2018年8月25日、スクウェア・エニックスの齊藤陽介氏が『ドラゴンクエストX』のプロデューサーを退任することが発表された。
齊藤氏は、2012年8月からサービスが開始された『ドラクエ』初のオンラインRPGである『ドラゴンクエストX』(以下、ドラクエX)のプロデューサーとして、開発初期からずっと同作に携わり続けてきた。
それだけでなく、2017年7月に発売された『ドラゴンクエストXI 過ぎ去りし時を求めて』(以下、ドラクエXI)でも再度、『ドラクエ』ナンバリング作のプロデューサーを務めている。
『ドラクエX』のプレイヤーにとって、齊藤氏は「よーすぴ」の愛称でおなじみだ。オンラインRPGという作品の性質もあり、齊藤氏は同作の公式ニコ生やイベントなどに“出たがりおじさん”と呼ばれるほど頻繁に出演している。
その意味で、齊藤氏は単なるプロデューサーという役職を超えて、『ドラクエ』の生みの親である堀井雄二氏と並ぶ『ドラクエX』の顔となっていた。その齊藤氏が今回『ドラクエX』から卒業するのは、同作のプレイヤーには大きな「出来事」と言えるだろう。
一方で、ゲームプロデューサーとしての齊藤氏の活躍は、『ドラクエ』シリーズに留まるものではない。
国産MMORPGの草分けである『クロスゲート』を2001年にリリースするなど、日本のオンラインゲームをその黎明期から牽引してきたと同時に、モバイルゲームにもiモード時代からいち早く取り組んでいる。
また、AIを活用した育成シミュレーションゲーム『アストロノーカ』や、実写ミステリーアドベンチャーゲーム『ユーラシアエクスプレス殺人事件』など、ユニークなオリジナルタイトルをいくつも生み出してきた。
さらには『スターオーシャン』や『ヴァルキリープロファイル』といった人気RPGシリーズでも、エグゼクティブ・プロデューサーを務めている。
齊藤氏がプロデュースを手がけたゲームのなかでも、特に注目を集めているのが、2017年に発売された『ニーア オートマタ』だ。
カルト的な人気を得ているヨコオタロウ氏の世界観と、アクションゲームに定評のあるプラチナゲームズの開発力を組み合わせることで、全世界累計出荷・ダウンロード販売数300万本を超えるヒットを達成しただけでなく、複数のアワードで2017年のGOTY(ゲーム・オブ・ザ・イヤー)に選ばれるといった高評価をも獲得している。
『ドラクエ』というメジャータイトルから、個性的なオリジナル作品の『ニーア』まで、多種多様なゲームを確実に成功へと導く齊藤氏のプロデュース能力とは、いったいどのようなものなのか。
そこで今回は齊藤氏と、これまでに齊藤氏と仕事を共にしてきた3名の方々による座談会を企画した。
藤澤仁氏は『ドラクエX』で、そしてヨコオタロウ氏は『ニーア』シリーズで、それぞれ齊藤氏とゲーム作りを行ってきたディレクターである。また安藤武博氏は齊藤氏の直接の後輩であり、同じプロデューサーとしてその仕事ぶりに接してきた人物だ。
5時間近くに及んだこの座談会は、アルコールが入ったこともあり、かなりフランクな雰囲気で行われた。そのため『ドラクエX』や『ニーア オートマタ』の舞台裏から、旧エニックスのエピソードまで、インパクトのある話題を次々に聞くことができた。
そしてそこから見えてきたのは、「直接ゲームを作らない」プロデューサーが、人と人とをつなげて創作の現場を作り出し、クリエイターの創作を支えている姿である。
聞き手/TAITAI
文/伊藤誠之介
編集/クリモトコウダイ
カメラマン/増田雄介
スタッフが世代交代しているなかで、プロデューサーだけ代わらないのは組織として健全ではない
一同:
カンパーイ!
齊藤氏:
ヨコオさんはストローで飲んでいるんだよね。
藤澤氏:
ストローでビールを飲んでも美味しくないでしょ?
