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『ドラゴンボール』と『ナルト』の元担当編集が語る「ジャンプ」の裏側 ― 絶対に敵わない『ワンピース』に勝つために『ナルト』が取った戦略とは【鳥嶋和彦×矢作康介×鵜之澤伸×松山洋】

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 『ドラゴンボール』をはじめとする数多くの名作コミックを生み出し、今もなお『僕のヒーローアカデミア』『鬼滅の刃』といった新たなヒット作を送り出している『週刊少年ジャンプ』

 そんな『ジャンプ』の強さの秘密はどこにあるのか。そして紙の雑誌の売れ行きが急速に落ち込んでいる現在、『ジャンプ』を中心とした少年漫画はこの先、どんな方向を目指していくべきなのか。
 それは漫画業界だけでなく、『ジャンプ』の連載漫画を原作とした作品が大きなウェイトを占めているゲームやアニメなどの世界においても、大きな関心事だと言えるだろう。

 2019年8月27日にDiscordで配信されたラジオ「居酒屋:でんふぁみにこげーまー」では、ホスト役にTAITAI編集長と鳥嶋和彦氏、鵜之澤伸氏、そしてゲストにサイバーコネクトツーの松山洋氏と、集英社の矢作康介氏を迎えて、「漫画はこの先どうしていくべきか?」というテーマについて、大いに語り合ってもらった。

 放送に参加したメンバーのうち、白泉社代表取締役会長の鳥嶋氏は、かつて『週刊少年ジャンプ』編集者として鳥山明氏や桂正和氏を発掘し、後に『ジャンプ』第6代編集長を務めた人物だ。
 そして矢作氏は、同じく『週刊少年ジャンプ』編集者として『NARUTO-ナルト-』を連載当初から約9年にわたって担当し、『ジャンプ』の副編集長を経て、現在は『月刊ジャンプスクエア』の編集長を務めている。つまり、『ドラゴンボール』と『NARUTO-ナルト-』を世界的な成功に導いた『ジャンプ』の元編集者が、漫画について語るというわけだ。

 一方、鵜之澤氏は元バンダイナムコゲームス社長として、『ジャンプ』をはじめとする数々の漫画原作ゲームを世に送り出してきた。
 そしてサイバーコネクトツー代表取締役社長の松山氏は、鵜之澤氏と協力して『NARUTO-ナルト-』や『ジョジョの奇妙な冒険』のゲームを制作してきただけでなく、ゲーム業界の中でもとりわけ漫画に対する愛情が強いことでも、広く知られている。

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左奥から鳥嶋和彦氏、鵜之澤伸氏、TAITAI、左手前から松山洋氏、矢作康介氏

 このようなメンバーが“居酒屋”のノリで自由なトークを繰り広げているだけに、登場する話題も非常に興味深いものだ。なかでも鳥嶋氏や矢作氏は、読者アンケートや連載会議といった『ジャンプ』編集部の“核心”部分を、元当事者の視点で明らかにしてくれている。
 『ドラゴンボール』や『NARUTO-ナルト-』を、漫画家と共にいかにして作り上げていったかというエピソードは、ファンならずとも注目だ。

 なお、この記事の内容は、「居酒屋:でんふぁみにこげーまー」で放送された発言に、放送後に行われた現場見学者との質疑応答を加えて、再構成したものとなっている。

聞き手/TAITAI
文/伊藤誠之介
編集/クリモトコウダイ


「僕は松山君のことを半分も理解していなかったようです」と、鳥嶋氏からのメールが

──それでは始めたいと思います。会場はすでに宴会ムードになっておりまして。唐突ですが、乾杯のコールから入りたいと思います。乾杯!

一同:
 カンパ~イ!

──もともと鳥嶋さん松山さん鵜之澤さん、集英社の矢作さんという4人での飲み会があったと聞きまして。ご存知の方も多いかもしれませんが、松山さんはすごいしゃべる方なんですね。ところがその会では、松山さんはなかなかしゃべれなかったらしいんですよ。
 それで、あの松山さんがしゃべられなかったなんて、いったいどんな会話が繰り広げられたんだろうと、興味を持ったんです。なぜか?と聞いてみると、集英社の矢作さんが鳥嶋さんに対して、漫画について熱く語っていたらしくて、松山さんが介入する隙がなかったという話を聞いて。

 その会を再現してみたら面白そうだなというのが、今回の趣旨になります。

松山氏:
 覚えてないでしょ?

