マリオに「自力でクリアしてよ」と思っていた──AIそのものをゲームにした世界最高峰のゲームAI誕生秘話──『がんばれ森川君2号』、『アストロノーカ』、『くまうた』制作者・森川幸人氏インタビュー【聞き手:三宅陽一郎】

マリオに「自力でクリアしてよ」と思っていた──AIそのものをゲームにした世界最高峰のゲームAI誕生秘話──『がんばれ森川君2号』、『アストロノーカ』、『くまうた』制作者・森川幸人氏インタビュー【聞き手:三宅陽一郎】

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脳の入れ替えという発想力──『がんばれ森川君2号』

──ここからそれぞれのゲームの話をしていだたく前に、前提として、三宅さんにAIの定義について伺っておきましょう。AIにはいろいろな定義があると思いますが、これらの森川さんの仕事はどの程度AIと言えるのでしょう。

三宅氏
 まず、現在の極めて狭い定義で言うと、第三次ブームから入った方の中には、「データの上のディープラーニングだけがAI」という立場の方もいらっしゃいますね。
 そうすると、たとえば1996年にチェスの世界チャンピオンに勝ったディープ・ブルーは、学習型ではなくて完全に人間がプログラムを書いているので、狭い定義ではAIではないことになるんです。

 意外かもしれませんが、学習というのは最近までそこまで主流の考えかたではなかったもの。ところが、ディープラーニング以後は、いわゆるビッグデータがあって、そこから学習をしたものだけがAIということになっています。

 ですが第二次ブーム当時の定義は真逆で、むしろ人間がたくさんルールを書いていたものをAIと呼んでいました。
 ですから昔から携わっている方ほど、ゲームAIは「ルールベース」のイメージがあって、第3次ブーム以降にAIを始めた方には「学習がないとAIとは言わないでしょ?」という立場の方が多いですね。
 AIはじつに多様な技術を含んでいるので、どちらにしても狭い定義だとは思います。ただ、批判しているわけではないです。AIを定義することは、とても難しいことですから。

──なるほど。すると、第三次ブームのAIの定義を踏まえても、『がんばれ森川君2号』と『アストロノーカ』のふたつはAIと呼べそうですね。

三宅氏
 そこが凄いところなんです。森川さんの仕事は第二次ブームの御三家と言われた「遺伝的アルゴリズム」、「ニューラルネット」、「エキスパートシステム」【※】がゲームとしてスピンオフしてきたものという捉えかたもできるし、第三次ブームの起点だと位置付けることもできる。そんなゲームはいま現在もほとんどないのに、それを1990年代後半の時点で成し遂げているわけです。

※エキスパートシステム
ある領域の専門知識をもとに動作するコンピュータシステムのこと。専門家の知識や知見を収集、蓄積し、推論によって結論を導き出すものなどを行う。
世界初のエキスパートシステムは1965年に開発されたが、1980年代にはエドワード・ファイゲンバウムの提唱した知識工学をベースに世界中の企業が導入。これによって、エキスパートシステムは第二次AIブームの一翼を担った。

がんばれ森川君2号


 1997年5月23日にソニー・コンピュータエンタテインメントから発売されたプレイステーション用ゲーム。

 

 プレイヤーはPiT(ピット)と呼ばれるロボットを育成し、箱庭が集まって形作られた“ワールド”上に散逸している「AI-CHIP」を集めていく。

 

 PiTは箱庭内の生き物やオブジェクトに対して基本的に12種類の行動をからひとつ取る。そのひとつひとつに正解/不正解は存在しないが、PiTが取ったアクションに対してプレイヤーは肯定・否定の評価を下し、PiTを教育していく。

 

 「ワールド8」と呼ばれる特殊なワールドでは、それまでの教育を踏まえたPiT自身の判断能力のみでクリアを目指す。

『がんばれ森川君2号』
(画像はがんばれ森川君2号 | ソフトウェアカタログ | プレイステーション® オフィシャルサイトより)

 『がんばれ森川君2号』では、ニューラルネットワークが使われていますよね。なぜこれを採用したのでしょう?

