なんでみんな、気がついたら遊んでたの?
この前、池袋のアニメイトで開かれていた「星核ハンター緊急指名手配」イベントに行ってきた。たった4日間のイベント(現在は終了)だったのだけど、あまりにも人気すぎて初日でカフカと刃の指名手配書が品切れを起こしたらしい。
クッソ暑い池袋の炎天下の中、アニメイト店員の人が「指名手配中です~星核ハンターのカフカと刃、指名手配中です~~」と指名手配書を配っていたのがなんか面白かった。
これまでは『崩壊:スターレイル』のゲーム設計的な話をしたけれど、ここからはさらにその先のお話。つまり、『崩壊:スターレイル』のプロモーション戦略についてである。「PR戦略について語り始めるプレイ日記って一体何なんだ」って感じなのだけれど、今作はPRもなんかすさまじいのだから仕方ない。
この手のPRに関してよく言われることが、「なんだかんだ“流行っている感”を出すのが最適解なのではないか」ということである。実際に流行っているかどうかはさておき、とにかく「流行っている感」を出す。テレビCMを打ち、リアルにもネットにも広告を大量に出し、キャンペーンをたくさん行う。
そして「流行っている感」が生まれれば、「えっ……これ流行ってんのかな……やってみるか……」と遊び始める人が必ず生まれる。そこからSNSで口コミが広まったりして……人気が出る。
冒頭に書いた「気がついたらみんな遊んでいた」という状態は、おそらくこの「流行っている感」が『崩壊:スターレイル』には出ていたからだと思う。
いつの間にかみんな遊んでいた。なぜか?
いっぱいPRを打ったから。
「1+1=2」くらいの超簡単な法則だった。真面目な記事を期待していた人から「ふざけんな!」という怒りの声が聞こえてきている気がする。だけど、この「いっぱい打ったPR」もなんだか面白いのだ。「PRがなんか面白い」ってどういうことかと思うかもしれないけれど、これから紹介しよう。
まず、リリースから3日後の4月29日よりニューヨークのタイムズスクウェアをジャックした。なんぼなんでも初手からかっ飛ばしすぎだろう。さっき「ふぇぇ……みんな遊んでくれるか心配だよぉ……><」とか書いてたのに初手でタイムズスクウェアをジャックし始めたらもう何も言えないではないか。すごすぎる。リリース3日後に世界の中心地を獲ってしまったではないか。
そこから渋谷に星穹列車(のレプリカ)が置かれたり、秩父に『崩壊:スターレイル』とのコラボ鉄道が走ったり……もうめちゃくちゃな施策がたくさん打たれた。お前らどんだけ金持て余してんだ! 世界征服でもする気か!?
でも、あのめちゃくちゃな施策の数々は、プリミティブに「面白い」のである。なぜなら、アホほどお金がかかっているから。巨額が投じられているものは、単純に面白い!