矢作氏:
 覚えてない(笑)。

松山氏:
 じゃあ、覚えていないのは幸いだね。

矢作氏:
 もう一回話せるから。

──そもそもは、矢作さんと鳥嶋さんのあいだでどんな話をしていたんですか?

鳥嶋氏:
 それがよく覚えていないんだよね(笑)。5時間半も盛り上がっていたのに、中身は誰もよく覚えていないという(笑)。

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鳥嶋和彦氏

 そもそものきっかけはね、松山さんが泥酔した写真がツイートに載っけられていて。それをたまたま見て「松山さん、どうしてるかな?」と思って連絡したんです。

松山氏:
 そうですね。

鳥嶋氏:
 松山さんは『ジョジョの奇妙な冒険』のゲーム【※1】だとか、その前に『NARUTO-ナルト-』のゲーム【※2】を、非常にちゃんと作ってくれていて。
 鵜之澤さんからも、九州のレベルファイブ、ガンバリオン、それからサイバーコネクトツーが、非常にがんばっていると。バンダイナムコが頼りにしているゲーム会社だという話を聞いていて、その存在自体は知っていたんです。だけど松山さんとは、挨拶するぐらいだったので。

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※ 1 『ジョジョの奇妙な冒険』のゲーム……サイバーコネクトツーは、2013年発売のPS3用ソフト『ジョジョの奇妙な冒険 オールスターバトル』と、2015年発売のPS3&PS4用ソフト『ジョジョの奇妙な冒険 アイズオブヘブン』の開発を担当している
(画像はゲームソフト | ジョジョの奇妙な冒険 アイズオブヘブン | プレイステーション より)
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※2 『NARUTO-ナルト-』のゲーム……サイバーコネクトツーは、2003年発売のPS2用ソフト『NARUTO-ナルト- ナルティメットヒーロー』から、2016年発売のPS4用ソフト『NARUTO -ナルト- 疾風伝 ナルティメットストーム4』まで、『NARUTO-ナルト- ナルティメット』シリーズ14作品の開発を、13年以上にわたって続けてきた。
(画像はゲームソフト | NARUTO―ナルト― 疾風伝 ナルティメットストーム4 | プレイステーションより

 それで松山さんにメールを差し上げたら、本が2冊送られてきまして。1冊は『熱狂する現場の作り方 サイバーコネクトツー流ゲームクリエイター超十則』(星海社)という、どうやって今に至るか、なぜサイバーコネクトツーなのかという話。
 それともう1冊、1人の少年を絡めての話があってね。『エンターテインメントという薬 -光を失う少年にゲームクリエイターが届けたもの-』(KADOKAWA)という本。その2冊を読んだら、松山さんは面白い人だなと。

 それで1冊目の中に、鵜之澤さんや矢作の話が出てきて、僕が知らなかったような話も書かれていて。だから4人で一回会って、話をしてみたいねということで、その4人で寿司屋で会ったのが始まりなんです。

松山氏:
 そうですね、もう何カ月も前の話ですけども。

鳥嶋氏:
 どうでした? メールが届いて。

松山氏:
 いやもう、メールの一行目から怖かったんですけど(笑)。普通ほら、「サイバーコネクトツー 松山様」とか、あるじゃないですか。そういうのが何もないですから。いきなり1行目に、「僕は松山君のことを半分も理解していなかったようです」と書いてあって。もうスクロールさせるのが怖くて(笑)。メールの下のほうに何を書いてあるのかなと。

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松山洋氏

 そうしたら、私の書いた本を読んでくださって、面白かったと。つきましては、本に登場している2人を呼ぶから、一回4人でご飯を食べようと言っていただいて。それでお店に入ったら……まぁ、5時間半でしたよ。

鳥嶋氏:
 そんなにしゃべってた?(笑)

鵜之澤氏:
 あの時はシラフだよね?

