歴史の「if」を描く難しさ
──『Ronin』には数多くのキャラクターが登場します。しかも、ただ登場するだけではなく、敵としてはもちろん、キャラによっては味方としても操作が可能だったりと、固有のアクションがそれぞれ用意されていました。これだけ多くのキャラを登場させるというのは、かなりの労力が必要となりますよね?
安田氏:
じつは……キャラクターの数については初期から3割ほど削っているんです。
当初はもっと多かったんですよ。幕末について調べたところ、日本人はもちろん、諸外国の方々も魅力的な方ばかりで、モチーフにできるような人物がたくさんいたんです。ただ、選定基準を設けて人数を絞っていって、最終的に現在の人数になりました。
──まさかの回答でした。削ってあの登場人数なのですね(笑)。
安田氏:
登場キャラクターについては「多くし過ぎたかな」とも思っているんです。
我々としては、幕末という歴史を体験してもらううえで、魅力あるキャラクターたちと因縁を結ぶことによって、「世界をより知ることができる」というのが意図としてあったんです。
日本のプレイヤーからすると「ペリーが出てきた」「福沢諭吉が出てきた」と、次から次にキャラクターが出てきても、もともと知っている人物たちじゃないですか。でも、欧米のプレイヤーはそういうわけにはいかない。そこが今作の反省点ですね。
──「井伊直弼や福沢諭吉が居合の使い手であること」や「徳川将軍(徳川慶喜)が手裏剣術の達人だった」など、ゲームとしてのフィクションかと思って調べてみたら、じつは史実通りで驚きました。幕末の人物たちの史実や人となりなどはどのように調べられたのでしょうか。
安田氏:
歴史的な逸話、モチーフといった部分はチーム内外で複数の視点で調べました。加えて、コーエーテクモのシナリオチームには、そのような歴史の考証、ネタを抽出して選別するノウハウが受け継がれているんですね。
これまでのTeam NINJA作品では、だいたい1〜2人がストーリーを担当していたのですが、今作は登場キャラクターが多く、台本の量も膨大になったため、担当メンバーを増員しています。
ストーリー担当のリーダーはアメリカ出身なんです。幅広い視点から見て魅力的な人物を捜し、選定するにあたっては「居合の達人」のようなバトル要素につなげやすい属性を持つ人物も優先していきました。
──ストーリーも史実がそのまま描かれるのでなく、プレイヤーがそこにどう関わるのかという塩梅が絶妙でした。
安田氏:
そこにはやはり“歴史のなりきり”が根底にあります。
我々はこれまで『仁王』や『ウォーロン』といった歴史をモチーフにしたゲームを作ってきましたが、共通するのは「主人公が史実に残っている人物でありながらも謎が多い」ということなんです。
──その部分をもう少し詳しくお聞かせください。
安田氏:
たとえば、今作には坂本龍馬という重要キャラクターが登場しますが、「知名度の高さほど日本の歴史に影響を与えていない説」があるなど、じつは謎が多い人物でロマンがあるんですよね。
『仁王』では、海外から来たウィリアムという人物がなぜ徳川家康に重宝されて侍になったのか。『仁王2』では豊臣秀吉がなぜあんなに出世できたのか。そういった「歴史に紐づいた大きな謎というものを描きたい」というのがありました。
横軸として「歴史」があり、縦軸として主人公たち「隠し刀」の話があります。それぞれのキャラクターたちが、幕末の歴史的に重要な局面にどう関わったのか、という部分を描いたわけですね。
もちろん、史実には残っていない局面もありますので、解釈・定義も含めて演出している部分はあります。ただ……。
──……ただ?
