『ダンジョン飯』。
「ダンジョンに潜り、迷宮内のモンスターを討伐して調理する」というユニークなテーマと、迷宮内で描かれる個性豊かなキャラクターや緻密な人間関係、奥深い世界観などが魅力的な漫画作品。現在アニメ化もされ、世界中の冒険者が『ダンジョン飯』の世界観に魅了されている。
だから、ぼんやりと「この作品は、食べ物と人間が好きな人が描いているのかな」と思っていた。あれだけ美味しそうな食事の描写と、繊細な人間関係やキャラクターの構築。きっと、それが好きでたまらない人が描いているはず。
でも、実のところ作者の九井諒子先生は、「食も人間関係も、苦手なもの」なのだという。
では、なぜ「苦手なもの」を描き続けられたのか?
およそ10年に渡った連載の中、「嫌いなもの」に向き合い続けた。そんな九井先生の、独特な創作術に迫る……と同時に、九井先生の「好きなもの」にも迫っている。
それが、「ゲーム」!
詳しい方はもうご存知かもしれないけど、九井先生はかなりのゲーマーでもある。そして『ダンジョン飯』にも、『ウィザードリィ』などを中心としたRPGからの影響が強く反映されているらしい。
結果として、「九井先生の好きなものと嫌いなものをいっぱい聞いてみました」というのが、今回のインタビューとなった。好きなもの、嫌いなもの。それはあらゆる興味と好奇心の源流。
では、どうやってそれを「創作」に活かすのか?
その源流は、『ダンジョン飯』において、どのように現れているのか?
あの魅力的なキャラクターは、奥深い世界観は、どのように構築されていったのか。「完結後だから話せること」を、原作者の九井諒子先生と、今作の担当編集を務めた広井優氏にたっぷりとお聞きした。
まさに、大迷宮くらいのボリュームでお届けしよう。
ぜひ、最終階まで踏破してほしい!
ダンジョン飯。それは食うか食われるか。
そこには上も下もなく、ただひたすらに食は生の特権であった。
ダンジョン飯。ああ、ダンジョン飯。
最初に聞きたい、九井先生とゲームの出会い
──今回は、『ダンジョン飯』の源流となっている「ゲームからの影響」を中心にお聞きしていければと思います。まず、九井先生の原体験となっているゲームは、どういったタイトルなのでしょうか?
九井諒子氏(以下、九井氏):
オーソドックスに、『ドラクエ』や『FF』といったRPGを遊んでいました。
おそらく初めて触ったゲーム機はファミコンだったと思うのですが、たしか親が懸賞で当ててきたものだったんです。だから、ファミコンはいつの間にか家にありました。その次のスーファミとPS1は親に買ってもらったのかな……。
そこからPS2あたりの時期はちょっとゲームから離れていたのですが、PS4くらいの時期になって、ようやく自分の稼いだお金でゲームを買えるようになりました。
──PS2あたりの時期は、どうしてゲームから離れられていたのでしょう?
九井氏:
単純に受験をしなくちゃいけなくて、「まぁゲームしてちゃダメだよね」と離れました。そこからひとり暮らしを始めると、テレビがないからゲームを遊べませんでした。パソコンもMacでしたし。
──そこからもう一度「ゲームを遊ぼう」と思ったのは、なにかキッカケがあったのでしょうか。
九井氏:
そこは『ダンジョン飯』の連載を始めたのが、一番大きかったと思います。
「ファンタジー」って、みんなそれぞれ設定が違うし、一方で共通するものもあります。たとえば、「ファンタジー作品を作ろう」と思っても、『ドラクエ』しかファンタジーを知らなかった場合、それは『ドラクエ』になっちゃいます。ひとつの作品の設定だけ模倣してしまうのは怖いですよね。
だから、とにかくいろいろなファンタジーのゲームを遊びまくり、「この辺が最大公約数的なファンタジーの共通認識かな?」ということを、一応頭に入れておきたかったんです。
──それは、『ダンジョン飯』の構想を練っている段階から遊び始められたのでしょうか?
