『バスト ア ムーブ』のアルファ版を見て「渡辺泰仁さんはスゴイ」と思った
安藤氏:
ちょっと余談ですけど、齊藤さんがライバルだと思っているプロデューサーや、自分以外でスゴイと思っているプロデューサーはいるんですか?
齊藤氏:
渡辺泰仁さんは、真似できないね。『バスト ア ムーブ』【※】のアルファ版を社内で見た時に、スゲェ! と思ったんですよ。
アルファ版というのは、作る側にずっといる人でも最終型があまり予想できなくて。「これからどうなるか分からないけど面白そうだね」っていうぐらいが、アルファ版の着地点なんです。面白そうだと言わせたら勝ち、みたいな。
でも『バスト ア ムーブ』はアルファ版の時点で、「こんな概念のゲームがあるんだ!」ってビックリして。
安藤氏:
ダンスバトルという概念自体がまだ何もないところに、いきなりゲームでそれが生まれたっていう。プロのダンサーをモーションキャプチャーしていますからね。
『バスト ア ムーブ』が20周年だから、僕のメディアで何かできないかということで、プロのダンサーにヒアリングですけど、「オレたちが今やっていることを、先にゲームでやられた」ってリスペクトしまくりでしたから。本当に超ゼロイチですよね。
齊藤氏:
でも、そのアルファ版を見た後に『パラッパラッパー』【※】が発売されて(笑)。先にあっちが世に出ちゃったねって。ただやっぱり、渡辺さんはコンセプターというか、フラッシュアイデアマンとしてスゴイんですよ。それは自分ではできないと思って。
安藤氏:
渡辺さんは『せがれいじり』【※】もスゴイですよね。エニックスが当時出していたバカゲーの群れのなかで、じつはアレが突き抜けて売れているんです。
でも今遊ぶと、ぜんぜんゲームじゃないんですよ(笑)。メディアアートですよ。それが15万本以上売れているんですから、マジでスゴイですよね。
ヨコオ氏:
渡辺さんは今、『スクスト』【※】とか当てていますもんね。
齊藤氏:
『戦国IXA』【※】もそうだし。
ヨコオ氏:
ネットの時代になって、渡辺さんはパッと利益に結びついた。
安藤氏:
『スーパーギャルデリックアワー』【※】っていうゲームが、渡辺さん自身のなかで分水嶺になったらしくて。
藤澤氏:
あそこですか(笑)。
安藤氏:
『スーパーギャルデリックアワー』が2万本ぐらいしか売れなくて、渡辺さんとしてはトラウマになっていたらしいんですよ。
だから本人としてはあまり見たくなかったんですけど、シシララTV【※】の「つくった人がゲーム実況」って番組で実況したら、ファンの人たちが弾幕を用意して待ち構えてくれていて。
齊藤氏:
あの放送は見ていたけど、細かい設定とかも知っている人がいたじゃない。だから、めっちゃ濃い好きな人がいるんだよね、あの作品には。
安藤氏:
すごい熱量で、コメントなんかも数万走って、番組的には「これを作ってよかったかもしれない」ってなったんですけど。
でも渡辺さん本人は「自分のセンスがそのままマーケットに受け入れられると思ってやってきたけど、この作品でそうじゃないとわかった。そこからは完全に自分を殺して、マーケットをすごく考えるようになった」と言っていて。
それがギャルデリ以降、ネット時代の渡辺泰仁なんです。【※】
※本記事公開後、渡辺泰仁氏本人から「方針は変えたが、自分は殺してねーw」とのコメントをいただきました。
ヨコオ氏:
それで実際に売れているのがスゴイですね。
齊藤氏:
iモードで売るものが待ち受け画像か着メロしかない時代に、これからコンテンツが出てくるかもしれないからその事業の責任者を決めますっていう時に、名前が挙がったのが自分と渡辺さんなんですよ。
「齊藤君はどっちがいいと思う?」って聞かれて、「すぐ結果がほしいならオレのほうがいいと思います。クレバーに攻めたいなら渡辺さんがいいと思います」と答えたんですよ。
それで結果的に、自分がモバイル事業部長になったんだけど。その年はモバイルで数億円ぐらい売り上げが出ていたんですけど、それを何倍もにしろっていう話だったんですよ、1年で(笑)。
藤澤氏:
子どもの計算みたいですね(笑)。
齊藤氏:
でもオレは何倍もにしたんですよ、正確にはギリギリ届かなかったんだけど。『ドラクエ』と『FF』のモバイル版を、松下さん(現・パナソニック)とNECさんのiモードケータイにプリインストールするって方法で。
