過日の「EVO Japan 2019」で、『鉄拳7』部門で優勝したプレイヤーが大きく話題となった。それは、彼が無名のパキスタン人だったからだ。また、彼は自国内ランキングの8位であり、国に戻れば彼よりも強い人間がまだまだいるという発言も、驚きとともにあちこちで報道がなされた。
なぜ、彼はそんなに強かったのか。そしてそんな彼が極東で開催された大会になぜ飛び込んだのか。
そんな疑問に端的に答えてくれる人物がいる。それは複数の言語を使いこなし、世界中のあらゆる国に独自の人脈を持ってゲームの情報を収集し、ゲームのためとあらば危険なブラックマーケットにも飛び込んでいく、ゲーム専門調査会社・メディアクリエイトの国際部主席アナリスト、佐藤翔氏だ。
この連載「世界は今日もゲーマーだらけ」では、その佐藤氏の幅広い知識や実体験をバックに、日本とまったく異なる新興国のゲーマーたちが、いったいどんなゲーム生活を送っているのかについて毎回存分に語っていただいている。
今回はずばり新興国のeスポーツ事情を訊ねてみたところ……モバイル用の『PUBG MOBILE』をPCで楽しむミャンマーの人々。スリランカのゲーム大会で飛び交うドローン。メキシコで『KOF』が人気を博した理由。中国展開の難しい中国企業。FPSをeスポーツと認めないアルゼンチンのeスポーツ団体……など、理由を聞けば膝を打つ、興味深い話尽くしの取材となった。
「Evo Japan」の事例に限らず、これまで日本だけで閉じていた日常生活の中で、日に日に海外の人々の存在感と重要度が増している。私たちに身近なゲーム文化を通じて、彼らに親しみを抱くとともに、深く理解できないものか。
この連載は、とくに日本の将来を担う若い読者の皆さんが、彼らを理解し、いずれ競争するときのために、その相手となる「新興国」に焦点を当て、そこに住む人々の「顔」を明らかにしていくものだ。
取材・文/稲田豊史
ミャンマーで量り売りされるゲーム
──今日は新興国のゲーム事情、なかでも世界的に盛り上がりつつあるeスポーツの各国事情についてお聞きしたいと思います。
佐藤氏:
それで言うと、最近ミャンマーに行ったんです。最大都市のヤンゴンに。
──なぜまたミャンマーに?
佐藤氏:
ミャンマーのひとりあたりのGDPは、東南アジアでいちばん低いんですよ。日本円に換算するとマレーシアが120万円、タイが83万円のところ、15万円ほど【※】。これはカンボジアよりも下で、アフリカの貧しい国並みなんです。
※IMF世界経済展望2018のデータを元に換算。
──GDPの低さが理由なんですか?
佐藤氏:
言葉を選ばずに言うと、「いちばんゲーム市場がダメそうな国……いちばん有望じゃなさそうな国に行ってみて、それでも何かあるんだったら、ほかの東南アジア諸国にも何かあるだろう。普遍的なものを発見できるのではないか?」という目論見がありました(笑)。結論から言うと、国の貧しさのわりに、ゲームの市場は存在しました。
──ええと、それ以前にミャンマーという国について、よく知りません……。
佐藤氏:
なぜそんなに国が貧しいのか。それは軍事政権時代【※1】に先進国から経済封鎖を受けていたからです。人権侵害がひどく、欧米諸国からはすこぶる評判が悪かったんですね。1980年代ごろまではベトナムも経済的には似たような状況でしたが、ベトナムは1986年にドイモイ政策【※2】によって市場開放が始まっています。
※1 軍事政権時代
第二次世界大戦後にイギリス統治から抜け出し、1948年に成立したビルマ連邦だったが、中国国民党残党、中国人民解放軍、ビルマからの独立を求める民族勢力などと対抗していた軍部が力を持ち、1962年にネ・ウィン将軍が起こした軍事クーデターによってビルマ社会主義を標榜。1988年に始まる民主化運動を経て、大国の影響下で政治的動乱を繰り返し、2008年の国民投票をもって新憲法案が支持され、2010年ごろより民政に復帰するようになるまでの時代を指す。
※2 ドイモイ政策
ベトナム共産党によって1986年に標榜された「刷新」を意味するスローガンが「ドイモイ」。そのスローガンに象徴される政策。具体的には、社会主義を維持したままの価格の自由化、国際分業型の産業構造、生産性の向上など経済面での転換や、社会思想面での転換を表す。
ほかの東南アジア諸国もそれに追従したんですが、ミャンマーは乗り遅れてしまったんですね。当然、インターネットをはじめとしたIT化も遅れ、数年前の時点でもSIMカードが数万円するなど、めちゃくちゃ高かったんです。
ところが民主化が進み、欧米諸国が経済封鎖を解除した結果、2012年くらいから外資が入り始めました。その後の2014年にTelenor(テレノール)というノルウェーの会社と、Ooredoo(ウレドゥー)というカタールの通信キャリアが参入し、もともとあった国内キャリアといい感じで競争になり、モバイルの通信料金が一気に安くなりました。いまは1GBあたり70円程度。
そのおかげもあってスマホが普及したんです。
──普及したのはAndroidですか?
