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世界中で手探りが続くeスポーツビジネスで成功するために言えるたったひとつのこととは? アジア諸国のイリーガルなゲームシーン、新興国で強豪選手が育つ理由、国家とeスポーツの関係

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新興国のすごいプレイヤーたち

──少しお話を整理しましょうか。東南アジアや中央アジアといった新興国では対戦型のゲームが盛り上がっている。
 そしてeスポーツのエコシステムを構築する手段という意味で新興国の比重は高い。そういうことですね。

佐藤氏:
 はい、ここで無視できないのが新興国の物価や所得の低さです。同じ賞金150万円でも、日本人にとっての150万円と、平均年収15万円の国の人にとっての150万円は意味が変わってきます。貧しい国ではプレイヤーのハングリー精神がすさまじいですからね。

──普通に生活がかかっている。新興国でeスポーツの覇者になるのは文字どおり「ドリーム」ですよね。

佐藤氏:
 最近は、新興国や経済発展が比較的遅れた地域からすごい選手が出てくるケースが、ちょこちょこ見受けられます。

 もうひとつ考慮すべき要素としては、「渡航距離が長すぎる」とか「渡航費が高すぎる」、あるいは「ビザの申請が下りない」といった理由で、すごい選手であっても海外の大会に出場できないケースが挙げられます。
 「Evo」などを見ているとわかりますが、参加者はアメリカの近隣の国の人か、ある程度所得の高い国の人が多い。ですから中央アジアや西アジア、なんならアフリカにだってすごいプレイヤーはいるのに、遠いし、手続きが大変だし、渡航費もかかるので、開催国まで来られないんです。

──「Evo Japan」で優勝したパキスタン人選手も大変だったみたいですね。

佐藤氏:
 彼が所属しているvSlash eSportsのTwitterに、「彼がどう苦労して福岡に来たか」というのが書かれており、これが本当に物語のようでおもしろかったんです。

 日本のビザを取るところからすごく苦労したようですね。いちおう「Evo Japan」に助けてもらって空港に行こうとしたけど、ビザの問題で出国できなかった。
 それでマレーシア経由で韓国に行こうとしたけど止められたから、頑張って今度は成田から行くことにした。そして成田に着き、成田から羽田経由で福岡に行こうとしたけど、成田から羽田までバスに乗らなきゃいけない。でもバスに乗るにはお金が必要。ところがパキスタンの通貨を日本円に両替できる場所がない!

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──韓国や中国くらいの距離からならともかく、パキスタンですからね。

佐藤氏:
 そういう意味では、先ほど申し上げたGCC諸国でeスポーツが盛り上がっているおかげで、パキスタンやトルコも含めた近辺の有望な選手が発掘されています。パキスタンからアメリカや日本に行くより、GCC諸国に行くほうが渡航費は断然安いですから。

 同じ理由で、西ヨーロッパの大会には東ヨーロッパや北アフリカの人が参加しやすい。そしてロシアの大会には旧ソビエト諸国の人々が参加しやすい。
 ロシアのちょっといい話として、地元のネットカフェですごく活躍していたウラル地方の選手がモスクワに出てきてトッププレイヤーになった──みたいな武勇伝がけっこうあるんですよ。

──グローバル社会で成り上がっていく感じですね。

佐藤氏:
 eスポーツの大会が世界のいろいろな地域で開かれるにつれ、その周辺の新興国が盛り上がってくるというのは、事実として言えると思います。

──「日本では知られざる新興国の選手が強い」というような話って、対戦格闘以外のジャンルにもあるんでしょうか?

佐藤氏:
 FPS系のジャンルでは、カザフスタンやキルギスといった中央アジアに注目したほうがいいと思います。あと、『Dota2』は旧ソ連圏に強いプレイヤーが多いんですが、同じロシア語圏であるカザフスタンやキルギスのプレイヤーはロシア語で情報を交換しているし、ロシア語でプレイ動画を観て勉強している。
 だから「ロシアが強いゲームは、カザフスタンやキルギスも強い」という寸法です。ロシア語圏でのeスポーツトーナメント結果を調べてみると、カザフスタンの人が結構勝っていますよ。

