剥き出しのエゴが強さを発揮する可能性と、他人を傷つけてしまうことへの恐れ
ひとつのことを貫くこだわりと、自分のことを見つめ続けているが故に抱えている「自分(自己、エゴ)」の強さ、時折見せる「剥き出しの自分」がポジティブな方向に爆発すれば、それはとても大きなエネルギーになる。
燈が内に秘めているもの、それは心の声に耳を傾け続けて、剥き出しの感情を抑え切れずに声を上げて叫ぶ「激しさ」だ。
CRYCHICが解散したときのことを愛音と話していたとき、「誰も悪くないんだよ」と語りかけてきたそよの言葉に対して、燈はこんなことを言い出した。
「……誰も悪くないなら……なんで解散したの?」
燈は行き場のない気持ちを漏らして、その場をすぐに飛び出した。
このときの燈は、「どうして?もう、やだ!」という気持ちが込み上げて、溢れ出てしまったのではないだろうか。
燈が持っている自分だけの世界観、自分だけの意志、そして、激しい一面。
それは、とてつもなく大きな力だが、とても“揺らぎ”やすい。
燈が恐れているのは、自分が傷つくことだけではなく、自分の激しさが誰かを傷つけてしまうことなのではないか。
燈の絶対に自分を譲らない意志の強さ。
そんな燈の潜在能力は、第7話「今日のライブが終わっても」で発揮された。
自分を見てくれる人がいる。そう感じることが心に色彩をくれる
愛音が燈たちを集めてバンドを再結成してから、いよいよ初ライブが行われる第7話。しかし、ライブ当日のメンバーたちはずっと緊張していて、まったく調子が出ない。
特に、場馴れしていない愛音はイントロで何度もミスしてしまい、会場の空気に気圧されている。
動揺している愛音に対して、「ちゃんとやって。練習では弾けてたんだから、落ち着いて」と、厳しいながらも気遣う立希。そのあいだに、そよは機転を利かせて雑談をしながら場を繋いでいる。
燈も愛音に水を渡して、少しでも落ち着かせようと気を配る。
そんな風に、どうにか演奏を再開しようとしていたところに、祥子とCRYCHICのメンバーだった若葉 睦(わかば むつみ)が会場にやって来た。
緊張と不安がピークに達していたとき、自分にとっての恩人である祥子がライブを見に来てくれたという事実は、燈に勇気を与えた。
自分を見てくれる人がいる。その心強さは、一瞬ではあるものの燈の心に“色彩”を与えた。
しかし、それでも不安を払拭できない燈は、うつむいたまま、かき消されてしまいそうなか細い声を出すのが精一杯で、本来の力を発揮できない。
いつもの調子と変わらない、おどおどしていてグラグラ揺れたままの燈。
祥子は、相変わらず弱気でうつむきがちな燈を見かねて、一喝するように強く真っ直ぐ見据えた。
助けを求めるように目線を祥子に送る燈と、燈へ力強い目線を送る祥子。ふたりの目と目が合った。
この瞬間、燈と祥子は本気で「向き合った」のだろう。
祥子の真剣な眼差しに感化されて、燈の中の“なにか”が弾けた。
突然、堰を切ったように声を上げて歌い始める燈。
まだ戸惑いの色は見えるものの、ついに燈のエンジンがかかった。
それを見て、「待ってた」と言わんばかりの笑みを浮かべるのはギター担当の要楽奈(かなめ らーな)。
燈の「自分」を貫き通す我の強さ、まわりを巻き込んで突き進もうとする様子を見て「おもしれー女」と評し、懐いた野良猫のようにバンドに合流した。
楽奈は自由奔放でエキセントリックな人だが、楽奈が直感的に良いと思ったことは、結果的にバンドメンバーたちが強く繋がるための「最適解」を示すようになる。
このライブパフォーマンスの間にどんどん調子を上げていく燈。
何よりも変わったのは、燈の表情が実に豊かになっていくことだ。
このライブで、燈は笑った。
まるで、燈がノートに書いた言葉を歌にして弾き語りしてくれたときの祥子のように、気持ちをこめて笑った。
見違えるような表現力を発揮して、伸びやかに心の声を響かせる燈の歌。
その歌声は会場全体を包み込み、バンドメンバーたちに力を与えた。
覚醒した燈の歌声は愛音にも響いて、愛音の心にも“色”と“火”が灯った。
愛音は、ようやく心から演奏を楽しいと感じたようだ。
演奏終了後、会場から惜しみない拍手が送られたあと、燈は静かに語り始めた。
自分のこと、ダメになってしまったバンドのこと、このライブのことを朗読するように語る燈を引き立てるために、楽奈はひとりでにギターを弾き始める。
そして、感極まった燈は、ついに叫ぶ。
「私は!必死にやるしか出来ない!だって、私の歌は、心の叫びだから!」
どんなにひたむきな姿勢でも、それがきっかけで決定的にすれ違ってしまうことがある
大きな反響を呼び、大成功といってもいい燈たちのライブパフォーマンス。
しかし、その後に問題が起きた。
楽奈がアドリブで「春日影」のイントロを弾き始めて、その流れのままに「春日影」を演奏することになるのだが、これが大きな引き金を引くことになった。
そのイントロを聴き取った祥子の表情が、一瞬にしてこわばる。
どうして、その曲を?
なぜ、あなたが弾いてるの?
なんで、「今」それを演奏するの?
そんな驚きと不安、疑問、さまざまな気持ちが押し寄せているように見える。
そよにとっても、「春日影」はCRYCHICのみんなで作り上げた大切な曲。だからこそ、祥子が居ない今のバンドで「春日影」を演奏することには難色を示していた。
当然ながらこの展開は受け入れがたい様子で、そよの表情が曇っていく。
そんな事情を知る由もない愛音と楽奈は演奏に集中している。立希は、元々「春日影」は燈の歌であると認識しており、燈が居る今のバンドで演奏することに何もためらいはなかった。
そして、燈は無我夢中で歌っている。
そよだけがほかのメンバーとは違う思いを抱いていて、表情が消えてしまった。
それでも演奏は止まらない。
燈は、ただひたすら感じるままに歌い続けて、圧倒的な光を放っていた。
しかし、燈が放つ「眩しすぎる正しさ」を受け止めることができない人がいた。
強く大きな光が差せば、それに応じて闇も深まる。
どんなことでも、立場や視点によって捉え方は変わる。
どんなにひたむきな想いでも、それがきっかけで決定的なすれ違いが生じる瞬間がある。
そよは、完全にうつむいたまま動かなくなってしまった。
歓声と拍手を浴びて、喜びを噛みしめるほかのメンバーたちは、そのことに気がついていない。
そして、そよの気持ちを逆撫でするように舞い上がって喜び合うメンバーたちの目の前で、そよの「感情」が爆発した。
「なんで『春日影』やったの!?」