NPO法人IGDA日本は、6月20日にゲーム産業と政府との関係に焦点を当てたセミナー「知らなかったでは済まされない、日本・世界のゲーム産業政策の現況と活用法」を東京・新宿にある東京国際工科専門職大学で開催した。
今回のイベントでは、アジアのゲーム産業の状況紹介やスウェーデンのインキュベーションプログラムの事例紹介、インディーゲーム開発者支援策、戦争状態にある国で行われているゲーム開発など、幅広いテーマでセッションが行われている。
こちらの記事では、ルーディムス 佐藤翔氏によるセッションとアトリエサード 徳岡正肇氏、ケムコ(コトブキソリューション)黒川雅臣氏、サイバーエージェント 永塚新氏によるパネルディスカッションの模様をレポートする。また、別記事ではそれ以外のセッションについてもご紹介しているので、そちらも合わせてチェックしてほしい。
取材・文/高島おしゃむ
アジア各地でゲーム開発者を支援するインキュベーションプログラムを紹介。ゲーム開発者を育て、パブリッシャーと繋がり、補助金や助成金を与える
この日最初に行われたセッションが、ルーディムス 佐藤翔氏による「IGDA Incubation SIGとアジアのゲーム産業の状況」だ。
インキュベーションに関するセミナーなどを開催しているアメリカ発のNPO法人IDGA(International Game Developers Association)。そのなかに、SIGと呼ばれる作業部会のようなものが存在しており、佐藤氏は自身が発起人となった「IGDA Incubation SIG」で議長を務めている。
この「IGDA Incubation SIG」には、2024年6月現在56ヵ国102団体から117名のメンバーが参加。調査研究事業やイベント事業、交流事業などの活動を行っている。
「インキュベーション」とは、親鳥がひな鳥を育てていくように、新人の起業家を育ててあげていくための役割を果たすサポートや活動のことを指す。一例では、教育機関で学んだ人たちがインキュベーションプログラムに加入し、チームビルドやコミュニティの形成、開発面、ビジネス面での知見を深めていく。
その後、アクセラレーションプログラムで経営戦略などビジネス面に特化した知識を学んでいく。その後はモバイルゲームの会社を中心にゲーム系のファンドに入る。そこで大きな投資を集め、ゲームをリリースに近づけていくのだ。
インキュベーションプログラムではゲーム開発者を育てることにくわえて、デモデイでパブリッシャーを繋ぐ役割も果たしているほか、補助金や助成金を与える機能も持っている。
アジア支部会では、4つのサブリージョンに分かれてそれぞれの地域のゲーム産業の特色に合わせた活動を行っている。ヨーロッパと比較するとその歴史は長くはないものの、特徴的なのは「インキュベーションプログラムとイベントオーガナイザーの関係が深い」点だ。
ひとつの例として、東南アジア地域ではMDECが「LevelUP KL」というイベントを実施。GTRというグローバルのアクセラレーターと組んでデモデイを開催している。また、フィリピンでは、今年からゲーム開発者向けイベント「GDS2024」をリゾート地で実施している。
なお、リゾート地での開催理由は現地に足を運ぶモチベーションを高めるためとのこと。ヨーロッパではまだ寒い、3月~4月という時期にリゾート地にて開催されている。
インドネシアでは、貿易省が「Indigo Game Startup」と呼ばれるプログラムを支援しているほか、クリエイティブエコノミー省が「GameSeed」という小規模ゲーム開発者の支援プログラムを実施している。「Indigo Game Startup」は産業振興寄り、「GameSeed」はどちらかというと文化振興寄りというように役割分担がされているようだ。
シンガポールのインキュベーターが支援している『The Signal State』は、モジュラーシンセサイザーにインスパイアされたパズルゲームだ。同じくシンガポールで支援されている『Scarred』は、シンガポールの伝統的な場所を舞台にした一人称視点のホラーパズルゲームである。
インドネシアの『LET ME OUT』は、学生が作ったゲームでありながらもテーマが重く、インドネシアの歴史を題材にしたホラーゲームとなっている。マレーシアの『Eximius』とタイの『Eath Atlantis』の2タイトルはGTRが支援を行っているゲームである。
