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「かんきょうおんの ちからって すげー!」距離感や生態に応じて変化する、フィールド上のポケモンたちの声はこうして作られた。『ポケモン』シリーズの環境音の歴史や変遷をサウンド担当者3人が語る【CEDEC2023】

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 8月23日(水)から25日(金)にかけて、パシフィコ横浜ノースではコンピュータエンターテインメント開発者を対象とするカンファレンス「CEDEC2023」が開催されています。

 今回は、「ポケモンの せかいを かけめぐる おと! おんきょうデザインで ひろがる ぼうけんの すがた!」と題して、ゲームフリークで長年サウンドを担当されている一之瀬剛氏、元カプコンの社員であり2017年より株式会社コネクテコを設立された北村一樹氏、2014年よりスクウェア・エニックスのサウンドプログラマーを務め現在はフリーランスとして活動中の岩本翔氏の3名が登壇された講演の様子を、レポートとしてお伝えします。

 普段ゲームを遊んでいても、BGMと一体化して聴くことが多く、なかなか単体では注目されることの少ない「環境音」。そんな縁の下の力持ちに焦点を当てた本講演は、音と『ポケモン』への熱い想いに彩られた素敵な内容でしたので、是非最後までお楽しみ下さい。

文/うきゅう

ポケモンの鳴き声を環境音として初めて導入したのは『ルビ・サファ』

 講演は、一之瀬氏による「ポケモン世界における環境音」のお話から始まりました。一之瀬氏によると、一般的にゲームの環境音といえば、現実世界の音がそのまま使われることも多いようですが、こと『ポケモン』シリーズに限ってその手はなかなか使えないとのことです。

 その理由は、「生き物の声」。現実世界では意識せずとも聞こえてくる鳥の鳴き声や虫のさざめきですが、ポケモン世界に現実の鳥や虫は登場しません。環境のなかで当たり前にある鳴き声そのものを、「ポケモンの声」で作らなくてはいけないのです。

 そのため、今回の講演では環境音のなかでもとりわけポケモンたちの鳴き声にフォーカスした「環境鳴き声」をひとつのカテゴリーとして設定し、鳴き声以外の全てを網羅する「環境音」、それら環境音制作を効率的にすすめるための「効率化・最適化」とあわせて3つの軸としていました。

 環境音における鳴き声だけでひとつのカテゴリーとなるのは、数百種を超えるキャラクターのそれぞれに強い個性を持たせた『ポケモン』シリーズならではと言えるかもしれません。

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 そんな『ポケモン』世界に環境音(および環境鳴き声)が初めて導入されたのは、シリーズ第三世代である『ポケットモンスター ルビー・サファイア』(以下、『ルビ・サファ』と表記)です。

 プレイヤーキャラクターの近くの草むらから、エンカウントテーブル内部のポケモンの声をランダムに再生することで、どんなポケモンに遭遇する可能性があるのかが分かるというゲーム的な要素でもありました。

 『ルビ・サファ』時代には、ポケモン1体が発する鳴き声はひとつに固定されていたため、作業としても非常にわかりやすいものだったそうです。

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 その後、『ポケットモンスター サン・ムーン』(以下、『サン・ムーン』と表記)で環境鳴き声は進化を遂げます。これまでの環境鳴き声は、図鑑やバトルでの登場時に発するものを流用していたため、情緒にかけるところがありました。

 『サン・ムーン』では、ポケモンたちの鳴き声としてフィールド専用のものを作成し、さらに音量やピッチへランダム化をおこなうことで情緒をもたらしたのです。

『ソード・シールド』ではカメラを動かせ、どこにでも行ける……途方に暮れた一之瀬氏の相談を受け、北村氏は山へ向かった

 そんな環境鳴き声に更なる転機が訪れます。『ポケットモンスター ソード・シールド』(以下、『ソード・シールド』)は、据え置き機としても携帯機としてもプレイできる新たな家庭用機であるNintendo Switchにて発売されました。

 『ソード・シールド』では、過去作シリーズとくらべてゲーム体験も大きく変化しました。これまでの固定カメラではなくカメラを動かせるようになりましたし、キャラクターの移動に関する自由度も大きく増加しました。この自由度を前に、環境音をどう設計するべきか。一之瀬氏は途方に暮れ、カナダ製のゲーム制作用オーディオミドルウェア「Wwise」の導入を検討しながら、北村氏に相談したとか。

 相談を受けた北村氏は、あらためてポケモンの環境音を考えました。「生物がポケモンしかいない自然環境」。そんな空間をリアルに表現するためにはどうすればいいのか?