九井氏:
そうですね。「ご飯を食べる」話にするからには遊ばなくちゃな、と思ったのが「ご飯を食べるシステムがあるゲーム」です。
そこで気になっていたのが、『ダンジョンマスター』【※1】でした。ただ、『ダンジョンマスター』は当時手軽に実機で遊べる手段がなかったので、Macでもプレイできる『Legend of Grimrock』で遊びました。
それまでは海外ゲームやPCで遊ぶゲームに対してハードルを感じていたのですが、そこでひとつ越えられた感じがして。「あ、結構簡単なんだな」と思って、いろいろ遊び始めたのだと思います。
──その2作はRPGの中でも結構重めなタイトルだと思うのですが、実際そこまで苦戦はなさらなかったのでしょうか?
九井氏:
いや……どちらかというと「売れてるゲームはやっぱり遊びやすいな」という感想ですね(笑)。
私自身ゲームはそこまで上手くないので、難易度を調整できるタイトルは、めちゃくちゃ簡単な難易度で遊んでいます。だから、難易度を下げられるゲームには、いつも助けられています。
※1「ダンジョンマスター」「Legend of Grimrock」
前者の『ダンジョンマスター』は、1987年に発売されたコンピュータRPG。ダンジョン内で移動・戦闘・休憩といった行動を取るたびに時間の経過が発生するため、プレイヤーの行動に応じてリアルタイムで進行することが最大の特徴。後者の『Legend of Grimrock』は、2012年に発売されたアクションRPG。『ダンジョンマスター』ライクなゲームデザインとなっている。
──RPG以外にも『十三機兵防衛圏』や『パラノマサイト FILE23 本所七不思議』といったゲームもお好きだとお聞きしたのですが、九井先生の中で「好きなジャンル」はあったりするのでしょうか。
九井氏:
たぶん、「頭を使って試行錯誤する」感じのゲームがあんまり上手くないんです。
でも、RPGはとにかくレベルを上げて連打していれば勝てるし、ゲームも進みます。あと、ノベルタイプのゲームも、テキストを読んでいれば進められます。そんな消去法で、RPGとテキストを読むタイプのゲームは結構好きです。
個人的には、テキストが多くて、見下ろし型で、マップも探索できる『Disco Elysium』【※2】みたいなタイプのゲームが一番好きですね。
……なんか、我ながらすごい消極的な理由ですね(笑)。
一同:
(笑)。
広井優氏(以下、広井氏):
でも、九井さんは本当にかなりの本数をプレイされてますよね。
九井氏:
いや、たくさんプレイできているのはかなり薄情な遊び方をしているからで……。
とりあえず買ってみて、触って、そのままなんとなくもうプレイしないことも多いです。だから、クリアまで行くタイトルはそこまで多くなくて……1年に数本です。40本前後遊んで、5~6本クリアしたらいい方です。
「コミティアで描いていいですか」と言ったら、怒られました
──デジタルのRPG以外にも「ファンタジー」に触れられたりはしていたのでしょうか?
九井氏:
ゲームだけじゃなくて、昔から海外のファンタジー小説が好きだったのも大きいと思います。『果てしない物語』や『指輪物語』『ナルニア国物語』などを買い与えてもらっていたので。
──『ダンジョン飯』からは、いわゆる『ドラクエ』のような日本ファンタジーというより、そういったゲームブックやTRPGのような「洋ファンタジー」の雰囲気を感じます。
広井氏:
たしか、連載が始まる前に九井さんの家に行ったんですよ。その時はまだ、何度もボツにしていた「脳の中を描く」というSF漫画のネームの相談をしていました。
九井さんはそのSF漫画を連載にしたいと言っていて……4稿目のくらいの時に「いや、これはもう無理じゃない?」と言いながら机の横にあった落書きのメモを見た時には、もうすでに「ダンジョン飯の原型」が描かれていましたよ?(笑)
九井氏:
……………いや、あんまり覚えてないです(笑)。
一同:
(笑)。
九井氏:
でも、連載を始める前から『ウィザードリィ』みたいな、「薄暗いダンジョンを探索する漫画」を描きたいとは思っていました。
もともと小学生の頃からノートに鉛筆で描いてた漫画も剣と魔法のファンタジーばかりだったので、一度はちゃんとした作品を描いておきたいなという気持ちがありました。でも、当時の書店には今ほどファンタジーの漫画がなくて「ファンタジーは売れないのかな」と思っていたんですよね。
広井氏:
当時、pixivをはじめとした絵を描く人が集まるネットコミュニティーには、ファンタジーのイラストを上げている10代~20代の人たちがたくさんいて、九井さんもそのうちのひとりでした。
だから、私としては「ファンタジーを描きたがっている人がこんなにいるんだから、この世代に向かってファンタジーを描いたら売れるんじゃない?」と思っていたんです。
そして、九井さんのメモを見た時に、自分の中でも「変にひねくれていないで、ファンタジー漫画をやろう」と思ったんですよね。