佐藤氏:
はい。ただ、ネット接続が安定しているとは言い難いし、回線も細い。いちおう4Gなんですが、ヤンゴン市内でも5Mbpsや10Mbps程度です。東南アジアでは速いほうですけどね。
──それだと、大量で高速なデータのやり取りを伴うスマホのゲームは厳しいですね。
佐藤氏:
ええ。加えて、通信料が安くなったとはいえ、現地の人からするとやっぱりちょっと高いんです。あとは決済手段もネックですね。これはほかの東南アジアの新興国もそうですが、クレジットカードの普及率が1割程度しかないので、日本の我々が当たり前にできている個人のネット決済というものができない。
データ量について言えば、広告をダウンロードしなければそのぶんデータが少なくなり、通信料を節約できるからと、現地ではモバイルのネット広告をあまり見ないんですよ。それもあって、新興国ではアドブロック【※】がデフォルトで付いているブラウザが大人気なんです。
※アドブロック
インターネット広告をブロックするソフト類。
このように、個人で大量のデータをダウンロードするハードルが高いので、ゲームを楽しむうえではダウンロード屋さん【※】が重要になるんです。
※ダウンロード屋さん
第2回記事、【麻薬より安全…違法コピーのゲームがマフィアやテロの美味しい資金源に! 21世紀に新興国で拡大、ブラックマーケットでもゲームは大人気】参照。
──以前も話をされていましたね。東南アジアにはとても多いと。
佐藤氏:
はい。インドネシアにもフィリピンにもあったように、ミャンマーにも当然ありました。店に入るとまず用紙を渡され、そこに欲しいものを書いて店の人に戻すと、1時間後に外付けHDDに入ったデータを渡されるんですよ。ゲームだけでなく日本のTVアニメなどもダウンロードされています。もちろん違法です。
ミャンマーの住宅街には、地主というか大家さんというか、そこそこお金持ちでPCを所有できるような人が一定のエリアにひとりはいるんです。その人がお店の役割を果たしている。ゲームが欲しかったら、その人のところへ分けてもらいに行くんですね。
これがフィリピンの場合だと、ショッピングモールなどにお店は集中していましたし、インドネシアだとバス停の前などの賑やかな場所にいっぱいありました。でもミャンマーの場合は家内制手工業的な感じ(笑)で、住宅街にあるんです。
──料金体系は?
