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ミステリーパズルノベルゲーム『金田一耕助シリーズ 本陣殺人事件』は、情報量の多い名作推理小説の泥沼劇を “数時間” で手軽に味わえる。話者や時系列を「正しく整理」していくことで真相にたどり着く

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周囲を雪に囲まれ、侵入者の足跡が一切ない家屋の中、血だらけになって発見された二人の男女。

この不可解な密室殺人の謎を解き明かす推理小説『本陣殺人事件』は、日本で最も知られているであろう名探偵「金田一耕助」の初登場作品です。

その『本陣殺人事件』が、ミステリーノベルパズルゲームとしてゲーム化されました。

『本陣殺人事件』レビュー・評価・感想:情報量の多い名作推理小説の泥沼劇を “数時間” で手軽に味わえる_001
『金田一耕助シリーズ 本陣殺人事件』

『金田一耕助』シリーズにおいて珍しいゲーム展開であり、原作ファンとしては否が応でも期待してしまう……のですが、それと同時に、原作特有の猟奇的な展開や古い伝統・価値観は「初心者にとってハードルが高いのではないか」と心配でもありました。

というのも、『本陣殺人事件』は胃もたれを起こしてしまいそうなほどの「昭和の陰鬱さ」が描かれているからです。

しかし、そんなひとりのファンの厄介な心配は単なる考えすぎで、本作を実際にプレイしてみると、サクッと手軽に名作推理小説の物語を楽しむことができました

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これは、事件の追体験と理解が同時に進んでいくゲームシステムや、常に儚さが横たわるゲーム全体の雰囲気に依るところが大きく、本作は原作の小説とはまた違った味わいに仕上がっていると感じました。

そこで今回は、原作の良さを残しつつ、現代のプレイヤーに向けたアレンジも随所に加えられた令和の『本陣殺人事件』について語っていきたいと思います。

※この記事は『金田一耕助シリーズ 本陣殺人事件』の魅力をもっと知ってもらいたいcolyさんと電ファミ編集部のタイアップ企画です。


密室殺人の名作推理小説『本陣殺人事件』とは

さて、ゲームの話に入る前に、原作の小説『本陣殺人事件』についてお話しておきましょう。

『本陣殺人事件』は、本格推理小説の名手である横溝正史による長編推理小説。シリーズ作品が幾度となく実写映画化・ドラマ化されてきた日本屈指の有名探偵・金田一耕助の初登場作品として知られています。

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推理小説好きからすると、本作はガストン・ルルーの『黄色い部屋の秘密』や、ヴァン・ダインの『カナリア殺人事件』など、作品が執筆された当時に海外で人気を集めていた推理小説の1大ジャンル、“密室殺人” に対し真っ向勝負を挑んだ作品

建築上・構造上の問題から密室状況を作ることが難しい日本家屋を舞台に不可解な密室殺人が発生し、金田一耕助がその謎の解明に乗り出します。

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また、この『本陣殺人事件』は、1948年に「日本推理作家協会賞」を受賞

この受賞年代からもおわかりいただけますように、『金田一耕助』シリーズの舞台は昭和の時代。古い伝統や考え方、田舎の有力者にまつわるドロッドロの泥沼が描かれていることが多く、このことは『本陣殺人事件』にも共通しています。

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江戸時代、街道の宿駅として大名などが宿泊した「本陣」の一族である地元の有力者「一柳家」の中で起きた事件が描かれた『本陣殺人事件』は田舎特有の価値観だけでなく、二本の指がない「三本指の男」の存在が事件の影にチラつくなど、怪しげでワクワクするような要素が盛りだくさん。

ぜひとも多くの人に布教していきたい……ところなのですが、上記のとおり原作はあまりにも重く、気軽にオススメできない部分もありました。それを覆してくれたのが、ゲームです。ということで、ここからはゲームの話に入っていきましょう。

事件の全体像を整理しながら読み進めていく物語

『金田一耕助』シリーズに限らず、推理小説というものは事件を解決する快感に重きをおいているため、登場人物の名前や各自の関係性などの「情報量の多さ」が初心者にとってハードルになりがちです。