安田氏:
歴史の「if」を描くのは難しいんですよね……。
本当のことを言えば「全員生存ルート」も検討したんですが、ストーリーの展開を考えると「全部入れればいいわけではない」という判断となり、議論の末に現在の形になったんです。
──展開されたifは「あり得るかも?」という絶妙なラインでしたよね。桜田門外の変も、水戸藩ではない者に襲撃される、というのはあり得た話ですし。
安田氏:
水戸藩の扱いは難しかったんですよね。本来であれば真面目に描かなくてはいけないんですが、そうすると我々ですらわかりにくい展開になってしまって……。欧米のお客さまのことを考慮するとさすがにきびしいですし、長州藩士、坂本龍馬とともに井伊直弼を襲撃するというものにしています。
──ちなみに欧米の方は登場キャラクターたちに対してどのような反応をしているのでしょう。
安田氏:
「井伊直弼が強い!」と言われています(笑)。
──斬撃を飛ばしてきますからね(笑)。
早矢仕氏:
歴史上の人物としてではなく、アクションゲームのキャラクターとして捉えている方が多い印象がありますね。「このベテランサムライが強い⁉︎」といった感じで。
そこは、我々日本人のように井伊直弼をはじめとする、歴史上の人物に対する事前知識がないゆえの反応かもしれません。
「ペリーは将軍なんだから戦える」。アメリカ出身のスタッフの熱意でペリーがボスに
──最初のボスがペリーというのも、欧米の方からすると驚きが強かったかもしれませんね。日本人からしても「え? ペリーと戦うの?」と思いましたが(笑)。
安田氏:
最初に制作したボスがペリーだったんですが、彼のイメージといえば肖像画と、昔FLASHで流行った「開国してくださぃよぅ~」と言っている姿【※】くらいしかなくて、戦う姿がイメージできなかったんです。
ですので、もともとの台本ではボスは青鬼だけでした。ですが、アメリカ出身のスタッフが「ペリーは将軍なんだから絶対に戦える!」「戦うべきだ!」とあまりに熱く語ってきたので、戦うシーンを作ることになりました。結果、社内ではめちゃくちゃウケましたね。
しかも最初の調整では、製品版よりも遥かに強くて「ペリーって、こんなに強いの?」と(笑)。
※2000年代初期に流行ったFLASH作品『ペリーのお願い』のこと。俳優・ミュージシャンの宮崎吐夢が声を担当するマシュー・ペリーが、怪しげな日本語で開国を嘆願し続けるシュールさで人気を博した。元々は雑誌「TECH Win」の付録CDに収録されていたもの。
ちなみに2014年には、JRAとコーエーテクモゲームスがコラボレーションした「ダービー無双」の企画でペリーがクロフネに騎乗して参戦している。(※当時の報道資料)
──(笑)。
安田氏:
あと、確実に開発チーム内に新選組ファンがいて、彼らをめちゃくちゃ強くしてくるんです(笑)。
沖田総司もそうですし、近藤勇、土方歳三、永倉新八、斎藤一らはみんな「最強」と呼ばれる人たちなので、どこまで強くするか……となって、結果として全員強くなりました。
──納得の判断だと思います(笑)。
安田氏:
倒幕派、佐幕派のルートに関しては、「最初はみんな倒幕派でプレイするだろうな」と予想していたので、2章に入ってからは佐幕派も魅力的に描き、プレイヤーのみなさんに悩んでもらえるようにする、ということをすごく意識していました。
「比翼の契り」はルビーパーティースタッフの協力、ノウハウがあったからこそ実現できた
──特定のキャラクターと特別な関係となる「比翼の契り」は、最初に見たときに「コーエーテクモ、やりやがったな」となりました(笑)。あのアイデアはどのようなきっかけで生まれたのでしょうか。
安田氏:
ロマンス的な要素を入れることは、じつはプロジェクト立ち上げ当初から決意を固めていたんです。今作では「因縁」を大事にするというのがテーマとしてあったので、その延長としてロマンスを描こうと。
……そう思ってはいたんですが……Team NINJAにはロマンスを描くノウハウがなくて……。いかんせん、それまでは妖怪や武将との戦いを描く、おじさんたちの集まりだったので……。
一同:
(爆笑)。
安田氏:
企画としてはあるのに作ることができなくて、「間に合わないかも……」と思い始めたタイミングで、社内で再編があったんです。
「『Ronin』開発チームにルビーパーティー【※】からスタッフを入れてほしい」と希望を出したところ、幸いにも数名の加入が実現しました。ただ、ルビーパーティーのスタッフはアクションゲームの制作が初めてだったため、いろいろ戸惑ったと思います(笑)。
「比翼の契り」はルビーパーティースタッフの協力、ノウハウがあったからこそ実現できたシステムですね。これまでのTeam NINJAタイトルとは異なるファン層が獲得できましたし、その反応も新しいものになったと思っています。
※ルビーパーティー:「ネオロマンス」シリーズを始めとする女性向け恋愛ゲームの制作チームで、コーエーテクモゲームスの女性向けコンテンツ制作を担当する社内ブランドのひとつ。
──社内再編が助け舟となったわけですね。
安田氏:
実際にロマンスシーンをチェックするときのチーム内の空気がぜんぜん違うんです。これまではだいたい、ボス戦とかが映った画面をみんなで見ていたんですけど、それがロマンスシーンになると……。
──いままで「殺るか、殺られるか」だったのが……。
安田氏:
違う意味で「やるか、やられるか」になりました(笑)。
その空気が違い過ぎて、最初は戸惑いましたね。いきなりロマンスシーンのチェックをするのは心がもたないので、ほかのシーンをチェックしつつ心の準備を行ってから臨むようにしていました。
ただ、戸惑いはありましたが、チェックしていて楽しかったですし、新鮮な体験でした。
──ロマンス描写に関して、ルビーパーティースタッフからはどのようなアドバイスがあったのですか?