 それを確かめるためにもっとも手っ取り早いのは、まず「自然環境ではどんな音が聞こえるのか?」を知ることだったと北村氏は語ります。実際に、北村氏は自然の音を聴くため、そして自然のなかでポケモンたちの鳴き声がどう聞こえるのかを確かめるため、マイクと小型スピーカーを携えて山に登ったというのですから驚きました。

 藪のなかなど周囲にいくつものスピーカーを配置し、ポケモンの声をランダムに鳴らすことで、どのような音として聞こえるのかを調べた北村氏は、単に自然のなかでポケモンの声がするだけの音声のクオリティの高さに驚いたと言います。

 音作りのプロが「できればこのまま使いたいほどだった」と言うほどなので、よほど完成度が高かったのだろうと想像されますが、北村氏に言わせれば「このままでは現実世界でポケモンの音が鳴っているだけ」に過ぎないそうで、それでは目的は達成されません。

 環境音とポケモンの鳴き声を融合させるため、次に北村氏が目をつけたのが虫たちの声でした。地中のミミズなどが出す音は、シンセサイザーによって表現される電子音にかなり近く聞こえます。ならば逆に、シンセで作っているポケモンたちの声もまた、加工や録音の方法次第で自然の音のように聞こえるのではないかと。

 仮説を実証するため、北村氏は鳴き声を直接収録するのではなく、壁や天井などに一度反射させてから収録する方法を試したと言います。このようにして作った音に、生物の声などが入っていないベースとしての環境音をミックスすることで、北村氏も納得のいく環境音・環境鳴き声が出来上がりました。

 こうして出来上がった環境音は、『ソード・シールド』のなかでは昼に鳴くポケモンたちのセット、夜に鳴くポケモンたちのセット、そして羊のようなポケモン「ウールー」たちがいるエリアのセットと3種類を用意し収録したそうです。

 一方で、課題も残りました。『ソード・シールド』ではステージごとの差分を用意することができなかったのです。

 この課題に取り組んだのが、『Pokémon LEGENDS アルセウス』(以下、『アルセウス』と表記)でした。『アルセウス』では、作品内に登場するすべてのポケモンの鳴き声を素材化して用意したそうです。

 しかし、これもまた全てを解決する銀の弾丸とはなりませんでした。『サン・ムーン』などを経てポケモンたちの鳴き声は各個体に対して5種類が存在しており、これをさらに近距離・中距離・遠距離の3つに対応させなければならないのです。組み合わせは膨大な量に上り、とてもシリーズの完全新作を作る際に同じことはできません。

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「ポケモンは不思議な生き物であって動物ではない」ポケモンの声に必要なのは、“クリエイティブ”な工夫と“ユーザーが喜ぶか”という視座

 そもそも、加工元となるポケモンたちの鳴き声自体にも課題がありました。

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 順番に、軽く見ていきましょう。まず「バリエーション不足」。最初は1種類だったポケモンたちの鳴き声は、のちに増えたとはいえ「基本、喜び、怒り、悲しみ、気付き」の5種類にとどまっていました。これでは、他の声との差別化を図るにも限度があります。

 次いで、「波形の不均質さ」。1996年に発売された初代『ポケットモンスター 赤・緑』(以下、『赤・緑』と表記)から始まり、『ソード・シールド』まで20年以上の年月が経過しています。長い時を経ているため、その時々で作られた音声のなかには波形の性質が異なっているものも多く存在します。

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(画像は『ポケットモンスター』シリーズの原点|バーチャルコンソール用ソフト『ポケットモンスター 赤・緑・青・ピカチュウ』より)