──カザフスタンのプレイヤーですか。国に馴染みもないし、想像もつかないですね……。

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佐藤氏:
 『CS: GO』世界におけるトップクラスのチームはブラジルにもありますからね。こんなふうに新興国のすごいプレイヤーがどんどん出てきています。

 ちなみに、『Vainglory』(ベイングローリー)というMOBAタイトルがあって、そこまで人気があるとは言いがたいんですけど、これの第1回のチャンピオンシップで優勝したのは、イラクの戦争が激しかった時代に戦乱を逃れて北米へ渡ったイラク人の若者なんですよ。
 PCは持っていないけどタブレットがあったから、一生懸命やり込んだんだと。

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(画像はThe ESPORTS OBSERVER IraqiZorro: The Story of One Esports Professional Potentially Facing a Permanent Ban From the United Statesより)

──いい話!

佐藤氏:
 「アメリカ在住だけど、じつは新興国出身」という選手は結構いるんですよ。
 そういうケースを見ると、やっぱり新興国の人のハングリー精神が、eスポーツにすごいプレイヤーを生み出す土壌になっているのは間違いありません。彼らは多言語社会に生きているので、たとえばある場所では英語で情報交換し、ある場所ではスペイン語で情報交換し、ということができる。これは当然有利に働きます。英語圏のプレイヤーの情報も、スペイン語圏のプレイヤーの情報も、両方ゲットできるので。

中国は内陸部に有力選手がいる!?

──先ほど中国企業の海外進出のお話が出ましたが、eスポーツ先進国である中国の最新事情も知りたいところです。

佐藤氏:
 中国の強いチームは大都市が集中する沿岸部に多いのですが、じつは中国の『LOL』一部リーグであるLPLに参加しているプレイヤーの出身地でいちばん多いのが湖南省なんです。
 湖南省以外でも、湖北省の選手も多いですし、新疆ウイグルの選手もいるらしいですね。湖北省は、三国志ファンの方なら赤壁のあるところと言えばわかりますかね(笑)。
 湖南省はその南に隣接していて、春秋戦国時代には楚という国がありました。毛沢東の出身地でもあります。

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──土地勘がないのであまりイメージが湧きませんが……。とにかく沿岸部の上海や香港や深ではないんですね。

佐藤氏:
 それから、World Cyber Games(WCG)という世界的なeスポーツイベントのスタッフが分派して開催しているWorld Cyber Arenaというイベントがあります。『Dota2』のThe International出場チームが戦っているようなレベルの高い大会なんですが、その開催地が中国のニンシヤホイ族自治区なんですよ。

──ええと……ニンシヤホイ?

佐藤氏:
 地図で確認してみましょうか。ここです。ここは寧夏回族自治区(ねいかかいぞくじちく)とも呼ばれているんですが、「回族」すなわちチャイニーズムスリム(イスラム教徒)ですね。今年は隣の陝西(せんせい)省で『王者栄耀』の決勝が行われたり、WCGの大会が開かれる予定だったりとか、とにかく中国西部が盛り上がっています。

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──なぜこんな交通の便の悪い内陸で開催するんでしょうか。

佐藤氏:
 プレイヤーの発掘がまずあります。そして地方政府の中央へのアピールも重要です。あとは先ほどの話と同じで、上海などに比べて内陸の人の所得は低いから、賞金に対するモチベーションがすごく高いんですよ。

──なるほど。

佐藤氏:
 中国は内陸の省に行っても省都に行けばネットカフェがありますから、いちおうどこでもゲームはできるんです。そこで頑張って練習し、上海あたりの大都市に上京してスタープレイヤーになる。

──文字どおり上京物語ですね。そういった都市部に限らない世界的・全地域的な盛り上がりが、eスポーツの新しいビジネスモデルにまで繋がるとよいのですが。

“独裁系の国”はeスポーツを推進する

佐藤氏:
 ところで、電ファミさんでも記事にされていたeスポーツアーニングスというサイト。これは世界各国のプレイヤーの累積獲得賞金金額ランキングが見られるすごく便利なサイトですよね。ただ、中国などの国内イベントに弱いのが弱点ですが……。

