九井先生にとっての「絵がかわいいゲーム」
九井氏:
全然話が変わってしまうのですが、ライターさんは『サガフロ2』【※5】を遊ばれてましたよね。『サガフロ2』のドット絵、すごくかわいくないですか?
──『サガフロ2』のドット絵は……最高ですよね!
九井氏:
『サガフロ2』の絵は、あの絶妙なバランスがすごくて……あれを絵で表現しようとすると、あのかわいさが再現できないんですよね。「絶妙な頭身」というか。
──九井先生的に、「絵がかわいいゲーム」はあったりしますか?
九井氏:
やっぱり、真っ先に思い浮かぶのは『サガフロ2』ですね。あと、『ファイナルファンタジー タクティクス』【※6】のキャラデザがすごくかわいかったのは今でも覚えています。
でも、昔は『FF7』のキャラクターをトレスとかしていましたね。
「世の中にはこんなにカッコいい絵柄があるんだ……」と思いました(笑)。
広井氏:
野村(哲也)さんの絵はやっぱりすごいですよね!
九井氏:
トレーシングペーパーでクラウドとエアリスをなぞって、ひとりで静かに「カッコいい……」と盛り上がってましたね。
九井氏:
『ダンジョン飯』のアニメに関わらせてもらう中で、ひとつ気づいたことがあって……基本的にゲームやアニメって、多くの人で作り上げるものじゃないですか。だから、「多くの人がいろいろな意見を出して作っているんだろうな」と、ずっと思っていました。
でも、現場に入って「結構ひとりの力が大きいんだな」と気づきました。これが割と意外だったんですよね。脚本や絵コンテを作る人も複数人いて、それぞれ担当を持って作っているのかなと思っていたのですが……割とひとりの力が大きいですよね。
──どれだけ分業化しても、それをまとめ上げるディレクターや監督の存在は重要ですよね。
九井氏:
そう、結局「音頭を取る人」の力によって左右されるというか……。
ただ、それと同時に脚本や絵コンテがわかれている分業スタイルは、漫画だと絶対にできないことでもあると思います。結局ひとりの頭ですべてを作らないといけないから、どうしても「偏り」が生まれてしまうんですよね。だから個人的には、「ひとりの頭の中で作られた世界」になってしまうのが嫌だなという気持ちはあったりします。
広井氏:
ただ、漫画に限らず小説なども、個人の作家性が強く出ますよね。
「思想」とまでは言わないですけど……その人の考え方が強く出るというか。
九井氏:
それで言うと、インディーゲームなどのひとりでゲームを作られている人もすごいですよね。
よく漫画家は「ひとりで絵も話も全部考えている」と言われますが、音楽もプログラミングも絵もひとりで作っている個人ゲーム制作者の方には、かなわないなと思います。
しかも、漫画以上に完成するまで誰の判断も得られない。そう考えると、個人ゲーム制作はマジの「ひとりの戦い」ですよね。同時に、そういう「あまりコストを考えて作られていない作品」が結構あるのがゲームの好きなところで……私はそれをちょっとすすって楽しんでいますね。
──九井先生自身は、「ゲームを作ろう」とは思われないのでしょうか?
九井氏:
私は昔、『RPGツクール』を買って見事に頓挫しているので……(笑)。
一同:
(笑)。
『ダンジョン飯』に大きく影響を与えた「古典系RPG」への愛
──それだけSteamなどで多くのタイトルを遊ばれている九井先生にお聞きしてみたいのですが、なにか「ゲームを遊んでいて困ったこと」などはあったりしますか?
