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【SLG編・第1回】コーエー『信長の野望』は歴史の特異点なのか? まず人類がゲームで戦争をシミュレーションしてきた歴史を省みよう【ゲーム語りの基礎教養】

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【SLG編・第1回】コーエー『信長の野望』は歴史の特異点なのか? まず人類がゲームで戦争をシミュレーションしてきた歴史を省みよう【ゲーム語りの基礎教養】_001

 シミュレーションとは、実際に行うことが困難な事象について仮想のモデルを作り、操作できるようにした模擬実験のことだ。そして、シミュレーション“ゲーム”(以下SLG)とは、それに娯楽性を持たせ、人が楽しめるようにしたコンピュータゲームの一ジャンルである――。

 さて、今回から本連載は、このSLGというジャンルの歴史を解説していく。
 しかし、上記のような「定義」を見ても分かるように、SLGはアクションやアドベンチャー、RPGのように「大きなひとつの塊」として扱われがちだ。「最も好きなゲームのジャンル」といったアンケートでも、「SLG」の一言でまとめられる光景を、しばしば見る。

 だが、冷静に考えれば、これは正気を疑う事態と言うしかない。

【SLG編・第1回】コーエー『信長の野望』は歴史の特異点なのか? まず人類がゲームで戦争をシミュレーションしてきた歴史を省みよう【ゲーム語りの基礎教養】_002
「シムシティ」シリーズ……『バンゲリング・ベイ』を作ったウィル・ライトが、1989年にリリースした都市開発シミュレーションゲームおよび、続くゲームシリーズの総称。プレイヤーは市長となり、道路や線路、発電所などを設置し、町を発展させていく。ウィル・ライトはこのゲームのためにマクシス社を創業。マクシス社はのちにエレクトロニック・アーツ社に買収されており、現在、シリーズはエレクトロニック・アーツ社から発売されている。画像は初代『シムシティ』のゲーム画面。
image by Will Wright, Maxis Software/Electronic Arts (original software); Don Hopkins, DUX Software (Unix port); Tomhannen (take screenshot); bayo (remove last reference to SimCity) [GPLv3], via Wikimedia Commons

 たとえば「三國志」シリーズ【※1】は歴史SLG、「シムシティ」シリーズは都市経営SLG、そしてパチンコ台の実機を再現する「パチ夫くん」シリーズ【※3】はパチンコSLGとも呼ばれる。このバラバラな集まりを、「パチ夫くん」と「三國志」を……一緒のものとして扱うだって?

※1 「三國志」シリーズ
1985年に光栄(当時)がPC用として発売した歴史シミュレーションゲーム『三國志』および、以後発売しているシリーズの総称。プレイヤーは、古代中国の後漢末~三国時代の君主の中から1人を選び、天下統一を目指す。のちに武将としてプレイできるシリーズ作も登場。

※2「パチ夫くん」シリーズ
ココナッツジャパンエンターテイメントが発売していたパチンコゲームのシリーズ。基本的にはパチンコをシミュレートしているが、アクションやパズルなど、さまざまな要素が強く、ゲーム然としていたことが特徴。1作目は1987年発売のファミコン用『目指せパチプロ パチ夫くん』。

 そう、シミュレート=「模倣する」対象となる「現実」がこの世の全てを含んでしまうため、SLGの捉え方も広範で散漫になるのは避けにくいのである。
 そこで、本連載SLG編の第一回では、議論を歴史的に整理していくことから始めたい。出発点に位置づけるのは、「元祖SLG」というべき「ウォー(戦争)ゲーム」【※】だ。

※紙などで作ったマップと駒を用いて、実際に歴史上で起きた戦争あるいは架空の戦争をテーマに、プレイヤー同士が対戦して遊ぶゲーム。

 なぜウォーゲームがSLGの原点かといえば、理由はシンプルだ。原理的に、コンピュータが普及する前に存在できた唯一のSLGだからだ。

 そもそもドライブゲームや飛行機シミュレータは、実機の挙動をリアルタイムで再現する計算能力が必要とされ、サイコロなどアナログ的手法を用いてその計算を行うのは不可能だ。
 では経営SLGはどうかと言えば、実はこっちもコンピュータありきの存在だ。部下に命令し、資産を最適に配分し……と外部と関わりなく組織内で完結する「一人遊び」の比重が大きい経営SLGは、やはりPCやゲーム機なしにはありえない。

【SLG編・第1回】コーエー『信長の野望』は歴史の特異点なのか? まず人類がゲームで戦争をシミュレーションしてきた歴史を省みよう【ゲーム語りの基礎教養】_003
アクワイア……1962年に、アメリカのシド・サクソン氏によって創案されたボードゲーム。ホテルチェーンのM&A(合併と買収)合戦によるマネーゲームをシミュレートした作品。画像はHasbro版。
Image by Chunky Rice.  Licensed under the terms of cc-by-3.0.)