そして私は気づいた。なぜ自分がこんなにも『崩壊:スターレイル』のよくわからん施策を追い回しているのか。炎天下の中、池袋に行ったり渋谷に行ったりしたのか。それは……単に「お金がかかっていて面白いから」なのだと。率直に言って「バカなのか?(誉め言葉)」と思いながら、数々の施策を追い回していた。
ホステスやキャバクラなどで、シャンパンタワーをして楽しむ文化がある。私は、あの文化をよく理解していなかった。あんなもの、時間とコストの無駄ではないか。いや、違う。『崩壊:スターレイル』のバカほどお金をかけた施策を見ていて、気がついた。「あぁ、シャンパンタワーの楽しさとはこれなのか」と。単にお金がかかっていてド派手なものは、プリミティブに眼福なのだと。
できればこれからも変な施策を続けてほしい。時間に余裕があれば上海だろうがニューヨークだろうが行ってみせようではないか。あ、割とマジでよろしくお願いします。
やはりゲームは、作品自体をどれだけ面白く作り込めたとしても誰にも触ってもらえなければあまり意味がない。その上、運営型タイトルは「継続して遊び続けてもらうこと」が重要である。
だけどこれは、極論プレイヤーにとって「ゲームそのものを毎日遊んでいなくても、継続的にコンテンツに付き合っている」状況を作り出せていれば、私はそれで十分だと思う。というか、そういう状態を生み出せたらそのコンテンツは「勝ち」なのではないだろうか。要は、ゲーム以外でも「『崩壊:スターレイル』というコンテンツに参加する方法」がたくさん用意されている。
池袋のアニメイトでのイベントも、ある種「『崩壊:スターレイル』というコンテンツを楽しむ」ものだと思う。
別に毎日レベルを上げ続けていなくても、別に全部のキャラを完凸するほどやり込んでいなくても、別にストーリーを読み飛ばしていても、「リアルに指名手配書が配られている」だけで、なんとなく楽しいではないか。そういう遊び方が、楽しみ方が、今作は許されていると思う。
そしてこの「ゲーム本編以外のコンテンツの展開方法」で私が最も驚いているのが、「予告番組」である。
「ゲームの予告番組」。これも、さまざまな方法がある。
まず、ある種の「バラエティ番組」のような形態を取るやり方。番組後半にゲームの最新情報を用意しつつ、ある程度の尺は声優やタレントのトークなどで持たせる。まぁ、ちょっとこれは「早くゲームの情報を見せろ」「どうでもいいパートが多い」と言われるケースが多いのだけれど……私はそんなに嫌いではない。
その「バラエティ番組スタイル」に対抗するような形で存在しているのが、「ゲームの開発者がそのまま出てくる」というスタイル。『FF14』の吉田Pや『シャニマス』の高山Pのように、最もゲームを知り尽くしているトップの人間や開発コアメンバーが出てきて、直接今後のゲームの方針やアップデート内容を説明する。最近、割とこのスタイルを採用するコンテンツが多い気がする。
とはいえ、ゲームクリエイターは最初から表に立つことを想定されてはいない。下手なことを言って余計な炎上をする危険性もあるし、それくらいならタレントや声優を出演させて画面に華を持たせつつリスクヘッジをするのが効果的でもある。どちらも、それなりのメリットとデメリットを抱えている。
私は、未だにこの「ゲームの予告番組」の正答が出ていない気がしてならない。
そして何より、人間が出演する以上は「属人的」になってしまうところがある。
たとえば『FF14』の吉Pは生放送でもその辣腕を発揮しているけれど、もし吉Pがいなくなったらあのスタイルは成立するのだろうか? いや、難しい気がする。恒久的に、かつ正確に、それでいてハイクオリティな「ゲームの予告番組」は、一体どう作ればいいのだろうか?
だが、『崩壊:スターレイル』はそのどれにも属さない独自の形態を取っている。
上の画像を見ればわかるように、「ゲームのキャラがそのまま出演して、予告をする」というスタイルを取っているのだ。そう、ゲームのキャラがそのまま出ている。ヴェルトと、刃ちゃんと、カフカがそのまま予告番組に出演している。
ある意味、声優やタレントに近い存在である。なぜならゲームの中のキャラなのだから。ある意味、最もゲームに詳しい存在である。なぜならゲームの中のキャラなのだから。
バカなのか?(誉め言葉)
こんなの、まず真似できないではないか。端的に言って、かなり狂っていると思う。
この動画を作るためにかかる工数を想定してみようではないか。まず予告番組用のSDキャラが必要になる。その次に、それぞれのキャラ用の台本が必要となる。そして、キャラの声優を呼び、アフレコする。あとはスライドを作ったり編集をしたり………あ、ああああああ!!!
しかもこれは日本だけではない。もちろん全世界で配信されている。つまり、毎度毎度その言語に対応した声優を呼んでいるということだ。ちなみに、英語圏などは「キャラがしゃべる」のではなく、声優がそのまま声優としてしゃべるスタイルである。国によってスタイルも違う。……本当に頭がおかしくなる!!