ヨコオ氏:
意外とローコストで酔えますよ(笑)。……って、僕の話はいいんですよ、今日の主役は齊藤さんなんですから。
安藤氏:
今回の座談会は、いったいどういうきっかけなんですか?
齊藤氏:
私が『ドラゴンクエストX』【※】のプロデューサーを卒業するので、それに合わせた企画ですね。
藤澤氏:
辞めるのは『X』だけなの?
齊藤氏:
もう『ドラクエ』はやらないと思う、たぶん。
──座談会の主旨を改めてご説明しますと、齊藤さんが『ドラクエX』のプロデューサーを卒業されて、次に何を目指すのかというのももちろんお聞きしたいのですが、もともと僕は齊藤陽介という人に非常に興味があって。
なにしろ日本のオンラインゲームを黎明期から手がけてこられた方ですし。それだけでなく『ニーア オートマタ』のような新しいプロジェクトを世界的なヒットにつなげたという意味でも、プロデューサーとしてすごく優秀な方だと思っていて。
齊藤氏:
そんなこと誰も言ってくれないよ。
安藤氏:
今日言いますって(笑)。
──齊藤陽介という人物について語ることで、ゲームのプロデューサーとはどういう仕事で、いったい何が重要なのか、みたいな話が浮かび上がってくればいいなと思っているんです。
安藤氏:
齊藤さんはなんでこのタイミングで、『ドラクエX』を卒業しようと思ったんですか?
齊藤氏:
『ドラクエX』のディレクターってもう3代目じゃない。それからこの前の「ドラゴンクエスト夏祭り」の開発者座談会で、BG班とモーション班とエフェクト班に出てもらったんだけど、そこのリーダーたちも3代目ぐらいなの、なんだかんだ言って。
どの役職も2~3代繰り返しているなかで、プロデューサーだけ変わっていないというのは、組織としてはあまり健全じゃないなと。天井がつかえちゃっているから。
かといって、せっかく組織をここまで作ったのに、プロデューサーを外から連れてくるべきではないと思って。じゃあ内部でプロデューサーになってくれそうなのは誰かなと考えて、白羽の矢を立てたのが、テクニカルディレクターの青山さん(青山公士氏【※】)。
青山さんが技術の役職で今より上にいくってなると、もうCTO(チーフ・テクニカル・オフィサー)ぐらいしか残ってなくて。でもCTOというのは天才肌の人がやるところで、青山さんは天才肌のスペシャリストというよりゼネラリストだと思ったから。
※青山公士
スクウェア・エニックスのネットワークサービスであるPlayOnlineのディレクターを経て、『ドラゴンクエストX』でテクニカルディレクターを務めた。本文中にあるとおり、齊藤陽介氏の後任として『ドラクエX』のプロデューサーに就任。
藤澤氏:
青山さんはディレクターになったっておかしくないからね。
齊藤氏:
ディレクターって選択肢もあるんだけど、青山さんはちゃんとしている人だから、外向きの仕事さえできればプロデューサーを上手くできるなと思って。
だから最初は青山さんに「2枚体制のプロデューサーはどう?」と提案したんですよ。いわゆるラインプロデューサー寄りの、社内のチームを見るプロデューサーとして。
それで外向きのプロモーションや対外交渉を含めたプロデューサーを、『ドラクエ』のことを分かっていて『X』も遊んでいる人間に、2枚体制でやってもらって。
ただ、2トップというのは組織として健全ではないから、慣れてきたらどちらかを据えて1トップにすると。
そうしたら青山さんの答えは「両方を自分に任せてもらえるんだったらやりたい」と。こちらとしても、両方やってくれるのに越したことはないから。
でもいきなり内向き外向きの仕事を両方やるっていうのは、そんなに簡単なことではないので。そこからはとにかく、青山さんを外に引っ張り出すということを始めて。青山さんを露出させることをバージョン4が始まる前からこの1年ぐらい、繰り返しやってきたんです。
──では今回のタイミングで発表したのは、交代の準備が整ったのが大きかったわけですか?