九井氏:
でも、その「ダンジョンを探索する漫画」は当初趣味でやろうと思っていたので……広井さんに「まずコミティアで描いていいですか?」と聞いたら、怒られました。
一同:
(笑)。
広井氏:
「コミティアで描くならちゃんと連載で描いてよ!」と言って(笑)。
でも、その時点で九井さんは短編集が2冊出ていた上に、重版もかかっていました。要するに、連載開始前から一定のファンがいらっしゃったんですね。
そこで、「そのファンの人たちに向けて純ファンタジーを描くのであれば、大失敗はないんじゃないか?」と判断しました。もしダメだったとしても、「やっぱりファンタジーは難しいね」という経験も得られますから。
──ちなみに、九井先生と広井さんの間で、「ファンタジーが売れない」ことに関する議論などはあったのでしょうか?
九井氏:
たしか、「ファンタジー漫画って売れないんですかね?」「なんか難しいっぽいね」という話をふんわりした記憶はあります。ライトノベルはあまり詳しくないので、ずっとあったかも。
でも、同時期にファンタジーを扱った漫画がいろいろと出てきたので、たぶん「過渡期」だったのかもしれないですね。ちょうどみんな「描きたいぜ」「読みたいぜ」という思いが高まってきた頃だったのかも。
私が好きなものは、みんなそれほど興味ない
──それこそ、『ダンジョン飯』はファンタジーというジャンルに新たな風を吹き込んだタイトルだと感じています。「ファンタジー」を扱うにあたっての設定や世界観の構築などは、どのように行われていたのでしょうか?
九井氏:
基本的に、「私が好きなものはみんなそれほど興味ない」と思うようにしています。
どうでもいい設定を延々と考えるのが好きなんですが、「実際にこの設定を漫画にした時、みんなは多分この話に興味がないな」と思う瞬間があったりします。なので興味をもってもらえるものを入れたり、集中力を削ぐものはなるべく削ったり……。
たとえば、『ダンジョン飯』でも当初はみんなにいろいろな国の言葉をしゃべらせたかったんです。その上で「この人は一か国語しかしゃべれない」といったキャラづけをしたかったんですが……広井さんから「それはやめとけ」って(笑)。
一同:
(笑)。
九井氏:
自分で描いていても、「この設定を説明するのに6コマ以上はいるな……」と思うし、必要以上に設定を語ってしまうと、話のテンポも悪くなります。
しかも『ダンジョン飯』は月刊連載だったので、週刊と違ってあまり余計な話をしているヒマがありませんでした。具体的には、ひと月に30ページ前後でひとつのエピソードを描く必要がありました。
そうなると、「実は裏でこんなことを考えていた」「実は二か国語をしゃべれる」といった設定を入れているヒマが、全然ありませんでした。だから、なにか明確な取捨選択があったというより、「普通にやっているヒマがなかった」ということが結構あります。もし週刊連載だったら、もっと入れていたかもしれないです。
──チルチャックが母国語で罵倒しているシーンは、割と「ねじこめた」感じなのでしょうか。
九井氏:
そうですね(笑)。
「1コマでいける……チャンス!」という感じで。
──そういった「架空の言語」に関しても、すべて考えきっているわけではないということですか。
九井氏:
もしその作品がライフワークで、「一生をかけてこの世界を作り上げていく」という場合には考えた方が楽しいと思いますが……当初、『ダンジョン飯』は数年で終わると思っていましたし。
広井氏:
当初は「5巻くらい続いたらいいね」とか言ってましたよね(笑)。
ただ、九井さんの初稿は本当にネタが多くて……やっぱり編集側は削ることが多いですね。読者的には読みたい部分だとは理解しているのですが、本筋からズレてしまう部分は削ります。だからもう、「削られたくない作者」と「削りたい編集」の戦いですよね。
──ちなみに「削りたい部分」と「削られたくない部分」ではどういったやり取りがあったのでしょうか。
九井氏:
毎回たくさんありましたけど、今となっては具体的に思い出せませんね……削られるのって本当にどうでもいい小ネタなので。
炎竜で作ったソーセージが血だまりに戻っていくという場面は、「これいらないでしょ」と言って削られそうになったのを、「あとで要るから!」といって必死に阻止した記憶はあります。削られなくてよかったです。
でも、一度設定を考えると入れたくなっちゃうし、削られちゃうから、最初は世界をそんなに広げたくなかったんです。
お話もダンジョンの中だけで完結させようと思っていました。なるべく国の名前も出したくなかったし、キャラクターに名字もつけたくなかった。でも、後半になって広井さんから「世界が狭いから、もっと大きくした方がいい」と言われるようになって、「いいの!?」って。
──広井さんは、どうしてそういったことをおっしゃられていたのでしょう?