 むろん、たとえばホテルチェーンの投資と合併をテーマにした古典的ボードゲーム『アクワイア』は経営SLGっぽくはある。だが、「複数のプレイヤーが争う」という体を取り、限られたパイを奪い合い、株券を買って他人のチェーンに乗っかるという遊び方は、やはり従来のボードゲームの延長線上にあるものだ。

 それに対して、ウォーゲームもまた人間同士の闘争を原型にしたものだが、プレイヤーが「国家」や「軍隊」を演じるとすれば、ウォーゲームは「戦争の模倣」となる。ここで人間プレイヤーの一人をコンピュータに置き換えれば、最も原始的な戦争SLGが生まれるわけだ。

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信長の野望……1983年に光栄(当時)から発売された、パソコン用シミュレーションゲーム。多くの機種に移植された。最初のバージョンは、地図の範囲が本州中央部に限られていた。後に『信長の野望・全国版』が登場して、日本全域で遊べるようになった。画像はオンラインコード版。
(画像はAmazonより)

 そんなウォーゲームを起点とした初期SLGの日本における黎明期にして偉大なゴールは、初代『信長の野望』だろう。もちろんそれ以前にもPC用ウォーゲームは存在していたし、『信長の野望』は日本初のSLGではない。だが、商業的に大成功を記録し、国内に「アクション性がないSLG」が根付く礎を作ったパイオニアではある。

 しかし、「信長」の凄さは、それだけではないーーという詳細は、追い追い語るとしよう。それでは、まずはコンピュータゲーム以前のウォーゲームの歩みに付き合っていただきたい。

米国でのウォーゲームの進化と日本上陸

 まず先に、ウォーゲームが普及したスタート地点を確認しよう。

 それは1954年――チャールズ ・ S ・ ロバーツ【※1】商業ベース初と言われるウォーゲーム『タクティクス』【※2】を自費出版した年になるだろう。第二次世界大戦後、戦争に対する関心の高まりでウォーゲームは広く知られるようになってはいたが、一般に普及したスタート地点はここだと言ってよい。

 その商業的成功により1958年に創業したアバロンヒル社【※3】は、本作を改訂した上で同年『タクティクスⅡ』を発売する。これは「大戦略」【※4】開発秘話で開発者の一人・福田氏が言及していたものだ。

無職の青年が持ち込んだゲームが歴史を変えた。約20年ぶりに再会を果たした初期メンバーが語る「大戦略」開発秘話

※1 この世界の片隅に
こうの史代によるマンガおよび、これを原作として2016年に公開された片渕須直監督による長編アニメーション映画。第二次世界大戦中の呉~広島を舞台とし、激化する戦時下で市井の人として暮らす少女すずが終戦を迎えるまでの暮らしや悲しみを描く。

※2 ミッドウェイ
北太平洋のハワイ諸島北西にある環礁で、ミッドウェイ諸島やミッドウェイ環礁などとも呼ばれる。

※3 山本五十六連合艦隊長官
1884年生まれの海軍軍人。太平洋戦争時に連合艦隊の司令長官を務め、真珠湾攻撃やマレー沖海戦などを成功に導き、1943年の海軍甲事件にて戦死している。「やってみせ/言って聞かせて/させてみて/ほめてやらねば/人は動かじ」という言葉も有名。

 ――ところがいざサイコロを振ってみたところ、思わぬ結果が出た。アメリカ軍に不意打ちされた日本軍は、空母2隻沈没、さらに1隻が大破してしまったのだ!

 しかしここで、審判役の宇垣は「アメリカ軍の命中弾は3分の1とする」として、被害を過小評価してしまう。さらには、攻撃で沈んだはずの空母加賀が浮かび上がり、次のフィジー、サモア海戦にも参加していたという、実にいい加減なシミュレーションだった。

 読者は、もうおわかりだろう。「ダイスの目を誤魔化すものは報いを受ける」――。このデタラメなシミュレーションの代償は、そんな言葉でまとめるには、あまりに大きいものだった。なぜなら、後の現実のミッドウェー海戦も、ほとんど同じ結果に終わったのだから。

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 本稿でも名前が上がった徳岡正肇氏のインタビューもあわせてお楽しみください。ライター・ジャーナリストであると同時に“ウォーゲーマー”でもある氏が「ウォーゲームは人生のおいしいところをつまめるんです」と語る理由とは?

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著者
【SLG編・第1回】コーエー『信長の野望』は歴史の特異点なのか? まず人類がゲームで戦争をシミュレーションしてきた歴史を省みよう【ゲーム語りの基礎教養】_017
多根 清史
ゲームやアニメを中心に活躍するフリーライター。著書に『教養としてのゲーム史』、共著に『超ファミコン』など。
Twitter:@bigburn(写真は筑摩書房ウェブサイトより)

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