齊藤氏:
『ドラクエX』って今はバージョン4.2なんです。ディレクターが交代するんだったら、バージョンが大きく切り替わるタイミングなんでしょうけど。
でも実際にはこの先の準備にもいろいろ取りかかっていて、どこでやったって中途半端になっちゃうから、それなら『ドラクエX』6周年というタイミングで、新しい周年を青山さんに引き継ぐのが、時期としてはいちばんいいでしょうと。それを決めたのが1年半ぐらい前ですね。
安藤氏:
じゃあ、かなり周到に準備して引き継いだんですね。
藤澤氏:
以前にいたところだから言えるけど、安西さん(安西崇氏【※】)がディレクターになって、青山さんがプロデューサーというのは、個人的にもすごく納得感がある。その2人なら本当に良かったと思えるスタッフィングです。
※安西崇
光栄(現・コーエーテクモゲームス)で、『信長の野望 Internet』や『アプサラス』といったオンラインゲームを手がけた。『ドラゴンクエストX』ではバトルプランナーチーフやチーフプランナーを担当し、バージョン4よりディレクターに就任。
これからは「ゲームじゃないもの」も含めた新しいことをやりたい
ヨコオ氏:
そうやって『ドラクエX』のプロデューサーの座を譲った後に、齊藤さん自身はどうするんですか?
齊藤氏:
『ドラクエ』じゃない変態ゲームをやる(笑)。実は『ドラクエ』の間を埋めるというのは、旧エニックスの頃からやってきたので。だから新しいことをやりたい。
「コンソールの新しいIPとか、新しいタイトルなんて絶対に立ち上がらないから、みんなスマホでいいんじゃね?」みたいな流れを、ヨコオさんのおかげもあって『ニーア』で覆せたと思っているから。
それを今後もやっていくのが、オレみたいなオッサンの役割かなと。
これまでは、ある程度は会社に利益を出してきたから、そんなにメチャクチャなことをしなければ、新しいことにチャレンジしてもダメだとは言われないだろうし。
ホントにダメだと言われるまでは、新しいことをやろうかなと。ゲームじゃないものも含めてね。
安藤氏:
ゲームじゃないこともやるんですね。何か言える範囲で、やりたいことってあるんですか? 僕は今でもイルカ【※】と仕事しているから、齊藤さんがVTuberを仕掛けているのはうすうす知っているんですけど。
技術力が高すぎて「大手企業がバックにいるのでは?」と噂されていたVTuber集団、実は『ドラクエX』『ニーア』のスクエニ齊藤Pによるバーチャルアイドルグループだった──「GEMS COMPANY」珠根うた含む各メンバー総まとめ
※イルカ
ゲーム開発や3DCG映像の制作を行っており、『ドラゴンクエストXI』PS4版ではグラフィック全般の開発協力を担当。また、同社の代表取締役である岩﨑拓矢氏は、『ニーア ゲシュタルト/レプリカント』や『ドラッグ オン ドラグーン』で開発側のプロデューサーを務めている。
齊藤氏:
そう、それをようやく発表できた。VTuberって今すごく盛り上がっているけど、こんなふうになる前からやりたくて。それこそ「バーチャルYouTuber」なんて言葉が出てくる前からね。だからいま流行りの「VTuber」を創ってるつもりはないんです。
安藤氏:
齊藤さんは昔から「アイドルを作りたい」と、ずっと言っていましたもんね。
齊藤氏:
自分のなかで、初音ミクがものすごくセンセーショナルだったんです。新しい時代が来たと思って。でも初音ミクが出てきた当時は、めっちゃ忙しかったので。だから、ちょうど『ドラクエXI』をマスターアップするメドが立ったぐらいから、少しずつ実験を始めたんです。
初音ミクをリアルタイムでできたら素晴らしいなと思ったので、それを技術的にどこまでできるか、イルカと実験してみようと。それがここまでできると見えてきたところで、中の人をオーディションするということをやって。
中の人が決まって、スクウェア・エニックスという後ろ盾なしでどこまで行けるかなと思って、今年の4月からやってみたら、チャンネル登録者が1万2~3000人ぐらいになって。次に多い子が開始2週間で7000人ぐらい。
これからグループで売るんだけど、さすがに全員の人気が横並びになるというのはあり得ないから、柱となる子が何人かいればグループとしてはやっていけるだろうと。
好みを分散すべきというのは「ユーラシアエクスプレス殺人事件」で勉強したので。大衆受けするキャラとマニアックだけど深く愛されるキャラを準備すべきというのは最初から決めてました。
これはR&D(研究開発)プロジェクトだと思ってやっているんですよ。どこで収支を見るかということを考えずに始めたプロジェクトだから。
「ちょっと実験でやらせてくれ」って会社に提案したら、意外と時流に乗っていたので。でも、まだ分からないね。何がバズるか分かんないし。
ヨコオ氏:
齊藤さんは昔から、そういう新奇なことをやりたいってオーラを出していますよね。人狼ゲームもそうだし、リアル脱出ゲームもそうだし。
でも、齊藤さんみたいに成果を出している人なら、「経営レイヤーに入ってくれ」みたいな感じの圧もあるんじゃないですか?
