倒す必要のない強敵「クロマティック・ネヴロン」に見る、“挑戦”という遊び心
小林氏:
私はまずゲームのビジュアルから『Expedition 33』に興味を持ったんですが、本作を遊んでいて最初に「面白いな」と思ったのが、クロマティック・ネヴロンと呼ばれる特殊なボス敵です。
ストーリー上倒す必要はないんだけど、戦ってみたらめちゃくちゃ強い。たしか「クロマティック・アベスト」という敵だったと思うんですが、コイツに10回以上やられながらなんとか倒したら、報酬としてかなり強力なものを貰えて、その時に「このゲームは面白い」と思ったんです。
結局、RPGというものは、ゲームバランスが根本にあります。触っていて気持ちいい、戦闘画面がカッコいいなどは重要ですが、プレイヤーの欲求として「これをもっと遊びたい!」と思えるのは、ゲームバランスがいいからです。
『Expedition 33』は、そのゲームバランスがすごくうまくできていますし、かつてのJRPGともちょっと違うんですよね。むしろ『SEKIRO』のような、急に強い敵が出てくる今風のバランスです。僕はそこの調整と報酬の出し方が、うまいなと思いました。
ギヨーム氏:
『Expedition 33』の戦闘を楽しんでいただけて、本当にうれしいです。僕自身、こういう「倒す必要のない強敵」という仕掛けが大好きなんです。でも、10時間掛ければ必ず倒せるんです。
もし僕が、目の前にボスを置かれて「これは無理だよ」と言われたら、「いや、できる」と返して3日間でも挑み続けます。アベストはまさにそういう存在です。そこに「挑め」と配置されている、その哲学がすごく好きなんです。
また、この仕掛けは非常に“日本的”だと思います。西洋のゲームでは、あまり「序盤に明らかに強すぎるボスを置く」ということをやりません。僕がJRPGを好きな理由のひとつは、まさにこういう「挑戦して倒す」という体験なんです。
「無理だ」と言われても、3日間かけて挑み続ける。そして倒したら、圧倒的に強くなれる。その感覚が本当にたまらないんです。
小林氏:
ギヨームさんの言うように、『Expedition 33』のクロマティック・ネヴロンはめちゃくちゃ強くて、挑む時に何回も死んだんですけど、やり直しが苦じゃなかったんです。
本作は『SEKIRO』のように敵の攻撃をパリィしますよね。でも、『SEKIRO』とちがって疲れない。『SEKIRO』のパリィは決まった時とても気持ちがいいし楽しいんですが、他にも敵の攻撃を避けたり、敵の隙をついて細かく攻撃を入れたりと、色んな要素があって、疲れてしまうという面も正直あります。
僕は『SEKIRO』をプレイしている時、同じボスに10回ぐらいやられて勝てなかったら一旦休憩をはさみたくなってしまうんですが、本作はターン制バトルなので、敵の攻撃タイミングにだけ集中していればよくて、やり直しを繰り返しても疲れずに挑み続けられたんです。
ギヨーム氏:
僕は逆に、リアルタイムで長い戦いをするのも好きで、『SEKIRO』ではレベルをあげずに挑戦して、ボス戦を長引かせて遊んでいました(笑)。でも、そう言っていただけて本当に嬉しいです。
「死んでやり直し」という工程が不快感を持つゲームと、快感につながるゲームはどこが違うのか?
──『Expedition 33』が、ターン制バトルのRPGでありながら、いわゆる「死にゲー」のような、死んでやり直すことを前提としているというのは、かなり珍しい気がします。
ボス戦の前にセーブポイントを置いている、などの措置はほかのRPGでも一般的ですが、それはあくまでもミスや事故へのサポートに主眼が置かれていて、「何度もやり直す」ことは前提になっていないですし、正直なところ死ぬことに不快感があります。ですが、『Expedition 33』では、死を前提としてゲームが設計されているように感じます。死んでやり直すことに不快感がないんです。
この点に関して、ギヨームさんとしてはどのように考えていますか?