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『金田一耕助』シリーズの場合、田舎の有力一族の泥沼が事件の題材になっていることも多いため、特にその傾向が強いようにも感じます。

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そういった状況がある中で、ゲームは話の流れが非常に理解しやすくなっているのが好印象でした。このわかりやすさを実現しているのは、本作のゲームシステムにほかなりません。

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本作においてプレイヤーが担うのは、『本陣殺人事件』の著者が書き溜めた “覚書” の断片から話者や時系列を正しく整理していくこと。

この作業を行うことによって、忌まわしき事件にまつわる物語が少しずつ進行していくため、話の全体の流れや容疑者同士の関係性が、自然と頭の中に入っていくのです。

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このゲームデザインは『未解決事件は終わらせないといけないから』が着想の源となっているようで、クリエイター・SOMI氏に対して内容を説明のうえ、正式に承諾を得ているとのこと。

さて、事件の真相解明に焦点を当てたミステリーゲームでは、『かまいたちの夜』などに代表されるサウンドノベル、いわゆるビジュアルノベルが、その1大ジャンルとして知られているのではないでしょうか。

これらのビジュアルノベルは、プレイヤーが “当事者” の一人として事件を体験することによって物語の世界へと没入していくのに対し、本作は既に解決済みの事件の “傍観者” として事件の追体験をすることによって物語の世界に触れていくことになります。

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覚書の整理をしている最中は、殺人事件に対して一定の距離を保った傍観者であり続けるプレイヤー。こうなってくると、「物語への没入感が弱くなってしまうのではないか?」とも感じるかもしれませんが、その心配はいりません。事件における重要なシーンは、サウンドノベルのように音と文字と絵で描かれているため、没入感もしっかりと担保されています。

事件内容の整理を進めていく中に没入感を高めてくれるシーンが適宜挟まれていく本作は、既存の推理小説をノベルゲーム化する上で必要な要素を、十分に満たしていると言えるでしょう。

犯人当てのおもしろさが手軽に楽しめる

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既存の推理小説をゲーム化するうえで原作のファンとして気になってくるのは、ゲームとしての難度です。

名作として知られる推理小説は、普通に読み進めているだけでは、そのトリックや真相が皆目見当がつかないものがほとんど。一部例外的な作品はあるものの、小説のキモとなるトリックの部分がバレてしまっていては読者に脳汁を出させることは非常に難しいため、とんでもなく緻密で複雑だったり、とんでもない発想が仕掛けられていることが往々にしてあります。

数あるトリックの中でも、密室殺人やアリバイトリックは特にその傾向が強く、原作の『本陣殺人事件』も、そういった作品の中のひとつ。

この作品をゲーム化すると聞いたとき「推理の難度がとんでもない高さになってしまっているのではないか」という懸念が、ファンとしては拭い去れませんでした。

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そして、この懸念も、本作においては単なる杞憂に過ぎませんでした。

ゲームでは、 推理小説界隈の用語で言うところの “フーダニット”と“ホワイダニット”、いわゆる “犯人当て”と “犯行動機当て” の方にスポットライトが当てられているのです。

私が懸念していた難度の高い密室トリックやその他の仕掛けについては、なんと金田一耕助がすべて解き明かしてくれます。そのため、密室のトリックに対してプレイヤーがすることは「金田一耕助の推理の鮮やかさに関心すること」だけ

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要するに、本作においてプレイヤーに与えられる最大の仕事は、金田一耕助の推理を含む目の前に提示された数多の情報をもとに「この恐ろしい殺人事件を引き起こした犯人はだれなのか」、その答えを導き出すこと。

「それじゃあ、犯人当て以外に推理要素がないのか?」というと、そういうわけでは決してありません。本作では「事件のあったとき琴の音を聞いていたのは誰か?」など、事件のキーポイントとなる事柄が、物語の節々でクイズのような形でプレイヤーに出題されます。

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これらの質問も、覚書の整理作業にしっかりと取り組んでいれば迷わず答えられるものが多く、物語完結までサクッと辿り着くことができます。私がプレイにかかった時間は数時間程度。ミステリー系のゲームに慣れていない人でも、そこまで多くの時間は必要としないのではないでしょうか。