当時はプリインストールで、1台あたりいくらってお金がもらえた時代だったから。今はもう絶対に無理ですけどね、「プロモーションだから」って、プリインストールで逆にお金を取られる時代になっちゃったので。
ただ本当に、どちらもそれぞれ特性があって。自分はどうやったら早く商売になるかということを考えるし、渡辺さんは面白いことを発想するしで、お互い違う切り口でイケるんじゃないかと。
会社としてはモバイルで早く地固めしたかったから、オレを選んだと思うんですけど。
お客さんがゲームを作っている人たちを身近に感じてくれるには
──さて、休憩はこの辺りにしておきましょうか。ここまではゲームを作る時の話が多かったですが、作ったゲームを着地させる部分とモノを売る部分についても話を伺いたいです。
たとえば『ドラクエ』の売り方と『ニーア』の売り方って、ぜんぜん違うと思うんですけど。
齊藤氏:
『ドラクエX』はオンラインRPGだけど、デジタル越しのコミュニティ形成はナンセンスだと思っていて。その点でBlizzardさん【※1】は素晴らしい。彼らが毎年やってる「BlizzCon」【※2】はスゴイなと思うんです。
極端な話、なんだかよくわかんないお祭りをやるんですよね、ミュージシャンを呼んだりして。それは素晴らしいと思ったから、『ドラクエX』でもオンラインゲームだからこそのオフラインの場を作ろうと。
「このゲームをどんな人が作っているんだろう」というのを見せる機会って、絶対に必要で。プレイヤーの人たちとできれば同じ目線になりたいから、そのためにはバカになったほうが、より身近に感じてくれるだろうと。
ゲームを作っている人が神様みたいになるのは個人的にはイヤだったから。なるべくバカっぽいことをすれば、お客さんも「こんな人間っぽい人が作っているんだ」と思ってくれて、より長くコミュニケーションが続くだろうと。そういうスタンスでやろうと、最初から思っていて。
本当は堀井雄二さんにやってほしかったけど、それを堀井さんにお願いするのはさすがに違うだろうと思ったので。だったら自分がやるしかないなと。
初めはイヤだったけど、お客さんの前に出て話すことは重要なので。藤澤さんなんて人前でぜんぜん喋れなかったのに、今ではMCをできちゃうんですよ(笑)。
藤澤氏:
オレは生放送どころか、スタッフの前でもしゃべれなかったから(笑)。
安藤氏:
藤澤さんも、最初はやっぱりイヤだったんですか?
藤澤氏:
イヤでしたね。人前でしゃべるのは本当に嫌いで、人前でしゃべるんだったらディレクターを辞めたかったぐらいで(笑)。
ヨコオ氏:
僕もキライ。
安藤氏:
作る人は作品で表現しますから。
藤澤氏:
その点、安藤さんはスゴイですよね。
安藤氏:
僕はめちゃ出ます。出てアピールして、売るためにできることをなんでもやる。オリジナルは特にそうですね。
鳥山さんや堀井さんやすぎやま先生みたいに知名度のある優れた人たちがいるものと、これからスターダムに上がる人を集めてイチから仕掛けていくものとでは、拡散の仕方がぜんぜん違うので。使える手段は全部使うというなかに、自分が出ることも入っているんです。
でもそんなに嫌がっていた藤澤さんがお客さんの前に出たのは、齊藤さんに口説かれたってことですよね?
藤澤氏:
『ドラクエX』のバージョン1.1が出る時に生放送を2チャンネルやって、1チャンネルはメインの放送で、もう1つのチャンネルで「藤澤さんがよく分からないことをずっとしゃべっている番組をやってください」というムチャ振りがあったんですよ(笑)。
でも、しゃべるのが苦手で特にやることもないから、仕方がないので「細かすぎて伝わらない地味な修正点」っていう、細かい修正をした点をとにかく全部紹介するコーナーをやって。
ヨコオ氏:
コミュ症とディレクターを最大限に活用した企画ですね(笑)。
藤澤氏:
それを5時間ぐらいやったら、その時に初めてお客さんに認めてもらえて。
齊藤氏:
それはそうだね。「こんな人が作っているんだ」というのが、これ以上ないぐらい分かりやすかったと思うし。
藤澤氏:
人気コーナーになりましたよね、「細かすぎて伝わらない地味な修正点」って。いまだにやっているんですよね?