ゲームの最新情報を見せつつ、キャラ同士の雑談が挟みこまれたりする。本当にそのキャラの全てを知り尽くしたいのであれば、もう予告番組は必見なのだ。さらに、うっかり口を滑らせたりしない。その上で、「ゲームに関係のないバラエティ部分は要らない」という要望に上手く滑り込んでくる。なるほど 完璧な作戦っスね──っ 並のコンテンツじゃ不可能だという点に目をつぶればよぉ~~~
なんだ……なんなのだこのスタイルは……私が昔好きだった「ぶるらじ」【※】の更なる発展形のようなスタイルではないか……。
キャラがしゃべり始めたら、もうどうしようもないではないか……。私がいつも見ている『FF14』の生放送なんてほとんどおじさんしか映らないのに……。いや、負けてない! 吉田とモルボル氏の可愛さも負けてない!!
※「ぶるらじ」
アークシステムワークスの2D対戦格闘ゲーム『ブレイブルー』を応援するWEBラジオ番組。「動画」という形態を活かしラジオ番組とは思えない凝った演出や映像表現を取り入れており、「ゲームのラジオ番組」としては異例の大人気番組であった。気になる人は検索してみてほしい。
なぜ、ターン制RPGで覇権を取れたのか?
アナタは、こんな気持ちを味わったことはないだろうか?
「推しが実装されたら、思ったより弱かった」と。
アナタは、こんな気持ちを味わったことはないだろうか?
「ストーリー上で強かったキャラが、いざ加入したら微妙だった」と。
RPGにおいて、これは往々にして起こる問題。どれだけの性癖をぶつけられようと、どれだけの施策を打たれようと、どれだけ予告番組でキャラのあざとさを見せられようと、結局ゲーム内の性能がガッカリだったら一気に冷めてしまう。
とにかくキャラクターの魅力を作り込む。キャラクターをPRでもガンガンに押していく。このキャラ戦略はいいと思う。だけどこれには、ひとつ弱点がある気がする。それは、「そのキャラの性能が弱かった時のガッカリ感も倍々」ということ。
もちろん、性能なんて気にせずそれでも使い続けるのは……素晴らしいキャラ愛だと思う。だけど、一般的な感性として「好きなキャラだから、ゲームの性能的にも強くあってほしい」と思うのは当然の権利ではないだろうか。強ければ強いほど嬉しいのは、当然のことではないか。『崩壊:スターレイル』は、そこも割と頑張っている。
先ほど書いた「全てのピックアップを引きたい」問題にはもうひとつ解答がある。それは「全てのPU対象が魅力的であると同時に、独自の性能を持っているから」である。単純に、ユニットとして欲しくなるような性能をしている。
『崩壊:スターレイル』はいわゆる「オーソドックスなターン制RPG」でありながら、世界のトップを取った。
それはなぜか?
単純に、「ターン制RPG」としてよくできているからである。
さっきから全部の答えがシンプルなので若干肩透かしを感じているかもしれないけれど、私の考えでは、純粋にこれが答えとしか思えない。
それぞれのユニットに個性があり、敵との駆け引きが面白い。編成に幅があり、パーティーを組む楽しさがある。育成によって徐々に数値が上がっていく「成長の楽しみ」がある。強大な敵を打ち倒す爽快感がある。
これは、おおよその「ターン制RPGに求める面白さ」を、真面目に抑えたタイトルである。
だから、カジュアルゲーマーも、ヘビーゲーマーも、幅広く楽しめる。なぜなら「ターン制RPGは多くの人が楽しめるジャンルであること」は、既に数々の先達が実証しているから。そこを真面目に抑えたから、トップクラスのゲームになった。当然の帰結である。
「ユニットの性能差」について、この「銀狼」というキャラクターを例に挙げてみよう。
銀狼がPUされる以前、既に「ゼーレ」というキャラが登場していた。ゼーレは「量子」属性の最強クラスのアタッカーとしての性能を有していた。そんな中、同じ「量子」属性の銀狼が出てきた。まぁ、端的に言えば「先に最強格が出ていた中での、属性被り」というヤツである。
ところが銀狼は、「相手に弱点をひとつ付与できる」という前代未聞のスキルを持っていた。これは、間違いなくゼーレには持ちえないスキルである。しかもなんか悪用できそうなスキルではないか。じゃ、じゃあ引くしかないじゃないか……。手持ちの石も少ないけど、引いてみるしかないじゃないか……。
今、「全部のピックアップを引きたい問題」を実践してみた。
とにかく、普通にバランス調整が上手い。「普通にバランス調整が上手い」ことのありがたみ、世のゲーマーのみなさまにはお分かりいただけるのではないだろうか!? もちろんキャラも魅力的。世界観も魅力的。だけど、それと同時に「普通にゲームとして面白い」のだ。この「普通にゲームとして面白い」がいかに大変か、世のゲーマーのみなさまにはよくお分かりいただけるのではないだろうか!?