ギヨーム氏:
『Expedition 33』の戦闘が必ずしも死を前提にしているかというと、そこはケースバイケースではあります。ただ、難しいボス、とくにオプションのボスなんかは、パターンや戦略を学ぶために一度は死ぬことを前提にしています。まずやられて、そこから「どう戦えばいいか」をプレイヤーに学んでもらって、再挑戦という流れです。
一般的なターン制RPGで死ぬこと自体がフラストレーションになるのは、死の要因に“運”が関わってくるからです。「ボスがたまたま間違ったキャラクターを攻撃して、プレイヤーは為すすべがなかった」とか、「ランダムな行動パターンを持っていて対処しきれない」とか。そういった形での死はプレイヤーの不満につながります。
僕たちのシステムでは、それを避けたかったんです。「プレイヤーが死んだ理由は、パターンを正しく使わなかったから」という風にしました。「運によって理不尽に殺される」のではなく、「学べば必ず攻略できる」から、プレイヤーにとっても挑戦のし甲斐があるのではないでしょうか。
──フロムの宮崎さんがかつて「死ぬのが前提であるか、そうでないか、というのは全然違う」という話をされていました。「死ぬことを前提にしているからこそ、死んでもストレスのない設計にする」というのは、たとえば『ダークソウル』でも意識されています。復活までのテンポもいいし、落としたソウルを回収すればほとんどロスはないですよね。
ギヨーム氏:
宮﨑さんがそんなことを!?
一同:
(笑)。
ギヨーム氏:
たしかに、『ダークソウル』ではレベルデザインそのものが敵として機能している側面がありますね。「どう動いて進めばいいのか」を学ぶこと、それ自体に面白さがあります。
一方で、僕たちのゲームでは、その部分にはあまり面白みがありません。ですので、いちいちやり直すことよりも、「すぐに戦闘をリスタートできる」方がデザイン的に理にかなっていました。
「レベル1でラスボスを倒せる」というゲーム思想がもたらす制約と恩恵
小林氏:
『Expedition 33』の戦闘システムは、極端な話「レベル1でラスボスを倒せるシステム」じゃないですか。こういうゲームを作るのって、日本人の感覚からするとすごく勇気がいるんです。
ギヨームさんは、最初からこのシステムでいこうと決めてたんでしょうか? それとも、途中で「こっちの方が面白い」と思って変更していったんでしょうか?
ギヨーム氏:
それは最初からありましたね。本作のバトルシステムは、開発初日から「被弾せずにゲームをクリアできる」ものにしよう、というビジョンのもとで作り続けてきました。
実際のところ、このビジョンは敵の設計やその他の部分を作るうえで、非常に大きな助けとなりました。このビジョンは制約でもありますが、その制約のおかげで明確なフレームワークができ、全体をその枠組みのなかでデザインできたからです。
──「被弾せずにゲームをクリアできる」バトルシステムだとゲームを作りやすい、というのはどういうことなんでしょうか?
ギヨーム氏:
従来のターン制RPGにはステータス異常やバフ・デバフなどの仕組みが大量にありますが、僕たちは設計段階でまず「この仕組みを採用したボスはノーダメージで倒せるか?」を検討します。その答えがノーなら、その仕組みは最初から採用しません。
その結果、焦点が絞られ、問題に対して新しい解決方法を考えたり、新しい戦闘メカニクスを発明したり、といった創造性が刺激されることになるのです。
小林氏:
確かに、「どう難しくするか?」の選択肢が多すぎると、制作する際に迷いも生じますよね。ラスボスや中ボスなど、重要な敵のデザインでは「どうしようか」と企画や会議が止まってしまうことも珍しくありません。
ルール側でシンプルにすることでそういった問題点を回避できるので、作りやすくなるということですか。
ギヨーム氏:
その通りです。実際、『Expedition 33』では検討の結果ゲームに入れなかった要素の方が、ゲームに入れた要素よりも多いんです。
──ギヨームさんは過去のインタビューで『FF8』への思い入れを語っていましたが、『FF8』も初期レベルでクリアできるゲームバランスになっていましたね。そのあたりも関係していたりするんでしょうか?