 さらに、「鳴き声のユーザー認知度の高さ」も障壁になり得ました。下手に新しい音声を収録してしまうと、「この声は、あのポケモン」というユーザー側の認識が壊れてしまう危険性があったのです。

 最後に、「種類が多すぎる」こと。最新作『ポケットモンスター スカーレット・バイオレット』(以下、『スカーレット・バイオレット』と表記)にて、とうとうポケモンの種類は1000種を突破しました。いくらなんでも、それぞれのポケモンごとに多彩なバリエーションを手作業で作っていくのは無理があります。

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記念すべきNo.1000を飾ったのはたからものポケモン「サーフゴー」。(画像は『ポケットモンスター』公式サイトより)

 この課題に取り組むため、北村氏は一之瀬氏と、ゲームフリークの共同創設者であり現在は株式会社ポケモンに所属している増田順一氏に、ヒアリングをおこなったそうです。

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 『ポケモン』シリーズの神とも言うべきおふたりからの回答は、以下のようなものでした。

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 とりわけ、北村氏は「クリエイティブが挟まっている事が大事」、「その音になってユーザーが喜ぶかが大事!」というふたつの回答に感銘を受けたと言います。以後、このふたつの要素がポケモンの鳴き声を制作する際の基本方針となりました。

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 こうして、ポケモンの鳴き声にどう取り組んでいくかの指針を手に入れた北村氏は、自分たちの「表現したい」4つの項目に対して、制作を進めていくことになります。

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 声のバリエーションを増やすため、北村氏らサウンドチームはゲーム効果音生成ツール「GameSynth」で知られるtsugi studioとの技術協力をしながら、「ストローク」と「声の演技」のふたつによって鳴き声を変調させる仕組みづくりに取り組みました。

 その甲斐あって完成した仕組み「PokeSynth」では、素材となるポケモンの音声を選び、線を描くことでポケモンの音声が自在に変化します。また線の変わりに人間の声を挿入しても、ポケモンの鳴き声がその声の演技に追従します。

 さらに、複数のポケモンの鳴き声に対して一度にまとめて同じ変化を与えることができるため、膨大な種類に上るポケモンたちの声をひとつひとつ新たに作り出すよりも圧倒的に効率的な作業がおこなえるようになりました。

 こうしてポケモンたちの鳴き声に多くのバリエーションを与えられたことで、イベントシーンなどで専用のボイスを当てることも容易になりました。たとえば、『スカーレット・バイオレット』において登場した新規ポケモンである「コライドン」や「ミライドン」がゲームの冒頭でサンドイッチを食べるシーンなどは、専用の声が当てられているそうです。

 遊んでいて気付いた方も、気付かなかった方も。是非この機会にムービーを再度視聴してみてはいかがでしょうか。

目標を達成するたび、新たな課題も生まれる。よりリアルな環境音を作るため、サウンドチームはふたたび山を目指した

 こうして、数多くのポケモンたちの鳴き声を用意できるようになりましたが、単にポケモンたちの声が環境音に入るだけでは十分とは言えません。たとえば、雨の日にヒトカゲが鳴いていたらかわいそうですよね。

 ポケモンは生き物なのですから、それぞれの生態にあった場所やタイミングで鳴くようにする必要があります。『ソード・シールド』から『アルセウス』を経てバリエーションは増えたものの、『スカーレット・バイオレット』ではこのリアルな生態系の表現が新たな課題となりました。

 北村氏は、ポケモンたちが実際に活動するであろう場所・時間・天気、そして習性を定義してコントロールすることを決意します。

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 生き物の習性を知るためには、実際に調査するのが一番です。

 こうして、北村氏らサウンドチームはふたたび山へ登りました。

 こうして実地での調査を重ねることで、多くのことが分かったと北村氏は言います。たとえば、昼夜における鳴き声の違い夜のうちは、主に虫たちの鳴き声が響きます。朝になると鳥の鳴き声が混ざり始め、日が昇るにつれて鳥たちの声だけになるそうです。