齊藤氏:
今はそういうコーナー名ではやってないですけど。でもあれは良い面と悪い面があって。お客さんからは「地味だったらもっとやれ」みたいに言われるんだけど、「いやいや、これを直すのは意外と大変なんですよ」っていう(笑)。
藤澤氏:
直しているところは本当いっぱいあるんだけど、パッチノートで修正箇所をいっぱい並べてもしょうがないから、ある程度サマリー化するじゃないですか。それだともったいないので、全部言ってみようっていう試みなんですよ。
そうしたらこれが大ウケで。そこでお客さんにウケたから、それ以降は人前に出ることに対する精神的な障壁がなくなって。出て行くたびに喜んでもらえるし、楽しかったですよ。
『ニーア オートマタ』の体験版で2Bのケツがバズった時に、初めて「売れるかも」と思った
齊藤氏:
『ニーア』ではヨコオさんに出てもらったんだけど、ゲームを遊ぶ人たちは開発者インタビューが好きなんだよね。こっちはインタビューされる側だから、そんなに面白いと思って出てはいないんだけど。
安藤氏:
特にこの世代は、才能はあるのに自己評価が低いという(笑)。
齊藤氏:
そんなにお客さんがインタビューを読みたいのなら「申し訳ないけど出て」って、ヨコオさんにお願いして。
ヨコオ氏:
「出て」と言われるより先に、こっちから「出たくない」と言ったんですよ、最初は。その落としどころを探した結果、このお面になったという経緯があって。
齊藤氏:
いちばん最初に「5年ぶりの『ニーア』です」って、E3カンファレンスの短い時間のなかで、特になんの前振りもなくヨコオさんにエミールヘッドを被って出てもらったら、「謎のムーンマンが出た」って海外でちょっとバズって(笑)。
ヨコオ氏:
プロレスっぽいですよね(笑)。
齊藤氏:
その一方で日本のユーザーさんからは、Twitterであっという間に数千「いいね」がついて。でもそれはオレがペラッとしゃべったりするんじゃなくて、ヨコオさんが出てくれたからこそだと思うんです。
ヨコオ氏:
今でも思うのは、僕がお面をつけて人前に出ることで話題にはなったかもしれないけど、それがゲームの売り上げにつながったのかというと、そんなことはぜんぜんないだろうと。
齊藤氏:
いや、そこはわかんない。
ヨコオ氏:
だって僕がお面をつけること自体は、別に計算でやってないじゃないですか。
齊藤氏:
お面をつけることが重要じゃなくて、ヨコオさんが出てくることが重要だったから。でもそういう意味では、プロモーション的な戦略というのは、じつはあまりなかったかもね。継続的に情報を出すというのは、ごく当たり前の話ですから。
『ニーア オートマタ』に関しては、体験版は無理してでもやって良かったと思う。プラチナゲームズのアクション性は実際に触ってもらわないと分からないから、というのが体験版の目的だったんだけど、なぜか2B【※】のケツでバズるという(笑)。
しかもあれは、ヨコオさんが炎上した結果バズったんだけどね。
ヨコオ氏:
体験版が出て、2Bのお尻が綺麗だねっていうので、ファンアートとかもお尻を中心に描いているエロい人たちがいて。
それで僕が「集めるの面倒だからZIPでくれ」っていうのをちょっとツイートしたら、たまたま欧米のジェンダー論争の波とかぶって、戦争の最中に放り込まれてしまったんです。「アイツはオレたちの味方だ、敵だ」みたいなことを言っている人のあいだで、話題が広がっていったという(笑)。
齊藤氏:
プラチナゲームズの手触り感がイイっていう人も、もちろんいたんですよ。でも、その人たちの声はさほど大きくなくて、とにかく「ケツ」っていう声が大きくて。
それで体験版のダウンロード数が増えていったというのがあると思うので。あの時ですね、本当に『ニーア オートマタ』が売れるかもしれないと思ったのは。
ヨコオ氏:
まぁでも『ニーア オートマタ』に関しては、プロモーションを計算してやったという感じはなかったですね。
齊藤氏:
ないない。当たり前のことをごく当たり前にやった感じ。本来のプロモーションよりはちょっと早めに露出しましたけど。
しいてやったことと言えば、ネタバレ座談会を早くやりたかったんです。遊んでくれた人はみんないい人たちばかりなので、ネタバレを自粛するんですよ。
そうすると感想を言ってくれないので、SNSなんかで広がらない。それもあって、公式のほうからネタバレを言うきっかけを作りたいと思って。
『ドラクエV』のビアンカとフローラ【※】なんて、あんなの究極のネタバレじゃないですか。でもアレがあるからこそ、『ドラクエV』はみんなのあいだで脈々と語り継がれているわけで。
時代が時代なので、発売の1年後、2年後にそんなことをやったってしょうがないから、だったらそのチャンスを早めに作るべきだと。
──早めにネタバレしたほうがイイというのは、周りでそれを言う人がいたんですか?
