受け止めきれない気持ちが溢れて、「迷子」になってしまう
ライブの途中で飛び出していった祥子。彼女にとっては、CRYCHICのみんなとの思い出が詰まった「春日影」を自分が居ない場所、違うバンドメンバー、“違う音”で歌われるのは受け入れがたいことだった。
演奏中に、涙を流して走り去る祥子の姿を目にしたのは、そよだけだった。
そよは、自分にとってかけがえのない居場所だったCRYCHICと、自分に居場所を与えてくれた祥子にこだわっていた。
「執着」していた、と言い換えてもいいと思う。
そよにとっては、「春日影」はCRYCHICのもので、祥子のものだったから、今のバンドで演奏してほしくはなかったのだ。
祥子も同じような思いを抱いて飛び出していったのだと感じ取って、ずっと抱えていた感情が爆発してしまった。
それが決定的なすれ違いの正体。
しかし、どうしてそこまで、そよはCRYCHICに執着していたのか?
それには、そよの生い立ちが関係している。
そよは、子供の頃から仕事に忙殺される母親と二人で過ごしており、子供でありながらも家事をこなしたり、母親のことをケアしながら育ったため、子供として親からの愛情をまっすぐに受けられなかった。
自分の欲求を押し殺しながら生き続けたせいで、親に対しても、学校の同級生に対しても、誰にも心を開いて打ち解ける機会がなかった。
そんな中で、そよが生まれてはじめて心から安心できる居場所、大切な仲間だと思えたのがCRYCHICだった。
そよは、その大切な居場所を、大切な人を取り戻したいだけだった。
その背景を理解したうえで、もう一度そよが激怒した様子を振り返ってみると、それだけの思いがあったということが推測できるので、そよの気持ちも理解することができる。
誰が絶対的に正しいということではなく、みんながそれぞれの物差しでCRYCHICというバンドのことを、「春日影」という曲のことを測っていた。
そよにはそよの、祥子には祥子の譲れない思いがあった。
しかし、燈の目線からは、燈が手にしている物差しでは、彼女たちの思いを推し測ることができなかった。
いずれにしても、燈があのライブで声を上げて叫んだことで、多くの人の心を動かしたことは疑いようのない事実だ。
もしも、それで誰かを傷つけてしまったとしても、それよりもポジティブな方向に作用したことの方がきっと大きいはず。
だけど、燈はそのことに意識が向いていない。それよりも、そよを傷つけてしまったんじゃないかという思いばかりが膨れ上がり、どうして、そよが自分のことを無視して避けるの?
また、自分は「間違えてしまった」の?そんな不安でいっぱいになってしまっている。
ネガティブな面を強く捉えてしまいがちで、だから、やっぱり「本当の自信」が持てないままでいる。
燈だけではなく、バンドのみんなが「どうして?」という疑問を抱えて揺れていたときに、追い打ちをかけるような言葉を耳にした。
裏でそよと二人で話し合い、事情を知っていた立希は、そよの本心を燈と愛音に伝えるのだが、この事実は彼女たちにとっては、受け入れがたい現実だった。
また、目の前で大切なものが失われていく。
また、自分のそばから大切な人が離れていく。
また、自分のせいで「ダメ」になってしまったの?
そうして自分を責め立てるように揺れる燈が、
「もう、やだ……バンドなんてやりたくなかった」
そう言って、震えながら崩れ落ちる姿を見たとき──心が軋む音がした。
それから燈は「また、ダメになった……」と、ガックリと肩を落として、茫然自失な状態になってしまった。
また、みんなとすれ違ってしまった。間違えてしまった。
いろんな負担が重なって、恐れていたことが本当に起きてしまったことへの動揺。
そんな動揺がきっかけとなって思考が止まらなくなり、
おさえても、おさえても、ずっと止まらない。
思考が走り続ける。
自分自身を見失って、「迷子」になってしまった。
何も考えられなくなるまで、とめどない思考回路に踊らされ続けている。
だけど、「迷子」になりながらでも自分を見つめて立て直すことは、すごく大事なことだ。
「迷子」になった人を見失わないように立ち上がり、手をとることの大事さ
燈は「迷子」になってグラグラと揺れながらも歩き続けた。
いつも通っているプラネタリウムへと足を運ぶと、そこでアイドルユニット「sumimi」のギターをやっている初華(ういか)と出会う。
初華は、燈が落としたノートを拾い上げると、「歌みたいだね」と感想を伝える。
