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インベーダーゲームを足でプレイしていたら “人生勝ち組”の仕組みに気づいた慶應義塾大学教授

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将棋ゲームを作ろうと思って、アメリカで人工知能を研究することに

冨田:
 そうやってゲームを自作するようになって、1980年ぐらいのことなんですけど、コンピューターが人間と対戦する将棋ゲームを作ろうと思ったんです。僕、囲碁はぜんぜんダメなんですけど、将棋は四段でしたから。

 ところが、これが難しくて。駒を動かすところは、すぐできるんです。でも、次にどういう手を指すか、コンピューターに考えさせるのが難しい。

――というと? 

冨田:
 まず最初に作るのは、評価関数なんです。今の局面が自分にとって、どのぐらい良いか悪いかを判断する、そういう関数というかプログラムをまず作るんですね。

 それができたら次に、先読みというのをやるんです。将棋の場合だと、1つの指し手に対して約30通りの局面があるので、たとえば3手先を読むには、30の3乗の組み合わせを全部考えて、その1つ1つに評価関数をかけて、そこから自分にいちばん有利だとされる手を選んで指すというのが、基本になるんです。

 ところが将棋の場合はですね、中盤の仕掛けどころになると、初級者でも11手ぐらい先を読むわけです。中級者だと17手ぐらい、プロになるともう40手ぐらい先を読むんですね。

現在、プロ棋士とコンピューター将棋ソフトとの対局は、ネットでの生放送などで人気を博するコンテンツとなっている。対局する棋士だけではなく、ソフトウエアの開発者もフィーチャーされるのが特徴だ。
(画像は将棋電王戦 HUMAN VS COMPUTERより)

――そんなに先読みするんですか。

冨田:
 11手を先読みするということは、全部で30の11乗通りあるわけで、とんでもない数になります。これは当時のスーパーコンピューターをフル回転させても、第1手を指すのに地球の寿命が尽きてしまうぐらいの、とんでもない組み合わせだったんですね。

 それで大学の先生に相談したら、「冨田くんね、これは人工知能って分野があるんだ」と。人間は30の11乗通りとか、そんなにたくさん考えているわけじゃないんです。僕自身が20手ぐらい先を読む時だって、だいたい1本道なんですよ。こう来たらこう来る、こう来たらこうって、たまに2通りに分かれるぐらいで、ほぼ1本道なんですね。

 ということは人間は、30通りあるうちの28個ぐらいを、一瞬で切り捨てているんです。選択肢にすら入らない。こういうのを“枝刈り”と言うんですけど、この枝刈りを入れない限り、コンピューター将棋はもう永久に初心者のままです。

 この枝刈りというものは、人工知能の分野になります。“探索枝刈り”と言って、何かを探す時に不要なものをどんどん切っていくんです。

――そこで人工知能が出てくるわけですね。

冨田:
 それで“じゃあ、人工知能の研究をしよう”と。人工知能を研究して、人間がどうやってものを探すのか、そして先読みをするのかという仕組みをコンピューターに組み込まない限り、強い将棋はできないと思って。ところが当時はまだ、日本で人工知能の研究をやっている大学が、どこにもなかったんです。

――1980年頃には、そうだったんですね。

冨田:
 それで大学の先生にまた相談したら、「アメリカに行くしかないよ」って言われて。当時はネットで調べたりできないので、アメリカ大使館に行って向こうの大学のパンフレットを見たら、その時点でアメリカの大学には、コンピューターサイエンスの学部に、人工知能のコースを持っているところがたくさんあって。これはスゴい、じゃあアメリカに留学しようと。

 10校ぐらいの書類を作って出願して、いくつか受かったところの1つがカーネギーメロン大学だったので、そこに行ったんです。

――将棋ゲームを作りたいという思いが、アメリカ留学にまでつながったんですね。それが現在では、プロ棋士がAI(人工知能)のプログラムに負ける状況にまでなりました。当時アメリカに留学までされた冨田さんとしては、この今の状況をどう思われますか? 

冨田:
 将棋よりも先に、まずチェスが勝ったじゃないですか。ディープ・ブルー【※】ってやつが。じつはカーネギーメロン大学で僕と同期だった学生が、IBMに就職してアレを作ったんですよ。

※ディープ・ブルー
IBMが開発したチェス専用のスーパーコンピューター。1996年と1997年の2回に渡り、当時のチェス世界チャンピオンであったガルリ・カスパロフさんと対戦し、1997年の対局では2勝1敗3引き分けでディープ・ブルーが勝利した。なお、ディープ・ブルーの前身であるディープ・ソートは、冨田さんが在籍していたカーネギーメロン大学で開発されている。
(画像はWikipediaより)

――そうなんですか! 

冨田:
 チェスは将棋みたいに取った駒を使うことはなくて、減っていくだけです。だから終盤には残っている駒が4、5枚になるんです。そうなると全通りのパターンっていっても、1億通りぐらいしかなくて。

 だから5枚以内になったらこうなるっていうのを、前もって全通り計算しておくんです。時間をうんとかけて。そのためにチェスの場合は、後半になったらコンピューターはもう100%完璧なことをやってくるので、人間では太刀打ちできないんです。

 でも将棋の場合はそうはいかないので、これはけっこう難しいだろうなって思っていたんですけど、さすがに最近は勝つようになりましたね。それと囲碁はビックリしました。

――囲碁はさすがに無理という話だったのに、とうとうAIが勝っちゃいましたよね。今でもそういったニュースは気になりますか?

