ぶっちゃけドワンゴの会議もVRにしたい
──ここからはもっと具体的に、VR空間がどんなふうに我々の生活に関わっていくのかの話を聞ければと思います。
例えば、まさに今日(この取材は2018年7月12日に行われた)、「バーチャル出社」というワードがTwitterトレンド入りしてましたが、ビジネスシーンでの応用も注目を集めていますよね。
川上氏:
今日の対談も「Oculus GOでやろうか」って話もあったんだけどね。まあ、まだそれに踏み切る自信まではなかったよね。
GOROman氏:
この二人が記事上で、しかもアバターで対談って、もはやコンテクストが高くなりすぎて訳がわからないですからね(笑)。取材中の写真もアバターが浮いてるだけで、「本当にお前らしゃべったのか?」って感じですし。
──簡単な取材ならともかく、長時間の対談だと厳しそうなのでリアルでお越しいただきました(笑)。
GOROman氏:
でもこの前、日経ビジネスの取材をVR空間で受けましたよ。お互いOculus Roomsに入って資料を出しながらやったんですが、その記者さんには生身では会ったこともなくて。あと、ビジネスミーティングとかをトイレの中からやったこともありますね。
川上氏:
ぶっちゃけ、ドワンゴの会議とかもVR空間でやる文化にしたいんですよね。特にドワンゴって、会議をしていてもそのうちの半分が「カチャカチャカチャ……」って、明らかに手元のパソコンで内職してるわけですよ!
一同:
(爆笑)。
川上氏:
そんなのさ、VR化しても別に何の問題もないし、むしろその方が緊張感が生まれるんじゃないかとさえ思うよね。会議の場にいたいだけの理由で同席してる人なんて、あとからタイムシフトで見ればいいわけだしさ。
GOROman氏:
本当にそうですよね。
あと今の会議っていちいち伝言ゲームになることがあって無駄じゃないですか。でも、VR会議の良いところってその場で人を呼べるんですよね。
「○○さんに聞く必要があるので、一旦持ち帰ります」とかやってたのが、「今呼びますね」と言ってビュンって出てきて意思決定してくれる。
──ただ、VR会議ってほとんどの方が体験したことないと思うんですが、一体ビデオ会議と何が違うのでしょう?
GOROman氏:
「本当にしゃべっている感じ」がするんですよね。ビデオ会議のモニターに3人映っていても目があった感じがしないけど、VRだと空間にちゃんと場所があるので、今川上さんと話しているみたいに向き合ってしゃべれるんですよ。
しかも立体音響なので、ちゃんと相手がいる方から声がするわけで。
そんなふうにプレゼンス(存在感)を感じられるのがVRで重要なことだと思っていて、受け取る情報量がビデオ会議に比べて段違いに多いんですよ。
コミュニケーションにおける感情のプレゼンス
──そうした「プレゼンス」の話でいうと、アナログゲームをデジタル化するときの話があって。例えば一昔のデジタルTCGだと、カードを出すという「結果」だけを通信していたんです。
でもそれだと、なんだか味気なくて。ところが最近のデジタルTCGは、カードを選んでいる動きとか、迷っている様子も通信されるようになっていて。すると、一気に面白くなったんですよ。
GOROman氏:
それって、Skypeでテキストを入力/消去するときに表示される鉛筆マークと同じですよね。あれで相手が「今書いている」というのがわかるわけですが、例えばずっと書いたり消したりしていたら「今すげー長考しているんだな」みたいな独特のプレゼンスを感じるんですよね。
──まさにそうで、これまではカードを出すという「結果」だけで十分な情報量だと思われていたんですが、むしろ必要な情報量のほとんどは、「出そうとして引っ込める」みたいな過程の部分に含まれていたんですね。
GOROman氏:
同じような例で、麻雀ってデジタルゲームだと捨て牌が整然と並んじゃうんですけど、実際の麻雀は感情によって捨て牌が乱れていったりしますよね。そういった部分をどう再現するかが重要なんですよね。
──さっきのVR空間に持ち込むべき情報量の話と繋がってきますよね。コミュニケーションにおいては、この“ちょっとした機微”みたいなプレゼンスをどう表現するのかが意外と重要なんだな、と。
川上氏:
その話で思い出したのが、7,8年前のドワンゴの新卒の研修で「ニコニコ度チェッカー」みたいな企画をつくったチームがあったんですよ。
ある動画がどれくらいニコニコっぽいかというものを測定する方法として、要は「ニコニコ度が高い場合はコメントに出現するwの文字数が多いはずだ」という簡単な仮定を採用したものなんですね。
つまり、「これは本当におもしれえ」って思ったときにwは3文字じゃなくて8文字くらい書くんじゃないか、定量的な指標として使えるんじゃないかという予想です。
──確かにそうかもしれません。結果はどうだったのでしょう?