『崩壊:スターレイル』は、なぜターン制RPGで覇権を取れたのか?
それは、「普通にゲームとして面白いから」!!
「やりたい時だけ遊べばいい」状態を作り出す
だけど、こうして捕まえたプレイヤーも、「やめてしまっては」仕方がない。
どれだけ初速がすごかろうと、どれだけ一時的な「流行っている感」を出せようと、どれだけゲームシステムがしっかりしていようと、継続的に面白くあり続けなければ運営型タイトルは終わりへと向かってしまう。本当に、運営型タイトルは難しいジャンルである。
「初速はすごくても燃料切れを起こすゲーム」というものは、どうしても存在している。なんとなくDLして、チュートリアルをクリアし、そのままいつの間にやら触らなくなったゲームなんて……もはや星の数ほど存在している。
だから、「継続的に面白くあり続ける」必要がある。もう、ここに関しては世のゲームクリエイターが口を揃えて「それができれば苦労はしねェ!!」と言い放つポイントだろう。
そして『崩壊:スターレイル』は、どのように継続的な面白さを提供し続けているのか? 初速の勢いを維持したまま、どのように全世界8000万DLを達成したのか?
それは、「どんなプレイスタイルでも美味しいところは味わえる」からだと思う。
社会には、さまざまな生活スタイルの人がいる。会社員の人、学生の人、主婦の人……。人の数だけ、生活スタイルがある。だから、ゲームにもそれだけの「プレイスタイル」が生まれる。会社の休憩時間に遊ぶ人、通学中の電車で遊ぶ人、家事の最中に遊ぶ人……。
そして『崩壊:スターレイル』は、その数多くのライフスタイルに対応できるよう作られている。まずプラットフォームが「PC」と「スマホ」にわけられている。この時点で、「PCで腰を据えて遊ぶ」「スマホで手軽に遊ぶ」という2パターンのスタイルを選べる。基本的に、このゲームをどう遊ぶかは自由なのだ。
その上、ターン制バトルなのでシステムが分かりやすい。さらにガチャも上手く引いていけば、それなりの戦力は確保できる。あとはコツコツ経験値を貯めたりすれば、いい感じにストーリーを進行できる。とにかくプレイスタイルも自由自在。その上、敷居が低い。一度本格的に入ってしまえば、もう新幹線のように直通で今作の面白い部分を楽しめる。
つまり、「『崩壊:スターレイル』の面白さに到達するまでの道」が、ものすごく整備されているのだ。大体の方が、キャラの魅力やメインストーリーのクライマックスと言った「スタレのトロの部分」に到達できるように作られている。これが、今作が継続的に遊ばれている理由のひとつだと思う。
えっ、問題に対する答えが微妙にズレている?