初華は祥子とは幼なじみの間柄で、CRYCHICのことも知っていたので、このときに燈がCRYCHICのボーカルをやっていた人だと把握している。ただ、燈は初華が有名人だということも、祥子と親しい人だということも知らない。
燈の様子を見つめて初華はなにかを感じ取り、燈に重大なヒントになる言葉を投げかけた。
「歌って伝わる気がするよね。上手に言えないことも、言葉以上に、気持ちが」
そのメッセージを受け取った燈は、帰宅して机に向かいながら一心不乱に筆を走らせる。
その姿にもう迷いはなく、直接言葉をかけられないのなら、手を伸ばすことができないのなら、みんなのための詩を書いて、歌って伝えよう。
そう心に決めて、「やるべきこと」を見出した。
一度「こうだ」と決めてからの燈は、もう止まらない。
心を閉ざした愛音に「一緒にライブやって」と声をかけて、それでも届かないのなら、ひとりだけでも歌うと決意して行動を起こす。
愛音が自分に手を差し伸べてくれたように、今度は自分が手を伸ばす番だという固い意志を持って、本当に単独でライブの予定を組んで歌を歌い始める。
その姿はまるで詩の朗読のようだが、そんな燈の歌をキャッチした楽奈は「おもしれー」と思ったのか、飛び入りで参加して燈の詩にそっと寄り添う。
そうして始まった燈と楽奈のライブは徐々に評判となって、すれ違っていたバンドのメンバーたちにも伝わっていく。
マイペースに巻き込む楽奈と、果敢に動く燈のひたむきさと熱意に打たれて、ひとり、またひとりとバンドのみんなが、みんなの“音”がもう一度集まっていく。
ライブをしながら、少しずつ言葉を重ねて、紡ぎ続けて出来た「詩超絆(うたことば)」という歌。
歌が仕上がる頃合いを見計らったように、愛音がバンドに戻ってきた。
言葉を交わさなくても通じ合うふたり。
そして、会場でそよを見つけた燈は脇目も振らずに飛び込んでいき、そよの手を掴む。
愛音に勝るとも劣らない強引さでグイグイと手を引っ張って、そよをステージへと連れ戻す。
それを愛音と楽奈が流れるようにアシストして、そよにベースを持たせた。
そよの髪にそっと触れて、挑発的な笑みを浮かべる愛音には、「もう逃さない。あなたも巻き込んであげる」というようなイタズラごころを感じさせられる。
そのあいだにも、ずっと自分の想いをささやき続ける燈のポエトリーリーディングが会場に響き渡る。
※ポエトリーリーディング:詞を朗読するように歌い上げるパフォーマンス。ラップのようにリズムに乗ること、韻を踏むことは重視せず、まっすぐに語りかけるように歌う表現方法を指す場合が多いが、その手法は多岐に渡る。
ステージに立つことをためらい続けるそよを真っ直ぐに見据える燈の眼差しには、以前のライブで祥子が燈に向けた眼差しのような強さが宿っていた。
そんな勢いに押されて、観念した様子で演奏を始めるそよ。バンドに欠けていた最後の音、ベースの音色が加わって、ついに必要なすべての音が集まった。
みんなの音を全身で浴びながら、ずっと抱えていた想いを全力で歌い上げる燈は、観客には目もくれずに仲間としてステージに立つそよだけを一直線に見つめて、向き合った。
純粋で激しい想いを乗せた歌声は止まらない。
その姿に胸を打たれて、泣き出してしまう立希。
その涙に誘われて、愛音も泣き出した。
ずっと自分の気持ちに素直になれなかったそよも泣き出した。
燈の想いと、それに呼応したみんなの想いがそよの心を溶かした。
みんなが抱えていた傷は、みんなへの愛情へと変わり、やがて愛の音を奏で始めた。
赤子のように泣きじゃくって流した涙は、これまでの苦しみと悲しみを洗い流していった。
お互いに向き合えること、分かり合えることの素晴らしさは雨上がりの空のよう
雨降って地固まる、という言葉がある。
MyGO!!!!!のみんなにはたくさんのすれ違いがあって、苦しさや悲しさが雨のように降り続けていた。
だけど、その雨はやっと上がっていく兆し──希望が見えた。
この雨が上がってく時
なにもなかったように
消えてく傘花みたいに心は
上手に折り畳めないから
過ぎ去ってしまう瞬間を
僕はあつめたいよ
ああ ひとしずくを
悩みに悩み、迷いに迷って、最後に残った「ひとしずく」を見つめる。
それでは、最後のまとめに入らせていただきたい。
冒頭でも書いたが、昨今は、『ぼっち・ざ・ろっく!』然り『機動戦士ガンダム 水星の魔女』然り、コミュニケーションが苦手な主人公を描いた作品が大きな反響を得ている。アニメ以外にも目を向ければ、NHKの「連続テレビ小説」『らんまん』なども、植物にしか興味がないが、前向きで明るく天真爛漫に突き進む──まるで燈と愛音を足したような──人物が主人公である。
これは、果たして偶然なのだろうか?