南アジアの特徴は、教育機関が指導してゲーム産業育成プログラムを実施しているところだ。インド最大手のモバイルゲーム会社Nazaraや、インド連邦政府やテランガーナ州政府によるインキュベーターが存在している。
民間では、インドで『PUGB』が大ヒットした韓国のKraftonが2023年よりゲームインキュベーターを開始。同じく2023年にソニー・インタラクティブエンタテインメント(以下、SIE)が「India Hero Project」を開始している。
そうした中で生まれたインドのゲームタイトルには、バトルロワイヤルの『Scarfall 2.0』があるほか、SIEが支援している『Mukti』や『Suri:the seventh note』などがある。
とくに『Mukti』はインドを思わせる雰囲気の世界を探索する作品となっており、佐藤氏はインドでヒットするタイトルが生まれると確信していると語った。
また、ここ最近一気に変化を見せているのが中央アジアのゲーム産業だ。その原因のひとつとなっているのが、ロシア・ウクライナ戦争である。現在はウクライナやウズベキスタン、カザフスタンのゲーム会社はロシアから中央アジアに戻ることが多く、現地のゲーム産業も盛んになってきているとのこと。
その中で外国政府が資金提供を行ってインキュベーターやアクセラレーターを開き、ゲームイベントもさまざまなものが開催されている。
カザフスタンでは、トルコ資本で「WePlay Ventures」や「Astana GameDev Hub」といったインキュベーションプログラムが登場。ウズベキスタンでは、ドイツのゲーティンスティテュートが予算を出して現地教育機関と協力し、ウズベキスタンのゲーム開発者の育成プログラムを実施している。
東アジアでは、韓国はコンソールゲームやインディーゲームの育成に焦点を当てている。韓国コンテンツ振興院が「グローバルハブセンター」を運営し、初期段階にあるゲーム会社50~60社が入居できるほか、毎年20タイトル前後のゲームに対して開発費負担軽減のための助成も行っている。
中国では、2021年に政策指標が発表され、ゲームなどデジタル文化製品の海外進出も奨励。自治体がゲーム開発への資金援助や海外の売上に対する奨励金、優秀作品への賞金提供、パブリッシャーへの奨励金といった支援を行っている。
台湾では、DIT Startupがゲームのアクセラレーターを運営しているほか、文化振興という観点で台湾クリエイティブ・コンテンツ・エイジェンシーがゲームを含むコンテンツ分野のアクセラレーションプログラムを実施している。
こうした中で生まれたゲームには、中国の『In Nightmare』や『Swarm the City』、韓国の『Space Out:Callisto』や『Real VR Fishing』、台湾の『Vigil:the longest night』や『Rabi Ribi』などがある。
日本では経団連のレポートを元に様々な施策を実施。文化庁メディア芸術祭では『アンリアルライフ』が受賞
日本におけるゲーム産業への政府施策としては、経団連レポートが大きな影響を与えていると佐藤氏は語る。
経団連のクリエイティブエコノミー委員会(委員長は元DeNAの南場智子氏)は、「クリエイター人材を育てていく必要がある」というレポートを出している。この政策提言をベースに、新しい政策が少しずつ実施されるようになってきているようだ。
VIPOでは、J-LOP、J-LOD、J-LOXといったゲームを含むコンテンツ産業のローカライズやプロモーションに関する助成金を引き受けている。2024年は、J-LOX+という補助制度が実施されているそうだ。
また、文化庁のメディア芸術クリエイター育成支援事業(発表支援)として、「ENCOUNTERS」というイベントが今年の2月に開催されている。
市場調査では、JETROや文化庁が不定期でレポートを発表。創作支援では、文化庁がメディア芸術クリエイター育成支援事業を行っている。さらに、今年から創風と呼ばれる公的アクセラレーション支援プログラムも用意されており、助成と開発者育成を支援している。