 また、生き物の大きさによっても鳴き声を出す頻度が違うこともわかりました。

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 これらの知見をもとに、ポケモンたちの「鳴き声種別」が細かく定義されていったとのこと。鳴き声種別とはポケモンのサイズや習性、モチーフ元となった生物などを考慮して、どのような環境でどのように鳴き声を出すかを分類する概念だそうです。あくまでサウンド用の定義であり、バトルなどで用いられる「タイプ」とは違う概念なのでご注意を。

「鳴き声シーケンサー?それWwiseで出来ませんか?」

 こうして、ポケモンたちの生態に即した、よりリアルな環境鳴き声が整備されていきました。次に改善の対象となったのが、ポケモンたちの鳴き声のパターンです。

 『アルセウス』まで、ポケモンたちの鳴き声は基本的にランダム再生によって制御されていました。しかし最新作の『スカーレット・バイオレット』を制作するにあたって、ランダムよりも豊かな表現として、特徴的なパターン作りが求められました。

 パターンを作るには鳴き声の順番、すなわちシーケンスを制御する必要があるわけで、シーケンサーの出番です。

 名付けて、「鳴き声シーケンサー」。この実装に協力した岩本氏は、真っ先にWwiseで実現できないかと考えたそうです。

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 Wwiseはアプリケーションを制御するミドルウェアとして多様なサウンドシンセサイザーを内蔵しており非常に汎用的なツールであるため、岩本氏はそれらの機能を組み合わせて鳴き声シーケンサーが実現できないか試行錯誤しました。

 結果としては、周期的な再生とランダム再生といった自由度の低い組み合わせや、1000種を超えるポケモンたちの鳴き声に個別で再生の順番を指定していくような実装となることがわかり、独自の鳴き声シーケンサーの制作へとシフトしたそうです。

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 鳴き声シーケンサーでは、先ほどの北村氏の説明にあった鳴き声種別に従い、ポケモンたちの鳴き方を特徴づけるような順番を定義します。ここでは、ランダムな間隔と一定間隔の組み合わせに加え、「感情種別」という項目も用いて鳴き声の発生する頻度を変化させ、揺らぎを生みだしているそうです。

 これらのシーケンスを定義したら、次は別種のシーケンス同士を連動させる「チェイン」を作ります。これによって、ある鳴き声が発生したとき、呼応するように別の鳴き声が飛び出すという、“コール&レスポンス”が表現され、より多彩な鳴き声の連鎖が生みだされるようになりました。

 さらに上記のチェインへ、「昼は鳥ポケモンがたくさん鳴く」「夜は虫ポケモンの比率が上がる」などプレイヤーが存在しているエリアや時間帯の情報によって変化をもたらします。こうして、その場にふさわしいポケモンたちがその場の環境に応じた状態で声を発する仕組みができあがっていったそうです。

 『スカーレット・バイオレット』では、およそ100mの範囲に存在しているポケモンたちを抽出して鳴き声を生成しているとのことなので、目当てのポケモンの鳴き声が聞こえた際には周囲を探索してみても良いかもしれませんね。

鳴き声……だけじゃない!ポケモン世界を彩るさまざまな音と、そのコスト

 さて、ここまで随分と「環境鳴き声」の話が続いていましたが、もちろん環境音の世界はそれだけに留まりません。『ポケモン』シリーズにおける、鳴き声以外の環境音はどのように制作されたのでしょうか。

 一之瀬氏いわく、本格的な環境音作りに取り組んだのは『ポケットモンスター ハートゴールド・ソウルシルバー』(以下、『金・銀リメイク』と表記)からなのだとか。主人公の足音が実装されたのも、同作からだそうです。

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 『金・銀リメイク』では、主人公の足音は地面の材質によって変化しています。この変化を表現するため、当時はマップ上へ人力で「ここは荒地、ここは草地」などの情報を設定していたため、人的なコストが非常に重く、またデバッグ作業にも手を焼くことになりました。

 そのため、マップ全体への環境音の実装は控え、以後しばらくの間『ポケモン』シリーズにおいて環境音は部分的な設定に留まります。

 変化が訪れたのは、やはり『サン・ムーン』でした。豊かな自然を表現するため、一之瀬氏によると『サン・ムーン』では『金・銀リメイク』レベルの環境音を目指したそうです。