松山氏:
 ビールを飲んでノンアル飲んでというのを交互で。ていうか、あの日からですから。オレはあの日以降、アルコールを飲んだら同じ量のノンアルコールを飲むというルールを作って。
 なにしろあの場で鵜之澤さんがオレに対して、めちゃめちゃブチギレたので。鳥嶋さんの会なのに、その横でなぜか鵜之澤さんが、めっちゃ怒ってましたからね。

鵜之澤氏:
 あの時ね、矢作さんがちょっと遅れて来たんだけど、その時もお前が酔っ払った話しかしてなかったの。

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鵜之澤伸氏

 そんなふうにお前が酔っ払ってるのを、みんなに知られているのはマズいなと。一応、社長じゃないですか。
 今、ゲームってお金がかかるじゃないですか。バンダイナムコはそれだけのお金をこの男に任せて、ましてやこの男の思いだけでゲームができあがっているようなものなのに、その社長がどっかで酔っ払って、まるで死んだみたいな格好になってると。

 これは経営問題だ、取引停止にするぞと怒ったら、多少は抑えるようになったのよ。良い話ですよ(笑)。

松山氏:
 久々に、大人から頭ごなしに怒られた感じがして(笑)。

鵜之澤氏:
 本当は、私が鳥嶋さんに怒られるぐらいのつもりで行ってたのに(笑)。

松山氏:
 まさか真横のバンダイナムコから怒られるという(笑)。

鳥嶋氏:
 いやでもね、その後で『若ゲのいたり』という漫画があって。あの中に松山さんと鵜之澤さんのエピソードがあった時に、「これはいかにも鵜之澤さんらしいエピソードだな」と。あのやり取りの状況が目の前にあったんだなと、後から思ったね(笑)。

【田中圭一連載:サイバーコネクトツー編】すべての責任はオレが取る。だから、付いてきてくれないか──男の熱意はチーム解散の危機を救い、『.hack』成功の活路を開く。業界の快男児・松山 洋に流れる血は『少年ジャンプ』色だった【若ゲのいたり】

矢作氏:
 僕はそのやり取りが終わってから入っていったんですよ、その日は。

松山氏:
 さんざん怒られた後でしたね。

矢作氏:
 遅れて入ったので、今、そういう話だったんだと分かりました。いなくて良かったと思いました(笑)。

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矢作康介氏

鳥嶋氏:
 遅れて入ってきて、このテンションで矢作は大丈夫かな? と思って。それで一言振ったんだよね。「今どう? 編集部の状況は」って。
 そうしたら、ものすごく真剣に、いろんな話を始めて。それで違う形で盛り上がったんだよね。

──その話は、どういうものだったんですか?

矢作氏:
 それがぜんぜん覚えてないですよ(笑)。その時に憤っていたことを、鳥嶋さんだからしゃべったんだと思うんですけど。ちょっと覚えてないですね。

鳥嶋氏:
 じゃあ今日現在、憤っていることを(笑)。

矢作氏:
 話が進められなくなりますよ。「ピー」って流さないと(笑)。

鳥嶋氏:
 じゃあ、ここしばらく憤っていることを話してみて。

矢作氏:
 そんなにはないですけどね。なんて言ったらいいんだろう、難しいじゃないですか。話の流れの中で言いたいですよね。

鳥嶋氏:
 でも会社、ロクでもないでしょ?

矢作氏:
 いや、そんなことないですよ(笑)。

松山氏:
 「そうですね」って、絶対に言えないじゃないですか(笑)。

鳥嶋氏:
 矢作さんの会社って、どんな会社なのか知らないんだけど。ひょっとして、小学館の方でしたっけ?(笑)

一同:
 (爆笑)

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同じ漫画を10年も20年も連載して、それで完結しないお話って何なの!?

松山氏:
 ちょっと1つお伺いしたいですけど。『ベルセルク』【※】、ついにキャスカが目覚めましたね。

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※『ベルセルク』……三浦建太郎氏により1989年から執筆されているダーク・ファンタジーコミック。主人公ガッツの親友グリフィスが魔に落ちた「蝕」の際に、女剣士キャスカは凌辱されて正気を失っていたが、2018年に刊行された第40巻で、ついに意識を取り戻した。
(画像はベルセルク 40 (ヤングアニマルコミックス) | Amazonより)

鳥嶋氏:
 あんまり関心がない。

松山氏:
 ええッ!?  22年ぶりですよ、キャスカ。

鳥嶋氏:
 三浦さん本人にも言ったけど、「蝕」以降の『ベルセルク』って、話の展開があんまり好きじゃないんだ。正直言って、読者として興味がないから、読んでない。ごめん(笑)。

松山氏:
 白泉社の方ですよね?