森川氏
 そこには先ほど言った、全自動でクリアする『スーパーマリオ』のイメージがあり、「キャラクターの自律的な行動」を実現したいと考えたからなんです。

 僕はニューラルネットワークも、遺伝的アルゴリズムも、強化学習【※】も、エキスパートシステムもすべて勉強していたので、「その目的に対してはニューラルネットがいちばん適切だな」と自然に思ったんですよ。
 ただ、当時のPSのメモリーって2MBなんですが、そこにニューラルネットワークなんてものを載せたら完全に容量が足りず……そこが制作上の難点でしたね(笑)。

※強化学習
ある環境におけるエージェント(AI)が現在の状態を観測し、そこから得られる利益(評価値)を最大化するように試行錯誤しながら行う学習のこと。機械学習のうちの「教師なし学習」の一種とも考えられる。

 ただ、じつは学術的なニューラルネットワークの使いかたとは、違ったことをしています。たとえば「AIに天気予報をさせたい」と思ったら、普通は与え得る限りの気象データを事前に一斉に教えるんですが、僕は「その学習過程そのものが面白い」と思っていたので、「少しずつ教えていく」という手順を踏ませる必要があったわけです。
 でもそういう追加学習というものは、普通のニューラルネットワークに仕込もうとすると、途中で脳が「ひきつけ」のようなことを起こしてうまくできないんですよね。そこで当時、そうした追加学習の過程を実装した例を探してみたんですが全然なくて……「もう作るしかない」と思って自分でゼロから開発したんです。

──「学習過程」そのものの面白さに着目するのは、なかなか斬新な発想というか、ゲームならではの発想というか。

三宅氏
 その結果、『がんばれ森川君2号』の学習は、アカデミズムにおける学習とは「学習曲線」がまったく違うものになっているんですよ。

 通常のAIの学習の、時間に対する学習量の傾きをグラフで表すと、普通は一気に90パーセントぐらいまで立ち上がって、後は長い時間をかけて90から100に向かっていくんですよ。
 このとき、このAIを利用する人も、できるだけ早く正解付近にたどり着きたいので、傾きは垂直に近ければ近いほどいいわけです。
 でも、それをそのままゲームに落とし込むと、最初の5分で頭が良くなり、あとの60時間は教える面白さがまったくなくなってしまうわけです。だから『がんばれ森川君2号』の学習曲線はとてもなだらかなんです。

『がんばれ森川君2号』の学習曲線

──「できるだけ早く100に近づける」ことを理想とするアカデミズムとは、まるで発想の基準が異なるわけですね。

三宅氏
 そもそもAIを「ゆっくり成長させる」という必要なんてアカデミズムにはありませんからね。
 ゲームというのは、「アクション」のひとつひとつに対して「楽しい体験」をユーザーに返すものですが、『がんばれ森川君2号』だとそれは「学習」と「自動化」にあたるわけです。

 だから「学習のどの部分をユーザーに任せるのか」、そして「どこをAIで自動化するか」ということをゼロから考えていく必要があるわけで、森川さんの作るゲームでは、そうした「AIのダイナミクス」と「ゲームデザイン」がものすごくうまく融合しているんです。それができる人は、現在でもなかなかいません。

森川氏
 当時は、ニューラルネットワークの中の関数をひとつひとつ自分で理解してフルスクラッチで組んでいて、だからこそ逆に調整することができたんですよ。いまのようにそこをミドルウェアに任せてしまうと、「どこをいじったら気持ちのいい曲線になるか」なんてきっと判らないと思います。

──ちなみにニューラルネットワークでの関数いじりって、どういう風にするんでしょう。まったくイメージが湧きませんで……。

森川氏
 たとえるなら、パソコンを10台並べてそれぞれに脳を入れ、それぞれをチューニングしながらニューラルネットの学習をグルグル回し続けるイメージです。そこから「この脳がいちばん理想的な学習曲線を描いているな」というものを見つけ出す──そんな作業を延々とするわけです。

 そこで重要だったのが、過学習【※】が起きたときのためにバックグラウンドで利用していた別の脳。あまり学習が進まないときには、そっとメインの脳と入れ替えていくんですね。
 気分はもうマッドサイエンティストですよ(笑)。

※過学習
機械学習において、過度の「教師あり学習」の影響によって、判断の基準が厳しくなるなどを原因に正しい答えを出力できなくなってしまう現象。

──「別の脳」というのはどういうものなんでしょう?