佐藤氏:
明朗会計ではまったくなく、「100本いくら」や「1GBいくら」など、だいたい量り売りですね。僕は外国人なのでふっかけられていた可能性がありますが(笑)。ただ、僕が行ったお店はお金を取っていましたが、商売ではなく、単に近所付き合いの一環としてやっているような、お金を取っていないところも、ひょっとしたらあるかもしれません。
──テレビのある家にご近所さんが集まる、日本の昭和30年代みたいなノリですね。
佐藤氏:
ええ。ただ、「新興国は日本の何十年前の状況だ」というような言われかたをすることもありますが、やっぱり彼らも我々と同時代人なんです。同時代のゲームも遊びたいし、同時代のアニメも観たい。そのためにやれることは何でもやる。それは東南アジアのどこの国に行ってもそうでしたし、ミャンマーも例外ではありませんでした。
──「たくましさ」のひと言ですね。
『PUBG MOBILE』をPCでプレイする特殊な広がりかた
──ところで、ミャンマーではゲーム大会のようなものは開催されているんですか。
佐藤氏:
はい。ヤンゴンのショッピングモールで『PUBG MOBILE』【※】の大会をやっていました。
※『PUBG MOBILE』
2017年にリリースされたバトルロイヤルゲーム『PLAYERUNKOWN’ BATTLEGROUNDS』のモバイル版で、日本では2018年5月にリリースされている。
100人参加のバトルロイヤルで頂点を目指すゲーム性はほぼ同一。
──ギャラリーが結構多い。盛り上がっていますね。
佐藤氏:
4人ひと組で、たとえば「ノースサイドレンジャーズ」なんてチーム名を付けたりして、プレイヤーをドーンとカッコよく登場させています。
新興国であるミャンマーのゲーム市場なんて、日本からすると正直微妙かもと思っていたんですが、『PUBG MOBILE』に関しては相当遊ばれているし、こういうイベントもしっかり行われていたのは、僕にとって発見でしたね。
──この大会はどこが主催しているんですか?
佐藤氏:
中国のファーウェイです。
それに関係しますが、『PUBG MOBILE』ってすごく特殊な広がりかたをしているんですよ。『PUBG』は韓国のKrafton傘下にあるPUBG Corp.が開発、展開しています。『PUBG MOBILE』は日本と韓国ではPUBG Corp.が、それ以外の国々には中国のテンセントが展開するという棲み分けができているように見えるじゃないですか【※】。ところがヤンゴンのネットカフェでおもしろいものを見つけたんですよ。
写真には、『カウンターストライク: グローバルオフェンシブ』(以下、『CS: GO』)や『フォートナイト』など、このネットカフェでプレイできるゲームが並んでいますが、そこになぜか『PUBG MOBILE』があるんです。
※ 中国国内で『PUBG MOBILE』を配信していたテンセントは、2019年5月に同作の配信を停止すると発表し、ユーザー間で失望の声が挙がっている。
──モバイルでプレイするはずの『PUBG MOBILE』が、PCでプレイできる?
佐藤氏:
これは『PUBG MOBILE』PC版なんですよ。
──ええと……Androidのエミュレータ上で走らせているんですか?
佐藤氏:
そうです。この形式を新興国ではたくさん見かけるようになりました。
──なぜモバイルのケームをわざわざPCでやるんでしょう?
佐藤氏:
『PUBG』って、たいていはSteamでやるじゃないですか。ですがSteamで買うとお金がかかる。その点『PUBG MOBILE』は無料プレイですからですね。どうもテンセントが出しているPC用エミュレーターがあるらしく、本家『PUBG』を食うくらいの勢いで広がっています。
このことから見えてくるのは、新興国においてクロスプラットフォーム展開はマストだということです。
たとえ開発元でクロスプラットフォームに対応させていなくても、ニーズがあれば新興国では、ユーザーがエミュレーターを使って勝手にやってしまう(笑)。
その証拠に『PUBG』とは逆のケースで、Steamの有名なゲームを無理やり改造してモバイルで遊べるようにしたものも、ゴロゴロ転がっているんですよ。
──おおお……。『PUBG MOBILE』は東南アジア全般で人気なんですか?