ギヨーム氏:
たしかに、『FF8』でも近しいことはできますね。あのゲームには自分のレベルと敵のレベルが連動する、レベルスケーリングがあるので、少し違いますが。
5年以上に渡る長期開発のなかで自分の信じる面白さを貫けた理由はなによりも「情熱」。そして「物語を語り、他人を感動させたい」という、ギヨーム氏の“人生の目標”にあった
──電ファミでは過去にもギヨームさんにインタビューをさせていただきましたが、その内容を踏まえて「この方は“感覚派”なんだろう」という印象を持っています。ご自身のなかに「面白いゲームとはこういうものだ」という判断基準はあるけれど、それを言葉や理屈にはあまりされていないように感じています。
もちろん、「感覚派だから」「理屈屋だから」といって面白いゲームを作れるかどうかというのは人それぞれだと思いますが、感覚派のゲームクリエイターの方が長期間に渡る開発をチームでおこなうにあたって、「自分の考える面白いゲーム像」をどのように貫いてきたのか、非常に気になっています。
ギヨーム氏:
その答えは「情熱」に尽きると思います。
──情熱、ですか……。ですが、たとえば情熱にあふれる画家でも、絵を描き続けて売れなかったり、あるいはずっと世に出せなかったりすると、やがて情熱にかげりの出てくる方もいると思うんです。ご自身がその情熱を持ち続けられたのはなぜだと思いますか?
ギヨーム氏:
もう少し話すと、実は僕は人生の非常に早い時点から「物語を語りたい」という想いを持っていました。それが人生の目標だったと言ってもいいでしょう。人を感動させる物語を作ることが夢だったんです。
今回のプロジェクトは、まさにその絶好の機会だと思いました。最初は自分の勉強用のプロジェクトに過ぎず、公開する予定はありませんでしたが、チームがどんどん大きくなり、トムやフランスワも加わってくれました。
「これは一生に一度のチャンスだ」と感じました。Sandfall Interactiveは本当に素晴らしいチームで、オフィスの雰囲気も最高です。まるで、古くからの友人たちと一緒にいるような感覚になれるんです。それが、僕を支え続けてくれました。
だから、『Expedition 33』を作り上げたい、という情熱を持ち続けるのが、むしろ自分にとっては自然なことだったんです。「自分の夢を生きているのに、ここで諦めるなんて馬鹿げている」と、ずっと思っていました。
──なるほど……。では、「自分の理想をチームに伝える」という観点ではいかがでしょうか。ギヨームさんは、チームとのやりとりのなかで、ご自身の考える「こういうゲームを作りたいんだ」という方向性を、どのように伝えてきましたか?
ギヨーム氏:
ゲームについて何かを伝えたい場合、僕たちはただオフィスで話をします。普通に、人間同士として会話をする。「アイディアを伝えたい」と思ったら、その人のところに行って話す。それだけです。
これは、Sandfall Interactiveの非常にユニークな特徴かもしれません。
トム氏:
補足しておきたいのは、ギヨーム自身がエンジンを触って、最初のプロトタイプを作ってくるという点ですね。アイディアを出すときに、ただ「こういうのがいい」と言うだけではなく、必ず下地として形になるものを示すんです。
たとえば、『Expedition 33』に実装されているミニゲームについても、ギヨーム自身が最初にプロトタイプを作ってみせました。
それがあるから、ただ言葉で投げっぱなしにするのではなく、チームにとって議論の良い出発点になるんです。
──そのやり方で、チーム内にもめ事が起きることなどはなかったのでしょうか?
ギヨーム氏:
Sandfall Interactiveで意見が割れると、面白いことが起きます。かならず、「右側の意見の人」「左側の意見の人」そして「真ん中の意見の人」の3タイプにチームが分かれるんです。そうすると、「真ん中」の人が大体仲裁役になって、議論の決着点を見つけていくことになります。
とはいえ、大きなケンカになったことは一度もありません。
トム氏:
難しい質問ですが、大きなもめ事にならなかったのは「ビジョンが非常に強固だった」からだと思っています。ゲーム制作プロセスのかなり初期の段階で、「このゲームが何を目指しているのか」をみんなで共有できていたので、後から大きな驚きやズレが起きることはなかったんです。
先ほど例に出したミニゲームに関しても、「JRPGにミニゲームがあるのは当然だ」と納得できました。それが突拍子もないアイディアではなく、全体のビジョンのなかで意味を持つものだとわかっているから、みんなが合意できたんです。






