「ゼビウス」がなければ「ポケモン」は生まれなかった!?———遠藤雅伸、田尻智、杉森建がその魅力を鼎談。ゲームの歴史を紐解く連載シリーズ「ゲームの企画書」第一回

「ゼビウス」がなければ「ポケモン」は生まれなかった!?———遠藤雅伸、田尻智、杉森建がその魅力を鼎談。ゲームの歴史を紐解く連載シリーズ「ゲームの企画書」第一回

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ゲームフリークは”アーケード上がり”?

──ところで、せっかくなので、少し『ゼビウス』の話からは離れてしまうのですが、遠藤さんから見た、田尻さんや杉森さんたちゲームフリークの評価も聞いてみたいのですが。

遠藤氏:
 ゲームフリークというのは、非常にコンベンショナルで、コンサバティブな、もう頑固オヤジみたいな集団ですよね。日本的なゲームの源流みたいなものを、今でも形にしていこうというスピリットを感じますよね。最初に作ったゲームは、『クインティ』だっけ?

(C)1989 GAME FREAK inc. (C)1989 BANDAI NAMCO Entertainment Inc.

田尻氏:
 そうですね。同人誌をゲームフリークで作っているうちに、どうしてもファミコンのゲームも同人で出したくなってしまったんです。
 そうして作っていたら、やはり色んなゲームの思い出がアイディアの元になっていくんです。特に、ナムコの色んな名作ゲームが、僕の血肉になっていることに気づかされたんですね。

 そうなると、やっぱりナムコさんで販売してもらえないかな……という想いが募るわけですよ。そこで、ログイン編集部の取材で営業部によく伺っていたので、完成品をナムコさんの営業課長や部長の方に見せに行ったんです。

遠藤氏:
 まあ、結果的には、大正解だよね。ナムコは製作するゲームに、本数制限を設けてなかった(※)んですよ。他の会社だったら、たぶん出せなかったんじゃないかな。

※本数制限
ファミコンに早期から参入したサードパーティは、その初期ライセンス企業の優遇処置として本数制限なし、自社ラインで生産可能等といったメリットがあった。対象企業は、ナムコに加え、ハドソン、タイトー、コナミ、カプコン、ジャレコの六社。

田尻氏:
 そうだと思います。「良い内容なら、何本でも出せるから」と言うので、せっかくだから何ヶ月もかけて、ファミコンっぽい味つけに調整したんです。そうしたら、結果的に20万本くらい売れてしまったんですね。僕たちのゲーム制作の道が開けたのは、そこからですね。

遠藤氏:
 確かに、ファミコンらしいゲームだったね。あれはよく出来てたなあ。
 今で言うところの「ダイナミクス」を重視しているゲームで、パズルの要素もあるのだけど、本質的にはアクションゲームなんだよね。しかも、その動かし方のバランスや洗練が、もう実にナムコっぽいんですよ。

杉森氏:
 そういう部分は、確実に血肉になっていたと思いますね。

田尻氏:
 敵は4方向にしか歩けない一方で、自分は8方向に動けるんです。十字キーを斜めに入れるとジグザグに歩けるけど、敵は道に沿ってカクカクと動く。この辺は『パックマン』を意識したんです。他にも、カーブをショートカットして歩けるようにしたり、敵が絶対に歩いてこない場所をあえて作って、繰り返しプレイした人が覚えて上手くなれるという仕掛けなんかも入れました。

 こういう仕掛けは、僕がゲームセンターで体験した、あの沢山の名作ゲームの体験を意識的に取り入れたものです。『クインティ』には、そういう当時のゲーセンでのゲームをヒントにしたアイディアやオマージュがかなり複雑に入ってるんですよ。

遠藤氏:
 でも、もう自分たちのものにしてたじゃん。だって、君が手渡してくれたときに、「『ゼビウス』へのオマージュなんです」と言われたんだけど、僕にもわからないレベルだったからね(笑)。

田尻氏:
 最初に歩いて寄って来た敵が、主人公に当たる前に引き返すようになってるのは、『ゼビウス』冒頭のトーロイドへのオマージュです(笑)。

遠藤氏:
 まあ、徐々にプレイしていると、微妙に分かる気はしてきたんだけどね……。

杉森氏:
 『ゼビウス』は、僕の周りに指示するときの共通言語になってますからね。「この敵はジェミニ誘導にして作って」みたいな。そうすると、「ああ、なるほど」と言って、作ってもらえるんです(笑)。

遠藤氏:
 ゲームを作るときには、共通言語は大事だからね。

──「『クインティ』はファミコンらしい」と仰るのは、具体的にはどういう部分ですか?

