食に「罪悪感」があるところから、連載が始まっている?
──『ダンジョン飯』は、当初「モンスターを調理する」というキャッチーな流れで始まり、少しずつダークな側面や奥深い世界が提示されていきました。あの「少しずつダークな部分が見えていく」という構成は、当初から考えられていたのでしょうか?
九井氏:
連載するからにはなにかテーマが必要だなと思って、とりあえず「食育」にしてみようかと。当時グルメ漫画はたくさんありましたが、そっち方面はまだあまりないような気がしたので。
──テーマが「食育」だと思うと、作中の料理に栄養価がしっかり書かれているのにも納得感があります。
九井氏:
テーマに「食育」を置いて、ざっくりとした作品の流れも考えました。さらわれた姫を助け出し、悪い魔法使いを倒し、ラスボスも倒し、王様になる……骨組みはかなりシンプルに。
でも、実際にそれを計画通りに進めようとした時に「いや、こんなに軽くやれないなこの話……」と気づきました。最初はもうちょっと軽いノリでササっと描けると思っていたんです。
広井氏:
最初、レッドドラゴン戦を1話で終わらせようとしてましたよね?
こっちはもう「終われるかーっ!」って(笑)。
一同:
(笑)。
九井氏:
実際に1話で描こうとしたらすごくダイジェストっぽくなってしまい……この「思っていた話をやるためには、思っていたよりしっかり描かなきゃいけない」ということは、予想外でしたね……。
──「食」というテーマに対し、なにか九井先生の中で特別な思いなどがあったりしたのでしょうか?
九井氏:
いや……うーん……どちらかというと「食」には恨みが強いです。
子供の頃からものすごく偏食で、食事の時間が苦痛でした。人前で食事をするのが嫌だったし、人が食事をするところを見るのも嫌な時期があって、滅多に人が来ないトイレを探して、いわゆる「便所メシ」もしていました。
私がしていた当時は「便所メシ」という言葉がなかったので、実際に世の中に「便所メシ」という言葉が世の中に出てきた時には「みんなやってたんだ!」とめちゃくちゃ喜びました。
一同:
(笑)。
九井氏:
「こんなことするのは最低だよね……?」と思いながらやっていたことが、他の人もやっていたのだと思うとほっとしましたね。
──そんな中で「食育」というテーマを選ばれたのは、なにかキッカケがあったのでしょうか。
九井氏:
偏食に手を焼いた親が、「三角食べ」をはじめ、いろいろなことを教えてくれたのですが、その甲斐もなく偏食のまま大人になってしまいました。食育に関する知識は親から埋め込まれていたのですが、実践はできていませんでした。
だから、食べ物や食に対してすごく罪悪感を感じることだけは残っていて……。
広井氏:
冷静に考えると、すごくネガティブなところから連載が始まってますよね。
九井氏:
でも、現在は人との食事は克服……というか、むしろ好きになりました。
編集さんがいろいろ美味しいところに連れて行ってくれるので。
──私も学生の頃、学校のうどんを残そうとしたら先生にバレて、ひとりだけパックのうどん単体を食べさせられたことがありました。汁もなく、うどん単体で食べるのがすごく辛かったです。
九井氏:
辛いですよね。
私もこっそり隠そうとしたら先生に見つかって、めちゃくちゃ怒られたりしました。
広井氏:
私も引き出しの中に隠そうとしたことはありますね。
そのあと、干からびた何かが引き出しの中から出てきて……(苦笑)。
「嫌いなもの」を、なぜ描けるのか
──むしろ、「苦手だからこそ食への解像度が高くなる」ところもあるのでしょうか?
九井氏:
興味があるから、嫌ったり好きになったりするのかなと思います。
それについて考える時間も必然的に多くなりますし。
それこそ『ダンジョン飯』も食をいっぱい描いているから「食べるのが好きなのかな?」と思われるかもしれないのですが、むしろ「嫌いなものだから描いている」ことが結構あります。
──食以外にも、「嫌いなもの」を描かれているということですか?
九井氏:
かもしれません。たとえば、人間関係とか、現代とか、服飾とか……?
