GOG Sp. z o.o.が運営するPCゲーム配信プラットフォーム「GOG.com」が10週年を迎えた。同社は『The Witcher』シリーズや『Cyberpunk 2077』を開発するCD Projektの子会社だ。
10週年を記念した特設ページでは、『Shadow Warrior 2』、『SUPERHOT』、『Firewatch』の3本から無料配布するゲームを選ぶ投票が10月4日まで行われている。また、最大85%オフのセールだけでなく、10週年を記念した特別バンドルも販売されている。
さらに10周年に合わせて、新たに『Indiana Jones and the Infernal Machine』、『Soldier of Fortune』シリーズ3作、そして『Stellaris』がリリースされた。『Soldier of Fortune』は3作すべて買えば15%オフになるミニセールも行われている。
GOG.comは正式名称を「Good Old Games」として2008年にサービスをスタート。その名のとおり、当初は古き良きゲームを現代のPCでも動作するようにした上で販売することが大きな特徴だった。たとえば、MS-DOSでリリースされたゲームであれば、MS-DOSエミュレーターのDOSBOXを導入して現代のPCでも動くようにしている。
MS-DOSのゲームがどのようなものか興味があれば、『Ultima』シリーズのリチャード・ギャリオット氏の処女作である『Akalabeth: World of Doom』がGOG.comで無料でダウンロード可能だ。このゲームはもともとApple IIでリリースされたゲームだが、後々MS-DOS向けに移植された。
古いPCゲームを最新のPCで動作させるために、コミュニティの一員が独自にModを制作・配布するなど最適化を行う例はめずらしくない。しかし、企業によるサポートや、ゲームごとに用意された掲示板でユーザー同士で助け合うコミュニティ形成が比較的簡単だったGOG.comは、その利便性で一定のユーザーを獲得していく。
また、Steamを始め群雄割拠のPCゲームダウンロード販売サービスが急成長していく中で、GOG.comは他社が利用し始めていたDRMを採用しないことを信条にかかげてきた。ほかにも、デジタル形式のマニュアルや壁紙、サウンドトラックなど、ゲームごとに異なるおまけがついていることもレトロゲームファンの心をくすぐっていく。
その後、サービスの成長に伴い自社の最新作だった『The Witcher 2』のようなAAAタイトルや、最新のインディゲームを取り扱うようになっていった。そのため、2012年にはGood Old GamesからGOG.comへとブランドが変更された。今では古いゲームだけでなくAAAタイトルもDRMフリーでリリースされるようになっている。2014年からは公式クライアントであるGOG Galaxyがリリースされ、Steamのようにクライアントでゲームを管理することができるようになった。2018年8月には「FCK DRM」キャンペーンを行い、あらためてDRMフリーの大切さを主張している。
ただし、GOG.comは現在まで問題を一切起こさず円満に運営されてきたわけではない。GOG.comがベータ版から正式版に移った2010年には、サーバーのシャットダウンに伴う閉鎖騒動が起きた。またセールススタンスの変更により、地域ごとの価格差を許容した事もあった。これは大きな騒動に発展し、同社は謝罪して、現在は地域によって価格を変動することなくゲームを販売することに注力している。
いくつかの混乱はあったものの、次々と消えていくダウンロード販売サービス業界にあって10年サービスを続けてきたのはひとえに同社の努力によるものだろう。
なお、「GOG.comはもともと海賊版を販売する業者だった」といった類の話を聞いたことがある読者もいるかも知れない。これは半分正解であり、半分は不正解でもある。CD Projekt REDの共同設立者のひとりであるMarcin Iwinski氏は、学生時代にワルシャワのフリーマーケットで国外のゲームの違法コピーを販売していた。Iwinski氏はドキュメンタリー映画の監督だった父親に旅行に連れられ、ポーランドでは手に入らなかったコンピューターを手に入れ、そこから違法コピーされたゲームを手に入れるつてを見つけていった。
現在の視点では当然違法なのだが、その頃のポーランドには違法コピーを禁じる法律はなかったという。これはポーランドが民主化してソ連の影響から脱そうとしていた89年ごろ、ようやく民主化以前の生活水準に戻る95年ごろよりも前の話だ。貧しく、いわゆる東側の影響が強かったため、国外の情報に乏しかったポーランドでは海外のゲームは高い人気を誇っていた。
そんな経緯を経て誕生したGOG Sp. z o.o.を所有するCD Projektは、94年のいまだソ連の影響が色濃く残るポーランドに設立された、合法的に米国のゲームを流通させるための会社だった。かつてEurogamer誌が行ったインタビューでは、「ポーランドでの商売敵は常に海賊版でした」とIwinski氏は答えている。
設立時の同社に大きな利益をもたらした『Baldur’s Gate』の正規販売では、海賊版に対してどうしても割高になる正規流通の品を売るために、人気のポーランド人俳優を起用した上質なローカライズやプロモーションを行った。海賊版は15ポンドで販売されていたが、正規版は30ポンド。だが、正規版には海賊版にない付加価値があった。ゲームの元になった『Dungeons&Dragons』のルールブックや羊皮紙で作られたマップ、オーディオCDといったさまざまなおまけだ。
これらの努力により、予約が殺到。自社の倉庫に入り切る5000本を売ろうとしたゲームは、初日で1万8千本を出荷することになる。
※2014年にリリースされた『Baludur’s Gate Enhanced Edition』のトレイラー。
こういった歴史はゲームメディアのインタビューだけでなく、CD Projektの公式サイトでも同社の歴史として紹介されている。 GOG.comのおまけによる付加価値やDRMフリーといった海賊版と戦うためのスタンスはCD Projektの成り立ちが大きく関係しているのだ。オールドゲーム販売という独自路線でシェアを獲得し、『The Witcher 3: Wild Hunt』は発売初週ではSteam版よりもGOG.comのほうが販売数が多くなるほどに成長を遂げたGOG.com。次の10年では一体どんな進化を見せてくれるだろうか。
文/古嶋誉幸