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6000回ものテストプレイが傑作人狼ゲーム『グノーシア』を産んだ!「汎用テキストの再利用」によって誕生した、「本当に1000回遊べる推理ゲーム」の作り方とは

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6000回ものテストプレイによって磨き上げられた、テキストの多面性

hamatsu氏:
 『グノーシア』の船内って、非常事態に置かれた非日常の空間でもあるんですけど、同時にものすごくルーティーンの世界でもあるじゃないですか。そこがやっぱり「ゲームでしかできない体験だな」と思います。

『グノーシア』インタビュー:本当に1000回遊べる推理ゲームの作り方とは_027

 映画で同じ日常描写を何度も繰り返していたら、「なんだこの映画!? 」ってなりますよね。繰り返し同じセリフを言うことでルーティーンを味わわせるのは、ゲームでしかできない表現だと思いますし、『グノーシア』だからできたスゴイことだなとも思うんですよね。

 しかも、それを軸にストーリーを作るのは逆算的というか、特殊なストーリーの作り方だなと。

川勝氏:
 そうですね。だからエンディングなんかは最初に作っていません。
 エンディング手前までストーリーを作って、みんなでテストプレイを繰り返して、最後のところまで行った後に、「エンディングはプレイヤーの立場になって、どんな気持ちでどういうふうにしたらいいだろう?」と考えて作りました。

 ベースのオチをある程度作っていたとはいえ、プレイ体験から望まれることってまた別にあるじゃないですか。ループも100回とか200回とかしてもらうわけで、それを想定した上で作っていますし。

 「だいたい60回ぐらいやると飽きてくるな」というのは、制作者がいちばんよく分かっているんです。その飽きてくるタイミングで「ループ体験は本当に大変だよね」ということ自体をイベントの内容でプレイヤーにちゃんと伝えることで、この「飽きること自体がゲーム内で想定されている」ものだと認識してもらえるはずです。
 ガチで100回以上も遊ぶという大変さを、意図的にやっているわけですから。

 だから、イベントがやや出にくいというのも意図的に設定していて。本当に辛い気持ちを味わってもらったからこそ体験できるカタルシスみたいなものを経て、エンディングを迎えてもらいたかったんです。

hamatsu氏:
 お話を聞いていると、やっぱり徹底的にテストプレイを、しかも主要メンバー全員がやっているので、少ない会話パターンでも保(も)つだけの強度が圧倒的にあるんだなと思いますね。

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 セリフのひとつひとつが磨かれまくっているというか、不要なことを言わないというか。それが『グノーシア』の強さなのかなと。
 100回以上同じセリフを聞いても不愉快には感じないし、ちゃんとキャラクターのパーソナリティに即している。逆にこれだけテストプレイをしないと、繰り返し聞くのに堪えないセリフになっちゃってたのかな、と思うんですよね。

 そこで繰り返し遊ぶことを徹底して、手触りとかにこだわって作ったというのが、やっぱりテキストの強度につながっているんだと思います。

──順番としては、ゲームデザインの要求から生まれた、個々のキャラクターの性格みたいなものがまずあって。そこに実際のプレイを通して感じられた個性を肉付けする。で、キャラクターを肉付けした後に、全体の世界観だとか大筋のシナリオが作られた、ということですよね?

川勝氏:
 そういうことですね。『グノーシア』を制作するにあたっては、本当にテストプレイをめちゃくちゃやったんです。たぶん、6000回はやったはずです(笑)。
 開発部隊と僕の4人全員でひたすらテストプレイを繰り返したというのが、たぶんいちばん大きな勝因だったんじゃないかと思っています。

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──4人で6000回!? それはスゴイですね……

川勝氏:
 だからこそ、それに伴う体験がそのままプレイヤーの体験、遊んでくださる方の体験と一致したはずなんです。
 それこそ、セーブやローディング時間が短さとか、SEを鳴らすタイミング、フェードインアウトの暗転速度、ボタンを押したらすぐに見たい画面が見られるとか、そういう細かい手触りにまでこだわって作っていきましたから。

hamatsu氏:
 その話を聞いていて、黒澤明監督の『七人の侍』のエピソードを思い出しました。あれって、最初からああいう映画を撮ろうと思ったわけじゃなくて。そもそもの発端は、「江戸時代の侍の一日を再現した映画を作ろう」というのを動機にして始まったんですよ。

