2020年は、日本だけでなく全世界が新型コロナウイルスの感染拡大に見舞われるという、歴史に残る年となった。このコロナ禍によって日本人の健康や生活はもちろん、多くの企業の活動もかなり大きなダメージを受けている。
その中にあっていくつかの業種は、いわゆる「巣ごもり」需要によって、ダメージどころかむしろ通常以上の利益を得ていると、世間では言われている。ゲーム業界はその代表的な業種のひとつだ。
たしかに、ダウンロードで購入して家庭内で遊ぶことのできるゲームは、コロナ禍による外出自粛時の娯楽として高い人気を博した。その結果、「任天堂が2021年3月期の連結営業利益を、前年比27.7パーセント増の4500億円に上方修正した」といった報道もあるように、大幅な利益が発生したことも事実だろう。だが、実際にゲーム開発を行っているクリエイターの声を聞くと、そこまで活況を呈しているわけでもない、という意見が多い。
観光業や外食産業といった、コロナ禍で特に深刻な打撃を受けた業種に比べれば、ゲーム業界はそこまで大きなダメージは受けていないかもしれない。だが一方で、他の多くの企業と同様にゲーム業界もまた、会社の業務の多くをリモートワークに切り替えたり、それに伴い開発作業の進捗が遅れたりと、これまでにない規模の変化に晒されているのも、また確かなことだ。
そこで今回は、ゲームディベロッパーとして活躍する企業の代表取締役である3名の方々にお集まりいただいて、コロナ禍におけるゲーム業界の変化、とりわけゲーム開発現場の働き方の変化について、自由に意見を交換してもらった。その顔ぶれは、株式会社サイバーコネクトツー 代表取締役の松山洋氏、株式会社トイディア 代表取締役(CEO)の松田崇志氏、株式会社ビサイド 代表取締役社長の南治一徳氏という、いずれも業界の第一線で人気作を生み出し続けているみなさんだ。
座談会での対話を通じて明らかになったのは、「リモート作業」による社員間のコミュニケーションの変化が、ゲーム作りに大きな影響を与えているという事実だ。この点はおそらく、ゲーム業界だけが抱える問題ではないだろう。むしろこのコロナ禍において、日本の製造業やモノ作りの現場において、数多く見られる事象ではないだろうか。コロナ禍に見舞われた日本の企業の実情を率直に語り合うという意味で、この座談会の内容は、読者の方々にとっても非常に身近なものになっているはずだ。
今回の座談会の模様はこの記事だけでなく、Amazon Audibleで実際の音声を聴くことができる。参加者の感情表現豊かな音声を聞くことによって、より強い印象で味わうことができるはずだ。ちなみにこの記事では文章表現の都合上、発言の整理や語順の変更といった編集を適宜、文意を変えない程度に行っている。興味のある方は、実際の音声と比較してみるのも面白いだろう。
なお、この座談会の収録は2020年10月末に行われている。参加者の発言はその時点の情勢に基づくものであり、その後の感染状況の変化と若干のズレが生じている点をご了承いただきたい。
聞き手/TAITAI
文/伊藤誠之介
編集/実存
カメラマン/佐々木秀二
コロナ禍による開発の遅れで生じた損害は、ディベロッパー自身が被るほかない
──新型コロナウィルスの影響で、ゲーム業界は売り上げ上昇などの恩恵を受けている業界のひとつなんじゃないか、と一般的には言われていますが、実際にそういう実感はありますか?
南治氏:
「儲かっている」という感じはないんですけど、「仕事がない」というわけではないですね。新しいお仕事も最近始まっていたり、そういう意味では「変わらない」というのが、いちばん素直な表現ですかね。
ウチの会社は緊急事態宣言のあとにリモートワークを導入したんですが、比較的上手くいったので、ついにオフィスの席を縮小することにしました。開発スタッフの席が100席ぐらいあったんですけど、それが50ぐらいになります。
リモートワークとオフィスでの作業とを、合わせてやっていく形にシフトした感じですね。
──ゲーム業界では、コロナが流行しはじめた3月から4月ごろに、立ち上がっていたプロジェクトが止まっちゃったとか、開発が進まなくなったというような話もよく聞きました。そういった影響はありましたか?