手ごろなプレイ時間で、気軽に名作の犯人当てのおもしろさを楽しむことができる。本作は、原作を知らない人や、そもそも推理小説をあまり読んだことがないという人にもオススメです。

「儚さ」が随所に感じられるゲームビジュアルがいい

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原作の『金田一耕助』シリーズの醍醐味といえば、なんと言ってもそのおどろおどろしさ。田舎の権力者や風習、現代とは異なる価値観が題材となっていることの多い作品たちは、独特の陰鬱な雰囲気に支配されています。

それに加えて事件の被害者たちが発見されるときの姿もグロテスク。強烈なインパクトを残していくことが多くあります。顔なし、首なし、首だけ、むざんやな甲の下のきりぎりす。中でも『犬神家の一族』に登場する湖の水面から両足が突き出た亡骸は、特に有名ではないでしょうか。

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さらに、『本陣殺人事件』における「三本指の男」や『犬神家の一族』の「スケキヨ」など、インパクトの強い登場人物も多く見られます。そういった登場人物たちの存在が、物語の重苦しさと不気味さに拍車をかけているのです。

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ここまでに挙げてきたような本格推理としての各要素が『金田一耕助』シリーズの魅力であることに疑いの余地はありませんが、先述のとおり個人的には、これらの要素があることで作品への取っつきにくさが生まれてしまっているとも思っております。

事実として私は推理小説やミステリーをこよなく愛し、『金田一耕助』シリーズも読み漁ってきましたが、映像化作品となると話は別。文章を読むときにはフタをしていた猟奇的な雰囲気やホラー感が映像によって露わになるため「何回でも見返したい!」……とは言えません。

これらのことを踏まえて、ゲームに目を向けてみますと、とにかくゲーム全体の雰囲気がいい

そもそも、金田一耕助の初登場作品ということもあり、『本陣殺人事件』自体がシリーズの中でもおどろおどろしさが弱めというのは事実としてあるのですが、それ以上に、本作では重苦しさや陰鬱さよりも、事件全体の儚さや虚しさが際立っているように感じられました。

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本作において儚さを演出しているもののひとつが、キャラクタービジュアルです。事件に関わる登場人物たちは、その多くが奥底に憂いや悲しさが感じられるような佇まいで、どこか心に突き刺さる魅力があります。

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このキャラクターデザインのテイストは、金田一耕助についても例外ではなく、小説の文庫本版の表紙などで描かれる金田一にはないようなアンニュイさを持ち合わせています。

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さらに言うと事件に大きく関わる謎の人物、三本指の男のデザインも素晴らしい。作中では得体の知れない非常に不気味な人物として描かれている三本指の男。この要素は残しつつも、怖さには振り切りすぎていない彼の見た目は、親しみやすいというと言いすぎかもしれませんが、少なくとも非常に受け入れやすい、嫌悪感を抱くことのないものとなっています。

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また、本作はキャラクターデザインだけではなく、要所要所で入ってくるビジュアルノベルパートの背景にも独特の味わいがあります。

どこかモヤのかかったような淡さのある絵に感じられるのは、やはり儚さ。淡い色彩の絵の中でも赤色、「血の色」は印象深く強調される形で描かれており、脳裏に焼き付くような強烈さがありました。そして、この色彩感覚が、事件の舞台である昭和初期ならではの価値観に囚われた暗さのある『本陣殺人事件』に、幻想的な風を吹き込ませているのです。

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そういった雰囲気の中で事件の深淵にまで辿り着き、そのすべての真相が明らかとなり、事件解決後の一族の顛末が筆者の口から語られたとき、そこには不思議と原作とは異なる読後感がありました

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原作のよさは残しつつ、現代の読者に向けたアレンジも加えられた本作は令和の『本陣殺人事件』として、原作ファンはもちろん『金田一耕助』シリーズに触れたことがない人でも気軽に楽しめるゲームだと思います。

『金田一耕助シリーズ 本陣殺人事件』はNintendo Switch、PC(Steam)向けに発売中。

原作 横溝正史「本陣殺人事件」(角川文庫)
© Seishi Yokomizo 1973 © coly

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