齊藤氏:
個人的な考えです。だって、放っといたってTwitterとかに書く人はいるし。中途半端にそれはダメなんだと思い込んじゃう人がいるぐらいなら、公式でやってしまえって。
藤澤氏:
そのネタバレ座談会というのは、生放送だったの? まだ遊んでない人は見ないでください、みたいな。
齊藤氏:
そういう話もしました。でも、まだ遊んでいない人が見ても面白い番組にしようと。
ネタバレ座談会は、石川由依さん、花江夏樹君、安元洋貴さん、悠木碧さんっていう素晴らしいキャストのみなさんが、本編をすごく好きになってくれたので。それだったら、みんなの好きな声優さんが「面白い」と声を大にして言ってもらえる場所を、公式で堂々と作りたいと思ったんですよ。
安藤氏:
それは嬉しいですね。
齊藤氏:
その結果、花江君はハイボールを飲み過ぎて、本番中に寝ちゃうっていう(笑)。
あと、ゲーム実況がもともと大好きなんですよ。個人的には、ゲーム実況をやるとゲームが売れなくなるというのは、ないと思っていて。実況してもらえば話題になるし、売れないままでいるぐらいだったら実況してもらって、それを見て面白いと思った人に買ってもらえればいいし。
だから『ドラクエ』の実況配信を公式でやるという、けっこう敷居の高いものを、堀井さんとすぎやま先生に説明に行って、やったというのがあるんですけど。
『ニーア オートマタ』に関しても、ゲーム実況をなるべくたくさんの人にやってもらいたくて。直接お願いしたこともありますよ。
そういった意味で言うと、『ニーア オートマタ』は発売後に仕掛けたことのほうが結果につながっている感じですね。発売後1年間が、じつはいちばん売れたんですよ。
ヨコオ氏:
そうなんですよね、コンサートとか音楽劇とか、いろんな施策があって。ただ、発売前のプロモーションに関しては……。
発売前に動画の公開が予定されている番組がいくつかあったんですけど、齊藤さんは結局、当初の予定の倍ぐらいをやったんです。
もともと、この本数の動画があるのなら見せていいネタバレをこのぐらい出していこう、と設計して素材を用意していたんですけど、齊藤さんが終盤どんどん増やすから、素材が足りなくなって。
齊藤氏:
ヨコオさんは「絶対にAエンドしか見せません」って。
ヨコオ氏:
最終的に「これ以上出したら本編を出すのと一緒だからイヤです」って言って、結局出さなかったんです。
それで苦肉の策で、開発途中のプリプロバージョンを見せるっていう、前代未聞なことをやったりとか、そういうのでごまかしてました。今思い出しましたけど、アレは齊藤さんと一緒にやったなかで唯一、僕が怒ったヤツですね。
──クリエイティブな部分に関してはぜんぜん口を出さなかったのに、プロモーションではいろいろ要求してくるという、齊藤さんの線引きが面白いですね。
ヨコオ氏:
放送とか顔出しは強要してくるんですよね。
藤澤氏:
オレの時もそうだった。
齊藤氏:
ゲームの中身を考えている時間は、当たり前だけどオレよりヨコオさんや藤澤さんのほうがずっと長くて。でもゲームをどう売るかということを考えている時間は、2人よりもオレのほうがたぶん長いはずだから。それは責任の分担という意味で。
でもじゃあ、プロデューサーはゲームの中身についてまったく責任を持たなくていいのかと言うと、そういうことはなくて。売ることに対しての責任と面白いものを作ることの責任は、7:3とか8:2ぐらいの割合で、相互に持っておくべきだと思っているんですよ。
エニックスはゲームの出版社であり、プロデューサーはゲームの編集者である
──(23時を指そうとしている時計を見ながら)時間も迫ってきたので、そろそろ締めの話題に移って行こうと思います。
安藤氏:
齊藤さんは今後もずっと、スクエニに残り続けるんですか?
齊藤氏:
外に出るのはもう無理なんじゃない? 勝負をかけるなら、30歳ぐらいじゃないと。
安藤氏:
辞めたいと思ったことはあったんですか?