佐藤氏:
そうですね。インドでも社会現象として報じられるほど人気です。どれくらい人気かというと、インドのモディ首相と市民との対話集会の席で、市民から「ウチの子どもはゲームをやりすぎて困るんです」という話が出たとき、モディ首相が「彼は『PUBG』ゲーマーかね?」と返したほど(笑)。
それまでインドにはゲームのイメージが全然なかったんですが、『PUBG MOBILE』で一気にゲームが浸透しました。
大都市で4G通信が広がり、決済は2017年のデノミで一気にオンラインペイメントが普及し、そしてそこにテンセントが本来中国の『PUBG MOBILE』のために使うはずだったマーケティングリソースを投入してきた。
通信、決済、販促の3つのインフラが大きく改善されたわけです。「国際ゲーム市況的には、インドが俄然おもしろくなってきたな」というのが僕の去年後半の実感ですね。
スリランカのゲームイベントは超大規模なファミコン大会
──インドが来ますか。
佐藤氏:
そうですね。インドのお隣り、スリランカにも行ってきましたよ。「スリランカ サイバーゲームス」という結構大きなイベントがあったんです。会場は、スリランカコンベンションセンターという、そこそこ大きなところ。そこにはスリランカ国内からだけでなく、インドからも参加者が来ていました。
なかなか人が集まっていますよね。ちなみに参加費は無料です。たぶん、無料じゃないと人が集まらないので。
──タイトルとしては『コール オブ デューティ』、『Dota2』、『CS: GO』、『リーグ・オブ・レジェンド』(以下、『LoL』)、『オーバーウォッチ』、『レインボーシックス シージ』、『鉄拳』、『インジャスティス』、『FIFA』、『クラッシュ・ロワイヤル』、『フォートナイト』、そして『PUBG MOBILE』……錚々たる顔ぶれですね。
佐藤氏:
ほかの国々と変わりなくPCメーカーがスポンサーをしています。写真は予選の模様ですが、かなり盛り上がっているでしょう? これがインドチーム対バングラデシュチームですね。
スリランカって相当小さな国なのに、外国からも選手がいっぱい集まってきます。ただし、そもそも彼らがゲームのパブリッシャーにちゃんと許可を取って大会を開催しているかというと……かなり怪しいんですけどね(笑)。
──昔、近所のおもちゃ店で勝手に開かれていたファミコン大会が、超大規模化したみたいなものでしょうか。
佐藤氏:
そうですね。スリランカなんて正規市場が小さすぎてゲームパブリッシャーの目がまったく届いていないので、いつの間にか大きくなっちゃったんでしょう。単純に渡航費を考えても、インドやバングラディシュの人を呼ぶだけで結構な興行規模のはずです。……ああそうだ、当日はドローンを使って中継していましたよ。
──へー!
佐藤氏:
ファントムやドビーという中国製のドローンを飛ばして観客を撮ったり、選手のすぐ横に接近させてプレイの様子を撮ったりしていました。
──大会の運営側が飛ばしていたんですか?
佐藤氏:
いえ、メディアです。
──許されるんですね。おもしろい画が撮れそうです。
佐藤氏:
ただ、ドローンって上を飛んでいると、正直、風が気になりますよね。選手のプレイに支障をきたさないか、衝突や落下する危険があるんじゃないかと、いろいろ気になりました(笑)。
それでも多彩な角度から画を押さえられるのはイベントとして大きいですよ。
eスポーツの中継って、プレイ画面以外にも、モニターを見ているプレイ中の選手の顔や様子も撮らなきゃいけないから、選手の視界を遮ぎらず、かついいアングル探しが微妙に難しいんですよね。その点、ドローンはカメラアングルの自由度が高いので活躍するんです。
──なるほど。eスポーツの中継とドローンの相性って、おもしろいテーマですね。
佐藤氏:
とはいえ、音響や中継のレベルは非常に低かったんですけど(笑)。
──それも経験が溜まれば、おのずとこなれてくるでしょうね。
eスポーツと音楽ライブはよく似ている
佐藤氏:
イベントまわりに関しては、東南アジアでもうひとつ発見がありました。eスポーツと音楽のライブを組み合わせた大会をよく見受けるようになったんです。というのも、eスポーツって基本的に室内のものですから、ライトアップしたり音楽を流したりする設備がライブと似ているんです。「だから同じところでやっちゃおう」という発想ですね。
──なるほど。フェスのように何組かのアーティストが出演したりするんですか?