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──上位のほうは全部『Dota2』ですね。

佐藤氏:
 はい。2020年はひょっとすると『フォートナイト』に変わるかもしれませんが。ちょっと選手の国籍に注目してみてください。

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(画像はDota 2 Prize Pools & Top Players – Esports Profile :: Esports Earningsより)

 トップこそドイツ人ですが、2位はヨルダン人、4位はブルガリア人、7位はパキスタン人、8位はレバノン人です。(2019年5月29日現在)

──新興国が目立ちますね。

佐藤氏:
 ええ。ただ、通信速度の面で彼らはやはり不利なんです。オンラインゲームのサーバーは新興国にはほとんどありませんから。
 あるロシア語の記事で読んだんですが、カザフスタンの人が遊ぶオンラインゲームのサーバーは、たいていヨーロッパにある。近くにあってもモスクワか中国。すると遠いからレスポンスが遅いんですよ。仕方がないからモスクワに出稼ぎに行き、モスクワのチームに入ることになる。

 とはいえ『Dota2』の場合、基本無料で遊べることも、新興国に有力なプレイヤーがガンガン出てきている理由のひとつです。

──普通のスポーツでは、国がお金をかけて選手を育成するなど、その国自体にスポーツの習慣がないと選手が育たないから、新興国にはあまりチャンスがない。でもeスポーツだと新興国にもチャンスがあるんですね。

佐藤氏:
 新興国がスポーツ大会でメダルを狙うのは、特定のスポーツが伝統的に強い国でもなければ、なかなか厳しい。
 だけどeスポーツでメダルを獲れるなら、たとえば「『FIFA』で優勝できる強豪がいる」という感じで国の知名度、大袈裟に言えば威信に繋がるという側面はありますね。国自体がよく知られていないカザフスタンやキルギスのプレイヤーが強いとなったら、日本からしたって、国の知名度そのものが上がるでしょう。

──たしかに、今回伺って初めて地図で場所を確認した国があります。

佐藤氏:
 そういう意味では、それ自体の良し悪しはさておき、政府が強権的にeスポーツを推進し、国威発揚したがる国から良い選手が出てくることはありそうですね。

──中国の体操選手のように。

佐藤氏:
 eスポーツで外せないのは、国の関わりかたなんですよ。よく「eスポーツはスポーツか否か」という議論が持ち上がりますよね。これは、「eスポーツはスポーツであったほうがありがたい国か、そうでない国か」という話にも繋がってくるんです。

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──どういうことですか?

佐藤氏:
 上の命令で物事がどんどん決まるような国、あまり良い言いかたではありませんが“独裁系の国”って、スポーツにすごい助成金を出していたり、会場を借りるときもスポーツ大会なら割り引いてくれたりするんですよ。そういう国では、eスポーツが「スポーツ扱い」になると、プレイヤーやコミュニティはいろいろなメリットを享受できるということです。

 だからロシアやトルコなど、どちらかというと政府の権力が強い国では、「eスポーツはスポーツである」という流れがプレイヤーやチームのオーナーにも意外と喜ばれているんだなと思います。

──威信を示せるという意味では国にとってメリットが、活動しやすいという意味ではプレイヤーやコミュニティにメリットがあるんですね。逆に、スポーツとしてのeスポーツを歓迎しない国というのは?

佐藤氏:
 政府機関どうしの調整が難しい国や地域、たとえば中南米の諸国ですね。

 スポーツに関連する法律がやたらあるので、もしeスポーツをスポーツ扱いにすると、これまでゲームに関する規制だけに従っていればよかったものが、そちらにも従う必要が生じるんです。
 たとえば、どこかの会場を借りてeスポーツの大会を開催しようとした場合、役所に申請するわけですが、ゲームについての申請をまず出し、次にスポーツについても出して……と手間が2倍になるんですね。

──なるほど、賞金を設定する際の規制なども二重にクリアする必要がありそうだ。面倒ですね。

アルゼンチンの迷走

佐藤氏:
 面倒と言えば、アルゼンチンは別の意味で面倒なことになっています。いま審議中の法案の条文内にeスポーツの定義があるんですけど、こんな感じです「リアルタイムストラテジー(RTS)、CCG(CollectibleCard Game)、つまりトレカ。そしてスポーツ系のゲーム」……以上です。

──え、それだけですか?