九井氏:
シンプルに「動かないゲーム」は困ります(笑)。
Steamの個人で作られているゲームだと、たまにあったりして……レビューも全然ついてないから、直接問い合わせる以外、対策がないんです。「どうしたらいいんだろう?」と困ったことが何回かありますね。
他にも、たまたまSteamのトップに出てきたタイトルを買うこともあります。「なんかグラフィックがかわいいからやってみよう」と思って遊んだら、枠組み以外未完成だったこともありました。
──もうそのくらいメジャーではないタイトルも遊ばれるんですね。
九井氏:
あと、『Disco Elysium』に影響を与えたと言われている『Planescape: Torment』【※7】を遊んだ時のことが、かなり印象的でした。
プレイしている最中、「身体中が臭くなってベトベトになる」という最悪な呪いをかけられて困っているキャラが出てきたんです。その呪いをかけたNPCに解呪を頼むクエストが発生していたのですが、いざ呪いを解いてくれるようにお願いしたら、逆にこっちが「しゃっくりが止まらなくなる呪い」をかけられて……。
だから、その辺の街を歩いている時もずっと「ヒック」というしゃっくりのダイアログが出るようになったんです。しかも、そのたびに0.1秒くらいしゃっくりで硬直します。ダイアログも全部「ヒック」で埋まるし。とにかく、微妙に困る呪いでした。
これも全然対処法がわからなかったので、とりあえず呪いをかけてきたNPCを殺してみたんです。そのNPCから「殺してみたらその呪いが解けるかもよ?」という挑発も受けていたので、試しに殺してみたら……全然解けなくて(笑)。
一同:
(笑)。
九井氏:
もしかしたら他の場所でクエストが進展するかもと思い、あちこちを歩き回ってみたのですが、呪いは結局解けませんでした。どうしても気になったので、海外の情報交換のスレッドを遡ってみたところ、「何も考えずに重要なNPCを殺すとどうなるかわかっただろう?」みたいな説教が出てきました。
そこで、「もうこの呪いは二度と解けないらしい」ということだけがうっすらとわかりました。巻き戻すにしてもオートセーブだったので、ほぼ最初の状態まで戻らなきゃいけなくなって……本当にもう……困りました!
──しかし『Planescape: Torment』とは、中々すごいところを突きますね。それもSteamを見ていて、たまたま目に入ったような形なのでしょうか?
九井氏:
元々『バルダーズ・ゲート』のような系統のゲームが好きだったので、『Planescape』もそこから入ったのだと思います。
あと、『Planescape』のすごいテキスト量を個人の方がひとりで翻訳されている……という情報を目にした。私はあまり英語が得意ではないし、『Planescape』のようなゲームはそもそものテキスト量が多いので、日本語訳されていないと手も足も出ないんですよね。
でも、『Planescape』のように奇特な方が人生の貴重な時間を使って偉業を成し遂げてくれたりするので……すごくありがたく感じます。
──やはり九井先生はどちらかというと古典寄りのゲームがお好きなのでしょうか。
九井氏:
そうですね。初めて遊んだ『The Elder Scrolls V: Skyrim』【※8】があまりに面白くて、「スカイリム 似たようなゲーム」で検索して出てきたゲームを色々遊びました。
どれも『スカイリム』とは全然違うゲームだったのですが、面白かったですね。ただ、「古いゲーム」が好きなわけではないです。基本的には新しいものの方が、洗練されていてうまく作られてると思いますね。
──それこそ『ダンジョン飯』に影響を与えている『ウィザードリィ』も、古典系の作品になりますよね。
九井氏:
子供の頃、私の父が『ウィザードリィV 災渦の中心』をプレイしているところを見ていたんですよね。そこから時間が経ち、大人になってからふと「そういえばなんかウィザードリィっていうゲームあったな」と思い出して……その時実際にプレイしたのが『ウィザードリィⅥ 禁断の魔筆』でした。
一応『ウィザードリィV』もプレイしたのですが、呪文を唱えないとマップが見られないのが辛かったんですよね。方向音痴だったので、手元に攻略本を用意していても進められなくなってしまいました。
──ちなみに、TRPGの『D&D』などではなく、『ウィザードリィ』の方が「これを漫画にしてみたい」という思いが強かったのでしょうか?
九井氏:
ファンタジーを調べていた時期に『D&D』もよく名前が挙げられていたのですが……そもそもそれまで「TRPG」の存在を知らなかったんです。まず友達がいないとプレイできないし、「みんなそんな遊び方ができる友達がいるんだ……!?」ということが衝撃でした。
一同:
(笑)。
九井氏:
だから、WikipediaなどでTRPGの項目を調べたりした時も、本当にこんな遊びが行われていることを全然想像できなくて。「えっ、本当にロールプレイするんですか……?人前で?」という困惑の方が大きかったですね。
そこからYouTubeでリプレイ動画などを見て、初めて「こういうことが行われていたんだ」と納得できました。
ゲーム、漫画、小説。あらゆる創作物は何のためにあるのか
──逆に、九井先生が直近でプレイされたゲームはなんでしょう?
九井氏:
最近は『Let’s School』という学校経営のゲームを遊びました。
『My Time at Sandrock』などを作っていた中国の会社のゲームですね。
広井氏:
九井さん、ホントにそういうゲーム好きですよね……(笑)。
あれ? 『FF7 リバース』はやってないんですか?
九井氏:
『FF7』のリメイクは完結したらやろうかなと。
広井氏:
いやいや、今のうちにやらないと終わらないから!
ずっと先になるよ!