鳥嶋氏:
 オレはもう会長で、現場に直接の責任はないから(笑)。

 でもね……旬の時に描き切っていなくて、話の流れの中で今ここに来て描くというのは、ファンにとっては良いかもしれないけど、ほとんどの人にとっては「だから?」って感じがあると思う。
 身も蓋もない言い方だけど、同じ漫画を10年も20年もやっちゃダメ。

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 なぜかというと、週刊誌って年間50冊でしょ。50話だよね。ということは、10年間やったら500話だ。それで完結しない話って何なの?

 基本的に1カ月に4週じゃない、週刊誌は。だったら4週で1エピソード、サイクルで終えて行かなきゃいけない。
 せめて2カ月だよね。それが何カ月も続くと、新しい読者が入ってこれなくなる。漫画の良さって、誰でも読める、誰でも入ってこられる、いちばん安価な娯楽だから。それが途中から入っていけない形になってるのは、ビジネスとしてマズい作り方だと思う。

 これを言うと、元いた会社批判になっちゃうけど。僕が会社に入った時の野球漫画が読めなかったんですよ。
 なぜかというと、ボール一球を投げるのに何カ月もかかってる。冗談じゃないと。

 アンケートがあるから、山場をずっと見せたいという気持ちは分かるけど、そこのところを誤解すると、ある種のオナニーになっちゃう。やっぱり、もうちょっと見たいっていう時に切っていくとかね、どういうふうに読者を意識しながら綱引きをするかを、やらなきゃいけない。

 そういう意味で言うと、今は編集者が作家に寄りすぎていて、作家と読者の中間にちゃんと位置していない感じです。ということで、矢作さんにお返ししましょう(笑)。

矢作氏:
 まあでもやっぱり、引き込まれていっちゃうというのはありますね。あと、これだけの数のお客さんを掴んだら、そのお客さんを楽しませるように作るというのも、1つの考え方になっているかもしれないと思って。
 本当に、新しい読者を入れる努力というのは難しくて。

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 たとえば、雑誌には「このタイミングで売るぞ」というのがあるんです。スゴい作家が新連載を始めるとか。
 その時に僕らとしては、ここから読んでくれる読者、新しく入ってくれる読者がいるわけだから、その新しい読者に向けて、今やってる連載を読んでもらえるようにしなさい、という話をするわけですよ。

 でも、これまでの展開とか自分のやりたいことに引きずられていって、そこにきちんとついてこれる作家さんは少なくて。そんななかで、本当に新しい読者を取り込んでいきたいという貪欲な人は、そこにしがみついてくる。
 どんどんと貪欲に行く作家さんもいるし、「もうオレはいいよ」という人もいるんで、そこは一概に言えないところもあると思うんですけど。

『ジャンプ』で連載している漫画家なら、全員がアンケート1位を目指している

鳥嶋氏:
 松山さんに2つ、漫画ファンということで聞いてみたいことがあるんです。

 まず1つ目。ナンバーワンの漫画が10年変わらないということは、雑誌のカラーが10年間変わらないわけですよ。そんな雑誌をあなたは見たいと思いますか?

 2つ目。何週かに1回お休みして、良い原稿を描く。
 単行本も売れます。だけど載っている号と載っていない号がある。載っていない号は、その漫画のファンからすると欠陥商品だよね。それでもあなたはその雑誌を買いますか? この2つを答えてください。

松山氏:
 マジメに答えちゃうと、どっちも「NO」ですね。
 10年間同じ作品が1位を取ってるのは、やっぱりおかしいですよ。新しい作品が次から次に、予想もしなかった新しいエンタメが生まれてくるのが、そもそも『少年ジャンプ』だったわけじゃないですか。言い方が悪いですけど、蟲毒みたいな場所で。……これはたとえが悪いな(笑)。