遠藤氏:
 操作系やグラフィックですね。特に『クインティ』のグラフィックは、実にファミコンらしいと思います。

 ちなみに、ゲームデザインという点では、そもそもファミコンとアーケードの時代で変わったところはないんです。というか、当時の話をすると、むしろファミコンの売り文句の一つが「アーケードと同じダイナミクスが使える」ということだったくらいなんですよ。

田尻氏:
 アーケードの名作ゲームの移植も多くて、ゲームセンターの頃を生き直しているような不思議な時代でしたよね。僕も、ライターとして、自分が遊んできたアーケードゲームの移植版について、ファミコンの雑誌に書いたりしたものです。

遠藤氏:
 逆に言うと、パソコンの人たちがファミコンに来たとき、彼らは全く違うところからスタートする羽目になって、本当に苦労したんです。彼らなりに、なんとかファミコンを消化して作り上げたのが、実はRPGというジャンルなんですね。

──スクウェアやハドソンですよね。やはり、パソコンゲームから来た人は、遠藤さんの目から見ると違っていましたか。

遠藤氏:
 そもそも当時、めちゃくちゃ確執がありましたから。”アーケード上がり”、”パソコン上がり”なんて言葉があったんです。「ロクに時間の管理もできない”パソコン上がり”の野郎が」みたいな感じですよ。
 実際、パソコンゲームを出自に持つ会社って、だらだらと続けさせるようなデザインのゲームを出してたでしょう。まあ、逆に彼らからすると、「じっくりと遊ばせられない”アーケード上がり”」という話になるんですけどね。

──その文脈で言うと、ゲームフリークは”アーケード上がり”になるんですか?

遠藤氏:
 そう! そこが田尻くんたちの凄いところなんだよ。だって、実際にはアーケードゲームなんて作ってないわけでしょ。

田尻氏:
 そこは、とても重要なところだと思います。僕たちは、本当はアーケードゲームを作る道もあったんです。でも、ゲームセンターという場所で体験したことを活かして、そうじゃないゲームを作ることに決めたんです。これについては、結果的にはとても良かったんじゃないか、と判断しています。

──そういう意味では、同じRPGでも、堀井雄二さんや中村光一さんの作った『ドラゴンクエスト』はパソコンの文脈だけど、『ポケモン』はアーケードの文脈ということになるんでしょうか。

田尻氏:
 そうだと思いますよ。

遠藤氏:
 まあ、厳密にアーケードの文脈と言えるかはともかく、テイストは明らかにアーケード寄りですよね。

──ちなみに、田尻さんや杉森さんが考えるアーケードらしさって、どういうところですか?

杉森氏:
 単純なところでは、すぐに始まるところですね。長いデモとかは入れない。

──確かに、パソコンのアドベンチャーゲームは、まずはデモから始まりますからね。

杉森氏:
 僕らなんかは一刻も早く操作させたいわけだけど、やはりそういうゲームは、まずは文字を読んでからという感じがありますよね。これ、実は重要な違いなんじゃないですかね。

セガ版のテトリスは何が画期的だったのか?

──ゲームフリークのそういう精神というのは、社内でも引き継がれているのですか?

田尻氏:
 やはり、今のゲームフリークは、これまでに築いたブランドが評価されている会社なんですね。でも、『ポケモン』以外の新しいゲームを作りたい人は、やっぱり出て来るんです。僕も、そういう人には期待したいんです。

遠藤氏:
 それは、ゲームフリークの素晴らしいところだね。新人が、それまでのゲームの延長線上にあるものしか作りたがらない企業もあるからね。

田尻氏:
 まあ、新人にとっては『ポケモン』を作るのも、それはそれでプレッシャーだと思いますよ(笑)。やっぱり、売れないこともプレッシャーだけど、売れてしまうこともプレッシャーですから。

 ただ、少し前にスマホで遊べる『ソリティ馬』という競馬とトランプを合わせたゲームを出したんです。あのアプリやその3DS版が「いかにもゲームフリークが作りそう」ということで評価されていて、なんだか嬉しかったですね。
 もちろん、僕たちは『ポケモン』は作り続けるんです。でも、その一方で、ゲームフリークという組織としては、『ポケモン』じゃないものにも挑戦していくのは大事だと思うんです。その両方の組み合わせがあり、その出来栄えを見てもらうことで、「ゲームフリークのゲームって、いつも面白いよね」と言ってもらえるはずなんです。

遠藤氏:
 そこにいるのが、『ソリティ馬』の企画者の人ですよね。

『ソリティ馬』プランニング、サウンドデザイン担当の一之瀬氏。当日、収録場所のアテンド担当者として同席していたが、ここから急遽登場することに。
『ソリティ馬』プランニング、サウンドデザイン担当の一之瀬氏。当日、収録場所のアテンド担当者として同席していたが、ここから急遽登場することに。