佐藤氏:
 そう、『CS: GO』のようなFPSと、それから『LoL』や『Dota 2』のようなMOBAはどこに行ったのか? 格闘ゲームは? ……と思いきや、次の条項で「FPSはeスポーツとみなさない」と明記されています。

──もし法案が通過すると、アルゼンチンにおいて「FPSはeスポーツではない」ことになるんですか。そんなバカな。

佐藤氏:
 法案は2018年の9月くらいから審査を開始していて、結果が出るまでだいたい1年くらいかかると言われています。ですからまだ最終結論は出ていませんが。【※】

※取材は2019年4月。2019年6月上旬現在は、eスポーツタイトルを定める規定やFPSを排除する規定などは廃され、この法案中で特定ジャンルのゲームを区別するような規定はなくなる方向で審議が進んでいる模様。

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──しかし、なぜまた「FPSはeスポーツではない」ってわざわざ言い切っちゃったんでしょう。

佐藤氏:
 FPSはゲーム内において武器で人を殺しまくる、つまり「暴力的だから」です。

 最初その条文はなかったらしいんですが、どこかの議員さんが現地のeスポーツ団体と打ち合わせたときに、「この条文を入れろ」と彼らに要請した結果、法案にも入れちゃったらしいんですよ。ですから別のeスポーツ団体が抗議声明を出していますよ。

──別のeスポーツ団体?

佐藤氏:
 はい、抗議しているeスポーツ団体は、法案を提出したeスポーツ団体とは別の団体なんです。後者はeスポーツにあまり関係ない……というか、「eスポーツが人気だからとりあえず作ってみた」的な組織のようです。でなければ、こんなおかしな法案は提出されませんよ。自主規制する意図だとは思うんですけどね。

──業界の自主規制団体ですか。日本でいうとCERO(コンピュータエンターテインメントレーティング機構)や映倫(映画倫理機構)みたいなものですね。

佐藤氏:
 そういう存在になりたいんじゃないですかね。
 彼ら、「意見はオープンに受け入れるよ」と言っているんですけど、「ぜんぜん聞いてないじゃないか!」とアルゼンチン国内のeスポーツ関係者からブーイングが飛んでいます。この法案自体、1条1条ツッコミどころが満載なんですよ(笑)。だから現地のゲーミング系のチームが連名で議員への意見書を出していますね。

eスポーツでモジモジしているのは日本だけじゃない

──eスポーツって、日本でもモジモジしている印象があるんですが、海外もそうなんですね(笑)。

佐藤氏:
 韓国・釜山に本部がある、国際eスポーツ連盟(IeSF)という組織があります。これはeスポーツの国際競技連盟を自称している組織のひとつなんですが、IeSFの規定では、ひとつの国からはひとつのeスポーツ団体しか加盟できないとしています。
 先ほどのアルゼンチンでは、法案を提出した団体が先に加盟したので、それがアルゼンチンのeスポーツを代表する団体だと主張する根拠になっているようなんです。

──早いもの勝ちなんですね。

佐藤氏:
 ええ。これに似た話がほかの国には結構あるんですよ。ビジネスの匂いを嗅ぎ取った人たちが先に団体を作って権威のありそうなところに加盟しちゃう。国際組織も加盟国の数が欲しいからどんどんそういう団体を入れてしまう。そして後で揉める。

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──しかし、eスポーツってなんでこんなにきな臭くなっちゃうんでしょう。

佐藤氏:
 eスポーツには関わる人や団体がすごく多いからです。

 ゲームを発売・開発するパブリッシャーやデベロッパー、プレイヤーやチーム、取材・報道・中継・放映などを行うメディア、業界団体、ハードウェアメーカー、そしてゲーミングPCメーカーのようなスポンサー。

 このように6つや7つのステークホルダーがいるわけですが、それぞれの意向が一致しているかどうかというと、だいぶ怪しい。
 プレイヤーと、そのプレイヤーが所属するチームですら見解や方針が一致していないことも多いでしょう。アメリカでは、プレイヤーどうしで組織する団体がチームに抗議したケースもあります。野球で言うところの、選手会と球団の対立みたいなものですね。

