稲田作品との出会い
──稲田先生とのお話をもう少しお聞かせください。鳥嶋さんからの紹介まではご存じなかったのですか?
そうです。稲田先生の作品は増刊への掲載が多かったし読切でしたから、読んだことはありませんでした。
──鳥嶋さんにコミックスを見せてもらったんですよね。
何度か話していますが『ドラクエ』を漫画にするには、絵に質感がなきゃダメだと思ってました。でも鳥嶋さんが最初候補で上げてくれた方々の漫画や原稿は、デザイン的なものが多かったんですよ。デザイン的にカッコいい、絵のうまい人ばかりでした。でも僕には、それよりもリアリティーというか質感というか、そういうものが大事だったんです。
──漫画になるんだから、漫画の中で映える絵が欲しいと言うことですね。
「スライムが本当にいたらどういう手触りだろう?」とか「メラが本当に出たらどうなる?」という質感が欲しかったんです。それがなければ漫画にする意味がないと思ってましたから。なので、こういう鳥山先生の画風の亜流ではなくて、漫画になったときに『ドラクエ』のキャラクターを、質感を湛えた絵で描ける人が欲しいとお話をして、稲田先生の作品に出会ったわけです。
──それで、どう感じられましたか?
やっぱり「これこれ! この質感ならモンスターの描写もうまそう! もうすぐにでもお願いしたい!!」と言う感じでした。
正反対だった三条陸と稲田浩司
──それで実際にご本人と会ったのは?
やろうって決まって原作を渡してもらい、編集部で顔合わせをしました。稲田先生がダイとかニセ勇者のスケッチを描いてきてくれていて、これならいけそうだなあと思いましたね。
──初対面での印象はどうでしたか?
すごく無口っていうか、大人しくて真面目そうな人だって感じました。その印象は間違ってなくて、自分と正反対な人だったんですよ。稲田先生は割と喋らない無口な人で、僕は口八丁手八丁のペラペラ喋るタイプだし、稲田先生はアウトドア派で、僕はインドア派ですからね。
──稲田先生は元々運動もお好きだったそうですが?
当時、少林寺拳法の二段の黒帯ですね。
──正反対の人がバディになるわけですね。
そういうことですよね、正反対だったからこそマッチしたのかもしれませんね。
──それが、連載が始まったら毎週会い続けることになったんですね。ある時、何年もお付き合いしてたのに、お互いの個人情報を知らなくて焦ったとお聞きしてます。
そう。仕事で毎週会ってたけれど、個人的なことを全く知らない仕事の関係だったんです。なので、プライベートの付き合いは全くないんですよ。
──打ち合わせの時以外は会ったり話したりする機会がなかったんですね。
一緒に遊びにも行かないし、「ジャンプ」のパーティーの時に会うくらいです。だから、稲田先生が先に結婚したときには、お互いに相手の日常を知らなすぎて、色々困りました(笑)。
──それなのに、仕事のパートナーとしては最高だったんですね。
最高ですね。逆に仕事を回していく関係性に不純物がなかったからこそ、そのまま行けたんだと思います。
仕事だけでも純度の高い付き合い
──プライベートで付き合うことで、あいつこんなこと考えているんだ、みたいなことを知る必要はなかったんですね。
そうですね。仕事の場で、それは全部処理できていましたから。稲田先生には最初に、こういう風にするつもりでこうしています、こうしているのはいずれこうしたいからです、と全部伝えていましたので。ただ、稲田先生は基本ほとんどアウトプットしないタイプなので、どこで詰まってるのかとか、どこに疑問を抱いているのかってことは、こちらで掘り出して聞いてあげないといけないところはありましたね。でも、それも付き合いが長くなるとアウトプットしてくれるようになりましたし、僕の方からそれを引き出すように動けるようになってきましたから。
──それは、連載のどのあたりで回りだしたと感じましたか。
最初の10週は無我夢中だったし、島から出る辺りまではやることも決まっていたし、なによりそこは続くか終わるかどうかの境目でしたから、そうしたコミュニケーションをとるようになったのはクロコダイン編あたりからですね。
ネームと原作を同時交換する打ち合わせ
「『あしたのジョー』でたとえると通じ合えます」
──稲田先生との毎週のネームと原作の打ち合わせは、どんな感じだったんですか?
