8月24日(火)より開催されたCEDEC 2022。本稿では3日目に開講されたセッション「未成熟ジャンル(ARG:代替現実ゲーム)への挑戦 『Project:;COLD』における事例」のレポートをお届けする。
本セッションは『ドラゴンクエスト』シリーズの元ディレクターであり、シナリオ制作会社ストーリーノートの代表を務める藤澤仁氏が登壇。ARGとは何か、『Project:;COLD』はどのようなことを行ったのかという解説のほか、実際に運営して得た知見などを解説。受講者へのメッセージも語った。
セントラルクエスチョン
藤澤氏は最初に、このセッションにおける”セントラルクエスチョン”として「なぜ”挑戦”が必要なのか」という旨を設定した。セントラルクエスチョンは、物語を通じて問いかける一番大切な問いかけを指す言葉で、藤澤氏は今回のセッションを通して最後に設定された問いに答えるとした。
ARGについての解説
はじめに、ARGとはどういうものなのかについて解説した。藤澤氏は制作時に『Project:;COLD』がARGであることはあまり意識していなかったとのことで、解説の際はwikipediaを引用しながら解説した。
ARGは“Alternate Reality Game”(代替現実ゲーム)の略であり、はじまりは2001年にスティーヴン・スピルバーグ監督の映画『A.I』のプロモーションのために実施された「The Beast」という企画だと言われている。
ARGがどのようなものであるかについて、藤澤氏はwikipediaに記載された6つほどの項目を紹介。ひとつひとつの項目がARGを構成する要素ではあるものの、輪郭がぼんやりとしていて簡単な言葉で定義することは難しいと感じた同氏は、自分なりの定義として「仮想と現実の境界線を行き来する物語」と提言した。
「仮想と現実の境界線」についての説明は続き、舞台と客席を隔てる概念上の壁である「第4の壁」や、それを破壊する手法である「ラビットホール」といった用語を引用し、ARGのデザインとラビットホールのデザインはニアリーイコールの関係にあると解説。
『Project:;COLD』では、このラビットホールについて「ゲームキャラがプレイヤーに語りかける」という単純な手法ではなく、現実なのか仮想なのかが判別できない優れた手法を目指した。
『Project:;COLD』の説明
次に、藤澤氏によるARG作品である『Project:;COLD』の説明へと話題は移る。公開されている公式PVや、本作の始まりとなる『Project:;COLD 1』では何が起こっていたのかを順を追って解説した。
『Project:;COLD 1』では、YouTubeチャンネル「みやまんチャンネル」に佐久間ヒカリというキャラクターの自己紹介チャンネルが投稿され、以降登場人物である都まんじゅう6人の自己紹介動画がアップされる。
彼女たちは11月23日の文化祭ステージに向けて練習中のガールズバンドで、個人のTwitterアカウントでは現実世界と同じ時間軸での生活を送っている様子が見て取れる。
6人分の自己紹介動画に入ったノイズはモールス信号となっており、解読すると「かのじょたちをしなせるな」となるが、視聴者は具体的な関与の手段を持たないまま話は進行、文化祭を無事終えたものの、5日後に佐久間ヒカリが死亡したことがツイートにて報告される。
その後、「私たちを助けてください」というタイトルの動画が「みやまんチャンネル」に投稿。動画内で都まんじゅうのメンバーはヒカリの死因が自殺ではなく呪いによるもので、その呪いが自分たちにも降りかかっていることを語る。彼女たちは呪いを解くための鍵となる暗号の解読を視聴者に求め、以降YouTubeやTwitter、リアルサイトなどで物語が展開していく。
特にリアルサイトの展開では、実在しているかのようなディテールの架空の学校や劇団のサイトが用意され、視聴者はこれをふくむさまざまな情報にアクセスして得られる情報から彼女たちを助ける手立てを探っていくこととなる。
視聴者による謎解きがされていくものの、都まんじゅうのメンバーである彼女たちはひとりずつ命を落とし、最終的には全員が死亡。その後、PVにも登場していたイオリ・ハートフィールドによって事件は根本から「やり直し」をされ、彼女たちは命を落とさない結末を手に入れることができた。
『Project:;COLD』の成果
物語性の強いARGという特性上、プロモーションのない完全新規コンテンツでありながら、開始直後から目覚ましい勢いで認知が拡大。開始二ヶ月後にライブ配信された第5話「都まんじゅうからみんなへ」の同時接続者数は1万人を超えた。また、TwitterとYouTubeにおける反響の具体的な数字も公開した。