──格闘技の興行もよく揉めますが、そこにはパブリッシャーがないわけで。eスポーツは、それより関わっている団体が多いわけですね。

佐藤氏:
 しかもeスポーツの場合、そのパブリッシャーがいちばん重要な部分を担っていますからね。

──パブリッシャーやデベロッパーが競技のシステムやルールなどを作っているから、それらを変更する場合、「誰がどんな基準に照らし合わせて公平性を保つか」って大変そうですよね。システムの変更のしかたによっては、特定のプレイヤーやキャラクターが有利・不利になる可能性がある。その決定権も全部握っていますし。

佐藤氏:
 各ステークホルダーの意向を汲みながら全部調整するのは相当大変ですよね。

 その点で、良いか悪いかはともかくとして、上が強権を振るう国は簡単なんですよ。トップダウンの指示に「NO」はありませんから。中国だったら、政府がお達しを出せばOK(笑)。ただ、逆に言えば偉い人が「eスポーツはいかん!」と言い出したら、一瞬で業界が吹っ飛ぶかもしれない、ということでもありますので、良し悪しということではないでしょうか。

──日本ではそうはいきません。

各国ともeスポーツは手探り状態

佐藤氏:
 ただ、別にひとつの国の中でそれだけのステークホルダーをすべて調達しなくてもいいんじゃないかと思うんですけどね。スポンサーは台湾、プレイヤーはフィリピン人、ゲーム開発は日本などでもいいのでは。

──なるほど、もはや日本だけでeスポーツをどうこうしようという発想から脱却したほうがいいのかもしれませんね。発想の転換が求められている。

佐藤氏:
 アメリカやヨーロッパ、中国ですらeスポーツは手探りです。たとえば、「中国の教育機関がeスポーツに進出。教科書も作った」というニュースがあったので、その教科書を手に入れたんですよ。

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──おおー。

佐藤氏:
 その中で僕が気になった教科は、「eスポーツ心理学」です。

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──おもしろそうですね。

佐藤氏:
 でしょ? 「対戦ゲームの駆け引き」などが書かれていると思うじゃないですか。
 ところが中身を読むと、単にeスポーツをプレイしているときの心理状態は……というような話だけなんですよ。
 本当に普通の心理学。中国なんて『LoL』のめちゃくちゃ強いプレイヤーがいるんだから、その駆け引きの話が書いてあったらおもしろいんですが、残念ながらそんなものはありません(笑)。

 結局、彼らも手探りなんです。だから日本としては、eスポーツの教科書が出てきたからといって、「中国に先を越された」なんて思わなくても大丈夫。

 アメリカの世界的なタイトルのeスポーツイベントであっても、チケットの事前予約にアメリカの携帯電話番号が必要だったり、ファンの熱意があるのをいいことに、いい加減なサービスをしているところもあります。

 欧州ではドイツ連邦政府のeスポーツに対する姿勢は党派にかかわらず意見が分かれている状況ですし、ドイツのオリンピック委員会はバーチャルスポーツとeゲーミングを分けろなんて言い始めている。フランスで設立されたeスポーツの学校も大炎上しました(笑)。

 だから、皆さん「エコシステムが大事」とはいうけれど、まだ世界のどの国でもeスポーツの勝ちパターンが確立していないんです。

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南部の都市ナントに作られたフランス初のeスポーツアカデミーは、設備などがまるで整っておらず、窓のない部屋に学生をすし詰めにしていたなど「学生への待遇も酷い」と学生の告発があり炎上。学校側も反論したが、結局閉校となった模様。
(画像はAGAINST ALL AUTHORITY Enquête : The eSport Academyより)

─それは意外です。日本だけがガラパゴス的にeスポーツのスキーム化が遅れているのかと。

佐藤氏:
 欧州やアメリカの大きなゲームパブリッシャーやイベント運営会社を見ても、eスポーツ事業は入場者数や売上、視聴者数こそ増えているものの、単独ではっきり大きな利益が上がっているとは思えません。