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 『サン・ムーン』ではアローラ地方という海に浮かぶ島々が舞台となっており、砂浜が広がり波が打ち寄せる、南国的な景色が広がっています。そういった場所で適切な環境音を鳴らすため、サウンドチームは不規則に続く波打ち際へのマッピングをまたしても手作業で設定しました。

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 マップの自由度が増すにつれ、コストも膨大になっていく。そんな状況に、変化の必要性が迫ります。Nintendo Switchで『ポケモン』シリーズのオープンワールド化が進み、もはや手作業での整備は困難な状況となってしまったのです。

 作業を効率化するため、『アルセウス』では四角や丸などの判定を組み合わせ、キャラクターが近づいたときや効果範囲内に入ってきた際、その場所から音が鳴るという手法が取り入れられました。

 しかし、この方法では結局音を鳴らすための形状を配置していく必要があり、作業コストの問題が残ってしまいます。また、細く長い川など適切な環境音が細かく変化するような地形に対応しきれませんでした。

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 そのため『スカーレット・バイオレット』では「点群」という手法が選ばれました。Wwiseの機能を利用した点群方式では、あらかじめマップ上にいくつもの点状のデータを配置します。その後、必要に応じた環境音を設定することで、点状のデータの群れ、すなわち点群への環境音配置が自動でおこなわれるのです。

 これによって、かなり効率的に作業を進めることができるようになったそうです。

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 さて、点群の配置ができたら、次はその点群の配置された種類ごとに、適切な音の性質を決めていく必要があります。岩本氏は例として、「草」「水」「木」という3つの種別に対して求められる性質を提示しました。

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 3つのなかでもっとも簡単なのは、木です。木はそもそもゲーム上にオブジェクトとして配置されており、座標を有しています。なので、その座標から音が鳴るようにしてしまえばいいのです。

 次に簡単なのは、水だったとか。水には川や海、湖などがありますが、地形生成に用いられた3DCGソフトウェア「Houdini」を担当するテクニカルアーティストの方にも尽力していただき、水と陸の境目や川なのか海なのかなど水辺の種類にいたるまでを自動で配置することができたそうです。ただし、滝だけは手動で配置をおこないました。

 最も難しかったのが草です。草は木のような座標データを持っておらず、また水のように自動的に配置するには数が多すぎました。そのため、草だけはプレイヤーの周囲でリアルタイムに判定を行い、サウンドを鳴らすような対処法が取られました。

 点群データなどを用いた自動化によって、残りの細かい環境音配置へと人的コストを振り分けることが可能となったのです。

「効率化のためのデバッガー?それWwiseで出来ませんか?」

 これまでの作業で、サウンドを鳴らすための仕組みは用意できました。次は、それらの仕組みが適切に動いているのか、ミスが存在するならどこなのかを確かめるための、デバッグ作業です。ここも、マップの広大化にともない効率化・最適化が必要不可欠でした。

 この点に関して、岩本氏はまたしても「Wwiseでできないか?」と考えたそうです。岩本氏のWwiseへの熱い信頼が感じられますね。

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 岩本氏によるとWwiseProfilerは非常に優秀で、さまざまな情報を確認することができるとか。しかし、もちろんWwiseProfilerではできないことも存在します。そのうちのひとつが、「ゲーム画面に座標や情報を描写する」という機能でした。

 『スカーレット・バイオレット』の制作現場では、視覚的な確認によって効率的なデバッグ作業をおこなうことが重要視されていたようで、岩本氏はそれを実現するために用いた4つのプログラムを紹介してくれました。

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 「Gizmo」は、音が鳴っている間その音源の座標がどこにあるのかを表示してくれます。また、鳴っている音のイベント名とキャラクターからの距離もわかるそうです。

 「Objects」は、音の構成要素などの情報をひとまとめにして表示してくれます。キャラクターの踏んでいる地面がどのような設定となっているかなどを文字で表示してくれており、便利そうでした。