稲田先生は、ネームのクオリティーがすごく高いので、基本的な部分を直してもらうことはありませんでした。ただ、バトルの見せ方などで「『ドラクエ』だからこういう風にした方がいいですよ」とかいう話を僕からできて、それで精度が上がってましたね。稲田先生は稲田先生で、次の回の原作をネームに入る前から直せて喜ばれていたと思います。原作は映画でいえば脚本で、漫画のキャラクターは役者に当たりますが、その役者を一番わかっているのは稲田先生なんですよね。だから、来週の原作を先に見てもらうことで、キャラクターの精度を一段上げられました。「ダイはこういう言い方しないと思うんですよ」って次の回の原作を見た段階で言ってもらえるので、もっと子供っぽくとか、もう少しソフトにといった話をその場で稲田先生とできて、正解に近づくことができました。
──そういうときにご担当の大橋さんは?
大橋さんは、本当に危険水域に達していなければ文句は言わない人なんですよ。だからこそ、大橋さんが「これじゃマズい」って言うのは、本当にマズいことだとわかるんですよね。ただ、そうじゃなくてボヤキが入るときは単なる要望なので(笑)、それは取り入れたこともあれば無視したこともあります(笑)。
──稲田先生は、空間の捉え方が本当にすごいですよね。配置を無視して見映えに走ることがないですし。
稲田先生の描く世界には、空間とか空気感が既にあるんですよ。あと、鳥嶋教室で鍛えられているので、ネームの安定度が高くて、とにかく読みやすい。ご本人がいつも「描きたくない絵もきちんと描かないと、お客さんには伝わらない」って言うんですが、それって鳥嶋流で、それが習慣づいてるんですよね。
──稲田先生は「ジャンプ」の作家さんですが、読者としてはジャンプ派ではなかったそうですね。
たまたま「ジャンプ」に持ち込んだっていう話ですね。
──持ち込んだら、連絡してた編集さんがいなくて、鳥嶋さんに見てもらったそうで。
そのおかげで鳥嶋流の教えを受けられて、よかったと思います。しかも『ドラゴンボール』的な漫画作りのノウハウが、多分合わなかっただろうところに、たまたま僕が入ってきて、鳥嶋さんの守備範囲外のところで、稲田先生と波長が合って、『ダイ』の味が生まれたんですよね。僕もジャンプっ子でジャンプ作品はすごく好きだけど、「ジャンプ」だけが好きなわけじゃないですしね。
──その「ジャンプ」外なところにも、三条先生と稲田先生の共通項がありますよね。
そう、僕と稲田先生の共通項は『あしたのジョー』なんですよ。僕の大好きな原作者の梶原一騎先生と、稲田先生がすごく好きな漫画家のちばてつや先生という、普通なら絶対に力を合わせない二人が力を合わせることで誕生した名作ですから。2人にとって、あれがベストアンサーなので…「『あしたのジョー』で言うとこういう感じ」と言えば通じ合えます(笑)。
──『あしたのジョー』作者のお2人も対照的ですよね。
ちば先生が、キャラクターのメンタルとか親しみやすさとかの足元がしっかりできている作家さんで、梶原先生が、割と飛び道具使いのアイデアマンでっていう、正反対の人間が真っ向から組んでるから面白いんですよ。
ポップが三条陸ならダイは稲田浩司
──ポップは三条先生だとうかがいましたが、するとダイは稲田先生なんですか…?
そうですね、稲田先生は普段すごく温厚なんですが、なかなか作品がうまくいかないと、ときには結構感情的になることもあります。元気で前向きな明るい人ほど、自分に納得がいかないとこうなるんだな、っていうのが見えてくるんです。実は、月夜の散歩のときの荒れてるダイが、割と僕目線の稲田先生なんです(笑)。
──稲田先生を投影して書かれたということですか? それとも、稲田先生がダイに入り込んでいると感じたのでしょうか。
両方ですね。『ダイ』だけじゃなくて『ビィト』もだけど、稲田先生はやっぱり主人公とヒロインに強く感情移入してるんですよね。だから僕がダイを書いてるときには、ダイは稲田先生、自分はポップだと思うとやりやすかったですね。実際、稲田先生と打ち合わせしていると、このキャラはこういう言い方しないんじゃないかな、って指摘は、ダイやビィトについてが圧倒的に多いんですよ。僕よりも稲田先生の方が一番主人公をわかっている(笑)ので、主人公とヒロインに関しては、稲田先生がコーディネートしやすいよう作って、自分の好みは2人目の方で出しています(笑)。