PS2版『ウイイレ2018』
──新興国のなかで、ほかにおもしろい国はありましたか?
佐藤氏:
インドネシアのゲームカフェの写真を見てください。
これです。みんないろいろな機種でサッカーゲームを遊んでいるんですけど、中にはPS2も混じっている。PS3が2006年に出ているし、PS4も2014年に発売されているから、さすがにいまPS2の新作ゲームはないはずです。
だったらPS2で遊んでいる彼らがプレーしているのは何かというと、これが“PS2版”の『ウイニングイレブン』の2018年版なんです(笑)。
──え?
佐藤氏:
つまりですね、PS2版の『ウイイレ』のデータを勝手に2018年用に書き換えているんです。
だから選手データも最新(笑)。ゲームシステムはPS2版のままで、データだけ無理やり改造している。もちろんローカライズなんてされていないので英語ですが。これが、ご丁寧に毎年のように作られているんです。
──すごいですね……。
佐藤氏:
僕もプレイしているところを覗いてみたんですが、インドネシアチームの選手能力値が全部MAXになっていました。最強です。ズルい(笑)。
──(笑)。お金はまともに払ってないかもしれないし、違法も多いけれど、新興国の対戦ゲームの競技人口自体は結構多いということですね。
佐藤氏:
ええ。サッカーほど多くはないかもしれませんが、対戦ゲームだと『鉄拳』や『ストリートファイター』もネットカフェの広告としてちゃんと出てきます。欧米の調査機関などが発表しているデータを見るかぎりでは、グローバルなeスポーツの競技人口や観客数の上位タイトルにはFPSやMOBA【※】が挙がってきて、格闘ゲームは一段低い位置にありますが……。
※MOBA
Multi Online Battle Arenaの略。その出自よりDota系とも。
複数のプレイヤーがフィールド上で2チームに分かれ、互いの陣を攻め合うオンラインアクションゲームのジャンルを指す。プレイ中の行動によって、プレイしているキャラクターのレベルが上がっていくRPG的な要素もあるのが特徴。『LoL』はその代表的タイトル。
──格闘ゲームは少数の「好き者」が熱狂的にやっているイメージですか。
佐藤氏:
格闘ゲームのコミュニティは、一国一国の規模で言えば小さく見えるかもしれませんが、先進国だけではなく新興国にも、つまり世界中にあるんですよ。
僕が直接見に行った限りでも、東西南北中央アジアどころか、アメリカ・欧州・アジアからオーストラリア、アフリカまで、五大陸全部にコミュニティはありました。
ナイジェリアやケニア、コートジボワールにだって格闘ゲームやサッカーゲームの国際eスポーツイベントがあるんですよ?
むしろサブサハラアフリカ(サハラ砂漠より南の地域)になると通信インフラがあまりに悪いので、eスポーツの競技種目は『LoL』や『Dota 2』、『Overwatch』などではなく、家庭用ゲーム版のサッカータイトルや格闘ゲームしかなかったくらいです。
ちなみにケニアとナイジェリアの格闘ゲーム界では、『ストリートファイター』、『鉄拳』と並んで、『モータルコンバット』の人気が高かったりしますが、こうしたゲームメーカーが拾い切れていない非公式なイベントや選手を含めて考えると、家庭用のサッカーや格闘ゲームは意外に大きなジャンルかもしれません。
少なくとも、販売本数や、アメリカ・西ヨーロッパの調査機関がまとめているデータ、それからアメリカでの大会規模やエントリー数といった表面的に見える数値よりも、はるかに大きいと思われます。
──おもしろいですね。最近のeスポーツの報道でよくある論調が、「日本では1990年代以降の流れで格闘ゲーマーが多いけれど、世界の主流はRTS【※】やFPSだから日本はガラパゴスである。よって日本は世界のeスポーツの波に乗りにくいんじゃないか」というものです。
※RTS
Real Time Strategyの略。リアルタイムでフィールド上を進行する敵に対して、自軍ユニットに指示を出し、迎撃するタイプのアクション+シミュレーション度の高いゲームジャンル。
佐藤氏:
とはいえ格闘ゲームをカジュアルに遊んでいるかどうかはわかりません。相当なガチ勢かもしれませんし。
──ただ、そのガチ勢が世界中にいるなら、集まったら相当な数になりそうですね。
湾岸諸国のeスポーツは家庭用とモバイルが中心
──そうだ、以前の記事で中東の話をされていましたが、eスポーツ事情はどんな感じですか?