私はそうは思わない。
というのも、これは冒頭でもお伝えしたことだが、SNSなどが発達し、人と人とのコミュニケーションのあり方に劇的な変化があった2010年代。SNSの登場により、時間や距離、あるいは年代/性別の垣根をこえて、さまざまな人と交流が出来るようになった。同じ趣味を持つ仲間と繋がったり、そこに自分の居場所を見出す人が出て来たり、多くの恩恵をもたらしてくれたことは間違いない。
しかし一方で、SNS(ネット)とリアルが地続きのものになっていくにつれて、徐々に息苦しさが増していってるように感じている人も少なくないはずだ。
いいねの数やインプレッション数など、何かにつけて数値化される(数値に追われる)ことや、常に人の目を気にして発言に注意をしなくてはいけないなど、今やネットは、気が休まる場所ではなく、むしろリアルの場以上にリスクが伴う場所になってしまっている。
そこに加えて、2019年から現代にかけて、人々はコロナ禍という、これまでにない状況を体験した。
みんながマスクをして、目の前にいる人が今、どんな表情をしているのか、どんな気持ちでいるのか?それを想像しづらい、わかりづらいという状況が長く続いている。
つまりは、リアルでもネットでも、現代人にとっての「心地良い居場所」が無くなってきてしまっているのではないだろうか。
とくに、若い世代、中学生や高校生など思春期にコロナ禍が直撃した世代にとっては、その影響が計り知れないほど大きいことは、想像に難くない。
コロナ禍になる前は、同級生たちと学校内で直接交流して、一緒にどこかへ出かけて遊ぶなどの体験を通して、学校で勉学に勤しむのと同じぐらい、「対人スキル、コミュニケーション能力を養う」ことも青春時代における重要な体験だったはずなのだ。
でも、コロナ禍の中で思春期を過ごしてきた人たちは、その機会が少なくなっている。それはつまり、他人との関わりが薄くなっているということでもあるのではないか。
ということは、今の若い世代の人たちはみんな愛音や燈のように、「人との接し方がわからなくて、こわい」という人が少なからずいるということなんじゃないのか?
さらに言うなら、それは若い世代に限らず、他人との繋がりが物理的に遠くなって、直接的な交流の場が限られている現代では、そういった不安を抱えている人は、もしかすると想像以上に多いのかもしれない。
エンターテインメントは時代を映す鏡
エンターテインメントは時代を映す鏡だ、と言われることがある。
『BanG Dream! It’s MyGO!!!!!』もまた、間違いなく時代を反映した作品なのだと思う。
本作における「バンド」というカタチ、「傷」というカタチは、見る人によって、どのようにも捉えられる。それを自分の人生経験だったり、今の状況に置き換えて見ることで、視聴者は、自分にとって本当に大事なものを改めて再確認し、感じ取ることができる。
作品に散りばめられたメタファーを自分ごととして解釈し、真剣に考えて悩む。
そこで悩んだことは本当の悩みで、それを飲み込みながら現実で頑張ることはとても大事である。それが創作、作品というものが人に与える効能で、エンターテインメントの素晴らしさなんだと思う。
本稿の始めに、本作が
「現代人、特に若年層に向けた人間関係の教科書」としても有用なのではないか?
と書いたけれど、これは本心でもある。
なぜなら、私自身が10代の頃にまわりの人たちとの感覚の違いに悩んだり、集団で過ごすことへの難しさから不登校となって、それが原因でしばらく引きこもり続けた結果、後に社会に出てから人間関係で大変苦労することになったからだ。
“あたりまえ”な常識、良識、教養が欠落したまま社会に出てしまったせいで、たくさんの失敗を重ねて、何度も“ダメ”になった。
コロナ禍で思春期を過ごしてきた人たちに、同じような思いをしてほしくない──。
「そんなことを言うのはおこがましい」と自分でも思いつつ、『BanG Dream! It’s MyGO!!!!!』という作品を見ていて、いろいろな思いが溢れ出てしまって、今回、筆をとった次第です。
この記事を読んで本作に興味を持った人は、ぜひ視聴してみてほしいです。
自分も、燈のように力強く立ち上がって、人を繋げる強さと優しさを持ちたい。
『BanG Dream! It’s MyGO!!!!!』は、心からそんな気持ちにさせてくれた。
そんな素晴らしい作品を作ってくれた皆さまと、この記事を読んでくれた皆さまへの感謝の言葉で締めくくらせてください。
ありがとうございました。
最後に改めて。9月3日(日)10:30よりABEMAにて『BanG Dream! It’s MyGO!!!!!』の一挙配信が予定されている。無料で視聴できるので、ぜひこの機会にご視聴いただければ幸いだ。
【お知らせ】
— バンドリ! BanG Dream! 公式 (@bang_dream_info) August 28, 2023
9/3(日)10:30より、ABEMAにて
アニメ「BanG Dream! It's MyGO!!!!!」
#1~#12の無料一挙配信が決定🎉✨
アーカイブは一挙配信後、9/6(水)16:00まで
72時間限定で公開いたします⏰
この機会にぜひお楽しみください❣
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