三宅氏
 僕が関わったタイトルでも盛り込まれている手法ですね。

 ゲームAIってあらかじめ出来上がりのパターンをいくつか用意しておくことが多いんです。
 そのうえで、ゲーム進行のそのときどきの状況に応じて、プレイヤーの「体験の楽しさ」が最優先されるように、中身のパターンを入れ替えたりするんです。
 それってアカデミックからしたら「学習」とは呼べないんですが、ゲーム体験としては「学習だ」と感じさせることができる。

 むしろアカデミックな方面からゲームAIに携わると、「このアルゴリズムを入れたら「学習」と呼べる」というような部分にこだわりがちで、何かの問題に直面したときも、つねにアルゴリズムの中で解決しようとしちゃうんですよね。でも別にそこはプレイヤーからしたらどうだっていいわけですよ。

 森川さんの発想が凄いのは、そうした問題に直面したときに、パッと「じゃあ脳を入れ替えればいいじゃん」と考え、アルゴリズム以外の部分のインチキで解決しちゃうところなんです。そこには、アカデミックな理解や技術の工夫というよりも、ゲームデザイナーとしての高度なセンスが求められるんですよ。

森川氏
 それで言うと、よくモリカトロンに「ディープラーニングを使えないか」というような相談がくるんですよね。

 たとえば「ゲーム中での3週間ぶんの学習を作りたい」というオーダーだったりするんですが、それってユーザーをゲーム中で3週間待たせるわけで、実際にはユーザーは1秒も待ってくれない(笑)。

 それくらいゲーム体験ってユーザーからの厳しい要求を前提にしているものなんですが、その感覚って、ゲーム畑以外の人にはなかなか解らないものなんだと思いますね。

──お話を伺っていると、AIの知見とゲームデザイナーとしてのセンスが高度な次元で融合していないと、やはりゲームAIそのものをゲームにすることなんてできないだろうなと確信します。

そこにAIがあると気づかない──『アストロノーカ』

──そんな『がんばれ森川君2号』の1年後、1998年に『アストロノーカ』を出されていますね。今度は「遺伝的アルゴリズム」が使われていますが、どういうところから着想を得たのでしょう?

アストロノーカ


 1998年8月27日にエニックス(現・スクウェア・エニックス)から発売されたプレイステーション用ゲーム。

 

 宇宙農家(アストロノーカ)である主人公は、宇宙野菜の育成、交配による品種改良をすることで「全宇宙野菜コンクール」での優勝を目指す。

 

 プレイヤーはその過程で、害獣である“バブー”から野菜を守るため、畑の前にトラップを仕掛けて退治をする。

 

 このバブーにはAIが搭載されており、同じトラップには引っかかりにくくなるような学習や進化をしてしまう。そのためプレイヤーは、バブーの進化に応じてさまざまなトラップを駆使していかなくてはならない。

『アストロノーカ』
(画像はアストロノーカ | ソフトウェアカタログ | プレイステーション® オフィシャルサイトより)

森川氏
 『アストロノーカ』の着想はすごく明確です。当時、東京の“夢の島”という廃棄物でできた島にハエが湧いて問題になっていたんですよ。
 ハエが出るたびに殺虫剤を撒くんですが、やがてそれに耐性を持つハエが現れ、次の年はもっと強力な殺虫剤を撒いて……といういたちごっこになっていたんです。

 その話を知ったときに、「これってモンスターの進化じゃん」と思ったんですね。
 そこで殺虫剤の代わりに、「人間が仕掛けたトラップに対してモンスターがどんどん耐性を付けていくゲームがあったら面白いんじゃないか」と思ったのが発端。
 どうせなら耐性だけじゃなく、キャラクターによっては「迂回する」だとか「飛び越す」のような回避方法などの思考も賢くなったら……と考えたときに、「じゃあこれは遺伝的アルゴリズムが使えるな」と思ったんですね。

──着想した森川さんは凄いと思いますが、ある意味自然な流れなのは解ります。三宅さんから見て、『アストロノーカ』はどういう点が優れているのでしょう?

三宅氏
 ちょっと言葉が悪いんですが、『がんばれ森川君2号』ってAI好きの人は「この中にニューラルネットワークが入っている!」と思って楽しめるものですが、それがAIだと知らない人にとっては面白さがちょっと解りにくい面もあったと思うんです。
 ところが『アストロノーカ』は、プレイヤーの中にAIという文脈がまったくなくても、ものすごく面白いゲームなんです。いまだに遺伝的アルゴリズムで作ったゲームとしては、これを超えるものは出てきていないと思いますね。

──どういうところを面白いと思いましたか?