齊藤氏:
望まれないんじゃないの、それは。こいつを経営に閉じ込めておくぐらいだったら、勝手に泳がせて好きなことをやらせようって。
安藤氏:
実際、ないんですか?
齊藤氏:
取締役だから普通ならそうなんだろうけど。でもそこは松田さん(松田洋祐氏【※】)が見てくれているから、別にいらないんじゃないかな。
※松田洋祐
公認会計士から旧スクウェアに入社し、2013年よりスクウェア・エニックスの代表取締役社長に就任。財務畑の出身ながらFPSが得意という意外な一面もあり、スクウェア・エニックスの海外開発タイトルが日本で発売される際には、社長自らデモプレイを披露することも。
──取締役としての業務もあるんじゃないですか?
齊藤氏:
役員会の会議が1個増えました、という感じですね。もちろん、それだけじゃないんですが、大きな変化は思ったよりないです。
ヨコオ氏:
齊藤さんはそもそも、社長とか絶対なりたくないタイプじゃないですか。齊藤さん以外でスクエニの社長をやれそうな人って、誰ですか?
齊藤氏:
経営のプロがやるべきだと思いますよ。
ヨコオ氏:
そういえばスクエニの社長さんは、みなさん財務畑の方ですよね。
安藤氏:
モノ作りを分かっている人だとウエットになっちゃうから、けっこう難しいんじゃないかな。
齊藤氏:
ウチぐらいの会社規模になっちゃうと、そうなんじゃないの。エニックスの時の福嶋さん(福嶋康博氏【※】)は、従業員100人くらいの会社だったから全員の顔を見ながら仕事できただろうけど。今、社食に行くと見たことない人ばっかりで怖いもん(笑)。
※福嶋康博
1975年に公団住宅情報誌の発行を行う会社として営団社募集サービスセンターを創業し、1982年に商号をエニックスに変更。ゲームプログラムコンテストを開催して、堀井雄二氏や中村光一氏を発掘した。2003年にエニックスがスクウェアと合併してスクウェア・エニックスが誕生した際には、同社の代表取締役会長CEOに就任。現在はスクウェア・エニックス・ホールディングスの名誉会長を務める。
安藤氏:
去年、東京ゲームショウに行ってスクエニのブースに朝、昼、夕方と突撃したんですけど、知っている人を5人ぐらいしか見なかったから(笑)。
自分が辞めて3年経ったら、こんなに変わっちゃうんだっていうぐらい、本当に入れ替わりが激しくて。母数が大きいからそうなりますよね。
ヨコオ氏:
とくにスマホの部署は、新陳代謝が早そうですね。
安藤氏:
めっちゃ早いですね。コンソールのほうはそんなには変わってないと思いますけど。
齊藤氏:
2~3年前ぐらいは、新卒の面接をやって「ほかにどこの会社を受けていますか?」って聞くと、スマホの会社がほとんどなんですよ。
コンシューマの会社なんてほぼない。それが去年あたりから、コンシューマの割合がちょっと復活しましたね。
藤澤氏:
ゲームが流行ったおかげで、コンシューマを作りたいっていう人も増えたから。
齊藤氏:
そうそう。それは嬉しいなと。
企画を通すためには「夜討ち朝駆け」をしろ
──改めてお聞きしたいんですけど、齊藤さんと一緒にお仕事をされてきたみなさんから見て、齊藤さんは優秀なプロデューサーなんですよね?
