始まることもあれば、逆にシナリオ側から新たなコンテンツの提案があったりもします。
たとえば「クロックトリック」【※7】などは、シナリオ側からの「こういうシナリオを書きたいから、こういうシステムがほしい」という提案で始まったコンテンツです。そういった「ストーリーからシステムが派生する」ケースもありますね。
その上で、「別々のチームであっても、お互いの仕事を理解し合うこと」が重要だと考えています。シナリオライター側にもゲームをしっかりとプレイしてもらい、ゲームシステムを理解してもらう。そしてシステム開発者にも、プログラミングだけではなくしっかりアニメを見てもらうようにはしています(笑)。
奈須氏:
『FGO』はそこまで複雑なシステムを搭載しているゲームではないので、ある程度開発的にも「やれること」が決まっています。だからこそ「FGOでやれることを、どんな見せ方をすればいつもと違うように見せられるのか?」という工夫の部分に、毎年頭をひねっています。
ちょっと昔の話になるのですが……まさに『FGO』を立ち上げようとしていた初期の頃、「奈須さんから、開発陣にFGOがどんなゲームなのか説明してください!」と言われて。もちろん、そこで細かい設定を語ってもつまらない。
そこで説明したのが、「まず、7つの章があります。これをクリアする事が目的だと提示します。この大前提の中で、いろいろやっていきます」ということでした。
ユーザーの視点から見て「このゲームは最初からゴールが見えていますよ」という最終地点を提示する。ただ、この大きな箱の中はまだスッカスカ。
メインストーリーという箱の中に詰め込む季節のイベントやピックアップキャラクターを決めたら、そこに合わせて曖昧模糊とした部分をキュッと絞っていき、ひとつの大きなストーリーにする。これが『FGO』の大まかな作り方です。
実はこれ『stay night』の企画でも同じことをしていて……。多分『stay night』がウケた一番の理由って、最初に「このゲームには7つのクラスがあります」と宣言したからだと思うんですよ。
──それはどういった意味なのでしょう?
奈須氏:
最初に7つのステージを提示した『FGO』と同じように、『stay night』では初めからユーザーに「このゲームには7つのクラスしかいませんよ」と提示しているんです。これは、当時自分が触れていた日本の90年代のエンタメに対してぶつけた部分でもあって。
90年代のエンタメって、基本的に次から次へと強敵が出てくるんです。そして、人気があるうちはそのパターンをずっと続けていく。もちろんその形式も楽しいんだけど……それってユーザー的にはキリがないんですよ。
だからこそ、初めに「7つのクラス」「7つの特異点」というきっちりとした枠を作っておくことによって、ユーザーにはその世界に安心してもらう。安心してもらった上で、隙間だらけの世界をその時その時の旬のもので固めていき、魅力的に見せていく。これが、ある意味『stay night』から『FGO』に共通している部分かもしれないですね。
David氏:
中国のゲーム業界にも、そういった考え方はあります。「ゲームプレイのレイヤー分け」といって、ユーザーにとって毎日から毎週といった一定の期間の中でプレイする内容を最初に決めてもらわなければ、運営型ゲームとしては成り立たないと言われています。
奈須氏:
そして運営型タイトルですから、『FGO』は「年間スケジュール」も決めます。
3年くらい先を見据えつつ大まかなスケジュールを決めて、その枠の中で行う「イベントのタイトル」を決めていきます。たとえば、翌年2月合わせの「バレンタインイベント」を決めたら、そこからどのサーヴァントを実装するかを確定させます。
ただ、これは「3年先の話」の予想。正直、自分たちも3年後に何をやっているかはわかりません。だからこそ、自分たちから見て「この人は1年先に生きている!」と感じるようなイラストレーターさんに「ちょっとこういう設定のキャラを描いてみませんか?」とお声がけしたりする。
そうしてデザインが完成形になった後、改めてシナリオライターさんたちと話して、「こういう仕上がりのキャラなら、今回のイベントはこんな話にしよう」と具体的なシナリオ方針を固めていく。この一連の流れも含め、やはり最初はスケジュールありきで決めていきます。
そして、そのサイクルの中で一番大事なのは、「可能なかぎり、同じことはしない」。
同じことをしていない限りは、少なくともそのゲームの中では常に新鮮なものになる。これが、ある意味運営型タイトルを続けていく上でのシンプルな方針ではないでしょうか。
──『FGO』に参加しているイラストレーターの方は、そういった基準でも選ばれていたんですね。では、奈須さん以外のシナリオライターの方にはどういった指示やお願いをされているのでしょうか?