なお、『Project:;COLD』において「作品そのものが持つスコアを見たい」という思いから藤澤氏がプロデューサーをしているという事実は最後まで伏せたまま進行。この結果について藤澤氏は「作品に力があったのかなという様に思っております」とコメントした。
『Project:;COLD』の始まった経緯
手元にある一番古い資料は2017年のもので、藤澤氏が手元にメモを書き始めたのが同年。当初はVTuberコンテンツやARGを目指したわけではなく、「今後開けていく分野で仕事がしたい」と考えた藤澤氏が”あらゆるコンテンツは緩やかにYouTubeに移行していく”という仮説を立て、企画を準備していた。
その後、某社からの依頼で企画を作成したものの、協業予定だった会社がドタキャンしたことで企画は完全に停止、2年間の漂流期間の後に、本企画のプロデューサーとなる株式会社マレ代表・平信一氏が本企画の売り込みを買って出たとのことだ。その後、バンダイナムコエンターテイメントより企画趣旨について賛同を得た、という経緯で『Project:;COLD』は始まった。
なお、細かな経緯に関しては藤澤氏のnoteにまとめてあるとのことなので、こちらもあわせてチェックしてほしい。
大規模ARGを通じて得られた知見
藤澤氏はちゃんと調査したわけではないという前置きをしながら『Project:;COLD』を世界最大規模のARGだったと振り返り、その規模から感じられた知見について共有した。
本作において大変だったこととして、同氏は画像の3つを挙げた。
1. スタッフ間での理解・感覚の共有が難しい
最初期の企画書の1ページをピックアップし、構想されていた企画のタイムラインを紹介。多くの事象が同時進行しており、要素が多いために企画上やるべきことが整理がつかないほか、誰も見たことがないコンテンツであることから各人のイメージがバラバラであることから最終形がなかなか共有できないといった難点を挙げた。
2.謎解きの難易度調整が異様に難しい
『Project:;COLD 1』で出した謎解きに関しては「ことごとく10分程度で解かれてしまった」と語り、『Project:;COLD 1.8』で公開されたニュース映像を実例として挙げながら隠された謎を解説。
映像には焦げ跡で作られた記号のようなものが仕込まれており、これをコマ送りで並べてパソコンのテンキーの位置に置き換える「ピッグペン暗号」となる。さらに、そこから導き出された文字列の各4桁おきにユニコードを示す記号「¥u」をつけ、変換することで文字列が出現。
この文字はインドの南部で使われている「マラヤーラム文字」で、翻訳することで“Save the Children”(子どもたちを救え)というメッセージが浮かび上がる。
なお、制作陣はこの謎が24時間で解かれることを期待していたものの、9時間で解かれてしまったとのこと。
この難易度調節の難しさに関連して動画にQRコードの断片を写し、4つで完成するという仕掛けを施したものの3つが出揃った時点で残りのパターンをスーパーコンピューターを使って検索され、想定外のタイミングで謎を解かれてしまったというエピソードも語った。
『Project:;COLD 1』を経て「簡単な問題は一瞬で解かれ、難しくすると誰も解けない」という両極端になってしまうため、その難易度調節の難しさについて改めて振り返った。
3.謎と考察要素のブレンド具合が難しい
藤澤氏はまず謎には答えがあり、考察には厳密な答えがないと目的が違うそれぞれが持つ特徴について話し、本来は考察要素100%の企画をやりたかったものの、ルーキータイトルであることから謎解きという魅力を持たせるために「謎4:考察6」ほどの塩梅になったとのこと。
謎解きで『Project:;COLD』に興味を持ったユーザーが、視線誘導するように考察要素に興味が移っていくという構造で制作しており、この謎と考察という要素の切り分けも難しかったとのことだ。
ARGの潜在的課題
1. 生々しさゆえに《表現の限界の見極めが難しい》
佐久間ヒカリの訃報をツイートした際、VTuberの訃報というものが存在しているため、このツイートが軽度の炎上を起こしてしまったという実例を挙げ、以後はフィクション表記を徹底するという防止策を講じているとのこと。
しかし、その穏当さと引き換えにARGの面白さは減少してしまうというラインの見極めが難しい、ラインの見極めを誤ったことにより警察沙汰になってしまったケースもあるため、ARGに挑戦する人は重々承知してほしいと語った。
2.収益化が難しい
藤澤氏はこの問題を「ARGのラスボスだと思っています」と語り、ほとんどが映画やイベントなどのプロモーションにしか活用されていない現状を伝え、ふたつの理由から『Project:;COLD』に関しては収益活動を一切していないと明かした。