ヨコオ氏:
僕の視点で言うと、齊藤さんが優秀かどうかはいったん置いておいて。
藤澤氏:
置いとくんだ(笑)。
ヨコオ氏:
僕のなかで優秀なプロデューサーというと、人とお金を集めてゲームを完成させるのが、最低限必要なミッションで。その上で当てる、つまりゲームをヒットさせることだと思うんですね。
それで言うと、齊藤さんは必ずしもすごく儲けるタイプのプロデューサーだとは思わないんです。結果的に当たってはいるんですけど。
僕は社外のデベロッパーで、要するに下請けでやっているので。そのデベロッパー目線で言うと、齊藤さんはイイ人ですよ。旧エニックスのほかの人たちとは違って。
──エニックスのほかの人たちと齊藤さんとでは、具体的には何が違ったんですか?
ヨコオ氏:
僕は社外の人間なので、如実に感じていたんですけど……エニックスの人たちってわりと、お金を出し渋って買い叩く人が多かったんですよね。
安藤氏:
プロジェクトは立ち上げやすいけど金払いが悪かったのかな? 今振り返ると、僕もチャンスはもらったけど給与は買い叩かれていた様な気がする。エニックスに(笑)。
ヨコオ氏:
言い方は悪いんですけど、ヴァイキングみたいな生き方をしている人たちでしたよね(笑)。
だからスクウェアと合併した時は、貴族のスクウェアとヴァイキングのエニックスが合体したみたいな感じで(笑)。そんななかで齊藤さんは、ちゃんとお金を払ってくれる人でした。
齊藤氏:
いや、ほかの人もちゃんと払ってますよ(笑)。買い叩くというよりは、結果的に工数に見合わなくなることがあるんです、開発側の都合でスケジュールが延びたりするから。
「ちゃんとこの金額で契約したんだから、そっちの都合で延びようがどうしようが、ちゃんとその金額で作ってください」というやり取りの結果が、そんなイメージになっているんじゃないですかね。
ヨコオ氏:
作っている途中で何も言われなければそのとおりなんですけど、「最初は言ってなかったけど体験版も作れ」とか、「東京ゲームショウに出展する特別なROMも作れ」とか、それでどんどん作業が増えて、完成が延びていって。
「それじゃあ払えません」って言われても、「そんなの知るか!」って現場は怒るわけですよ。
齊藤氏:
たぶんこういう対立は、ゲームに限らずどこの会社にもあって、まぁそれでも、最終的に売れればみんなハッピーなんです。
それがなかなか難しいんですけど。旧エニックスの契約ベースは『ドラゴンクエスト』だったんですよね。『ドラクエ』と同じぐらい売れれば、めちゃくちゃ儲かるんですけど……。
安藤氏:
全部『ドラクエ』ベースで評価されるから、いくらなんでもそこまで売れるわけないじゃないですか、っていう。
齊藤氏:
『ドラゴンクエスト』というのは4年に1回とか、それぐらい間隔の空くタイトルなので、その間を自分たちがどうやって埋めていくのかということに、使命を感じていて。
それでバカゲーばっかり作っていたんですけど(笑)。あ、バカゲーは誉め言葉ですよ。念のため。
安藤氏:
でも『ドラクエ』を作った千田さんに──企画を通す相手がビデオゲームの歴史に残るものを作った人に、まず提案を通さないと何事も進まないんです。
齊藤氏:
想像するだけで大変そうでしょ。
安藤氏:
何を言っても向こうのほうがスゴイ相手に対して企画を通さないといけない時に、僕が齊藤さんから教わったのは「夜討ち朝駆けをしろ」ということですね。
提案をペンディングされたら、次は朝一番に会社に来て待ち構えろと。それでもダメなら次は夜、相手が油断している時を襲えと。
ヨコオ氏:
完全にヴァイキングのやり方ですよね(笑)。
安藤氏:
そうでもしないと通らないから、それぐらいならできるだろうっていう。最終的には根性、みたいな話ですよね。
あとは、齊藤さんの提案書の特徴なんですけど、A4サイズの枠からはみ出して、めっちゃ大きく書くんですよ。A3サイズとか。
齊藤氏:
A全(A1)とかね(笑)。
安藤氏:
要するに、プリンターで決められているフォーマットからはみ出すんですね。「これだけ使わないと面白そうに見えないから、ここまでやれ」って。
齊藤氏:
提案書に自分でマンガを描いたりしていましたから、コマを割って。
バカゲーって言葉で言うのは簡単なんですけど、要するに新しいことをやりたかったんです。でも新しいことを他人に説明するのは、すごく大変なので。それでマンガを描いて説明したりしていましたね。
──そこまでするんですね。
安藤氏:
それを見て、エニックスのほかのプロデューサーも真似するようになって、しまいには模型を作ってくる人間までいて。木に登るゲームを作っている人が、画用紙で木の模型を作ってきたり(笑)。
齊藤氏:
『天までジャック』【※】だね。頑張ったけど、そんなには売れなかった(笑)。
安藤氏:
「それぐらいがんばらないとダメだよ」って、僕が22歳でエニックスに入った時に、齊藤さんから教わったんです。
齊藤氏:
その時に言ったことは覚えてないですけど、自分が上の立場になって、企画を持ってこられた時に何にいちばん弱いかなって考えると、三顧の礼みたいなことなのかなと。
ダメなところを指摘するのは簡単な話なので。1回目はここがダメ、ここもダメ。
2回目はどこがダメとかも言わないでダメ。3回目もやっぱりダメなのかもしれないけど、それでも目を輝かせながら持ってきたら、さすがにダメとは言えないし、それをダメだと言う自信はないです。
だって正直分からないですから。それが売れるか、売れないかなんて。これは今でもそうです。でもたいていは、2回ダメだって言うとみんな心が折れるんですよね。
「『ドラクエ』はやりたくない」って、ずっと言い続けていた
ヨコオ氏:
僕は『ニーア』をやっている齊藤さんのことしか知らないんで、こういう話は面白いですね。特に齊藤さんが『ドラクエ』で何をやっていたかというのは謎めいているんです。
齊藤氏:
『ドラクエ』ってシナリオは社内ですけど、基本は外部の会社で作っているじゃないですか。そういう意味で言うと『ドラクエX』は、初めて社内で作るものだったので。
藤澤氏:
最初は『ドラクエX』も、外部の会社とやろうとしたね。
齊藤氏:
それでいろいろと話をしていくうちに、今みたいに運営のノウハウもないなかで、社外の人たちと一緒に運営をやっていくのは難しいんじゃないかと。やっぱり社内で開発チームを作ろうということになって、そこから時間がかかったんですよ。
当時はスクエニの社内に分科会というのがあって。デザイナー分科会、プランナー分科会、プログラマー分科会というセクションにいちいち行って、「新しい『ドラクエ』を作るので、人がほしいです」とお願いするんです。
ヨコオ氏:
セクション制だったんですか?
齊藤氏:
評価や配属はセクション制なんだけど、それとは別にプロジェクトを担う事業部もあって。
ヨコオ氏:
めんどくさい……(笑)。
藤澤氏:
社内でやったほうがいいと提案はしたんだけど、それが具体的にどういう道のりを経てやれるのか、みたいなイメージは何にもないままお願いしたんです。
そのうち各分科会にずーっと参加し続けて、毎週関係ないのになぜかいる人みたいになって。そうやって社内で人を集めていったんです。
──『ドラクエ』のオンラインゲームというビッグなタイトルでも、会社が座組を用意してくれたりはしなかったんですか?