齊藤氏:
合併する前はね。合併した後は、そんなこと言ってる余裕がなくなっちゃったから。
藤澤氏:
1回だけ言ってたね。「辞める」って。
齊藤氏:
あのまま事業部長を続けろって言われたら、たぶん辞めていたね。
ガラケーの時代にモバイル事業部長をやるのは、ぜんぜん苦じゃなくて。その時は頭の半分がコンシューマのビジネスで3年かけて1本のゲームを作るし、もう半分はモバイルのビジネスで毎月いくら稼ぎますかみたいな感じで。
その棲み分けがラクだったんですよ。気持ち的に切り替えられて。
ただ、モバイル事業部長を外れて第10開発事業部長だけになった時に、直接タイトルを持たなくなった時期があって、それがめちゃくちゃつまらなかった。事業部長が事業の責任を持つという仕事だけだったら、別にゲーム会社にいる必要はまったくないなと思って。
それがイヤでイヤでしょうがなくて、「もう辞めたいです」という話をして。
安藤氏:
新宿で酔っ払って「もう部長は無理だから、誰か代わってくれ」と号泣していましたよ。こんなに仕事をしまくっている人でも、ゲームを作るのと管理職を両方やるのは大変なんだと思って。
齊藤氏:
じつはモバイル事業部長と並行して『ドラクエX』をやっていたんですけど、「齊藤君は『ドラクエX』に集中すべきだ」と言われて、モバイル事業部から外れたんです。
ところがその後、モバイル事業部が組織として厳しくなってしまって。それを傍から見ている時が、めちゃめちゃシンドかったんですよ。
自分がやりたいもののために別のものから外れるというのは、自分1人の商売だったらいいけど、その外れたものにも人が大勢いるんだったら、ちゃんと最善手を考えた上で決断しなきゃいけないなって、その時に初めて思いました。
自分がやりたくないからやらないっていう選択肢を選ぶことが、必ずしもみんなが幸せになることにはならないっていう。
まぁ、今はフワッとしたところにずっと居させてもらって、好き勝手やらせてもらっているんですけど。
安藤氏:
その時にもしスクエニを辞めていたら、何をしようと思っていたんですか?
齊藤氏:
なんにも考えてなかった。とにかく事業部長みたいな仕事がイヤで。そう考えると、小さいデベロッパーに行きたかったのかもね。
ヨコオ氏:
たしかに小さいデベロッパーは、齊藤さんの戦場としてすごく向いていますよ。
齊藤氏:
そんじょそこらのヤツには騙くらかしで負けないからね(笑)。本来の価格の5倍ぐらいでプロジェクトを取ってきてやるわって(笑)。
会社のなかの齊藤商店としてやっていた時は、社内の人間だと思ってやっていなかったから。本来であれば会社からの軋轢と、外注さんからの軋轢との板挟みになるんだろうけど。
でも自分はどっち寄りなのかと言えば、自分が仕事をお願いした人たちの味方として、この人たちと一緒にやりたいと思っていた。
だからその当時の意識としては、ひょっとしたらデベロッパーと変わらないスタンスでやっていたのかもね。漫画の編集者は出版社の社員かもしれないけど、作家さんとバディを組んでやっているじゃないですか。
編集長とバディじゃなくて、作家さんとバディっていう。それと同じスタンスだったかもしれないですね。
ヨコオ氏:
たしかに書籍の編集さんみたいな立ち振舞いを、齊藤さんはよくされますよね。
安藤氏:
千田さんがエニックスでプロデューサーという職種を作る時に、すごく逡巡されたらしいんですよね。もともとエニックスではプロデューサーじゃなくて「担当者」と呼んでいたので。
エニックスはゲームの出版社であり、ゲームの編集者という意味で、プロデューサーではなく「担当者」なんじゃないかと。
そのぐらい、プロデューサーは編集者だという考え方があったから、出版事業もわりと滑らかに立ち上がったのかなという感じがありました。
齊藤氏:
作家を担当するのか、ゲーム会社を担当するのか、みたいな感じだよね。
安藤氏:
齊藤さんがこれまでに残した実績なら、辞めても何の文句も言われないと思うんですけど、それでもスクエニでやっていきたい?
齊藤氏:
1人でやるっていうのは、何かすごくやりたいことがあるからだよね。でも今、自分がすごくやりたいことって、環境を変えてまでやる必要はないから。
ヨコオ氏:
スクエニにいてもできる?
齊藤氏:
できることのほうが多いね。
安藤氏:
外に出て資金を得るのって、なかなか大変ですからね。
齊藤氏:
スクエニの業務にまったく関係ない夢が急にできたら、辞める意味があるかもしれないけど。傭兵になりたいとか、グリーンベレーに入りたいとかって(笑)。でもそうじゃなければ、たいがい許されるんじゃないかと思っちゃう。
プロデューサーって、レポートラインではいちばん上ですけど、組織上のトップだとは思っていなくて。
自分は2番目が好きなんだと思います。上に誰かがいて、その人ががんばっているから、自分もがんばれる。オレは本多さんとかがいたからがんばれたので。
お世話になっているという意味では、福嶋さんがいて千田さんがいて本多さんがいて、みたいなところで。その人たちがいる会社に対して、ちゃんと貢献して結果を出したいという思いでずっとやってきたから。
あまり1人でどうこうしたいとか、一番になりたいっていうのは、もともとあまりなくて。
ヨコオ氏:
でも今はポジション的に、齊藤さんの周りにそういう人はいないんじゃないですか?