佐藤氏:
お金持ちのスポンサーがたくさんいるから、GCC(湾岸協力会議)【※】加盟諸国ではeスポーツがかなり盛んです。2017年にサウジアラビアがeスポーツ協会を設立したんですが、2018年のFIFA eWorld Cup Grand Finalでサウジアラビアの人が優勝するなど輝かしい成績を残したので、けっこう注目を集めているんですよ。
※湾岸協力会議加盟国
UAE(アラブ首長国連邦)、バーレーン、クウェート、オマーン、カタール、サウジアラビアの6ヵ国。そのうちサウジアラビアのeスポーツ協会はsafeisという。
加えて言うと、これはGCC諸国独自の現象だと思うんですが、この地域でeスポーツといえば家庭用とモバイルなんです。ほかの国はだいたいPCですよね?
──なぜでしょうか?
佐藤氏:
単純にマーケットが小さいからだと思います。UAE(アラブ首長国連邦)で開かれているPLG(Power League Gaming。ドバイに本拠を持つ興行団体とその興行)のイベントには、いちおうPCも家庭用も全部用意されており、家庭用にはGCCの人がみんな参加しますが、主催者にインタビューを取ったところ、PCのほうはレバノン勢やヨルダン勢など、要するに石油がない国のプレイヤーの存在感のほうが大きいんです。
たとえば『Dota2』はレバノンとヨルダンにものすごく強い人がいる。モバイルに関しても、『PUBG MOBILE』のイベントはUAEで開催されていたり。
──東南アジアの新興国も含め、モバイルがこれだけ普及し、湾岸諸国でもモバイルが人気となると、世界的に「来る」可能性があるeスポーツのプラットフォームは、モバイル系なのかなとも思ったりします。
佐藤氏:
ただ、モバイルってどうしても通信速度の問題が付いて回りますよね。PCは基本的に有線でつなげば安定しますけど、モバイルはそうはいかない。僕は5Gになってもこの状況はあまり変わらないんじゃないかなと思っています。
たとえばMOBA系のゲームをモバイルでやろうとすると、ちょっとでも接続状況の悪い場所だと突然ログアウトしてしまう。何度も繰り返しているうち、いつの間にか脱走兵扱いになっていた……って、よく聞く話ですよね。
──聞きますね(笑)。
佐藤氏:
FPSはそのあたりを技術的にうまくやりくりする仕組みがあるし、だからこそ『PUBG MOBILE』はそれなりに上手くいっているんだと思います。ですからeスポーツのジャンルは確実に広がってくるけれど、PCのゲームを何でもかんでもモバイルに持ち込むのは、まだまだ難しいのではないでしょうか。
グローバルで見たときに、モバイルeスポーツはまだまだこれから。ただ、いろいろな国を周って『eスポーツ五大陸白書』【※】を作成した立場からすると、モバイルeスポーツが相対的にいちばん盛んだと思ったのは東南アジアでした。これは言い切れますね。
そもそも、西ヨーロッパのような先進国や韓国では、eスポーツにおけるPCゲームの立ち位置が大き過ぎるんです。そういう地域でPCゲームのeスポーツに長年親しんできたプレイヤーや観客が、同じジャンルのモバイルゲームによるeスポーツを見ると、先ほど挙げた回線の安定具合の問題もさることながら、ゲームそのものがシンプル過ぎるので、「見ごたえがなく子どもっぽい」と考えられがちなんです。そうしたこともあって、モバイルeスポーツというものが、対戦カードゲームのような一部の例外を除くとなかなか伸びないわけです。
一方、東南アジアはスマートフォンでゲームを遊ぶユーザーの比率が非常に高い。そして、東南アジアにおける若年人口の比率は先進国よりもずっと高いから、昔からPCのeスポーツに慣れ親しんできたユーザーよりも、スマートフォンでゲームを遊び始めて競技に興味を持った若いユーザーの存在感が相対的に大きい。そのようにスマートフォンでゲームを遊び始めた人々は、モバイルゲームのeスポーツに対する「偏見」がありません。
スポンサーという点から考えると、東南アジアでゲーミングPCが売られていないわけではないのですが、ブロードバンド比率が低く、地方では停電も多いため、ゲーミングPC市場の拡大は緩やかです。一方、スマートフォンメーカーは東南アジアで商品を売りたいから、モバイルeスポーツのイベントに積極的にスポンサードする。これらがモバイルeスポーツが東南アジアで先んじて伸びている大きな理由ですね。
中国企業が東南アジアに進出
──モバイルeスポーツが東南アジアで元気である背景として、ほかにも理由があるとすれば何でしょう?
佐藤氏:
中国のゲーム会社の存在は大きいと思います。とくに2017年後半以降に顕著になったように思いますが、彼らにとって自国の市場開拓は簡単ではなくなってきているので、グローバルに、とくに近隣の東南アジアに進出する傾向があるんですね。
──中国企業なのに中国展開が難しいんですか?