佐藤氏:
そうです。なかでも韓国はK-POPという強いコンテンツがあるので、彼らもこの組み合わせが結構イケるんじゃないかと踏んでいるみたいですね。
──韓国国内でやっているんですか?
佐藤氏:
いえ、香港やシンガポールで催されています。主催や後援が韓国企業なんですね。
──日本ではあまり聞きませんよね。
佐藤氏:
日本ではeスポーツのイベントが、音楽イベントと会場の取り合いになると聞きますよ。
──たしかに日本、なかでも東京は都市の大きさの割にイベントの会場が少ないと言われていますよね。すごく大きいハコか、すごく小さいハコしかない。
佐藤氏:
ですからeスポーツぐらいの規模のイベントって、今後日本ではハコ探しにいちばん難儀するんじゃないでしょうか。
新興国のeスポーツは“ある意味で”有望
──日本で言われているeスポーツと海外のeスポーツって、存在感がかなり違うと思っています。ところが同じ海外でも、アメリカや韓国といったeスポーツ先進国と、東南アジアや中近東の新興国では、また状況が違いますよね。
佐藤氏:
大前提として、新興国ではゲームで何の工夫もなしに正規の利益を上げようとすると地獄を見ます(笑)。
海賊版がめちゃくちゃ多いですし、普通のゲームは先ほど申し上げた家内制手工業のダウンロード屋さんで買うわけですから。
──(笑)。
佐藤氏:
いちおう数字を挙げておきましょう。ニコ・パートナーズという調査機関のデータによると、2018年度の東南アジアにおけるオンラインゲーム市場は台湾を含めて44億ドル(約4840億円)です。
うちPCが2200億円で、モバイルが2640億円。2022年には8250億円になるんじゃないかという試算がされています。
一方、Googleが2018年に出したデータでは、台湾を除いて東南アジアのオンラインゲーム市場が4180億円。彼らの考えかたはけっこう楽観的で、2025年には1兆円を超えると言っている。
そもそも新興国のゲームの市場規模を弾き出すのは、すごく難しいことなんです。
──なぜでしょう?
佐藤氏:
そこでお金がどういうふうに使われているのか、わからないからです。
本当にパッケージゲームを買っているのか。PCのオンラインゲームではプリペイドカードをちゃんと買っているのか。モバイルのゲームではクレジットカードでちゃんとアイテム課金をしているのか。そもそも彼らがどこまで本当のことを言っているのか誰にもわからないんですよ。ダウンロード屋にお金を払ってしまっていたら、市場の数字としては見えてきませんし。
ただ、eスポーツを主語にすると、新興国は「ある意味で」有望です。
──地獄から一転。なぜでしょう?
佐藤氏:
eスポーツが盛り上がっているかどうかは、競技人口や観客数で測られる部分が大きいですよね。つまり1円も払っていないユーザーであっても何百万人いれば、「競技人口がすごい! 観客が多い!」と言い換えられる。
これはゲームのパブリッシャーにとって、アメリカの投資家などを説得する材料にできるから、とてもおいしいんですよ。……ただ繰り返しますが、東南アジアの中だけで、eスポーツ単体で収益を得ようというのは、パブリッシャーやイベント運営会社の観点から見ればはっきり言って夢のまた夢です。
それしかないから強くなる
──すごい話ですね……。ほかにも新興国で流行っているeスポーツのゲームに、何か傾向はありますか?
