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VRアドベンチャー『東京クロノス』はビジュアルノベルをどのように刷新したのか。小さな発明の連続で成り立つ、空間を使った新しいドラマ体験

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 MyDearestが開発、Sekai Projectより3月20日に発売される『東京クロノス』。時が止まった誰もいない渋谷を舞台に、閉じ込められた8人を高校生を描くミステリーアドベンチャーゲームだ。

 昨年実施した開発資金を募るKickstarterとCampfireでのクラウドファンディングで豪華制作陣が注目を集め、目標金額1000万円に対し1800万円以上を確保することに成功した。

 『楽園追放-Expelled From Paradise-』でモーションを手がけた柏倉晴樹氏がアニメーション監督に就任。ほかにもシナリオライターには小説『今夜、君に殺されたとしても』『謎好き乙女と奪われた青春』で知られる瀬川コウ氏、プロデューサーには『とある魔術の禁書目録』『ソードアート・オンライン』の編集者として知られる三木一馬氏が就任している。

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 エンターテイメント業界を横断した人材が集まっているだけでなく、VRヘッドマウントディスプレイを通じてビジュアルノベルを描くというこれまでにないコンセプトが、本作最大の特徴となっている。VRコンテンツと言えば、これまでは比較的短いボリュームの作品がセオリーだが、本作は総プレイ時間20時間のリッチコンテンツを目指しているという。

 VRアドベンチャーゲームはこれまで『Déraciné』『星の欠片の物語、ひとかけら版』のように、すでに国内だけでもさまざまな挑戦がある。しかし『東京クロノス』はこれらと違い、テキストと絵を軸に物語が表現される”ビジュアルノベル”のフォーマットを採用している。はたしてビジュアルノベルはどのようにしてVR向けの作品へと落とし込まれたのか、その概要をお伝えしよう。

文/福山幸司
編集/ishigenn


VR×ビジュアルノベルで想定される問題

 『東京クロノス』の舞台となるのは無人の渋谷だ。町全体は謎の「鏡の壁」に囲われてており、外に出ることができなくなっている。主人公たち8人は部分的に記憶喪失になっているものの、幼馴染であることは記憶している。そして9人目の存在である「ロウ」という人物だけは、誰も記憶に覚えがないイレギュラーな存在となっている。

 9人の集団は町に残された物資を消費しつつ日常を過ごしていくが、徐々に食料は腐敗し、グループ内で意見も対立、さらにロウの暗躍によって疑心暗鬼に陥っていく。この渋谷を脱出する唯一の方法は、9人のなかからとある事件の「犯人」を探し出すことだという。

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 ビジュアルノベルとVRを融合させる手法は、一見して相性が良いように思えるかもしれない。

 2002年の『Ever17 -the out of infinity-』が再定義したように、「ビジュアルノベルで映し出されるゲーム画面」が「主人公の目から見ている主観視点」であるという表現を美学的に踏襲しており、そのゲーム画面がVRヘッドマウントディスプレイへと置き換わることになる。そしてビジュアルノベルであれば立ち絵と背景が変化することが基点となるため、アクション要素もなくVR酔いは比較的発生しにくいはずだ。

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 しかしよくよく考えてみると、ことはそう簡単にはいかないだろう。基本的にビジュアルノベルとは、近代小説の「地の文の心情描写+台詞」という読み応えのある文章を、ボイスや音楽、絵や画面効果を用いて物語を紡いでいく形式である。

 この既存のビジュアルノベルに、360度にわたって見渡せるVRの要素を加えるとどうなるか。たとえば、よそ見しているあいだに文章や視覚効果を見落としてしまい、狙い通りの効果が発揮できないなど、原理的な問題が出現してくる。こういった表現の壁は物語性を高めた『Half-Life』以降のFPSのキャンペーン演出でも付きまとった問題だが、あらためてビジュアルノベルでその課題を克服する必要が出てくるわけだ。

さまざまな小さな発明によるフォーマットの確立

 本作はこれらの問題をひとつひとつ、さまざまな“小さな発明”によって対策している。

 たとえばテキストに関しては、移動式のテキストウインドウを採用している。視点とテキストウインドウが連動し、キャラクターの顔を被らない頭上や顔の下に自動的に位置を調整してくれる。これによって少し他所を見ていた瞬間に読み飛ばしてしまうという心配は、ほとんどないだろう。

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 しかもこのテキストウインドウは、マンガの吹き出しのような効果があり、発言しているキャラクターからポップアップするように表現されているので、誰が発言したのかわかりやすい。また視覚効果に関しては、「ビジュアルウインドウ」とでも名づけたくなるような一枚絵が、プレイヤーの眼前に小さく表示される。これによって3Dだけでは再現しきれない細かな感情を視覚的に補足している。

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 普段はあまり意識しないかもしれないが、ノベルの描写文には時間経過が含まれている。「ここまで歩いてきた」と文章で表現するのは簡単だが、実際は歩いてきた距離によって、それに要する時間があるわけだ。これをそのままVRビジュアルノベルのなかで視覚的に再現すると、ある場所からある場所までキャラクターが歩くだけでも、文章量とは比例しない時間を必要になり、プレイヤーはキャラクターの動きをしばらく「鑑賞する」ことになってしまう。

 それに対して、本作は「キャラクターの動きを一部省略する」というユニークな仕組みで解決を図っている。これはノベルの読む行為と映像的演出を折衷した末に生まれてきたものだろう。