安田氏:
けっこう恥ずかしくて「こ、これは……」となってしまうことがあったんですけど、それに対して「いや、こんなのぜんぜんふつうですよ?」と返されてしまい(笑)。「我々はまだ、本気を出していない」みたいな感じで言われて「マジか……」となりました(笑)。
一同:
(笑)。
安田氏:
ロマンス要素については、発売するまで明かさないように心がけていました。予想外の展開を楽しんでいただきたかったのと、そこを期待してもらうのもちょっと違うかなと思っていましたので。
正直、「ちょっとやり過ぎたかも?」と思ったこともあったのですが、音声収録の際、声優さんたちがああいったシチュエーションにも慣れていらっしゃって、うまく演じてくださったのでありがたかったですね。
いまだから言えることではあるのですが、ゲーム全体をどう完成させるか悩んだときに、シーンの総数も多くなってしまうという理由で「ロマンス要素や修羅場シーンを入れるのをやめよう」と諦めかけたこともあるんです。
でも、Team NINJAロマンス勢が「やる!」と強い意志を見せてくれたことで、実装に辿り着きました。アクションゲームに必要な要素かと言われれば、必ずしもそうではないと思うんですが、キャラクターの魅力として伝わったと言いますか、深みになったのかなと。
──幕末の著名人からやきもちを妬かれる体験がアクションゲームで味わえるというのは唯一無二ですよ(笑)。
安田氏:
因縁の延長として「いちばん深いところで契りを結べる」ようにしたかったので、あくまでゲームのイチ要素ではあるのですが、最終的にはいいバランスにできたのかなと思っています。
史実に沿って猫を集める要素を入れた結果、やり過ぎて「Rise of the Cats」になりかけた
──ロマンス要素のほかにも、犬や猫、とくに猫はこれでもかと登場しますよね。安田さんは猫好きとして知られていますが、安田さんの希望があったのでしょうか?
安田氏:
まあ、私は急進的な猫派なのは間違いないです(笑)。
ゲームを作る際には、何かしら「猫要素」をねじ込みたいとは思っていて、今作でも開発の初期から「猫集め」の要素を入れていました。実際、幕末にネズミ退治のために猫が貸し出されていたエピソードがありますので、コレクト要素としておもしろいと考えたわけです。
ただ、Team NINJAには犬好きの勢力もいまして……徐々に「犬要素」も足されていったと(笑)。
早矢仕氏:
初期のころの猫集めは、いまよりもすごく難しかったんですよ。プレイ時間の多くを猫集めが占めてしまうぐらいでして……。あまりに長すぎたので、最終的に難易度を調整したんです。
──見つけるのが難しかった、ということでしょうか。
早矢仕氏:
戦わずにずっと猫を探し続けるゲームになってはいましたね(笑)。
安田氏:
当初は、2倍近くの猫がいたんです。テンポも悪くなったので最終的に半分まで減らしました。
早矢仕氏:
最終的にはいい塩梅に落ち着いたと思いますね。