安藤氏:
本多さんが辞められて、本当にいなくなりましたよね。ナンバーワンがいなくなっちゃった。
齊藤氏:
千田さんはまだスクウェア・エニックス・ホールディングスに残っているけどね。そういった意味で言うと今は、自分でやりたいことを会社の金を使ってやっている以上、会社に対して貢献しなきゃ、っていうぐらいかな。
安藤氏:
野心とかあんまりないんですね。『ドラクエ』の仕事をするっていうと、人によっては超野心的に見えるかもしれないけど、今日聞いたらそれもないし。かといって独立したいという野心もないし、社長にもなりたくないし。
齊藤氏:
野心ってね、自分に自信があるから持てるでしょ。そもそもオレは、ディレクターをお願いしている人たちよりもゲームを作る才能が劣っているから、今の仕事をしているので。だから野心っていうのはないね。
──でも一方で、役職が上がらないと権限や予算を持てないので、やりたいことをできないっていうせめぎ合いが、サラリーマンのあるあるだと思うんです。そこの落としどころとかバランスっていうのは、どう考えているんですか?
齊藤氏:
だから一時期は、偉くなったら自分のやりたいことが自由にできるから上に行くべきだ、と思っていたんだけど。
でも、偉くなればなるほど自分のやりたいことがやれる時間が減っていくことに気がついて、それをやらされている時期がいちばんイヤだった。
安藤氏:
齊藤さんが本当に会社を辞めたいと思ったのは、ゲームを作っていなかったあの時期だけなんですね。
齊藤氏:
直接的なプロデューサーができなかった時期だけだね。
安藤氏:
じゃあゲームを作っていれば、齊藤さんは楽しいんだ。
齊藤氏:
うん、そうだね。
『ニーア オートマタ』は「癒やし」と「余生」でできている!?
安藤氏:
『ドラクエ』で聞いたから同じことを聞きたいんですけど、齊藤さんにとって『ニーア』って何なんですか?
齊藤氏:
『ニーア』はね、癒しでした。
安藤氏:
『ドラクエ』は憧れで、『ニーア』は癒しですか。
ヨコオ氏:
『ニーア オートマタ』の定例会に来るたびに齊藤さんは、「あぁ、ここは何もしないでいい」って(笑)。
齊藤氏:
ヨコオさんとプラチナゲームズさんが半年間、お試しでコラボレーションしてみて、そこで上手くマッチングできた時に、こっちの仕事はもう9割5分ぐらい終わってるんですよ。もちろん途中で細かい問題は起きるけど。
『ドラクエX』という運営物のライフワークの仕事がありながら、その一方で『ニーア オートマタ』という新しいことをやれる、ワクワクするタイトルに携われることが、心的な癒しになっていたというか。
プリプロ期間中の『ニーア』は苦悩ではあったんですけどね、新しいことをやるっていう意味では。プリプロ期間中にこちらのやれることをぜんぶやった結果、癒しになった感じかな。
ヨコオ氏:
でもプリプロは半年ですから、そんなに長い期間じゃないので。
安藤氏:
短いですよね、むしろ。ではヨコオさんにとって『ニーア』とは?
ヨコオ氏:
全員に聞いて回る感じですか?(笑) 齊藤さんのインタビューで自分の話をするのもアレなんですけど。
『ドラッグオンドラグーン』の1作目を作った時に、わがままをすごく言って、やりたいことをやったという気持ちがあって。これでもうクリエイター人生が終わってもいいなって思っていたんですよ。
安藤氏:
それぐらいまでやりきったものだったんですね。
ヨコオ氏:
何十人というスタッフさんを2年も3年も拘束するものなので、少なくとも自分がこれで終わってもいいと思えるものにしないと、っていう気持ちがすごくあって。
安藤氏:
いったんそこまでいった作品だったんですね、『ドラッグオンドラグーン』は。
ヨコオ氏:
それで『ドラッグオンドラグーン』でディレクターになって以降、それ以上にはなれていないっていう気持ちがあって。
それ以後は何か突破したわけではなくて、ディレクターというポジションを繰り返しているだけだって。だから悪い言い方をすると、『ニーア』は余生ですね。
安藤氏:
癒しと余生でできたものが『ニーア オートマタ』なのか(笑)。
齊藤氏:
オッサン2人の言葉ですよ。緊張感の欠片もない。
安藤氏:
その肩の力を抜いた感じっていうのが、武術の達人みたいですよね。
──宮本武蔵みたいですね。
ヨコオ氏:
肩の力は毎回、入っているんですけど。
安藤氏:
そうなんだ(笑)。でも余生なんですね。
ヨコオ氏:
そうですね(笑)。でもだからこそ、若い世代のためになる何かもしたいと言うか。
かつて堀井雄二さんが我々にそうしてくれたように、ヨコオさんが若手を育てる環境を作りたい
齊藤氏:
ヨコオ財団で若いディレクターを育てるプロジェクトとかはダメなの? インディーズぐらいだったらできそうじゃない?