一之瀬氏:
 ……そうですね。
 僕は、まさに社長(※)と杉森から直に「ゲームフリークイズム」みたいなものを学べた世代ですから、僕たちが下にそれを受け継がなきゃいけないと、日々思っているところなんです。

 例えば、社長が以前、「ゲームで一番良いアイディアというのは、コストがかからないで、面白くなるものだ」と教えてくれましたよね。

※社長
田尻智氏の同人誌時代からのあだ名。

田尻氏:
 そうですね。とても大切なことです。

一之瀬氏:
昔、あるゲームで僕が考えたアイディアについて、社長に3時間くらい怒られたことがあるんですよ(笑)。

 そのときに社長が出した例が、セガ版のアーケード版『テトリス』だったんです。『テトリス』は元々、上から落ちてきたブロックが下にくっついた瞬間に固定される仕様だったのを、セガはその設置にタイムラグを設けて、接地してからもしばらく左右に動かせるようにしました。その簡単な仕様変更により、一気にテトリスのゲーム性は飛躍したんだ、と。良いアイディアというのは、こういう小さな工夫でゲーム性を一気に高めるものなんだ、と教えてくれたんですね。

 実際、そのときの僕のアイディアときたら、グラフィックコストばかりが増えるアイディアで……。でも、こういうことをストイックに考えている開発者は、実は数少ない気がするんです。

──……さすがゲームフリーク、というお話ですね。しかも、そうやって怒られた人が、後に『ソリティ馬』を作った、と(笑)。ちなみに、そういう田尻さんの逸話って、他にもあったりするんですか?  最近、あまり表に出ていらっしゃらないので、田尻さんのエピソードを知りたい人も多いのかなと思うのですが……。

一之瀬氏:
 ええと(笑)、そうですね。

 以前、社長室からずっと『ドンキーコング』の音が聞こえていた時期があったんですよ。もう、毎晩毎晩、ずっと聞こえてくるんです。見かねて「社長、なんでずっと『ドンキーコング』をやってるんですか?」と聞いたら──「生前の横井軍平さん(※)が”北米版の『ドンキーコング』は完璧に作れたんだ”と言ったのを、確かめてるんだ」と答えたんですよ。

※横井軍平
任天堂で『ゲーム&ウオッチ』、『ゲームボーイ』、『バーチャルボーイ』などの開発に関わったゲームクリエイター。『ドンキーコング』は、横井が当時ソフト制作の実績がなかった宮本茂を抜擢したことで、開発された作品。

田尻氏:
 ああ、あったね(笑)。そうそう、ゲームセンターの『ドンキーコング』ですよね。

──日本版とは違う内容だったんですか?

田尻氏:
 海外の『ドンキーコング』は、日本でいうところの1面の次に4面が来る構成なんです。しかも、普通だったら4つ面作ったら、それをただループするだけでしょう。ところが、横井さんは最初の周では1面と4面、2周めは1面、3面、4面、3周めは1面、2面、3面、4面、というふうに、小さいところから回るたびに大きくなっていく不思議な構成で作っていたんです。

 ゲームというのは、全く同じアイディアで作られていても、組み合わせ方が変わると全体の印象まで変わってしまうんです。『ドンキーコング』の場合も、やはり日本で遊ぶものと、海外向けのそのバージョンでは印象が違う気がしたので、横井さんが何をお考えになったのかを徹底的に遊んで確かめてみたんです。

──なるほど……。田尻さんって、横井さんとはどういう交流があったのですか?

田尻氏:
 横井軍平さんは、僕の父親のような人でした。あの人は、ゲームフリークが任天堂でゲーム作るときの窓口だった方なんですよ。

遠藤氏:
 そうか、だから君たちは『ポケモン』をゲームボーイで作ったのか。

田尻氏:
 ええ、完成までに5年くらいかかってしまいましたけどね(笑)。
 その間、横井さんからは「じゃあ、他の仕事もしなよ」という感じで、『ヨッシーのたまご』などのゲームを作る環境をいただきました。

遠藤氏:
 まあ、本当に『ポケモン』はゲームボーイがまだ生きてて良かったな、というゲームだったもんな。

田尻氏:
 実際、出来上がる前は「ゲームボーイでゲームを作るなんて、なんて時代遅れなんだ」とか言われたものですよ(笑)。

──結果的には、息が長いハードになりましたよね。

遠藤氏:
 そりゃ、死に絶える寸前に『ポケモン』が出たからだよ。しかも、あのゲームはメディアの力じゃなくて、子どもたちの口コミでじわじわと広がっていったんだよ。その熱気から生み出された流れが、ポケットやライトやカラーなどの機種を生み出して、ついには携帯ゲーム機の市場を作ってしまったんです。

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