──正直、私も『FF7 リバース』が出るまで10年くらいかかるんじゃないかと思ってました。
広井氏:
私もそのくらいかかるかなと……本当に「私の目が見えるうちに完結してほしい」と思ってました。だから、やってよ!
九井氏:
完結したらね……一気に遊びたいから(笑)。
──九井先生と広井さんの間で、ゲームについて話されることは多いんですか?
広井氏:
九井さんから「このゲームについて話したいから遊んでほしい」と言われることはありますね。『Red Dead Redemption』などは、そこからプレイしました。あと、だいぶ前ですが『十三機兵防衛圏』も九井さんからオススメされましたよ。
九井氏:
誰かと内容について話し合いたいゲームがあるときは、とりあえず広井さんにオススメします。
でも、最近はあまりゲームを遊ばなくなったかもしれないです。これまでは「仕事のため」と思って遊んでいたのですが、連載が終わったいまはプレイする本数も減りましたね。
しかも、私はひとつのゲームをそこまでやりこむタイプではなくて……周回プレイも基本的にはしませんし、ストーリーを終えたらそこで満足することが多いです。
広井氏:
じゃあ、早く連載始めないとね。
一同:
(笑)。
──個人的にお聞きしたいのですが、九井先生の「おすすめのインディーゲーム」はあったりしますか?
九井氏:
『Papers, Please』と『Return of the Obra Dinn』は、すごくオススメです。
まず『Papers, Please』はシンプルな「間違い探し」のゲームだから、私も最初はあまり期待していなかったんです。でも、遊んでみたら、ちゃんと「世界がある」感じがしました。あと、普通にストーリーの続きが気になるんですよね。
そして『Return of the Obra Dinn』も、雰囲気がよかったですね。謎解きはよく見ればちゃんとヒントがあるけど、ごり押しもいける丁度いいバランスで、音楽と演出もかっこよかった。
広井氏:
そういえば、連載が終わってから小説を結構読んでましたよね?
九井氏:
あぁ、『1984年』【※9】ですか?
あれはよかったですね……。
私はずっと、創作は生活に必要ないのではないかと思うことがあって……。娯楽だから、生きるために必須なものではない。でも、この『1984年』を読んで、「やはり創作というものは必要だな」と思いました。
実現してはいけないものを体験したり、よくないものに備えたり、他人を理解するための「備え」としての物語が、人間には必要なのではないか……と。「そんなのもっと若い頃にわかるだろ」と思われるかもしれないのですが、自分としてはいたく感動しましたね。
九井氏:
とにかく、「作品を通して、知ることのなかったものを知れるといいよね」という気持ちはあります。
広井氏:
……なんか、全体的にちょっと楽しくゲームの話をしただけな気がします(笑)。
九井氏:
ひたすら、インタビューにかこつけてゲームの話をしましたね(笑)。
──いえいえ、こちらこそ貴重なお話をありがとうございました!(了)
「嫌いなものに興味がある」という気持ち、ちょっとわかる気がする。
「好きなもの」を「なぜ好きなのか?」と分析するのは簡単だけど、「嫌いなもの」を「なぜ嫌いなのか?」と分析するのは、意外と難しい。そしてその理由を把握した時、「なぜ嫌いなのか」の方が、身になっていることが多い気がする。
もしかしたら、創作物は「嫌いなもの」を理解するためにも、存在しているのかもしれない。
そんなことを考えてしまう、濃い「創作のお話」をたっぷりとお聞きしました。あと九井先生がゲーム好きすぎる。広井さんも結構ゲーム好きだし。真剣な話とゲーム談義が交互に飛んでくるので、情緒が迷子になる内容だったかもしれません。でも、『ダンジョン飯』もこんな空気感だった気がする。
もし『ダンジョン飯』を読んでいない方がいたら、ぜひこの機会に読んでみてほしい。いつかの日の、楽しい冒険が描かれている。その上で、いつか来る「なにか」に備えられるかもしれない。もちろん、漫画としても最高に面白い。間違いなく、現代最高峰の「娯楽」のひとつだと思います。
どうして体は生きたがるのか?
心に何を求めてるのか?
それは、好きなものと嫌いなものを追いかける「欲望」があるから。「嫌いなもの」は、実のところ「好きなもの」と同じくらい大切なもの。創作物や娯楽を通し、自分にとっての「好きと嫌い」を理解して、人間は「なにか」に備えられる。食べ物も、創作物も、人が成長するためには同じくらい大切なもの。
……というと、いい感じにオチがつくような、そうでもないような。
食事をすること。創作物に触れること。
まさしくそれは生の特権。
生きるためには、食べ続けなくてはならない。
さあ、食事の時間だ。今日は何を食べようか!