広井氏:
後半になるにつれて、『ダンジョン飯』という作品が「ダンジョンで妹を救うだけの話」ではなくなってしまったんです。そこで「世界の運命を左右する話なのに、外の世界が全く関わらないのは説得力がないのでは?」と判断しました。
たとえば、現実の会社でもなにか重要な決定を下そうと思った時ほど、上長のランクが上がっていくじゃないですか。そう考えた時、ライオスたちだけで世界の運命を決定することにやっぱり違和感がありました。「一切外部に知られずに、その決定ができるわけないのでは?」と。
広井氏:
それこそあの場にカナリア隊がいるということは、その事実を向こうの上長が知らないわけがないんです。ここには絶対に報・連・相があるはずですし、「社会」や「組織」とはそういうものですよね。
要するに、その状況に対して「世界を救うことに組織が関わるとして、現代の社会システムを鑑みてどのくらいの説得力を持たせられるか」を考えていたのだと思います。
九井氏:
一応、話の筋が変わっているわけではないです。
最初から「世界を救う話」を描くつもりではあったのですが、私としては「ダンジョンの中で、一部の人だけが事情を知りながら世界を救う」ことも可能だと思っていました。そこに、広井さんが説得力を考えてくださった形ですね。
前半を描いていた頃、広井さんからは「まだ何もしなくていい」と言われたんです。私ははやくストーリーを進めなくちゃ、世界観の説明をしなくちゃって焦っていたんですが、「4巻くらいまでは4人の紹介に留めた方がいい」と言われて。なのに、後半は「もっと人を出せ、世界を広くしろ」って……。
一同:
(笑)。
広井氏:
九井さんとしては「当初と言ってることが違うじゃねーか!」と(笑)。
でも、両方とも意味があったんです……。
九井氏:
私のほうが「そこで世界を広げたら(話が)終わらないでしょう……?」と言ったりして……。
改めて最後まで描いてみて、「抑えるところと広げるところの塩梅は、思っていた通りにはいかないな」と痛感しました。『ダンジョン飯』の連載が長引いてしまったのは、この理由もあると思います。
──ですが、『ダンジョン飯』は登場人物も多く登場していて、人間関係も複雑に構築されています。それこそ『胎界主』【※3】の相関図も九井先生が作られたとお聞きしましたが……。
九井氏:
いや、作ってないです!
※3「胎界主」
鮒寿司(ふなことつか)によるフルカラーWeb漫画作品。2005年にホームページ上で連載が開始され、現在も連載中。独特な世界観などにより、ネットを中心に根強いファンを得ている。
──えっ、違うんですか!?
九井氏:
正確には、「wikiのアカウントを取っただけ」ですね。
『胎界主』を読み始めた時、設定の難しさや登場人物の多さに苦労して……「説明や登場人物一覧があれば読みやすいのに」と思いました。
それで読者が感想を交わし合ってる掲示板を探して「まとめのようなものはないのか」と聞いたら「ない」とのことだったので。「じゃあ場所があれば詳しい人がまとめてくれるかな?」と思い、wikiのアカウントだけ取りました。
だから、編集そのものはしていないんです。いつの間にか他の人の手柄を横取りした形になっていて、申し訳ないです……。