いやいや、そんなことはない。
なぜなら、私は「継続的に面白さを提供する」より「そのゲームが見せたい面白さに到達するまで」の部分に“壁”が存在しているパターンが多いと思うからだ。つまり、「継続的な面白さは用意できている」けれど、そこの面白さにまでプレイヤーが到達(継続)できないケースが運営型タイトルには多い気がする。
実際、「面白さを用意できないゲーム」なんてものは、そうそうない。なにかしらの勝ち目と戦略があって、この世の多くの娯楽は作られている。だから、「勝ち筋」は用意されている。けれどいざ遊ぶとなった時、その「面白さ(勝ち目)」に到達できないプレイヤーは少なくないと思う。大概、私も3日ぐらい触って「なんかもう……いいや……」と投げ出すタイプである。
ここには「勝ち筋を通せなかったゲーム」と「勝ち筋を通されなかったプレイヤー」の悲しい関係が存在している。もうここまで来ると一種の「コミュニケーション」な気がしないでもない。
たとえば、「1週間遊び続ければ、このゲームの一番面白いところに到達できる」なんてゲームがあったりする。まぁ……作ってる人たちの考えはわからないでもない。でも1週間本気で遊ぶのって、ダルいじゃないか。もっとカジュアルに、もっと敷居を低く、一番面白いところを味わわせてくれ。もっと簡単に、楽しい部分を遊びたい。
『崩壊:スターレイル』は、その「面白さに至るまでの道」を徹底的に舗装している。
そしてここからが本番。今作は「いつやめてもいいし、いつ復帰してもいい」という遊び方も許容されている。メインストーリーやキャラとのエピソードを楽しみたいだけであれば、別に毎日ログインしなくたっていい。流石に開拓レベルはいくらか上げておかなければならないけど、それでも「毎日遊ぶ必要すらない」のである。
要は、「アップデートが来た時にだけちょろっと遊び、また寝かせる」というポジションのゲームにもなれるのだ。もちろんやり込み要素も多数用意されているけれど、この「寝かせてもいい」ポジションを取りに来たのは間違いなく鋭い。だって、『崩壊:スターレイル』以外にもたくさんゲームが出ている。そんなに毎日毎日デイリーばかりやっていたら、普通に飽きる。
どれだけすごいゲームだろうと、「飽き」という名の悪魔には絶対に抗えない。
だから、寝かせる。しばらく時間をおいてアップデートが来てから遊べば、また新作を楽しむかのような感覚で遊ぶことができる。この「ちょうどいい距離感のゲーム」に、『崩壊:スターレイル』は上手いこと入り込んでくる。イベントをやるのはダルい。サブクエを回収するのもダルい。だけど、トロの部分は食べたい。人間に絶望した系ラスボスが生まれてくる理由、この記事でよく分かる気がする。
それと同時に、徹底的にやり込むことも許容されている。模擬宇宙を踏破し、全キャラを完凸させ、とりあえず実装されている分はこの宇宙のことを知り尽くす。そういうハードプレイも十分できる。
つまり、「ゲームとの距離感」すら自由に可変することができるタイトルなのだ。
この「ゲームとの距離感」に関して、『崩壊:スターレイル』は他タイトルと比較しても頭ひとつ抜けている機能がある。それが、上記の画像にある「メッセージ機能」。これはその名の通りゲーム内のキャラとチャットアプリを使って会話することができる。ここからクエストを受注したり、ストーリー内での連絡を取り合ったりする。
そして、このメッセージは毎日キャラから一通送られてくる。本当に何気ない1分くらいで読み切れるメッセージなのだけれど、これが毎日欠かさず送られてくる。ログインする度に、ちょこっとだけキャラとお話しできるのである。
先ほど「寝かせるポジション」の話が出たが、あまりにも寝かせすぎるのもそれはそれでよくない。うっかり2ヶ月くらいログインしなくなると、そもそも存在すら忘れることがある。そして新しいゲームを入れようと思った時にそのタイトルが目に入り、容量を食っているからと削除するケースも往々にしてある。もしかしたらこの記事を読んだ人の中から既に人間絶望系ラスボスが生まれているかもしれない。