三宅氏
 面白さの軸を生んでいるのは、このゲームでは「野菜を育てる」という目的の部分なんです。

 ユーザーは丹念に野菜を育てているので、それを害虫のバブーに食われると超悔しい(笑)。
 そして、だからこそもっと高度なトラップを設置するんだけど、するとバブーがまた賢く進化していく……と、まさにいたちごっこの中に面白さのループが作られていくんですね。

 そうしたゲームデザインにおけるサークルの中に、AIの原理が組み込まれている点がじつに革新的ですね。それがあまりに自然すぎるため、プレイヤーは「そこにAIがある」とはまるで気づかないし、気づかなくても構わない。
 僕は「ゲームAIとはそんな自然さであるべきだ」とこのゲームを通じて思ったんです。

森川氏
 僕としても、「ゲームとAIの機能がいちばん自然にマッチしたな」という手応えのある作品でした。

 いまだとソーシャルゲームに農業ゲームのようなものっていっぱいありますが、当時はそういうゲームは存在していなくて。そのあたりのアイデアがパッと浮かんだときは、自分で「ひょっとして俺、天才かも」と思ったくらいなんですが……その後の世間の評価で、「やっぱり違うな」と思い直しましたね(笑)。

三宅氏
 いやいや、あれは天才的な仕事ですって(笑)。

キャラ設定の資料は「たった1枚」

──先ほどの自己紹介で話されたように、成沢さんが森川さんに出会ったのも『アストロノーカ』の制作のときだったんですよね?

成沢氏
 そうですね。当時、上司の齊藤陽介さんが『アストロノーカ』のプロデューサーをしていて、入社したてで緊張しながら同行した打ち合わせで『アストロノーカ』のキャラクターの仕様書を見せてもらったときは、本当に衝撃的でした。

──いったいどんな仕様書だったんですか?

成沢氏
 エクセルのシート1枚だけだったんです。

 ほかのゲームって、敵が100種だったら100種類ぶんなど、キャラクターの数ごとに全部設定があり、資料があるのが普通なんですね。
 だから『アストロノーカ』には1000体近くの、色も形も違えばトラップの避けかたも違うバブーが出てくるので、当時の私は何百ページもの設定資料があると思っていたんです。

 ところがそこにはベースの20体ぶんについて書かれたエクセルのシート1枚があるだけで、「あとはすべて遺伝子の掛け合わせで作るんだ」と言われたんです。それが森川さんと、ゲームAIとの出会いでした。

──野菜もバブーも、AIが無数に生み出しますよね。

成沢氏
 だから『アストロノーカ』って、終わりがないゲームなんですよね。

 遊び応えがとんでもなくあるし、「ハマるってこういうことだよな」と思うぐらい延々とやっていられるんです。ずっと野菜を作ってバブーと戦い続けることだってできるし、「もっとこういう野菜作りたい」という追求もできるので。

 当時はとくに、「ちゃんとしたエンディング」のあるゲームが多かった時代です。そんな中、もちろん一旦の終わりはあるにせよ、当時の森川さんはきっと「このAIを使ったゲームに終わりなんていらない」という気持ちで『アストロノーカ』を作ったんじゃないかなと思っています。

──それはAIだからできることですね。

成沢氏
 自分のペースで遊べることもよかったと思うんですよ。いろいろなゲームで遊んでいると「ゲームデザイナーが考えた世界」に自分の感覚が合わないときなどもありますよね。でも『アストロノーカ』は、その遊びの幅を自分で調整できる。この幅の自由さこそ、ゲームAIの魅力だと思います。

三宅氏
 『アストロノーカ』って、プレイヤーは罠を置いた後は、基本的にゲームを放置するしかないんです。体験をあそこのみに絞って踏み切ったのって、凄いことだと思いますね。

森川氏
 じつはそこは「いろいろなプレイをしたい」というリクエストもやっぱりあったんですよ。たとえば「Aボタンを押すと動くパンチングマシーンで、バブーを倒したい」というようなトラップの種類の追加要望とかね。でもそういうものはすべてカットしました。

成沢氏
 あれは「ギャンブル的な面白さ」だと思うんですよね。AIの中身を知らない人にとっては、『アストロノーカ』はほとんど「お祈り」に近い体験なんですよ。
 「野菜が食べられませんように」という祈りとともにトラップを設置し、食べられちゃったら「アチャー」となる。毎回、どうなるかわからないこのドキドキが繰り返されていくのが面白いんです。

