『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』をはじめ、数々の心に響く青春劇を手掛けてきた長井龍雪監督、岡田麿里氏(脚本)、田中将賀氏(キャラクターデザイン・総作画監督)のチームが手掛ける最新作『ふれる。』が10月4日に公開を迎えた。
本作で描かれるのは長年の親友であり、上京後も共同生活をする3人の青年を中心とした物語。彼らは育った故郷から連れてきた不思議な生き物「ふれる」が持つ特殊な力のおかげで、趣味や性格こそ異なるものの、互いに深く結びついた仲だった。しかし、ある事件をきっかけにこれまでの関係を根底で支えていたものがなくなってしまったことに気付く。
さらに「ふれる」が持っていた秘密が明らかになるにつれ、3人の友情は大きく揺れ動いていく……。
物語の鍵になるキャラクター「ふれる」は、ハリネズミのような刺々しさのある見た目にも関わらず、どことなく柔らかな印象もあり、そのかわいらしさも見どころのひとつ。予告編でも、まるで本当に生きているように動き回る姿が見受けられるが、これも制作陣の強いこだわりがあってのことという。
今回は上映に一足先駆けて本作を鑑賞したうえで、インタビューを通して長井龍雪監督に「ふれる」の描写に込められたこだわりなど伺うことができたため、その模様をお届けしていきたい。
最初はアクション映画っぽく、不思議な生き物はお兄さん系男子だった? そんな『ふれる。』ができるまで。
──本日はよろしくお願いいたします。まず本作に関して、着想や描きたかったことを教えて下さい。
長井龍雪氏(以下、長井氏):
以前の作品で舞台にした秩父の次ということで「上京」というテーマがすぐに出てきたんですよね。
加えて、これまでは女の子が主人公の作品が多かったのですが、 脚本の岡田さんから出た「男の子が共同生活をしている話」というキーワードから膨らませました。
──監督ご自身の原体験も基になっているのでしょうか?
長井氏:
そうですね。上京で環境が変わるというのは人生の中でもドラマティックな出来事だと思うのでテーマとしても最適だと感じました。自分の場合は転勤で東京に出てきたので、あまりドラマティックではなかったのですが、友人とルームシェアをしていた経験はありましたから。
──テーマが決まってからは、スムーズにストーリーラインが生まれていったのでしょうか?
長井氏:
最初は男の子が主人公ということもあり、アクション映画のような話からスタートしました(笑)。新型コロナウイルスの影響もあり、打ち合わせが円滑にできないこともあったのですが、それでも回数を重ねていくうちに、いつも通りの地に足のついた話に落ち着いていきましたね。
──本作に登場する「ふれる」というキャラクターも当初から着想の中にあったのですか?
長井氏:
実は「ふれる」の役割は当初人間で、3人のお兄さんのような役柄を想定していました。
ただ、上京してきた男の子を中心に物語を描くうえで、その人物の存在が大きすぎると感じ、最終的には彼の能力だけを「ふれる」に集約しています。
──「ふれる」を介してお互いの心が読める。そのことを前提とした触れ合い自体はテーマとして存在した、と。
長井氏:
そうですね。3人は言葉に出さなくてもお互いの想いが伝わるということをすでに経験しています。ただ、それができなくなることでこれまでの価値観がひっくり返ってしまう。というところまで最初からテーマとして考えていました。
──「ふれる」の設定を拝見した際、SNSが発達する中での「対立と分断」やディスコミュニケーションといった「他者と接するうえで問題」が思い浮かびました。こういった昨今の世情に対する想いも設定に反映されているのでしょうか?
長井氏:
打ち合わせを重ねる中で「ふれる」の能力が、SNSの機能と似ているという話は私たちの中でもあり、現代的なテーマとして入れざるを得ないと感じました。