──『ダンジョン飯』におけるキャラ同士の関係性も、人間関係が苦手だからこそ繊細に描けている部分があるのでしょうか。
九井氏:
昔から「(この人、普段はこんなにそっけないのに、他の人の前ではすごく魅力的な笑顔をするんだ)」みたいなことがとても不思議で……。
自分もそうですけど、「人って、人によって違うよね。見せる面が」と思っていたというか。「なんだかなー」と思うからこそ目に付くというか……。
──素朴な疑問なのですが、「嫌いなものを描く」時、九井先生はどんな気持ちで描かれているのでしょう? どんなに嫌なものであっても、割と楽しく描けてしまうのでしょうか。
九井氏:
漫画のできごとは直接私とは関わらない話なので、嫌いなものも嫌ではないです。あと良いところを探しながら描いていると、新しい発見に繋がったりもするし。
あと、「好きなものだけを描くのは怖い」というのもあったりしますね。
作品は「何をカメラで写すのか」が重要で、わざわざ汚いものを写す必要はないけど、同時に「カメラの外には都合の悪いものや、汚いもの、嫌なものはいっぱいある」ということだけは念頭に置いた方が、世界は広く見えるんじゃないかな……という気持ちで描いています。
ゲームを遊んでいる時も、「ゲームの画面の中の世界」しか感じないようなゲームと、「画面の向こう側にもいっぱい人が住んでいて、その世界の人が旅行しようと思えばどこまでも行けそう」だと感じるゲームでは、後者の方が遊んでいて楽しいなと思います。
そこの「世界の広がりを感じさせるかどうか」を、どう表現すればいいのかはいつも考えていて……やっぱり自分としても、「世界がある」ゲームが好きですね。
──そういったゲーム側の表現を漫画に取り入れたりはされるのでしょうか?
九井氏:
逆に、そこは「取り入れられない部分」だと思っています。
ゲームの一番いいところは、その人によって体験が違うことです。それこそエンディングがいっぱい用意されているゲームは、それが今まで自分がやってきたことに対するリザルト画面でもある。ああいうのを見ると、「すごくいいなぁ」と思います。
個人的には、そこがゲーム最大の魅力だと思うし、プレイヤーのいない漫画では絶対に真似できない部分だと思います。
そんなにお忙しいのに、いつゲームしてるんですか?
──個人的に気になっているのですが、九井先生は「ゲームを遊ぶ時間」をどのように捻出されているのでしょうか? 漫画家のお仕事もお忙しい中で、かなりの本数をプレイされていますよね。
九井氏:
一応、寝る前や原稿作業の合間の休憩時間に、Steam Deckを触っていることが多いです。むしろ、今はほとんどSteam Deckしか触っていないですね。枕元に置いてあるので、それを持って寝る前に遊んだり、休憩中にプレイしたり……といった感じです。
──Steam Deckって、やっぱり便利ですか?
九井氏:
オススメです。
画面は小さいですが、『Cyberpunk 2077』も動いたりします。
あと、個人的にゲームを起動するためにPCをつけるのがめんどくさくなってしまって……Steam Deckは寝転がっていても、電源をつけるだけですぐに起動してくれます。
九井氏:
逆に、ライターさんは普段どうやってゲームを遊ばれているんですか?
それこそ、お仕事でゲームを遊ばなきゃいけない時もありますよね。
──私は仕事の場合、遊ぶ前にプレイ時間を逆算していて……60時間くらいでクリアできるゲームの場合は、一日に3時間遊んで、それを20日続けてクリアするような目算を考えることが多いです。
広井氏:
めちゃくちゃ「仕事」ですね!?
九井氏:
すごいな……やっぱり「ゲーマーの素質」がありますよね。
昔からゲームを遊ぶにも素質があるよなと思っていて……私自身はそのへんがあんまりないんです。ちょっと難しいゲームを渡されたら、すぐに嫌になってしまうし、試行錯誤もあまり得意ではありません。楽しめる範囲がとても狭い。
世のゲーム開発者の人たちも、「あまりゲーマーの素質がない人にも広く遊んでもらうのか」「ディープに遊べるキワキワのゲームを作るのか」で、悩んでいるのかなと考えたりします。これは漫画でも、同じ悩みがあったりしますね。
自分がうまく遊べなかったゲームがあると、作った人が、「ついてこれない奴におもねる必要はない」と判断したんだなと思って嬉しいです。遊べないんですけど。
──ちなみに、九井先生がゲームを遊ばれる時は、普通に「趣味」として遊ばれているのでしょうか。それとも漫画のネタ探しとしてプレイされることの方が多いのでしょうか。
九井氏:
もちろん趣味で遊んでいるところも大きいのですが、「ゲームを買う時の罪悪感」は仕事の糧になるかもしれないから、で解消されていますね(笑)。
そんなに興味がないゲームだったとしても「仕事のためになるかもしれない」と思えば買う勇気が湧くし、どんなに高いゲーミングPCも仕事道具だと思えば買えたりします。だから、ゲームに関するいろいろなことのハードルが「仕事のため」という理由で低くなっていますね。
──では、漫画を読まれる時も「仕事のため」という気持ちだったりするのでしょうか?
九井氏:
私の場合、漫画はもう仕事になってしまったので……読んでいるとどうしても仕事のことを思い出してしまう。
ただ、ゲームはまだ普通に「趣味」として楽しめています。だからこそ、あまりこの趣味を失いたくなくて……仕事で関わってしまうと純粋に楽しめなくなりそうなのもあって、ゲームに関するお仕事は受けていません。