 「BGMManager」は、とくにWwiseで扱いにくい部分に手が届く存在です。戦闘開始とともに中断されていたフィールドBGMなどは、戦闘終了時に復帰させる必要があるのですが、再度再生するさいに前回中断した時点から連続して再生するのか、頭に戻って流すのかなどを調整できます。

 最後に「History」は、サウンド関係のイベントの進行状況を一覧で表示しており、なかでも再生に失敗した、あるいは設定によってカットされたなど「流れなかった音」だけを抽出して確認することができるため、音が鳴らなかったのが仕様なのか、バグなのか、気のせいなのかなどを素早く見極めることができます。

 これらのデバッガーを組み合わせることで、音に関する不具合の確認フローが確立されていきました。

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「グループ単位での発音制御?それWwiseで……」

 効率化への道のりはまだ続きます。音はさまざまなものから発されますが、状況やイベント進行などの都合で「いまこの辺の音は鳴ってほしくない」というような要求はどんどん出てきます。その際に、必要な音を鳴らし不要な音を鳴らさないため、効率的かつ選択的に発音を制御する機能が求められました。

 すなわち、グループ単位での発音制御です。これを聞いて、岩本氏はやっぱり思いました。

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 岩本氏、Wwise大好きですね。

 しかし、Wwiseの発音制御と『ポケモン』の仕様には、どうにもかみ合わせの悪い部分が存在したと言います。

 それが、「同じポケモンなのに優先度が違う」という問題です。たとえば自分のピカチュウと、野生のピカチュウでは、同じ鳴き声なのに音を鳴らす優先度が異なります。また、バトル中かどうかでも音の優先度は変わってきます。

 岩本氏によると、Wwiseの発音制御は、同じポケモンを区別することに向いていなかったそうです。そのため、別の手段が必要となりました。そのために用意されたのが、「Audio Group」という機能でした。

 この機能によって、種類に関わらず個々のポケモンが「どんな状態にあるのか」によって優先度を切り替えられるようになり、円滑かつ効率的なグループ制御が実現されました。

「困ったときは内にこもらず外へ出て、識者に聞こう」

 最後に、今回の講演のまとめとして一之瀬氏が述べていた発言をご紹介します。

 一之瀬氏は、1993年の入社以来ずっとゲームフリークで働いているそうですが、ハードやソフトの目まぐるしい発展に押され、困ってしまった際に「外に足を向けて情報を得る」そして「識者に相談する」ということが問題解決につながり、またひとりで悩まずさまざまな人と話をしていく姿勢がユーザーを喜ばせる作品へとつながっていくという実感を持っているとのことでした。

 確かに、今回の講演内容を振り返っても、『ソード・シールド』で困ってしまった一之瀬氏がWwiseの導入や北村氏への相談をおこない、より良い音を得るために北村氏は二度も山へ登り、また基本に立ち返るため増田氏へのヒアリングなども実施していました。

 なんでもとりあえずWwiseでやりたがる岩本氏も、Wwiseが不得意とすること、求められる仕様に合わないことであれば柔軟に別の機能を用いて問題を解決していきました。

 これは、まさに人生の訓話となりえるのではないでしょうか。困ったことがあったとき、ひとりで悩むのではなく外へ、そして誰かに助けを求める。簡単なようですが、案外難しかったりもします。でも、問題解決の糸口は時に、問題に挑むことよりもその難しさと向き合う先にあるのかもしれません。

 皆さんも、困ったことがあったときは今回の講演を思い出して、誰かに相談するという選択肢を考慮してみても良いのではないでしょうか。そして願わくば、皆さんが相談を受けた時にも、快く相手に協力してあげられたなら、こんなに素晴らしいことはないでしょう。

編集者
小説の虜だった子供がソードワールドの洗礼を受けて以来、TRPGを遊び続けて20年。途中FEZとLoLで対人要素の光と闇を学び、steamの格安タイトルからジャンルの多様性を味わいつつ、ゲームの奥深さを日々勉強中。最近はオープンワールドの面白さに目覚めつつある。
Twitter:@reUQest

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