今後の収益化を考えていないということではなく、「これだけの規模でARGをやらせていただいたということから、私自身に課せられた使命・責任である」と語り、8月にグッズ化についてのアンケートを実施すると発表した。
Team Project:;COLDから融解班の皆さまへ pic.twitter.com/SIlNTl1KAS
— Project:;COLD (@ProjectCOLD_613) August 25, 2022
ARGのいいところ
藤澤氏はARGのよいところとして以下の3つを挙げ、ARGを「映画やゲームでは絶対にたどり着けない領域にいけるひとつの手段」と語ったほか、新しいことをやりたいと思っている人に向けて「人が作った面白いARG見たいです、ぜひチャレンジしていただければなと思っております」とメッセージを送った。
考察系コンテンツについての余談
藤澤氏は『Project:;COLD』はARGを目指して作られたものではなく、YouTube上で考察系コンテンツを作ることが目標だったことを語り、トップIPである『ワンピース』、『エヴァンゲリオン』なども考察系コンテンツに含まれることを指摘。目指していたものについて『ひぐらしのなく頃に』や『カゲロウプロジェクト』などといった考察に極振りしたコンテンツを挙げた。
ここで同氏は2017年に公開された記事「まず2Dゲームで開発、社員300人で1週間遊ぶ!? 新作ゼルダ、任天堂の驚愕の開発手法に迫る。「時オカ」企画書も公開! 【ゲームの企画書:任天堂・青沼英二×スクエニ・藤澤仁】」にてゼルダの青沼英二氏との対談をした日を振り返った。取材の場に同席していた若い編集者がイライラしており、話を聞いてみると「大好きだったとあるIPが運営が下手で衰退してしまった」と話し、偶然同じIPを見たことがあり、彼の考えに共感した藤澤氏と彼は友人になったとのこと。
時は流れ、『Project:;COLD』と時を近くしてこの友人が『NEEDY GIRL OVERDOSE』を発表。この友人はWhy so Serious?の斉藤大地氏であり、今回のCEDEC AWARDSにて『Project:;COLD』と『NEEDY GIRL OVERDOSE』がゲームデザイン部門の優秀賞を受賞したことから「すごい縁だな」と語った。
藤澤氏はこのエピソードを通して、若い開発者やゲーム業界を目指す学生に「今のゲーム業界こうだったらいいのに!」や「なんでこのゲームこうしちゃったんだよ」というイライラした気持ちを大事にしてほしいと伝えた。「そのイライラした気持ちは、必ず将来新しいものを生み出す力になる」と続け、「素直になりすぎず、決してしまわないでください」と締めくくった。
セントラルクエスチョンの答え
最初に掲げたセントラルクエスチョン「なぜ”挑戦”が必要なのか」について藤澤氏は「みなさん自身のためにそれをやるべきだから」と答えた。
9年前にCEDECに登壇した際に同氏は「新しいことをやろう」と伝えていたものの、それはゲーム業界をもっと盛り上げていくためという視点からの発言であったと振り返ったのち、時間を経て考え方が変わったと語る。
CEDEC2022のテーマである”Change the Game”を引用しながら、ゲームの世界のルールはすぐ変わってしまう、ずっと同じところにいて生きていけるなんてことはあり得ない。新しい分野を切り拓いて戦っていかなければならないので、自分のために挑戦をしてほしいとまとめた。
また、「ものづくりをできる時間はそんなに長くはない」と自身の過ごしてきた時間からのアドバイスを述べ、「挑戦をしなければ、ものづくりをする時間がもったいない、みなさん自身の人生がもったいない」と激励を送った。
誰もやったことないことをやろう
今回のセッションを経て、藤澤氏は「みなさんにメッセージをひとつお送りします」と、「誰もやったことないことをやろう」の言葉を送った。
その後、「誰もやったことないことをやろうとすると、見たことない物だから話が通じない。だけどその手探りをみんなでやっていきたい。そうすることで、思いも寄らなかった面白いものに自分自身で出会って、人生が変わっていく。そういう体験をみなさんもされることだと思うので、やったことないことにチャレンジしていただきたいなと思います」と締めくくった。
また、誰も見たことのないアイディアを持っていて、熱意のある人に向けてストーリーノートの求人も紹介。10月より求人が始まるとのことだ。
質疑応答
現在ARG的ゲームのジャンルは謎解きがほとんどですが、謎解き以外のジャンルでもARGゲームは成立すると思われますか?