冨田:
 やっぱり気になりますね。自分が人工知能を目指したきっかけが、将棋ゲームを作りたいと思ったことなので。ある意味で、将棋ゲームは『スペースインベーダー』と同じぐらい、自分の研究人生の原点にあるものですから。

人工知能よりもはるかにスゴい、ヒトという知的システムを研究したくなった

冨田:
 そうやって人工知能の研究をやっていたわけですけど、本当に人間みたいな思考能力を持つ人工知能がいつできるのかって言ったら、50年先、100年先、あるいは永久にできないかもしれないって、人工知能の研究者がみんな考えていた時期があったんですよ。1980年代の後半ですね。その時にちょうど、ヒトゲノム計画っていうのが新聞に出てくるようになったんです。

 よく考えてみたらですね、人工知能をイチからプログラミングして作るのは大変だけど、今、この瞬間も世界中のあらゆるところで、ヒトという知的システムが生まれているわけですよ。

 みなさんも最初は1個の細胞だったんだけれども、それが分裂を繰り返して、3年か4年ぐらいで37兆個の細胞になっているんです。それも細胞同士がなんらかの方法で、“俺は手になるから、お前は足になれ”っていう情報を交換して、最終的には脳や心臓も含む、ヒトという知的システムができあがり、言葉を理解し、言葉をしゃべり始めるわけです。これってスゴくないですか? 

――たしかに、スゴいですね。

冨田:
 とてもスゴいことです。しかもある程度教育すると、そのうち将棋もやるようになるし(笑)。そう考えるうちに、自分が生きている間にはできないかもしれない人工知能を研究して、それで自分の一生を使うよりも、現実に知的システムができあがっているこのメカニズムを解明するほうが、早いんじゃないかと思えてきたんです。

 こんな複雑な知的システムができあがるプログラム、あるいは設計図、これがヒトゲノムなんですけども。ヒトゲノムというのは、ATGCという4つのアルファベットが30億文字、並んでいるんです。

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自らが第一線に立つ研究分野の話なだけに、取材陣に丁寧に生命科学の概念とその魅力を説明してくれた。

――30億ですか。

冨田:
 30億文字っていうと、すごく多いと思うかもしれないけれども、アルファベット4つだから1文字あたり2ビットとして、全部で1ギガバイトしかないんですよ。

――そうやって聞くと、急に身近なデータ容量になりますね。

冨田:
 僕が今使ってるノートパソコンのハードディスクは、750ギガバイトですから。その750分の1の容量で、人間1人分の作り方が書いてあるってことに、衝撃を受けたんです。

 たった1ギガバイトの30億文字に、脳神経も含めた全ての設計図、全てのプログラムが凝縮されているんだと思うと、これを研究しない手はないだろうと思ったんですよ。DNAに書き込まれているヒトゲノムは、以前は誰も読めなかったんですけども、1990年頃に、この30億文字を全部読んでやろうっていう、国際協力のプロジェクトがスタートしました。それがヒトゲノム計画です。

 当時は、“25年後の2015年までにはヒトの設計図を読み取り終わる”【※】と言われていたんですけど、2015年なら僕もまだ現役だなと思って。しかも、30億文字のATGCが並んだ暗号文が2015年に分かったとして、本当の意味での謎解きはそこからじゃないですか。

※ “2015年までにはヒトの設計図を読み取り終わる”
実際にはコンピューター技術の進歩や、国際協力の進展などもあり、2003年にヒトゲノムの解析が完了した。

 この解析には絶対にコンピューターが必要だから、自分がそれまでやってきたことも活かせるし、生命の謎にも迫れるし、もうこれしかないと思って。それで30歳の時に、学生時代は好きではなかった生物の勉強を、イチから始めたんですよ。

――それが現在、冨田さんが行われている、生命科学の研究につながっているんですね。やっぱり興味が出ると、勉強に対する身の入り方がぜんぜん違いますよね。

冨田:
 まったくそのとおりです。これは僕、みんなに言いたいんですけど、暗記科目は基本的に嫌いなんです。だって、すでに分かっていることしか書いてないわけですから

 子どもの時に理科のテストで、「アブラナのめしべは何本でしょう?」っていう問題を出されて。子どもながらに“なんでこんなことを覚えなきゃいけないのか”って思ったんです。そんなの図鑑に書いてあるじゃないかと。

 でも生命科学、あるいは生物科学というのは、分かんない謎だらけだからおもしろいんですよ。ヒトが細胞分裂するたびに、30億文字のヒトゲノムをほぼ間違えずにコピーする。究極のナノテクノロジーなんだけど、いったいどうなっているのかは、よく分からない。僕は謎だらけだから興味を持って、勉強する気になったんですよ。

 最初から答えが分かっているものを与えられて、「これをテストに出すからいい点取れよ」って言われても、ぜんぜんおもしろくないですよね。

――不思議に思って、その答えを知りたいからこそ、勉強したくなりますよね。

冨田:
 自分が知りたいことがあるから、自分がやりたいことがあるから、そのために勉強するとパワーが出るんですよ。試験のために勉強したことは、試験が終わるとみんな忘れてしまうでしょう。日本の大人はみんなそれを知ってるのに、なぜか子どもにやらせてしまうんですよね

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