エニックスのデバッガーの活躍

──「祈り」のゲームというお話ですが、そうしたギャンブルのような面白さって、少しでも理不尽さを感じたら嫌になってしまう。そこに「AIで作ると難しい部分」があったんじゃないかと。

森川氏
 制作過程で印象的だったことがありましたね。

 あるとき、バブーの知能がプレイヤーが持っているトラップの強度を超えちゃうことがあったんです。そうすると、どんなトラップを仕掛けてもバブーの侵略を阻止できないわけですよ。
 テストプレイでそれが発覚したときは、「じつに困ったなことになったな」と思いましたね。ところがある日、デバッガーのひとりが「一旦トラップをすべて外す」ことでそれを解決しちゃったんですよ。

 動物って羽やしっぽなど、その種で使わない機能は遺伝を繰り返すうちに退化していくじゃないですか。じつは、そういう退化していく要素を評価関数の中にあらかじめ入れておいたんです。
 すると、一度トラップがない状態を経験すると、一気にバブーの能力が下がるんです。その影響で、すでに突破されていたトラップでも、突破できなくさせることができたんです。

──そんな攻略法が。

森川氏
 当時の取材で僕は「狙ってやった」みたいに偉そうに答えていたんだけど、じつはそれを発見したのは優秀なデバッガーさんだった。
 そのほかにもいろいろな発見や改善を見つけてくれたので、このゲームは「デバッガーに育ててもらった」と言っても過言じゃないですね。

成沢氏
 当時、エニックスのデバッガーさんはかなり特殊だったんですよ。

 ゲームは内製せず基本的にはプロデューサーしかいない会社なんですが、本当に不思議な会社で、デバッガーさんだけはなぜか内部に抱えているんです。
 しかも彼らはもの凄く優秀なことで有名で、開発が仕様書もすべて彼らに開示する代わりに、彼らがゲームの本当に深い部分にまで頭を使ってくれるんです。

 「こうしたほうが面白くなる」というような提案までしてくれるので、デバッガーの数だけプランナーの数が増えているみたいな感じです(笑)。

 だから森川さんの言うとおり、『アストロノーカ』はエニックスじゃなければあのクオリティにはなっていなかっただろうと思います。

──ちなみに遺伝的アルゴリズムって、かなり試行回数を重ねないと学習が進まないものだと思うんですが、これも裏で同時に別の脳を回していたりするんでしょうか?

森川氏
 そうですね。表面的には毎日バブーが1匹やって来るんですが、前日来たヤツの次の世代が来ているわけじゃなく、じつは裏で最低でも10世代くらい世代交代していて、その中の、もっとも優秀な1匹が現れるわけです。そのとき「あまり進化していなかったら、もう少し回したものを出す」というような調整はしていますね。

三宅氏
 これも正直に作るんだったら、プレイヤーの目の前で10世代ぶんなどを回さなきゃいけないわけですよ。

 それに対し、「バックグラウンドで回しておきつつ、表面的に進化を体感させればいい」と考える──ここがまさにゲームAIなんですよね。
 プレイヤーにとって重要なのは、プレイヤーの感じる敵の進化の度合いが毎回だいたい同じになることなので、その感覚を実現するために裏で進める計算の回数を変えているわけです。

──そのあたりの考えかたは、まさに『がんばれ森川君2号』と同じですね。学習過程そのものをエンターテイメント化したときに、アカデミックに正直なやりかたにこだわる必要はないし、むしろうまい「インチキ」を考えるほうが重要なんだと。

『くまうた』制作秘話

──『くまうた』についてもお伺いしたいです。これは自動生成でAIとは少し違うかもしれませんが。

くまうた


 2003年10月25日にソニー・コンピュータエンタテインメントから発売されたプレイステーション2用ゲーム。

 

 宇宙移民が愛する「宇宙演歌」の中でもさらに先進的な「シュールレアリスム演歌」を、未来の地球で「白くま」が歌う。

 

 プレイヤーは、弟子であるくまが作ってきた歌詞にダメ出しをすることで、好みの詞の曲を作り上げられる。

 

 音声合成システムを搭載しており、作成した歌をくまが歌うシュールな姿が鑑賞できる。

森川氏
 これは、くまが自動生成で演歌を歌うゲームですね。
 最初に自動生成した歌詞に対して、プレイヤーが「全部なってない」とか「この一行だけなってない」というふうに、気に入らない箇所を指摘する。すると、くまが作り直してくるんです。