ヨコオ氏:
齊藤さんみたいに人をたらしてやっていくということに、喜びを見いだせるならいいんですけど、僕はそもそも人があまり好きじゃないから。
齊藤氏:
じつはね、ヨコオさんと一緒にやりたいプランナーを募集して、すでに何人か一緒に稼働しているんですけど。「ヨコオさんが若い子をちゃんと教えるんだ」っていうことに、興奮を覚えました。
ヨコオさんはもともとデザイナーだから、感性で仕事をするタイプだと思っていたので、ロジカルに教えるタイプではないだろうと。ところが実際に若い人を教えてもらったら、1+1=2であって、3でもないし1でもないということを、ロジックでちゃんと説明するんですよ。
それはちょっとね、〇起しますよ(笑)。
ヨコオ氏:
『ゴールデンカムイ』的な意味で、〇起するんですね(笑)。
安藤氏:
『ニーア オートマタ』と『シノアリス』【※】が立て続けにヒットして思ったのはそこで、ヨコオさんと若い勢いのあるクリエイターの組み合わせに、ビックリしたんです。ヨコオさんが若い才能をフックアップしたっていう。
ヨコオ氏:
自分の話はこのへんで終わりでいいですか(笑)。
──今のゲームの作る環境は昔と違って複雑化しているし、それこそリスクを負いづらくなっているじゃないですか。その時に若手を引き上げるにあたって、オッサンがどう立ち振る舞うかとか、オッサンをどう使うかみたいな視点というのは、けっこう重要なんじゃないかなと。
ヨコオ氏:
『ニーア オートマタ』のスタッフは30歳ぐらいで、『シノアリス』は30歳以下の人も多いんですけど、なんか宇宙人みたいだなと思うことがよくあって。
安藤氏:
それは歳が離れすぎているからですか?
ヨコオ氏:
このクオリティのものをこんな短い時間でできるということが、僕の理解の枠を超えたと思った瞬間があって。
アンリアルエンジンのような新しいツールとかを使いこなして、見たこともないほどリアルな背景を、驚くほど短時間で作ってくるんですよ。
僕はもともと3DのCGをやっていたから、技術は頭に入っていて分かるんですけど、それが実際にできちゃうということに、頭が追いついていかなくて。たとえばものすごくリッチなコンセプトアートを、2日ぐらいで描いてくる人とか。
安藤氏:
アンリアルエンジンを使いこなしたらアウトプットが早いというのは分かるんですけど、コンセプトアートが早い理由ってどこなんですか?
ヨコオ氏:
絵を描くのにもアンリアルエンジンを使うんですよ。ライティングのラフを取って、そこからバーッと塗っていったりとか、いろいろなことを。
安藤氏:
なるほど、出力の早いところをアンリアルエンジンに任せて、最終的なフィニッシュに注力するんですね。
ヨコオ氏:
イージーな言い方ですけど、デジタルネイティブですよね。生まれてきた時からデジタルの環境がある世代が、クリエイティブの本当の主流になってきたことで、初めて見えてきた答えがあるなと思っていて。
そういう若い世代と一緒にやっていて、自分が何を残すべきかっていうのは、いつも考えていることですね。自分の技術はもう追いつけないし、残せない。
ちょっと前の日本のコンシューマゲーム業界って、北米に勝てないと思っていたんですけど、僕は今の30代なら勝てると思います。あの人たちがアメリカの予算をもらって、アメリカの人数を入れたら、勝てるという確信を持っている。
そういう意味では僕は、ゲーム業界の未来にそんなに悲観してはいないです。
そんななかで歳を取った自分が残せるもの、教えられるものは何だろうっていうのが、さっき齊藤さんが言った「ロジカルに教える」っていう部分で。ここをこうするのには意味があるんだよという、老獪な部分を伝えたいなって、すごく思うんです。
安藤氏:
堀井さんって65歳ぐらいですか?