松山氏:
ウチは売り上げ自体は正直、今までとあんまり変わってないです。売れているものはちゃんと売れているし、この時期だけギューッと上がったなという自覚はないですね。
ただ、ウチはカナダのモントリオールにスタジオがあって。北米は感染拡大がずいぶん早かったんですよ。今年の3月からもうモントリオールは深刻化して、政府の指示で外出禁止というか出社禁止になったので、モントリオールスタジオはリモートに切り替えるしかなかったんですね。
ウチは最初にモントリオール、4月から福岡本社、そして東京スタジオと、順番にリモートに切り替えて半年ぐらいですね。6月末までリモートで、7月からはシフト勤務で通勤ラッシュを避ける形にしました。
ウチはいつも朝9時出勤だったんですけど、それを11時ごろにズラして、オフピークで出社してもらうやり方に切り替えて。
開発に関していえば、半年弱、3〜4カ月ぐらいの間はとんでもなく遅れましたね。
一同:
あぁ……。
松山氏:
結局、みんなそれぞれローカルで作業するじゃないですか。プログラマーもアーティストも、みんなバラバラに作業して、それをサーバーに「せーの」って上げるじゃないですか。そうしたら動かないわけですよ。そこでいつもはみんなで集まって「さぁ、どうする?」ってやるんですけど、まずそれができない。
あとは家庭用ゲームの場合、SwitchとPS4とXboxと、それぞれ実機で確認しないといけないんだけど、自宅ではできないんですよ。開発機は社外に持ち出せない契約なので。だからローカルで作業して毎日データをアップしたとしても、まともに動いているかどうかは誰も確認できていないという。
松田氏:
みんな上げるだけ上げて。
松山氏:
これは体感ですけど、全プロジェクトでまるっと3か月ぐらいは遅れた感じですね。でも、3カ月の遅れを取り戻すには6カ月かかるんです。ほかの仕事をしながら並行して進めないといけないので。
そうなるとですね、あくまで体感ですけど、損失は数字で言うとマイナス5億ぐらいかな……。
南治氏:
うわー、ツラい。
──パブリッシャーさんから補填はあったんでしょうか?
松山氏:
えーと、両方ですね。「そんなもんは払わん」っていう会社と、「コロナは誰のせいでもないよね」という会社と。
ウチももちろん損害だし、パブリッシャーも損害なんです。なので、これはお互いに半分ずつにしませんかと。半分は補填するけど、半分は企業努力で何とかしてよと。これはまだ前向きだと思うんです。
自分のところの会社はリモートに切り替えて、出社率を何パーセント未満にしろと言っておいて、こちらには「遅れるのはいいけど、払わないよ」と言われたら、結局どうにかするしかないわけじゃないですか。
──業界残酷物語になってきました(笑)。
松山氏:
でも、そういう会社は多いですよ。知り合いのゲームディベロッパーも、ウチよりぜんぜん規模の小さい会社ですけど、そこもパブリッシャーから「遅れたら1円も払わないからね」と言われて。それで結局、社員50人が命がけで出社して、仕事をしてましたね。
──立場的に、お金を追加でもらう交渉をするというのもなかなか難しいですよね。それこそサイバーコネクトツーさんぐらいの規模であれば、まだ話は通じやすいかもしれないですけど。
南治氏:
「ここまでに実装して○○円」って契約書に書いてありますからね。それをズラすのはパワーが要りますよね。
──向こうから善意で言ってくれればいいですけど、そんなことってなかなかないですよね。
南治氏:
ウチの例で言うと、着手が遅れた案件はありますよ。緊急事態の時はリモートになっているから、「偉い人に対して新規事業のプレゼンができません」と。それでスタートが2カ月ぐらい遅れて。
そうすると契約も後ろ倒しになってお金も出ないので、その間はなんとか……みたいな。
コアゲームの売り上げは堅調だが、カジュアルゲームの売り上げは大きく伸びた
松田氏:
ウチぐらいの会社の規模では、国内だとほぼ変化はないですね。もともとお付き合いがあったり信頼関係ができているところに関しては、まったく影響がなかったと言っていいレベルだと思います。
ただ逆に、さっき南治さんがおっしゃったみたいに初めてお付き合いするところで仕事が減るというのはけっこうありましたね。話の入口としては今までどおりスムーズにいくんだけども、予算を組んだり承認したりとというフェイズで、承認会議自体が先送りされたりだとか。
──なるほど。
松田氏:
一方で、海外向けでは面白い例があって。ウチはFacebookとかのSNS上で、簡単に遊べるカジュアルゲームのラインも持っているんですけど、その中にインドのおはじきゲームがあるんですね。
基本的にはインドの人しかやらないゲームなんですけど、じつは奥深いゲーム性があって。重いゲームが作れないからこそ、どこまでオリジナルの良さを活かしてカジュアルなゲームができるかと、ウチでチャレンジして作ってみたものなんですけど……なんと、このゲームのアクティブプレイヤー数がコロナ禍以降で以前の30倍になったんです。
南治氏:
えーっ!?