 だけどやっぱり他誌と比べて、化け物みたいな発明作品が生まれるのが、『ジャンプ』だと思います。しかも、そういうメガヒットを生み出す人はみんな、ベテランじゃなくて若手じゃないですか。
 それこそが『ジャンプ』だと、私はずっと思っているので。

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矢作氏:
 『ジャンプ』でも、みんなトップを目指しているとは思うんですよ。ただ結果的に、1位の作品が他から抜かれなかっただけで。

 それにいちばん辛いのは、トップに立った人ですよ。だって抜かれたくないじゃないですか。
 そうすると、ずっとトップを取り続けないといけないんですよ。僕だって、自分が担当した作品でトップを一回取ったら、次の週からゲロ吐きそうになりますよ。だって落ちちゃうしかないんだもん(笑)。

 ところがそれをね、クリアし続ける漫画もたしかにあるんですよ、『ドラゴンボール』とか。アンケートで800票とか取っちゃうと、「あぁ勝てないな」みたいな。
 もちろん、そういう「勝てない」という気持ちは、持っちゃいけないと思うんですけど。

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 ただ、僕らの頃はやっぱり、絶対に1位になるというのを目指していましたから。アンケートで1位になったら、編集者が漫画家の言うことをなんでも聞いてくれる、ってことにしたりして。
 たとえば自由に描かせてもらうとか。

 僕が高橋陽一先生から聞いたのは、「原稿のフキダシにセリフを書かなくていい」と。「自分の代わりに担当編集が全部、ネームから書き写してくれるんだ」って。
 『キャプテン翼』が過去に1位を取った時にそういうシステムを考案して、そのおかげで僕が担当になったら、ずっと書き写すハメになったんですけど(笑)。

鳥嶋氏:
 それはダメでしょ(笑)。

矢作氏:
 でもそれは、高橋先生が自分でそう言って、達成して得た権利ですから。僕はそれに対して文句を言いたいわけじゃなくて。

 要するに、読者アンケートで1位を取るというのは、『ジャンプ』においては全作家の目標なんですよ。『ジャンプ』の漫画って、20本しかないじゃないですか。
 20本の中の1位って、イメージしやすいんですよ。アレとアレが1位、2位、3位となったら、それを超えればいいんだと。

 だから結果的に、1位の漫画はずっと変わらないように見えるかもしれないですけど、じつは週ごとには、けっこう入れ替わったりしているところもあるんですよ。

松山氏:
 たとえば今って、載れば1位の『ONE PIECE』があって、絶対に不動の1位じゃないですか。

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(画像はONE PIECE 1 (ジャンプコミックス) | 尾田 栄一郎 |Amazonより)

矢作氏:
 でも『ONE PIECE』だって、抜かれる時はあるし。

松山氏:
 あるんですか!?

矢作氏:
 ありますよ、それは。僕も抜いた時はありますし。

松山氏:
 それは『NARUTO-ナルト-』でしょ。

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(画像はNARUTO-ナルト- 1 (ジャンプコミックス) | 岸本 斉史 |Amazonより)

矢作氏:
 『NARUTO-ナルト-』でもありますし、他の漫画が抜いてるのを見たこともありますよ。

 ただ年間1位は当然、ダントツで『ONE PIECE』です。10年続くのはおかしいと言われても、それはやっぱり尾田栄一郎先生の努力がナンバーワンだからだと思うんですよね。
 なんか変な力が加わって1位になってるわけではないですから。読者は本当に面白いものを1位にするので。

松山氏:
 それは間違いなくそうですよね。

矢作氏:
 尾田先生の何がスゴいかというと、今でも進化しているところがあって。
 「なんでもいいから欠点を言え」って、編集者に言うんですって。そこに尾田先生の凄みがあるというか。なんか、若い編集者が愚にもつかないことを言っても、尾田先生にはそれを取り入れる感じがあるんですよね。

松山氏:
 毎週のネームで、強いてあげればどこが気になるかというのを、必ず担当の方に言わせるらしいんですよ。

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鳥嶋氏:
 そんなの当たり前じゃん。

松山氏:
 もちろんそうですけどぉ(笑)。

矢作氏:
 新入社員が担当になったら、そんなの普通は何も言えないですよ。そもそも数年前まで、卒業文集に「『ONE PIECE』大好き」って書いたりしていた人間なんですから。