成立すると思っています。『Project:;COLD』は手応えを感じていただくために謎を取り入れたという経緯がありましたし、今まさに我々もいろんなことにチャレンジしています。
1万人相手にして1人わかる難易度のいい塩梅の見極めは企画段階でどのように行われているのでしょうか?
問題作ってこれじゃ解けちゃうんじゃない?これは難しすぎるんじゃない?ということを愚直に話し合っていく。ベータテストなどで試すことができないので「長年のカン」でやっているのが正直なところです。
Case1.8に融解班として参加していたのですが、参加者側もARGとしてのリアリティと、あくまで裏側に人がいるというメタ視点とのバランスに少し苦しんでいる方もいました。ARGや考察系コンテンツとメタ視点との噛み合わせについて、作り手側として意識されていることはありますか?
考察をしている方々が物語の中の人物なのか、外の人物なのかという線引きは非常に難しい。我々も悩んでいたし、そこで苦しんでいる方々がいらっしゃることも自覚していた。もしも今後作っていく機会があるとするならば、この問題を意識して解決したいと思っている点です。
『Project:;COLD』ではTwitter/配信Webサイトを利用して、仮想を現実に近づけていますが、AR・MRなどの現実を仮想に近づけるものとARGの違いはどこにあると思いますか?
ARみたいなものはビジュアル的な概念だが、ARGのやっていることはもっと思考的・論理的概念によるものなのでそこが違うのかなと感じております。
視聴者はどうこの作品に関わる想定でしょうか?例えば、ただ見て謎解いて楽しむだけではなく、視聴者自身もTwitterして物語の展開に影響することも考えられますでしょうか?
はい。どうやってこの作品に関与できるかに関しては、見渡す限り誰もやったことがないことだらけなので、いろんなことに今後チャレンジしていければいいなと思っています。
ARGは収益化が非常に難しいというお話がございましたが、やはり入口を広くとるためにもゲームそのものに参加するためにお金を取るようなシステムとは相性が悪いのでしょうか?
一概に言えないとは思います。「ゲームそのものに参加するためにお金を取る」ということを試されている方もいらっしゃる。ただ、ARGは”現実と仮想の境界線を行き来する”と言っているわけですから、「ここはお金を払うところです」というのは“現実と仮想の境界線”を超えてしまっている。
なので、収益ポイントみたいなものが前側に見えてしまうとARG的にはできなくはないが醍醐味を消してしまう行為になってしまうので、慎重にやらないといけないなと思っています。
リアルタイムに進行していくコンテンツの場合、遅れて途中からの参加しづらさを個人的に感じます。この点について、何か工夫していることはあるでしょうか?
ARGが潜在的に持っている「運営物の宿命」になっていると思います。あとからキャッチアップしやすいように、ダイジェストみたいなものを区切って出したりだとか、さまざまな工夫をしたがそれで十分ではないと思っている。時間が違って始めても同じ様に楽しめる、時間の違いみたいなものを埋めるアイディアを考えていかないといけないなと思っています。
『Project:;COLD』も含め、今までたくさんの「新しいこと」に挑戦してきたと思うのですが、その都度不安はありましたか?あったとした場合、藤澤さんはどう向き合ってきましたか?
私は昔『予言者育成学園』という作品を作っておりまして、現実世界で起こっていることをみんなで予想するロールプレイングゲームっていう聞いてるだけでよくわからないことをやっていたんですけれども、そういうのって不安しかないです。この辺に投げればこのくらい返ってくるとかそういったことが一切ないので、不安しかないです。
あった場合どう向き合ってきたかということですが、これがまさに今日のセッションのテーマそのものだと思うのですが、僕は何も考えていないです。挑戦することがこの業界にいる意味だと思っているので。ひたすら挑戦を続けているだけで、何が不安だということに対しては僕は多少鈍感なところがあって、そこが制作に向いているのかもしれないなというように思います。