藤澤氏:
今年で64歳ですね。僕と16歳違う。
安藤氏:
じゃあヨコオさんが今組んでいる人たちと、同じスパンで離れている感じですよね。
藤澤氏:
ということは、オレらが堀井さんを見ているように、彼らはヨコオさんを見ているわけだ。
安藤氏:
堀井さんがみんなにチャンスを与えてくれたように、僕らの世代が若い人の才能を認めて、チャンスを与えているんですね。
齊藤氏:
ヨコオチルドレンなわけですよ、その募集してきた子たちは。
ヨコオ氏:
齊藤チルドレンとも言えますね。
齊藤氏:
『ドラッグ オン ドラグーン』を学生の時に遊んで、ヨコオさんのせいで人生が変わっちゃった人たちがいっぱい来るわけですよ。だからもうスゴイなと思って。
ヨコオ氏:
スクエニさんでそうやって、一緒にお仕事をやらせていただくスタッフさんの教育みたいなことをやっているんですけど、冷静になると、僕と彼らは何の関係もないんですよ。僕はスクエニの人ではないので。
僕が彼らに指示したり教育したりしているのって、構造としては破綻しているんですけど、齊藤さんはそこを許してくれるところが、度量が広いというか。
齊藤氏:
でも逆に言うと、それはヨコオさんが「若い子たちを育てたい」と言ってくれたから。ヨコオさんの下に門下生を10人ぐらいつけて、「その人たちに給料を渡してくれ」なんて言えないので。
だったらウチの会社がちゃんと予算を確保するから、そこでヨコオさんが考えていることを伝えてくれる環境を作りましょうって。
藤澤氏:
それって、オレが若い時に堀井雄二さんにしてもらったことと、完全に同じですよ。オレはエニックスから給料をもらいながら、堀井さんに教わっていたので。
齊藤氏:
そうそう。だからそれと同じなんですよ。募集も『ドラクエ』の時のやり方をトレースしたので。
藤澤氏:
あっ、完全に『ドラクエ』モデルなんですね。スゴイなぁ。
安藤氏:
面白いですね、そうやって繰り返していく感じが。(了)
この座談会は5時間近くに及んだため、齊藤氏をはじめ4名のみなさんが口にしたアルコール飲料の本数も、かなりの量となった。それもあってか会話の内容は破天荒なものとなり、ほかではあまり聞くことのできないエピソードが多かったのではないだろうか。
今回の座談会で明らかになったように、齊藤氏が行っているプロデューサーの業務とは、基本的には「ゲームを直接作らない」仕事である。
その代わり、ディレクターをはじめとするゲームクリエイターや開発会社の間をつなぎ、その人間関係が上手くいくように気を配ることが、その真髄となっている。
そして齊藤氏の仕事ぶりは、コミックや小説の編集者と通じるものがある。編集者もまた、自分自身で直接作品を作り上げるわけではない。
しかし一方で、昨今、取材を重ねれば重ねるほど、そういった“編集者”的な役割の重要性を実感するのも確かだ。
鳥嶋和彦氏しかり、鈴木敏夫氏しかり。才能あるクリエイター達と向き合いながら、その才能を最大限に引き出し、そして世に売り込んでいく──。今日聞けた齊藤氏の仕事ぶりは、まさにそんな名プロデューサーたちのやってきたことを、ゲームという場で体現した話だったように思えてならない。
今回の座談会によって、そうした「直接モノを作らない」仕事の大切さが、改めて確認できたのは、個人的にも大きな収穫であった。
さて。そんな齊藤氏が現在、次世代のゲームクリエイターをどうやって育てるか、ということを意識しているのは非常に興味深い。
かつて堀井雄二氏が新たな世代に活躍の場を与えていったように、今度は齊藤氏がさらに次の世代へとバトンを繋ごうとしている。『ドラクエX』のプロデューサーを卒業することも、ヨコオ氏の下で若手のプランナーやデザイナーを学ばせる機会を作るのも、そのためなのだ。
『ドラクエX』を卒業した齊藤氏が、若いクリエイターを支えてどんなゲームを送り出すのか、そして並行して自身の新しい取り組みではどんな挑戦を仕掛けていくのか、今後の活躍に期待したい。
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— 電ファミニコゲーマー (@denfaminicogame) August 28, 2018
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齊藤陽介、藤澤仁、ヨコオタロウ、安藤武博の4人による
優秀なゲームプロデューサーについて考える座談会はこちらhttps://t.co/Yb0FoTp3Uj pic.twitter.com/m9ebOdD1dQ
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技術力が高すぎて「大手企業がバックにいるのでは?」と噂されていたVTuber集団、実は『ドラクエX』『ニーア』のスクエニ齊藤Pによるバーチャルアイドルグループだった──「GEMS COMPANY」珠根うた含む各メンバー総まとめ2018年現在、一時期猛威を振るったアイドル戦国時代は落ち着きを見せている。
アイドルグループの解散や結成による絶対数の増減はあるものの、現在のアイドルという形がひとつの文化として定着し、メジャーシーンとインディーシーンそれぞれ、今後も消えることなく続いていくであろうと感じ取ることができる。そんな中、新たにゲームメーカーがアイドルシーンに一石を投じることが明らかになった。スクウェア・エニックスの「GEMS COMPANY」だ。
この女の子たち、活動当初から“誰が運営しているのか”については一切明言してこなかったが、そのクオリティの高さからファンの間では「大手企業がバックにいるのでは?」と噂されていた。実は、水面下でスクウェア・エニックスによって企画・プロデュースされていたのだ。