成沢氏
 これは音声合成で歌いますが、初音ミクのブレイクよりも4年早くて、森川さんは「美少女でやればよかった。くまじゃダメだった」とよく冗談で言うんですけども(笑)。
 ……ただ、私はこのシュールな雰囲気がもの凄く好きなんですよ。このゲームを遊んでいると『ウゴウゴルーガ』を思い出します。

三宅氏
 でもAIが積まれているのが、『がんばれ森川君2号』はPiT君で、『アストロノーカ』ではバブーと人外が続いていたので、そこは「キャラ育成AIゲームの歴史的」にはくまじゃないとダメだったんだと思いますよ。

森川氏
 ああ、なるほど。じゃあ、演歌が間違っていたんだな(苦笑)。

一同:
 (笑)。

三宅氏
 これは歌詞にダメ出しをするゲームですが、じつは育成ゲームのルーチンそのものがAI的なんですよね。この「基本的に好きにさせておいて、ダメ出しをする」というのはニューラルネットや遺伝的アルゴリズムでやってきた発想の応用なわけですよ。

──すると『アストロノーカ』ってダメ出しをしているんだけど、プレイヤーにその感覚がないのが逆にうまかったわけですよね。『くまうた』はアルゴリズムとしては何を採用されているんですか?

森川氏
 もともと遺伝的アルゴリズムを使おうと思っていたんだけど、結局、これは遺伝的アルゴリズムとかニューラルネットワークのような既存のAIモデルは使っていないんですよ。

三宅氏
 いままで『くまうた』のアルゴリズムは世に出ていませんが、これは基本的にはオントロジー【※】を使ったものですよね。

 たとえば「柿・りんご・いちご……といえば“果物”」というようなグルーピングがすでにあり、「プレイヤーが「りんご」という言葉が好きなら「みかん」も入れてみる」という要領で、その中身を入れ替えていっているように思います。

森川氏
 そうそう。最初に言葉を3つくらい選ぶんだけど、そこからは簡単なオントロジーで関連する言葉を拾ってくるんですね。次第にプレイヤーが好きな言葉を認識するようになっていて、「食べ物の話が好きだな」と思ったら、だんだんそういう言葉が入るようになっていく。

※オントロジー
情報科学では、ある対象世界を一定の視点で見たときに抽出できる構成要素の関係性を、体系的に記述したまとまりのこと。記事に登場している例の場合、構成要素が柿・りんご・いちごであり、それらが「果物」という関係性で繋がっているということがまとまりとして記述されていることになる。

三宅氏
 そうして生成された歌詞の連なりが、ちょっとシュールだけど、ちゃんと意味が通るようになっているのが凄いところですが、あれはどうやっているんですか?

森川氏
 あらかじめ名詞や形容詞などがスケルトン状の歌詞を作っておいて、そこに品詞ごとに言葉を入れていくんです。
 これがもし小説だとできあがったものも変な感じになっちゃうんですが、歌の歌詞って、じつはちょっとぐらい意味が通らなくても許されるので成立しちゃうんですよ(笑)。

──その「歌詞にしてしまえばいいじゃん」みたいなものも、ひとつのアイデアですよね。

森川氏
 まさにそこは、自分でも「これはイケる」と思ったところなんです。さらにくまは音声合成なんですが、もともとはそれで言葉を喋らせてみようとしていたんです。ところがどうしても機械的になっちゃったんですね。
 「でも、メロディに乗せることでイントネーションや抑揚の影響が少なくなれば、違和感がないのでは?」とある日思いつき、そこから逆算していまの形を作ったんですよ。
 ちなみにじつはこれ、くまは母音だけリップシンクしていたりもするんですよ。苦労して入れたんだけど、誰も驚いてくれなかったなあ……(苦笑)。

──なるほど……。森川さんの仕事は、つねに一歩先を行っていたために、当時の評価が追いつかなかったという印象が否めませんね。
 話を伺っていると、そのときどきの最先端の技術を、きちんとゲームデザインと密接に絡み合ったものとして落とし込んでいる。そこがすばらしいのに、そのためにかえってガチガチのアカデミズムからもゲーム業界からも、どう評価していいか判りにくいものに見えたんでしょうね……。
 だからこそここからは、そうした森川さんの評価を巡りつつゲームAIについて考えていければと思います。

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