齊藤氏:
ないですね。さすがにこれだけ大きな組織を鶴の一声では動かせない(笑)。
藤澤氏:
スクエニの社内にいる開発者というのは、もともとスクウェアのスタッフでしたから。エニックス側で人がほしいと言って、そこに融通するような仕組みは当時はなかったんです。
だから飛び込みで全部やってもらった、というのが実態ですね。
安藤氏:
その状況で、いなくてもいい会議に出て座組んだというか、言葉は悪いけど人をかっさらってきたというのは、普通のプロデューサーにはできないことですよ。
──たしかにそうですね。
齊藤氏:
エニックス時代に『クロスゲート』【※1】を作る時も、もしかしたら『ドラクエ』の冠が重要かもしれないから、「これを『ドラゴンクエスト』というブランドでできないか?」と、千田さん(千田幸信氏【※2】)に相談しに行ったんです。でもその時は、ちょっとまだ時代が早くて。
※2 千田幸信
初代『ドラゴンクエスト』でプロデューサーとして大きな役割を担った、『ドラクエ』の生みの親の1人。以後、『ドラゴンクエストVII』までプロデューサーを務めたほか、多数のゲームでエグゼクティブ・プロデューサーとして全体を統括している。現在はスクウェア・エニックス・ホールディングス取締役。
エニックスって昔はPCゲームのメーカーだったんですけど、その当時はもうPCゲームのコーナーに商品棚がなかったんですよ。かといってコンソールでオンラインゲームをやるというのは、その当時はまだ考えづらかったので。
もう1回PCゲームの棚を作るところからスタートする時に、『ドラクエ』というタイトルは魅力的だったんですが、逆に自由がきかなくなってしまう可能性もあるから、天秤にかけて、じゃあそこは諦めようということで、『クロスゲート』というタイトルで出したんです。
その後、「『ドラクエ』のオンラインゲームをやろう」という話になった時に、「齊藤がずっとオンラインゲームをやっていたから、これをやるべきだ」と。
最初に会社のクリスマスパーティで千田さんから「ゆっくりやっていいよ」と言われたことを、今でも覚えています。それだけ大変なことに取り組むんだという意味でね。
安藤氏:
僕の目線からは、齊藤さんが『ドラクエX』に入ったのは、ほかにできる人がいないし、『クロスゲート』とかでオンラインゲームの経験があって、運営のノウハウも持っていたから、仕方なく入った感じに見えたんですよね。
齊藤氏:
「『ドラクエ』はやりたくない」って、ずっと言い続けていた。そもそも凄いプレッシャーがかかることが分かっていたので自分には荷が重いし、マジョリティよりマイノリティを選択してきたのが自分だったので。
藤澤氏:
えぇっ、そんなこと言ってなかったじゃん。
齊藤氏:
そう言ったら、みんなのモチベーションを下げちゃうじゃん。やりたくない人がやっているのか? って。それにその頃には、「やる」って覚悟を決めていたしね。
藤澤氏:
オレには「『ドラクエ』のオンラインを作るのが夢だった」って、目をキラキラさせながら言っていた! 「これはオレの夢だから、藤澤さん一緒にやろう」って。
齊藤氏:
吉田直樹【※】を北海道から連れ出す時もそう言った(笑)。
※吉田直樹
ハドソンで『天外魔境』シリーズや『ボンバーマン』シリーズを手がけた後、2005年にスクウェア・エニックスへ入社。2010年に『ファイナルファンタジーXIV』のプロデューサー兼ディレクターに就任し、『新生エオルゼア』で同作を一新することとなった。現在はゲーム開発の傍ら、スクウェア・エニックスの取締役兼執行役員を務める。
『FFタクティクス』松野泰己✕『FFXIV』吉田直樹対談──もはやゲームに作家性は不要なのか? 企画者に求められるたったひとつの資質とは?
ヨコオ氏:
完全に人を落とすために……!
藤澤氏:
そうか、あれはウソだったのか。今知った(笑)。
──まとめると「プロデューサーは人たらしであれ」ということですね(笑)。
『ドラクエ』や『FF』は若い人たちがチャレンジして、実力をつけたら卒業する場だ
安藤氏:
これ、今日聞こうと始まる前から思っていたことなんですけど、齊藤さんにとって『ドラクエ』とは何だったんですか?