松山氏:
 子どもの時に読んでいた『ONE PIECE』の作家さんですからね。

新人漫画家のデビュー作を表紙にする雑誌なんて、世界の中で『ジャンプ』だけ

鳥嶋氏:
 ずっと1位の話はちょっと置いといてね、僕は鵜之澤さんに話を振って聞いてみたいんだけど。

 矢作も僕も、『少年ジャンプ』の編集部にどっぷり浸かってきたわけですけど。そうすると外から見てね、『ジャンプ』編集部のこういう、良くも悪くも煮詰まっている感じ、それはどういうふうに見えてました?
 鵜之澤さんは『ジャンプ』以外の漫画雑誌やその編集部も知っていると思うんですけど。

鵜之澤氏:
 いろんな漫画が原作のゲームをやらせてもらうけど、やっぱり『ジャンプ』って別だよね。一個だけまったく別の体系っていうんですかね。
 NHKのドキュメントでもやってましたけど、編集部自体が下克上じゃないですか。電話を誰よりも早く取って有望な新人を捕まえよう、みたいな。

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松山氏:
 編集部全員がライバルですからね。

鵜之澤氏:
 僕のいたバンダイも、けっこうエグい会社でしたけどね。わりと肉食系の、狩猟民族と言われていたんだけど。でもそれ以上に、『ジャンプ』はスゴイなと思うし。

 その結果として、バンダイナムコが商売をさせてもらうと、売れるのが『ジャンプ』モノばっかりになるでしょ。面白い原作は集英社以外でもいっぱいあるんだけど、売り上げはそこまでいかないんだよね。
 これが不思議なところで。

松山氏:
 バンダイナムコのそこそこの成分が、『ドラゴンボール』と『ONE PIECE』と『NARUTO-ナルト-』でできてますから(笑)。

鵜之澤氏:
 あと『ガンダム』ね(笑)。戦隊、ライダーという子ども向けのものもあるけど、小学校高学年以上だと『ジャンプ』になっちゃうんだよね。

 僕はたまたま『機動警察パトレイバー』【※】とかをやってたんで、『週刊少年サンデー』編集部なんかも当時、いろいろ行ったりしていたんだけど、向こうは平和ですよ(笑)。空気がぜんぜん違う。

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※『機動警察パトレイバー』……作業用ロボット「レイバー」が普及した東京を舞台とする、アニメ・コミックなど多岐に渡るメディアミックスプロジェクト。ゆうきまさみ氏による漫画版は、1988年から1994年まで『週刊少年サンデー』で連載された。
(画像は愛蔵版機動警察パトレイバー (1) (少年サンデーコミックススペシャル) | ゆうき まさみ | Amazonより)

 どっちが好きかというとまた別だから。単純に漫画雑誌で言うと、僕は『サンデー』がけっこう好きで。
 でも『ジャンプ』ってまったく別物だもんね。今の10年続いたりする話とかも、僕は特殊だと思うし。

 誰にでも分かりやすくないと、1位にはなれないじゃないですか。いくら作家性があったからといって、たとえば大友克洋が描いたからって、必ず1位になるわけではないですから。

矢作氏:
 それとは別のベクトルになっちゃうんですよね、売れるとか、話題になるとかいったことは。
 『ジャンプ』は若者どうしが組んで、そういうものを生み出すんです、『バクマン。』じゃないですけど。ベテランが活躍するところでは一切なくて。

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(画像はバクマン。 1 (ジャンプコミックス) | 小畑 健, 大場 つぐみ | Amazonより)

 たとえば、鳥嶋さんや僕が新しい漫画を立ち上げて、スゴい漫画を作ろうという発想は、『ジャンプ』ではゼロなんです。新入社員が入ってきて、その新入社員と同じぐらいの年齢の漫画家と出会って。

 『ジャンプ』って、みんなが最初に読んでいた漫画雑誌だから、みんなが持ち込みに来てくれるんですよ。
 そうするとそこにいる編集者が、どんなに若い漫画家だろうとちゃんと相手をして、付き合ってくれるんです。