川上氏:
いや、ほぼ仮説は正しかったですね。ニコニコのR-18って、結構ネタ動画が多いんですよ。でも、そこでニコニコ度が低いものをみてみたら……普通にエッチな動画だったんですよね。
一同:
(爆笑)。
川上氏:
で、ニコニコ度がマックスだと、もうサムネ詐欺のような釣り動画しかないわけ(笑)。
GOROman氏:
wの長さをコントロールすることで「ちょっと笑った」と「爆笑」が可変調に表現できているわけですよね。でも実際、我々の脳内ではちゃんと笑っているように変換されていますからね。
──確かに、「どれくらい笑っているか」の機微を伝える分には、wって簡単にできるうまい表現ですよね。
GOROman氏:
それで僕が最近思っているのが、VTuberやiPhone Xのアニ文字【※】 とかもそうなんですけど、今って必死に人間の表情をトラッキングしようとしてるわけですよね。
でも、表情作るのっていちいち面倒くさいからもうwみたいなノリで、「笑うボタン」でいいじゃんと。
川上氏:
要は笑顔のポン出しですね(笑)。
GOROman氏:
むしろ電車の中で「うへへへへ」って笑ってたら、あのおっさんマジやべえってなるでしょ。そもそも、スマホを見ているときって、我々は別に笑わないんですよ。
VRの可能性1:「非対称」な体験
──そうした笑顔のポン出しの話も含めて、さっきの会議みたいなコミュニケーションのためのVR空間って、かなりの可能性を秘めていますよね。それこそバーチャル出社が実現したら、リアルオフィスなんて要らないわけですし。
川上氏:
それで言うと、会議でもイベントでもそうだけど、僕がVR空間で重要になるだろうと思っていることは、それが人によって「非対称」な体験であり得ることなんですよね。
会議の例でいうと、同じ会議室という空間にはいるんだけど、その空間の見え方は人によって変えられるわけですよ。Aさんから見たら普通の会議室だけど僕のから見たらカンカン照りの砂漠になってる、みたいに。
GOROman氏:
非対称だと、お互いストレスを感じずにすむのがいいですよね。僕はBGMならぬBGE(BackGround Environment)という概念ができると思っていて。
例えばオフィスでBGMを勝手にかけたら怒られるじゃないですか。だからヘッドフォンをしてそれぞれ別の音楽を聞くわけです。
それと同じように、VR時代では、各々が自分にとってより心地よい環境でエンタメを観たり、仕事をしたりできるんですよ。
──確かに、VR空間だと「同じ空間にいる」という制約によるストレスは全くないわけですよね。
川上氏:
例えば各国の文化によって物理的な人との距離感って違ったりするじゃないですか。そうした文化の違いなんかも非対称性で解決するかもしれないですよね。
GOROman氏:
アメリカ人とか別れ際にハグしてくるけど、日本人だとちょっと引いちゃうみたいなやつですね。
──極端な話、VR空間で「さよなら」ボタンを押すと、日本人だと手を振るけどアメリカ人だとハグのモーションになってるみたいに別の内容を表示させることが可能なわけですよね。
非対称性を使えば2倍働ける(?)
GOROman氏:
その非対称性の話でもありますが、これからは「マルチスレッド会議」みたいな概念が生まれると思っていて。聖徳太子じゃないですけど、まず意思決定者がVR空間で複数の会議を同時に俯瞰していて。
で、AIなんかが「重要度レベルがしきい値を超えました」と言ってきたときだけ、バッとその会議にログインして、「OK、進めて!」と判断してすぐに消えるんです。
──凄まじいスピードで物事が決まっていきますね(笑)。
GOROman氏:
あるいは、会議室と会議室の間に自分がいて、「右側はA社さんで左側はB社さん」みたいな感じで、視界の左右で会議を同時進行するとかもできそうですよね。
川上氏:
だんだん右脳と左脳で人格が違ってきて、ミーティングの結果が変わったりしてね……。
GOROman氏:
もういっそ「デザイン会議は右脳、ロジカルな会議は左脳」みたいに使い分けちゃえばいいんじゃないですかね(笑)。そうなってくると、カレンダーにも2つの予定が並べられて2倍働けますしね。
一回全裸で会議にでたい
GOROman氏:
あ、あと会議で1回やりたいことがあって。全裸でミーティングに出てみたい(笑)。
──ぜ、全裸!?!?