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 この仕組みによってビジュアルノベルの読む行為は失われていないばかりか、さらなる効果を生んでいる。たとえば、ある特定の会話をしているとき、周りのキャラクターの仕草、表情、どこの方向を見ているのか、どこに立っているのかが刻々と微妙に変化していく。本作はそれが細やかに演出されているので、能動的に周りを見渡すことをプレイヤーにうながしている。

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 こういった要素は本作を語る上では地味な部分かもしれない。しかしVRの世界で快適に物語を読み進めるビジュアルノベルというフォーマットを確立する上で、避けては通れない部分なのは間違いない。本作はゲームを開始して、すぐにVRビジュアルノベルを快適に体感できるが、それらはこれらの小さな発明があってこそなのである。

 そしてVRならではといえる点が、3Dのモデリングで描かれたキャラクターたちが注目すべき場所を指し示し、ゲームのキャラクター自身が3Dの空間を活用していることだ。こういった既存の背景を物語的に利用するのが前提となっているのは、空間が簡略化された既存のビジュアルノベルではあまりない表現だろう。

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 あらためて説明する必要はないかもしれないが、VRヘッドセットは両目にそれぞれ微妙に違う光景を映し出して、現実に近い立体感と距離感を作っている。そのことによって平面で投影された映像や画像よりも、遠くあるものがより遠くに、近くのものがより近くに知覚する。本作の場合は特に秀でているのは、そのなかでも遠景を使った表現だ。人がいなくなった無人の渋谷ゆえ、見慣れた都会の風景が荒涼とした風景として様変わりしている。

「非モンタージュ」による、これまでにない異質なドラマ体験

 近年は動的なアニメーションとビジュアルノベルを融合した国内アドベンチャーゲームが多く発売している。『TIME TRAVELERS』、『ZERO ESCAPE 刻のジレンマ』、『凍京NECRO』、『STEINS;GATE ELITE』が代表作に挙げられるだろう。

 以上の作品たちは、2Dアニメーション・3Dアニメーション問わず、ビジュアルノベルに映画・アニメ的な映像編集技巧を用いて、スペクタクルな表現を志向している点において一致している。しかし『東京クロノス』の場合、映像編集的な観点でみると、上で便宜的に名づけた「ビジュアルウインドウ」に留まり、残りは徹頭徹尾、一人称視点でキャラクターたちの3Dアニメーションによる演技が描かれる点が最大の特徴にある。要するに『東京クロノス』はアニメーション・ビジュアルノベルでありながら、「非モンタージュ」的作品なのである。つまり、視点の異なる様々なカットを交互に使うようなことはしないのだ。

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 その非モンタージュ体験はこれまでになく異質だ。我々はすでにFPSなどの一人称視点のゲームで部分的にドラマを体感しているものの、本作の場合は知覚ごと空間に入り込んでいる。それはむしろ舞台に上がり、ひとりの登場人物として、キャラクターたちの演技を間近で見て、演劇に参加している感覚に近いのかもしれない。

 だが、そこにはノベルを読む、物語やドラマを「読む」感覚もしっかりとある。これを正確に一言で表現する言葉は、まだ人類社会では発明されていないが、ゲームが創り上げた世界に入り込むというよりも、「ビジュアルノベル形式の舞台に入り込む体験」といえるだろうか。

記憶をめぐる物語は、プレイヤーにも空間と共に刻まれる

 本作は文章によるキャラクターの心理描写だけではなく、空間の肌触りとともに記憶が刻まれる。キャラクターの印象深いシーンを思い出すとき、キャラクターだけではなく、その場所の距離感まで一緒に思い出せる。もしそのシーンが繰り返され、さらには別の人格の視点から繰り返されると、よりその空間の印象は強固になる。

 しかしそれゆえか、本作の惜しい点は、世界観に少々スペクタクルに欠けて堅実すぎる部分があったように思う。『星の欠片の物語、ひとかけら版』の頭上を飛び回る衛星、『Déraciné』の宙を舞う光の粒子や空っぽになった衣服、あるいは科学アドベンチャーシリーズのように猟奇的・暴力的な描写など、物語的・視覚的においてもエンタメ的過剰さが、さらにあると本作はもっと一皮向けただろう。それらは決して「非モンタージュのドラマ体験」と相反しないはずだ。

 それらを抜きにしても、本作は見逃せない。空間ありきのドラマとなっていると思わせた点は、新しいビジュアルノベルの到来を感じさせてくれるには十分だろう。

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ライター
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福山幸司
85年生まれ。大阪芸術大学映像学科で映画史を学ぶ。幼少期に『ドラゴンクエストV』に衝撃を受けて、ストーリーメディアとしてのゲームに興味を持つ。その後アドベンチャーゲームに熱中し、『この世の果てで恋を唄う少女YU-NO』がオールタイムベスト。最近ではアドベンチャーゲームの歴史を掘り下げること、映画論とビデオゲームを繋ぐことが使命なのでは、と思い始めてる今日この頃。
Twitter:@fukuyaman
編集
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ニュースから企画まで幅広く執筆予定の編集部デスク。ペーペーのフリーライター時代からゲーム情報サイト「AUTOMATON」の二代目編集長を経て電ファミニコゲーマーにたどり着く。「インディーとか洋ゲーばっかりやってるんでしょ?」とよく言われるが、和ゲーもソシャゲもレトロも楽しくたしなむ雑食派。
Twitter:@ishigenn

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