 スマホアプリでは、制作会社がダウンロード数を前面に押し出して投資家を説得していましたが、それがeスポーツでは「ダウンロード数」を「競技人口」と呼び変えて投資家を捕まえる、というやりかたとして確立しているだけのようにも見えます。
 すべてのステークホルダーが納得して、「継続的にうまくいく条件だ!」というのはまだ誰もわかっていなくて、アメリカもヨーロッパも中国も韓国もまだまだ手探りの状況なのではないでしょうか。

 ただひとつ言えるのは、eスポーツの未来は「先進国」を見ているだけではわからないということです。

 ざっくりとした話をすれば、これまでゲームというものは、日本とアメリカと西ヨーロッパ、あとオーストラリアなどの国々にいる、10億人前後が住む“先進国”を相手にするビジネスでした。最近、約14億人の中国が市場として大きくなったので、彼らのやりかたが投資や開発からローカライズ、そしてユーザーへの提供方法の考えかたにまで、大きな影響を与えるようになってきているのが現実です。

 しかし、それでもまだたったの24億人です。実際には、これまでお話ししてきたとおり、残りの50億人が住む国々でも、ホワイトにせよグレーにせよブラックにせよ、何らかの形でゲームが遊ばれているんですね。
 eスポーツにはプレイヤーや観客の盛り上がりが不可欠である以上、この残りの人々の嗜好や遊びかた、観戦のしかたをよく理解し、選手や観客などとして仕組みの中に取り込むことができれば、eスポーツが発展する可能性はとても大きいと思いますよ。

──世界のゲーム人口は我々が考えている以上に多く、eスポーツにはまだまだ限りない伸びしろがあるということですね。今日は長時間にわたり、ありがとうございました。(了)


100年後の『いだてん』たるeスポーツ

 ミャンマーの家内制手工業ダウンロード店に始まり、今回は、20を超える国のeスポーツ事情に精通し、書籍を刊行した佐藤氏に、新興国を中心に語っていただいた。

 なかでも印象的だったのが、新興国の「たくましさ」だ。

 通信料が高いからダウンロード屋が繁盛する。
 Steamの課金を嫌って『PUBG MOBILE』をPCでプレイする。
 同じゲームばかりやり続けてめちゃくちゃ強くなる。
 最新ハードがないなら古いハードでデータを改竄してまで最新版で遊ぶ。
 賞金をモチベーションに貧困地域から成り上がる。
 多言語を駆使して情報を収集する。

 ──挙げればキリがない。なかには明らかな違法行為も含まれているが、じつにダイナミック、じつにおもしろいという感想以外にない。

 取材を終えて、放映中のNHK大河ドラマ『いだてん 東京オリムピック噺』のことが頭に浮かんだ。100年以上前、日本人に「スポーツ」を根付かせた者たちの話である。当時の日本で「スポーツ」は低く見られており、大の大人が時間と金をかけて「かけっこ」をするなどくだらないと言われていた。周囲からは奇異の目で見られ、練習方法も手探り。しかし彼らは周囲の反対を押し切って日本人を国際大会に送り込み、のちの東京オリンピック実現のための大いなる礎となった。

 現在のeスポーツは、まさに『いだてん』的状況下にある。eスポーツがスポーツかどうかすら見解が割れている。練習方法も運営方法もレギュレーションも手探り。何も確立されておらず、誰にも正解がわからない。ゲーム大会なんてくだらないと笑う者も多い。しかし、知られざる国の知られざるプレイヤーの活躍によって、eスポーツは確実に熱を帯びてきている。

 日本で低く見られていた「スポーツ」が、自国でのオリンピック開催という地位に上り詰めるまで約50年かかった。「eスポーツ」は何年かけて、どの程度まで行けるのだろうか?

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 「東南アジア」──それは日本人にとって“近くて遠い存在”だろう。

 数十年先まで人口が増え、中間層が拡大していくことが自明のこの地域。その市場の重要性は日を追うごとに認識されているが、たとえば韓国や中国に比してその「生活実態」はあまり知られていないように思う。
 今回、取り上げたいのは、まさしくそうした「東南アジア」の実態だ。Googleが取り逃している40億人のアプリ市場の実態から、東南アジアでは命より大事な(?)SNS事情、そして日本と東南アジアの産業連携のビジョンまで、我々の未来にとって重要な示唆を与えるこれらを追っていこう。

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