GOROman氏:
VR空間では超フォーマルなスーツを着て、エライ人と小難しい話をしているんだけど、リアル側が全裸なんですよ。
しかも仁王立ち。なんかマウント取った感がありそうじゃないですか。
一同:
(爆笑)。
川上氏:
それ、「自分は裸だと思うか服を着ていると思うか」という問題がありますね(笑)。
GOROman氏:
うーん、服を着ていると思うんじゃないですかね。だから裸の王様2.0ですよ。「俺は裸だ。お前らには見えないだろうがな!」って。
川上氏:
逆パターン(笑)。
GOROman氏:
自分は内心「ぷぷぷ」って笑っているんだけど、周りから「何がおかしいんですか?」とか言われるわけです。
川上氏:
むしろ、昔学校で「私は馬鹿です」とか書かれた紙を背中に貼り付けあうじゃれあいみたいなのがあったじゃないですか。あの要領で、VR空間でも「相手の服装を勝手に操作してみんなから裸に見えちゃう」みたいないたずらができそうですよね(笑)。
GOROman氏:
確かに非対称性アバターという概念は作れますね。自分には服が着ているように見えて、相手には全裸のアウターになっているわけですよね。すると、裸の王様のリアルな気持ちが分かりますよね、「おい、一体何がおかしいんだ!」って。
──なんだか、リアルよりも、アバターが裸の方が恥ずかしい気がしてきました。
GOROman氏:
じゃあいっそ、ビジネスの交渉にあえて裸のアバターでいくとか(笑)。びっくりしますよね、「おいみんな、交渉で全裸のやつが来たぞー!」と。
川上氏:
案外慣れちゃったりしてね。
GOROman氏:
「ああ、また今日も裸ですか」みたいな、ヌーディストビーチに行ったら別になんとも思わないみたいな感じで。
川上氏:
でもさ、夢とかでよく「とにかく服を着たい」と思いながら全裸でさまようやつを見るよね。
GOROman氏:
いや、僕は見たことないですけど。
──えっと、僕もないです……。
川上氏:
えええ! うそ、僕だけ!?
GOROman氏:
空飛んだり裸だったり、川上さんって多彩ですね、夢が(笑)。
VRの可能性2:「非同期」コンテンツ
──さきほど「非対称」というキーワードが出てきましたけれども、わりと会議などの実用的な話が多かったですよね。むしろ、例えばVR空間のエンターテイメントって、どういう特徴があるのでしょうか?
川上氏:
もちろん「非対称」性もあるけど、もう一つ、「非同期」というのもあると思っていて。その例として、分かりやすいのがニコニコ動画なんですよね。
ニコニコ動画の場合は動画に非同期的にコメントを付けてたけど、VR空間だとひとつの体験に対してみんなで非同期的にアクセスして、そこでの振る舞いがどんどん追加されていくわけですよ。
GOROman氏:
映画でいえば、応援上映の非同期バージョンみたいなものですよね。その盛り上がりを何度も追体験できるし、追体験された盛り上がりのヒートマップも可視化されていく。
あるいは、大学の講義なんかも非同期的にみんなで受けられてもいいかもしれない。
川上氏:
コンテンツの登場人物のうち誰かを選んで、自分がそれを代わりに体験するみたいなこともできるよね。非同期性を活かしたコンテンツってニコニコ動画以来ってほとんど出てなかったと思うんだけど、VR空間にはそのポテンシャルがあると思ってるんですよね。
VTuberは生放送版の日常系アニメ
──実際ドワンゴは、ニコニコ生放送のVTuber版のような「バーチャルキャスト」というサービスにまさに取り組み始めたところですよね。今後VTuberとかってどうなっていくと考えているのでしょう?