つまり、何かしらの『崩壊:スターレイル』にログインしたいと思える理由が必要なのだ。本当にログボを受け取るだけでもいい。詫び石をもらうだけでもいい。何かしらの、「ログインしたくなるフック」が重要なのだ。その点、このメッセージ機能は私がこれまで遊んだゲームの中でも最も「ログインしたくなる効果」を果たしていると思う。
毎日、違うキャラからメッセージが飛んでくる。しかも全くテンプレではなく、キャラによっては画像や専用のスタンプを送ってきたりする。本当にたった1分くらいなのだけど、それでも「今日の分を読みたい」と思わせられる。『崩壊:スターレイル』に、ログインしたくなる。
個人的に、これは最初に書いた「キャラ戦略」が最もハマっている部分だと思う。超絶魅力的なキャラがたくさんいる。そんなゲームに、ログインしたくなる方法とは? それはもう、「ログインしたらキャラと特別にしゃべれる」ことである。キャラの存在こそが、すごく大きな意味での「モチベーション」を一手に担っているのだ。
しかもこれは「チャットアプリでの会話」なのが良いところ。たとえば、「ホーム画面にキャラが配置されていて、何かしらの会話が起きる」という形式を採用しているゲームは少なくない。だけどあれは、ある程度の「テンプレート」が透けて見える。私の心理的には、「どうせみんなにも同じこと言ってるんでしょ?」と思ってしまうのだ。とうとうメンヘラ化した。
でもこのチャット機能は、あくまで「私とキャラだけの会話」という形式になっている。その上で、本当に毎日毎日違うメッセージを送ってくる。テンプレが存在していない。一体これはどういう仕組みで作られているんだ。また工数を真面目に考えると発狂しそうなシステムなんじゃないのか。
だけど、これがあるからこそ『崩壊:スターレイル』を続けようと思える。ものすごく小さいシステムなのだけれど、私の中では「このゲームのモチベーション」の最も大きな部分を担っているシステムなのだ。
私は、なぜ『崩壊:スターレイル』を遊び続けているのか?
チャット機能が好きだから……………。
『崩壊:スターレイル』を、どうかよろしくお願いします。
……唐突だけど、「この記事を書こうと思った理由」を言っていなかった気がする。それは、「みんな遊んでくれて、嬉しかったから」である。そしてこれが、最終的な結論。
「そのためだけにこんな長々と屁理屈を!?!?」と思っている人が大半かもしれない。
だって、初手でいきなり「みんなスタレ遊んでくれて嬉しい!やったー!!」とか書いてたら、まるで私が安い人間みたいじゃないか。まるで私がちょろくて絆されやすい人間みたいじゃないだろうか。まるで私が誰にでも気を許す優しい人間みたいじゃないか。そんなのは絶対に認められない。
ここまで書いて、やっと「みんな遊んでくれて、実は内心メッチャ嬉しかった」と書ける。そうじゃなきゃ、こんなこと言いたくない。めんどくさい、めんどくさすぎるぞジスロマックよ。どんだけひねくれているんだ。はいはい、どうせ私は間桐桜タイプですよ…………。
だけど、この「うわぁ……みんな遊んでるじゃん……なんか、いろいろ頑張ってよかったな……」と思ったこの気持ちだけは、何の嘘偽りもないです。『崩壊:スターレイル』リリース初日に多くの人がインストールして遊び始めているのを見た時。周りの友達が遊び始めているのを見た時。渋谷のイベントに多くの人が集まっているのを見た時。どれも、これまで味わったことのない感情を覚えました。
あのことを思い返すと、なんだかちょっと泣きそうになります。別に開発に携わったわけでも何でもないのですが、1年前から付き合っていると……「一緒に長距離マラソンを走り続けて、やっとの思いでゴールテープを切った」かのような気持ちになりました。なんか、ここまで綺麗に報われることってあるんですね。本当に、いろいろな人が遊んでくれていて嬉しかったです。
微力ですが、これだけのタイトルに少しでもお力添えできたのは……すごく光栄でした。『崩壊:スターレイル』と一緒に走った1年くらい、ずっと忘れません。
あ、何気に全部のプレイ日記見てくれた方も、ありがとうございます。
また、どこかで!
まぁ、だから……最後に言うことはシンプルです。
あとがきはサラッと締めるのが私の流儀です。
『崩壊:スターレイル』を、これからもどうかよろしくお願いします。