齊藤氏:
『ドラクエ』って憧れだよね、やっぱり。
安藤氏:
憧れのものをやって、やりきって。
齊藤氏:
やりきったかなぁ……。
安藤氏:
『ドラクエ』の歴代プロデューサーのなかで誰を思い浮かべますか? と言ったら、齊藤さんのイメージはけっこうありますよ。オンラインという特性もあったし、売り方もあって、「よーすぴ」という人はすごく前面に出たわけですよね。
その意味では、歴代の『ドラゴンクエスト』のプロデューサーのなかではもっとも印象を残した人だと思いますよ。千田さんはわりと知る人ぞ知るという感じだし。
藤澤氏:
市村はそんなに前に出なかったしね。
齊藤氏:
でもそういった意味で言うと、大変なのは次の『XII』なんじゃないの? 『ドラゴンクエストXII』を作る人は、相当に大変だと思うよ。
藤澤氏:
携帯ゲーム機の『ドラクエIX』【※】、オンラインの『ドラクエX』、そして王道たる『ドラクエXI』というのはずっと想定していて、この3つが世に出たわけじゃないですか。さぁ次はどうするんだっていう話ですよね。
安藤氏:
齊藤さんはやりたくないんですか、『ドラクエXII』のプロデューサーは?
齊藤氏:
逆にそういうもののほうがやってみたいと思うぐらいだけど、でも今は……。これは会社の役員の立場としては言えない発言なのかもしれないけど、『ドラクエ』や『ファイナルファンタジー』というのは、若い人たちが力をつける場だと思う。
藤澤氏:
言えることでしょう、それは。オレもそう思っている。
齊藤氏:
でもほら、失敗できないじゃない。会社のライフラインというか、絶対に外せないところなので。
でも別に、そこらへんを歩いているお兄ちゃんを連れてきてやらせようって言っているわけじゃなくて、ちゃんとできる若い人を抜擢するという意味だから。
藤澤氏:
将来を見込んでいる人間に任せる。
齊藤氏:
オッサンたちは、今まで培った経験とかノウハウとかハッタリとかで、新しいことをやるべきだと思っている。それもあって自分は、次は新しいことをもう1回やるっていう。昔のエニックスの企画課的な発想で。
──でも、新しいことは若い人がやるものだ、とも思うんですよ。そうじゃなくて、オッサンたちは新しいことをやって、若い人に『ドラクエ』をやってもらいたいというのは、どういうことなんですか?
藤澤氏:
オレから話していいですか? 堀井雄二さんがいて、それ以外のメンバーは何もやったことがないヤツらでいつも作ってきたのが、『ドラゴンクエスト』だと思うんです。
オレなんか特にそうなんだけど。だからこそ、そこで1回名を売った人間がずっと居続けてはいけないっていう気持ちが、すごく強くて。
安藤氏:
なるほど、卒業するものなんだ。
藤澤氏:
だって、それで自分たちがやらせてもらえたんだから。今度は若い人たちに同じ環境を残していかないと。
安藤氏:
あっ、それは『FF』を作った人たちも、同じことを言っていましたね。
『ファイナルファンタジー ブレイブエクスヴィアス』【※】を作る時に、筋を通さないといけないと思って、過去の『FF』を作った方々に退社された人も含めて会いに行ったんですよ。
そうしたら「『FF』はしがみつくものじゃなくて卒業するものだから、1回はやってもいいけど、これで最後にしておきなさい」って。それはみんなが言いましたね。
藤澤氏:
だからさっき齊藤さんが「『ドラクエ』や『FF』は」と言ったのは、そういうことなのかなって。まぁ、『ドラクエ』には堀井さんがいるしね。
齊藤氏:
そうなんだよね、『ドラクエ』には堀井さんがいるから。もちろん若い人にも、新しいことをやるチャンスがあったらぜんぜんやってほしいんですけど、その場合はリスクも負うことになるじゃないですか。
【堀井雄二インタビュー】「勇者とは、諦めない人」――ドラクエが挑んだ日本人への“RPG普及大作戦”。生みの親が語る歴代シリーズ制作秘話、そして新作成功のヒミツ
藤澤氏:
それはそうですね。
齊藤氏:
だから最初に言ったように、ちゃんと収益を立てられるものが自分の手元にあるのなら、その原資を使って新しいことにチャレンジすればいい。それでその原資が倍になったらラッキーじゃないですか。
原資となるものが手元にあるなら積極的にやればいいけど、まず原資を作る機会があるのなら、先にそっちをやるほうがいいのかなと。