佐藤氏:
ひとつは自国の特定プラットフォーマー、つまりテンセントやネットイースの力がありすぎるからです。彼らに利益のパイをたくさん取られてしまうので、うまみが少ない。世界的には開発会社とプラットフォーマーの取り分って7:3くらいの比率だと思いますが、中国ではもっとぶん取られる。5:5や4:6など、売上が高くなると、さらに利率が上がることがあるようです。
──なるほど。中国の市場は大きいけれど、だからと言って「儲かるのか」というと、そうじゃないと。
佐藤氏:
それに加えて2018年から共産党政府がいろいろと締め付け【※1】をしていますよね。「三線都市」【※2】への浸透など、中国ゲーム市場の拡大余地自体はまだあるにはあるんですが、共産党の規制については中国人にとっても先が読めないので、ビジネスリスクが高くなってきているんです。
※1 締め付け
こちらの記事などにあるように、中国では政府の息の掛かったゲームの監督省庁によるゲーム発売の許認可が厳しくなっている。件の記事は凍結時のものだが、2019年4月に審査は再開。現在は数ある条件を潜り抜けたタイトルだけが発売に進んでいる。
※2 三線都市
比較的発達した中小都市を指す。この場合の「線」は「レベル」的な意味合いで、明確な定義はなく、記載されているものによって該当都市がまちまちとなる。通常一線都市としては、上海、北京、深圳、広州の名が挙がる。
──結果として、東南アジアに目が向くと。
佐藤氏:
以前、中国企業が中東に真剣に目を付けているというお話もさせていただきました。
たとえば、サウジアラビアなどGCC諸国でロングセラーとなっている『Revenge of sultans(リベンジ・オブ・スルタンズ)』というゲームのリリース元は、じつは福建省にある中国系の企業だったりします。
このように、実際は中国企業が開発しているけど、中身は現地の市場に合わせて完全にローカライズしているようなゲームが世界中にたくさんあるんです。『Clash of Kings』を出しているElex、テンセントの『王者栄耀』のコピーゲームとして知られる『Mobile Legends』をリリースしている上海のMoonton や、『Lords Mobile』をリリースしているIGGなどがそうですね。
さらに最新事情としては、そこにプラットフォーマーの大元であるテンセントとネットイースまで乗り出してきました。2018年の彼らの海外売上高が、それまでの5倍になったという話もあります。一気に本気を出してきたんですね。
──ネットイースは日本でも『荒野行動』【※】が当たりましたね。
※荒野行動
ネットイースによるモバイル用オンラインバトルロイヤルゲーム。大人気を博していたが、ゲーム性が先行していた『PLAYERUNKOWN’ BATTLEGROUNDS』に酷似しており、PUBG Corp.から2018年4月に提訴されていたものの、2019年5月末になって和解が成立している。
なお、ネットイースは『Knives Out』、『Rules of Survival』、『Survivor Royale』という類似の3タイトルをリリースしているが、日本の『荒野行動』は『Knives Out』に該当する。
佐藤氏:
モバイルでは、日本も大きな市場と見られていますからね。極論を言うと、「世界中あらゆる国・地域でゲームを出すけれど、中国でだけはゲームを出さない」なんてやりかたを採って成功している中国企業などもあります。彼らにとっては中国以外ならどこでもいいんです(笑)。
中国国内で猛威を奮っていたプラットフォーマーでさえも、中国市場の先行きが不透明になってきたので、「中国の外に出るぞ」というパワーが尋常なものじゃなくなってきた。それが2018年からの流れですね。
PCゲームだけだった昔から、東南アジアって中国と韓国の“裏庭”なんですよ。中国と韓国が5000億円に満たないような東南アジアの小さな市場の取り合いをしているんです。そんなふうに中韓が激しい取り合いをしているなかに、日本企業がちょっと入ってきている程度。
とは言え、先ほど申し上げたように、無料プレイヤーや観客も含めれば、東南アジアのeスポーツ人口はとても多い。お金を使っていようがいまいが、遊んでさえいれば競技人口としてカウントされますからね。
アメリカや日本でひとりユーザーを獲得するより、東南アジアでひとり獲得するほうがコストはずっと安い。つまり低コストでグローバルな盛り上がりが作れる。
それがeスポーツビジネス型のゲームを展開しているゲーム会社にとっての東南アジアの旨味です。「ダウンロード数が1億人に達しました!」と投資家にすぐ言えちゃうわけです。そのうち8000万人くらいが東南アジアの非正規ユーザーなのかもしれませんが。
──(笑)。
佐藤氏:
だから収益を上げるということではなく、eスポーツのエコシステムを構築する手段という意味で、新興国はバカにできないんですよ。以前、東南アジアの『荒野行動』の大会賞金が、なぜかアメリカよりも高かったことがありました。
また、韓国の『LoL』の一部リーグであるLCK所属チームへのスポンサーを行っている企業で、韓国市場ではなくベトナム市場へのアプローチを目的としていることを明言している企業さえもあります。ベトナムにも韓国LCKのファンは多いですから。
彼らはそれだけ東南アジアを重視しているということです。