佐藤氏:
そうですね、モバイルのゲームユーザーが遊んでいる姿を見たり、PCのネットカフェを覗いたりしてとくにわかるのが、ゲームを対戦ツールとして使っている比重が大きいことです。それはPvP【※】の性質がどうとかいう以前の話で、「オレは強いぞ」というのを相手に誇示できるからという単純なもの。
※PvP
プレイヤー対プレイヤーで戦う、対戦ゲーム形式やルール。コンピューターが操る敵と戦うのはPvEとなる。
──そんな理由なんですね。対戦ゲームと言えば、2019年1月に福岡で行われた格闘ゲームの祭典「Evo Japan」で、パキスタン人のArslan Ash選手が優勝して話題になりました。
彼は「僕の国には、もっと強い人が7人いる。とくに上位6人は別格だ」と発言し、界隈が大いに沸き立ちました【※】。アメリカでも韓国でもない、日本人には馴染みの薄いパキスタンという新興国に「そんな強いやつがいるのか!」と。
※朝日新聞は現地まで赴き、取材をしている。「格ゲー業界騒然!パキスタン人が異様に強い理由、現地で確かめてみた」
佐藤氏:
パキスタンは南アジアに区分されますが、そこに隣接している中央アジアのプレイヤーは国際大会で結構活躍するんですよ。
たとえば、2018年にドイツで行われたIntel Extreme Mastersの優勝チームにはカザフスタン人がふたりいました。
このあいだ行った中央アジア・キルギスのネットカフェでも『ウイニングイレブン』が遊ばれていましたね。キルギスはものすごく貧しい国ですが、ネットカフェは、多いところなら一街区にひとずつぐらいなどやたらある。
ちなみにこの写真はカザフスタンのバス停で見つけて撮ったもの。
「eスポーツのベッティングが、いまなら手数料タダ」というような、賭けごとに関する広告です。
──ベッティングは違法じゃないんですか?
佐藤氏:
ええ、こんなに堂々と広告を出すくらいですからね。
──なるほど。アジアの新興国ではゲームと言ったら対戦型。しかもどの街でも見かけるようなネットカフェで、日がな一日そればかり遊んでいるのだとしたら、世界レベルの強豪プレーヤーが出てきてもおかしくないですね。
佐藤氏:
それで思い起こされるのが、SNKの『ザ・キング・オブ・ファイターズ』(以下、『KOF』)ですね。『KOF』ってメキシコでめちゃくちゃ人気が出たんですが、そのおかげでメキシコからすごいプレイヤーが現れ、隣りのアメリカに波及してアメリカの『KOF』シーンをすごく盛り立てたという話を聞いたことがあります。
──なぜメキシコで人気が出たんですか?
佐藤氏:
メキシコには、前に話したフィリピンの「ピソネット」【※】に似た、コンシューマーゲーム機で遊ばせる店があるんです。そこにSNKの古いタイトルがたくさん入っていたのがひとつ。もうひとつは、「マルチゲーミングマシン」という超怪しいエミュレータマシンが置いてあって、そこに『KOF』が入っていたから。
そういう施設が貧民街にもあり、誰でも遊べる環境があったんですよ。誰でも遊べるから競技人口がすごく多い。
なおかつ遊ぶゲームの選択肢が限られているから「ゲームと言えば『KOF』」という状況だったんです。
※ピソネット
ペソ(約2.2円)で利用できるPCやゲームコンソール、アーケード端末のこと。ルーターを介してインターネットに繋がっていることが多いため、オンラインゲームのほかにも、SNSやYouTubeを利用することも可能。
経済的に困窮している人々や子どもたちに広く利用されている。第2回の記事に登場。
──「ピソネット」のようなコンシューマーゲーム機を利用したカフェって、世界中の新興国にあるんですか?
佐藤氏:
はい、どこにでもあります。
僕は東アジア、西アジア、中央アジア、南アジアとアジアはひととおり見てきましたが、形式は違えども、本当に全部の地域にありました。ちなみに北アジア、つまりロシアのシベリアにもありましたよ(笑)。
私がこれまでに行った中で、もっともひとり当たりのGDPが低い国はエチオピアでしたが、そこにもしっかり家庭用ゲームカフェはありました。
また、先日はケニアにあるアフリカ最大のスラム、Kibera Slumの中の家に泊めていただき、近くでゲームを探し回ったんですが、こういうスラムにもしっかりプレイステーション(以下、PS)4のゲームカフェは何軒かありましたね。
──えっ。これがゲーム施設なんですね。