松田氏:
30倍レベルの数字の変化って、なかなか体感することがなかったので、ウチとしてもかなり驚きましたね。
松山氏:
カジュアルは逆に伸びたんだ。
松田氏:
伸びたと思います。我々だけじゃなくてインドの方々もコロナで苦しんでいて、その中にはあまりお金がない層もいっぱいいて。その人たちが他人と会うことができないとなったときに、あまりお金がなければ当然、選択肢も少なくなって、無料でできるゲームに集中したというのはあったんじゃないかと。もちろん、我々なりの分析でしかないという前提のうえですが。
──カジュアルなゲームは盛り上がっているという話で言うと、『あつまれ どうぶつの森』も大ヒットしたじゃないですか。もともと人気があって勢いもあったんだけど、コロナ禍という状況になって、より拍車がかかったという印象はありますよね。
松山氏:
ダウンロード販売の比率が上がったという話は聞きましたね。
──そのへんって、実際どうなんでしょう? コアゲームよりも伸び率が高かったんでしょうか。
松山氏:
そうだと思いますよ。我々が作っているものって嗜好品じゃないですか。「コロナで家にいるから『ドラゴンボール』を買おう」じゃなくて、『ドラゴンボール』が好きな人は最初から買っているし、買おうと思っていた人たちが順番に買っているだけなので。
ウチが作るモノは特にそういうタイプなので、そんなに大きくは変わらず、どれも順調に売れている状態でしたね。
松田氏:
『あつまれ どうぶつの森』に関しては、コロナで急に世界が変わってしまって、「人とのコミュニケーションを手っ取り早く何かで代替したい」という、ものすごく神がかったタイミングで出てきたのが大きいですよね。
『どうぶつの森』を今までは買わなかったけど、今回のこのコロナをきっかけに、コミュニケーションツールが欲しいから買ったという人は多かったんじゃないかと思います。
──それは周りを見ていても実際に感じますね。ふだんゲームをやらないウチの妹も、なぜか『あつまれ どうぶつの森』を欲しがって。でも、買おうとしても買えなくて。
南治氏:
そもそもSwitchが品薄になりましたからね。
──『あつ森』の流行は、昔の『脳トレ』みたいな空気がありましたよね。ふだんゲームにまったく関心のない人がやろうとする、あの空気はなかなか珍しいなと思いました。
リモートワークにしたことで、「ムダ話」が無くなってしまった
──リモートワークになって気づいたことはありますか?たとえば、対面で話すことってけっこう情報量があるじゃないですか。それが、それこそZoomなどのビデオ会議であってもいろんな情報が削げ落ちて、意思疎通が難しくなっていると思うんですよ。
松山氏:
いっぱいありますよ。もともとウチは福岡・東京・モントリオールと拠点が離れているので、ビデオ会議とかでコミュニケーションを取りながら作っていくのが基本だったんです。だから、意外とみんな在宅のリモートでやることに何の頓着もなくやれると思っていたんですけど……。
最初のころは「みんなタフだな。ちゃんとスイッチを切り替えてやってくれてるじゃん」と思っていたんですけど、1週間、2週間と経ってみるとどんどん遅れが出てきて。
やっぱりウチは会社組織で、スタジオワークだったんですね。オフラインでスタジオに一緒にいるからこそ得られる気づきって、いっぱいあって。リモートによるコミュニケーションロスが大きすぎたので、ウチは結局シフト勤務に切り替えたんです。
じつは会社でこうして他人といるときって、けっこうムダ話をするじゃないですか。それこそミーティングが始まる前に、よくわかんない前説が始まったりするじゃないですか。でもそれにはやっぱり、意味があるんですよ。
松田氏:
そうですよね。
松山氏:
しかも、ミーティングをリモートでやると、ビックリするほど仕事の話だけして終わることが多くて。
これはウチのスタッフの話なんですけど、家で晩ご飯を食べる時に、会話が無くなっちゃったらしいんです。今までは会社に来て、朝から晩まで仕事をしているつもりが、じつは雑談していて。そして夜、家に帰って家族と晩ご飯を食べる時に「今日ね、こんなことあったんだよ」と話していたと。
なので、ウチではビデオ会議で「仕事の話だけするのは禁止」にしました。始まる前でもいいし、終わった後でもいいから、5分でも10分でもいいから、雑談をしよう、ムダ話をしようと。
「今日お昼は何を食った?」でもいいし、「テレビ何見た?」でも構わないから、とにかくもっとムダ話をしてと。「そうじゃないと、お前らおかしくなるぞ!」って(笑)。
松田氏:
でも、それは絶対にありますよね。
──それはすごく分かります。リモートワークになって仕事が早くなったという人を、僕は聞いたことがないんですよ。みんな、なんらか遅れるようになっていて。
松山氏:
やっぱりそうなんだ。
松田氏:
プロジェクトとして不特定多数の噛み合いが上手くいかなくて時間がかかったというのじゃなくて、個人個人のレベルで仕事が上手く進められなくなったということですか?
──全体ですね。とくにディレクターやプロデューサーの方に多いんですが、全体的に1〜2カ月ほど遅れているそうなんです。
ただ、その内訳がまだ言語化できていなくて。さっき松山さんがおっしゃったことがまさにその一例だと思うんですけど、その内訳というか、「これってこうだったんじゃないか」っていう話が出ると、すごく有意義なんじゃないかと思うんです。