佐藤氏は最後に、IGDA日本でアメリカ本体のIncubation SIGに相当するSIGを立ち上げると発表。こちらではアメリカ本体のIncubation SIGと連携しつつ、ゲーム開発者とそれを支援する人々が交流するような場を提供する予定となっている。こちらの詳細については、さらなる続報を待とう。
若者を町に呼び戻すための大学のプログラムが大ヒット。『Goat Simulator』など大ヒットタイトルも誕生
つづいて、「スウェーデンのゲーム産業とインキュベーションプログラム」というテーマでアトリエサード 徳岡正肇氏、ケムコ(コトブキソリューション)の黒川雅臣氏、サイバーエージェントの永塚新氏の3名によるパネルディスカッションが行われた。
スウェーデンには国際的なゲーム制作会社が複数あるものの、97パーセントは小規模な会社となっている。そんなスウェーデンの人口5万人ほどの小さな町「シェブデ」で取り組んでいるのが、ゲーム産業を町に根付かせるための「Sweden Game Arena」と呼ばれるプログラムだ。
この町にあるシェブデ大学は最も小さな大学のひとつで、学部はふたつしかない。そのうちのひとつは「コンピューターサイエンス」だったものの、スウェーデンの若者への「コンピューターサイエンス」の人気は下降。このままではシェブデの町に若者が来なくなってしまい、財政が破綻してしまう。
そんな事態を回避するため、シェブデ大学は学部名を「コンピューターサイエンス」からゲームに関係した学部名に変更するという大胆な手法をとり、これが大成功となったのだ。
さらにコネクションがあったことから教員の手配もでき、大学でゲームの作り方を教えるプログラムがスタート。これが、産官学のうち「学」から始まったプログラム「Sweden Game Arena」である。
このプログラムからは『Goat Simulator』など大ヒットゲームも誕生。その成功が大きなターニングポイントとなり、大ヒット作品が生み出されていくようになったのである。
産業面では地元経済に詳しい人が学生に無料でコーチングを行い、官公庁では無料や格安のオフィスの提供や、デモデイの実施などを行っている。なお、後者は空き家対策の一環でもあるとのことだ。
「Sweden Game Arena」が成功した理由は、インキュベーションをゲームに集中させたからだろう。当時のヨーロッパでは、ITのインキュベーションプログラムではウェブサービスなどをひとまとめにしてプログラムを組んでいることが多かった。しかし、それを「ゲーム制作」に絞り込んだのだ。
ゲーム作りに集中したい人々に対し、ビジネスとの連携をサポートすることで効率的に成長が見込めるということもわかってきたようで、現在はこれをゲーム以外の分野にも拡大しようとしているとのことだ。
ちなみに、『Goat Simulator』で成功した会社はシェブデ大学に寄付口座を作り、彼らが出した奨学金と寄付口座で博士号を取得した人が現れたそうだ。
また、今回登壇している一行は同日に「Sweden Game Conference」という技術カンファレンスにも足を運んだとのこと。「Sweden Game Arena」に所属している人たちのゲームの展示や試遊などもある、プチゲームショウとカンファレンスが一体となったようなイベントとなっていた。
黒川氏は「RPGなどのゲームはなかったため、契約するには至らなかったものの、欧米のマーケットに合うようなゲームがたくさんあった」と感想を語った。
黒川氏は自身が広島でゲームを作っており、大学の近くに設置した事務所で学生とともに制作している自身の経験と似ているところがあると語った。大学から生まれた「Sweden Game Arena」と異なり、ケムコの場合は企業側と大学が連携している。「東京では難しいかもしれないが、地方ならば企業側から動けば実現できる」と展望を述べていた。
また、永塚氏は「サイバーエージェントの場合はIPを借りてアクションRPGを作ることが多く、大きなチームで開発をする必要がある。長く運営することもあるモバイルゲームでは難しいが、チームが小さいカジュアルゲームでは『学』との連携ができるのではないか」と分析。
徳岡氏は「ジェブデという町はひとつ特異点として、見てみるのもおすすめだ」とそれぞれがセッションについて語り、パネルディスカッションを締めくくった。