 だから漫画家としては、この人の言うことをちゃんと聞こうと思うし、その漫画家の姿を見て、編集者のほうも成長していく。この人に尽くさないといけないと、お互いに思うようになって伸びていく。
 そうやって1位になるじゃないですか。1位になってなくてもある程度の順位になると、今度はそこから落ちたくない。それも漫画家だけじゃなくて、編集者にとっても自分ごとなんです。

 だけどベテランの編集者がついちゃうと、そうでもないというか。わりと客観的に「それはそうだよな」「この位置だよな」と見えちゃうというのが、僕らはあるんですよね。
 だから『ジャンプ』編集部って、歳を取ったらみんな外に出ていくし。

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鵜之澤氏:
 それはあえて出すの? それとも自然と出ていっちゃうの?

鳥嶋氏:
 どっちを?

鵜之澤氏:
 両方ですよ。編集者も漫画家も。

矢作氏:
 編集者も漫画家も、両方ですね。
 『ジャンプ』としては、新連載は新しい漫画家でやりたいと。まったく世の中に出ていない作家、この漫画で初めて世に出る作家を、新連載号の表紙にするんですよ。そんな雑誌なんて『ジャンプ』しかないですよ、たぶん世界中で。

 だからそのぐらい、他の雑誌とはやり方が違うんです。方法論が違うし、考え方も違うし。
 そういう雑誌だと思います。だから唯一売れているんだろうし、新しいものも出てくるし。

鵜之澤氏:
 逆に言うと、他の雑誌は何でやらないの?

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矢作氏:
 できないですよ。怖いし。

鵜之澤氏:
 アンケートハガキを入れて、それを冷酷なまでにやるっていう。今のソシャゲみたいに。

松山氏:
 アンケートやKPIだけの話じゃ、たぶんないんですよね。他の雑誌にもアンケートは付いてますし、もちろん集計もしてますから。

鳥嶋氏:
 だからもう1回、『ジャンプ』が大好きな松山君に質問します。
 「面白いもの3つに○をつけてください」っていうハガキがあるじゃないですか。今、鵜之澤さんから出た『ジャンプ』のアンケートシステムね。批判の的でもあるけれど。

 松山さんはたとえばハガキを送るとして、20本全部読んで、点数をつけて、上位3つに○をつける? 面白いもの3つって、どういう心持ちで○をつけると思います?

松山氏:
 私は子どもの時も含めて、アンケートに○をつけて送っていた側なので。その時の感覚で言うと、私はこの週の『ジャンプ』でいちばん面白かったもの3つを、ちゃんと選んでいましたね。

鳥嶋氏:
 ほう。

松山氏:
 もともとこの作品は好きなんだけども、今週はちょっとそうじゃなかったというのは、入れていなかったです。

矢作氏:
 ちゃんと批判もするんだ。

鳥嶋氏:
 これは、ちょっと少ない気がするな(笑)。

矢作氏:
 珍しいタイプですよね。

松山氏:
 ほとんどの人が、みんなまず盲目的に『ONE PIECE』は絶対につけちゃうと思うんですよ。

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鳥嶋氏:
 だいたいは、もともと好きなもの3つなんですね。あとはその時に目に留まったもので。
 これを言うと極論だけど、面白いか面白くないかは、あまり関係がないの。だって1本の漫画の19ページは「悩んでも19ページ」だから。

 要するに、一生懸命考えた19ページでも、印象に残っているコマがいくつかあっての19ページでも、○がついたものが勝ちなんですよ。

 ということは、一週間の使い方を間違えて、7日間のところを9日間使って漫画を描きました、今週は面白いですよと言っても、次の週で使えるのは5日になっちゃうんですよ。そうなるぐらいなら「今週はもうこれでいいや」って割り切るべき。

 だから鳥山君が『Dr.スランプ』から『ドラゴンボール』に変わった時に、「鳥嶋さん、ストーリー漫画はラクでいいですね、ページが来たら終わりますから」と言ったんですよ(笑)。

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(画像はDr.スランプ 1 (ジャンプコミックス) | 鳥山 明 | Amazonより)

松山氏:
 ギャグ漫画は1話完結で、オチをつけないといけないから。

矢作氏:
 それはある種の境地ですよね。

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