川上氏:
この前のGOROmanさんと、VTuberの世界で行われていることって、要するに「生放送版の日常系アニメだ」って話をしたんですよ。
……で、実はその話にインスパイアされて、ちょうど今朝書いた企画書があって。
現代人って、日々の情報量が多くてみんな疲れているじゃないですか。だからもう幼児番組みたいな、ああいう余計なこと考えなくていい世界に戻りたいんじゃないかと思って。
GOROman氏:
実際、「サザエさん」とか「ちびまる子ちゃん」とかって何も変わらないけどそれでいいわけで。しかも人間って、幼少期に好きだったものはなかなか嫌いにならないらしいので、その再現をするのはいいんじゃないでしょうか(笑)。
川上氏:
日常系アニメに求めていることって、結構そういう感覚だなと思うんですよね。
──たしかにVTuberを日常系アニメのような感覚で楽しんでいる人は多そうですよね。しかもアニメと違って延々に終わらないわけですし。
GOROman氏:
だからVTuber同士がおしゃべりしているだけでコンテンツになるんですよね。
だからもう、『けいおん!』とか『ゆるゆり』みたいな世界でキャラたちがおしゃべりしているのを、我々は幽体離脱した視点から「あ゛ーーー」ってよだれ垂らして見ているだけ、みたいなコンテンツがあったらいいと思うんですよね。
──だいぶやばい光景ですね(笑)。
『ROOMMANIA#203』はVTuberの理想?
GOROman氏:
ただ、僕はそこでユーザーがちょっとだけ介入できると面白いと思っていて。昔セガの『ROOMMANIA#203』というゲームがあったじゃないですか。
川上氏:
ああ、僕はゲームで表現された物語としては『ROOMMANIA#203』が歴代ベストゲームだったんですよ。 『ひぐらしのなく頃に』や『STEINS;GATE』なんかも面白かったけど、最近『Detroit: Become Human』で更新しちゃうまでは一番だと思ってました。あれって、物語の世界に介入できるんですよね。
GOROman氏:
しかも、「ちょっとちょっかいだせるだけ」なのがいいですよね。それってニコニコ生放送のコメントみたいなものですが、VR空間だとあのゲームみたいに「ボールを投げつける」みたいなかたちもありえるかもしれない。
その介入できる権利を買うみたいなビジネスがあってもいいと思いますし。
川上氏:
いずれにしても、自分でキャラクターを動かすのって、結構めんどくさいんですよね。ちょっと介入するぐらいがちょうどいい。
GOROman氏:
そうやってユーザーとVTuberがインタラクティブになるうちに、気がついたら物語とかが生成されていったら面白いんですけどね。
製作委員会を作ってお金集めて脚本を書いて……というトップダウンではなくて、ボトムアップのアプローチでひとつのストーリーができているみたいな。
──実際、AKB48みたいなリアルなアイドルグループなんかは、ファンとのインラタクティビティの中で伝説や物語を生み出し続けていますしね。
VRの番組制作費が起こす革命
GOROman氏:
あと、VTuberのようなコンテンツって「ウゴウゴルーガ」から「天才てれびくん」まで昔からあったと思うんですけど、めっちゃ制作費がかかってたんですよね。
でも今は、モーションキャプチャ技術がある種コモディティ化したので、Viveトラッカーとか、Oculus Touchとかを使えば数万円でできるわけです。テレビ局がすごくお金を使ってやっていたやり方が、これからは個人でできる。
川上氏:
これまで物理的にスタジオをつくる必要があったテレビ番組が、個人がつくった3Dセットでやれますからね。そのレベルで番組制作コストが下がるのは革命的ですよ。
GOROman氏:
僕も、「VRoadCaster」っていうVR空間の番組に出させてもらったことがあるんですけど、カメラマンもいるし、スイッチャーさんもいて、ちゃんとテレビ番組の体になっているんですね。
スタッフもキャストも、全員自宅のVR機器で参加しているんです。しかも、その番組って学生さんがやっているんですよ。
川上氏:
へえー。番組制作ってかなり肉体労働に近い仕事だったけど、これからはノマドの仕事になるということですね。
GOROman氏:
実際、その番組のリハの時って僕はオフィスで来客対応中だったんですよ(笑)。
来客しているのに「ちょっと待ってください」と言ってパッとリハに出るという、そのくらいのカジュアルさでできるように既になっているんです。