奈須氏:
まず、『FGO』に参加するライターの方には「FGOはこういうテーマの話です。そして、最後はこういうオチになります」という大まかなストーリーを説明して、あとはみなさんにお願いする形ですね。
その大枠を踏まえてもらえれば、メイン章はそれぞれのライターの作家性を活かしてもいい。逆にイベントクエストの場合は、ゲーム性を活かした上で、ユーザーがほしいものをしっかりと提供してもらう。それぞれのシナリオの形に合わせ、「ちゃんと意義のあるものを書く」ことをお願いしています。
もちろんライターさんごとに特色があるので完全な統一はできないし、たまに「設定的には完璧なのだが、話の筋が優等生すぎる」「話の筋はめっちゃ跳ねてるけど、設定的に破綻してしまっている」といったパターンで問題が生じる時がある。だけど、これこそが自分が求めている「個々のライターの作家性」でもある。
そういう時に、自分が統括として凸凹になっているプロットのパラメーターを調整します。前者の場合は話の筋を調整して、後者の場合は設定を合わせる。この調整を行い、『FGO』という作品の全体のカラーリングを守る。
まぁでも……プロデューサー職はどこもこうなりますよね(笑)。
David氏:
私も、『崩壊3rd』に携わっていた頃からずっとそういう仕事をしています。『崩壊:スターレイル』の場合は、腕のいいライターが揃ってきたので、こちらの仕事量は減ってきました(笑)。
ですが、昨日も焼鳥(崩壊シリーズメインシナリオライター)は黄泉のシナリオに苦戦し、深夜2時まで作業をしていたらしく……。
奈須氏:
『崩壊:スターレイル』のシナリオライターさんに、「もう始まったら心休まる時はないでしょう」とお伝えください……。
一同:
(笑)。
奈須氏:
同人でやっていた頃は、自分の作品を10人が見たとしたらその10人が満足すればいいし、逆に10人全員から文句を言われても「フゥン……」くらいに受け流すことはできました。
でも、タイトルが巨大化していくにつれ、さらに多くのユーザーに自分の作品が見られます。ユーザー数が30万、60万、100万と膨れ上がっていき……最終的に数百万人近くの意見を一身に受けるとか、普通こんなのやってらんないよ!
そして、今まさに『崩壊:スターレイル』チームのみなさんがそういう地獄にいるのだと思います。スタッフさん、がんばって……そして報われて……!
David氏:
奈須先生のおっしゃる通り、『崩壊:スターレイル』が世界中のユーザーから支持を受けている現状について、我々開発チームも大変うれしく思っています。しかし、ユーザーの数が増えるにつれ、「プレイヤー全員の好みに合わせることは難しくなっていく」という点も、我々が向き合うべき課題だと考えています。
たとえば、ストーリーと世界観のアップデートを楽しみにしているユーザーのため、我々は「ピノコニー」のような新たな惑星の制作にリソースを注ぎ、この宴会の星を舞台にヤリーロ-Ⅵや仙舟「羅浮」にも劣らない斬新なストーリー体験をお届けしなければいけません。
一方で、各種コンテンツ面に重きをおいているユーザーのために、「模擬宇宙」や「忘却の庭」といったエンドコンテンツの仕上げや調整に、膨大な時間を費やしてきました。
とにかく、我々は常に運営型タイトルとしてユーザーのみなさまのフィードバックを取り入れ、各種UIや仕様などを繰り返し改善するように心がけています。
開発チームのみんなは本当によく頑張ってくれていて……その結果として、『崩壊:スターレイル』は時代と共に進歩し、常に新鮮なゲーム体験を楽しむことができる作品として仕上げられました!