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(画像はAmazon | 七人の侍(2枚組)[東宝DVD名作セレクション] | 映画より)

 それで侍の生活を徹底的に調べて、そこから企画が二転三転してその末に『七人の侍』の物語になっていたんです。言ってしまえば、詳細な調査から制作が始まっているんですよね。

 「侍が七人登場して盛り上がる話を作ろう」というのではなくて、まず侍というものを徹底的に調べて調べて調べた先に、こういう状況ではどうなんだ、この時はどう行動するんだって形を変えていって、『七人の侍』という超傑作が生まれてしまった。

 もしそこで武士の生活を徹底的に深掘りしていなかったら、あそこまでの傑作にはならなかったと思うんです。最初から設定ありきだとかストーリーありきだったら、『七人の侍』ってもっとぜんぜん違う映画になったんだろうと思います。【※】

※参考文献:橋本忍『複眼の映像: 私と黒澤明』

──なるほど。そう聞くと、『グノーシア』の作り方も似てますね。

hamatsu氏:
あともうひとつ思ったのが、これまたゲームの話ではないんですけど、プロレスラーって入門したての頃は派手な技は絶対に使わせないで、基本的な技を覚えさせるそうなんです。

 とにかく基本の技を徹底的に練習させて、基本の受け身とかも何百回と練習させて、基本技をちゃんと使えるようになってから、ようやく派手な技を使うことがだんだん許可されるという。『グノーシア』の制作過程を聞いて、なんだかそれに近いものを感じましたね。

 いきなり派手な技を覚えさせるんじゃなくて、まずは無個性な衣装を着せて、地味な技をとにかく練習させる中からだんだんと個性が生まれていって、一流のレスラーになっていく、みたいな。

川勝氏:
 『グノーシア』の制作では、作りながら壊して、みたいなところもありましたし。あんまりこういうことを言っちゃダメですけど、ちゃんとした仕様書がないんですよ(笑)。

 ソースコードを直書き、みたいなのが結構あるんです。一般的なゲーム制作のようにスクリプトでやってないんですよ。というよりスクリプトでやってると、たぶんあのゲームは完成しなかったと思います。

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──「スクリプトだとダメ」というのは、なぜなんですか?

川勝氏:
 汎用性が利かないところがけっこうあるんです。パラメータのデータのやり取りと、そこに出てくるイベントとかがかなり複雑に、密接に絡み合っていて。
 さらにCPUとの兼ね合いがあるので、「この時にこれを出す」という決め打ちをスクリプトで読み込んだりすると、ワンテンポ遅れるというか、処理がかさむ可能性があったんです。

 あと、プログラマーがシナリオを直接担当してしまっているので、もう自分が理解できていればいい、みたいなところがあって(笑)。

──それはスゴイですね(笑)。

川勝氏:
 良くない作り方ですよね(笑)。少人数でしかありえない作り方です。

hamatsu氏:
 バンドみたいな作り方ですよね。

川勝氏:
 完全にバンドですよね。あんまり良くないと思うんですけど(笑)。

 だから移植は本当に大変だったんです。もうテキスト自体もコードの一部だと思って考えていかないと作れないんですよね。

──テキストは何人ぐらいで書かれたのですか?

川勝氏:
 ひとりですね。プログラマーが仕組みとストーリーを連動させながら作っていました。ただ、デザイナーが絵的なアプローチをして、「このキャラクターはそういう言い方はしないよ」とか言いながらやっていたので、整合性はしっかりしています。

 あとは先ほども言いましたが、数字のデータを見てキャラクターを作らない、という点には強くこだわっていました。

──『シレン』『トルネコ』のようなローグライクでも、裏側ではパラメータを参照できて、それを見ながらバランス調整をする、みたいな話があるじゃないですか。でも『グノーシア』にはそういう仕組みがないってことですか?

川勝氏:
 そうですね、ほぼ見ないですね。

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 本当にみんなで6000回遊んで、遊んだ感触に基づいて数字を調整したんです。でも数字を見て「こうだろう」という計算をして調整することはしなかったですね。だから時間がものすごくかかってしまって……。

 開発スタッフの4人がいちプレイヤーとして、見えない数字を意識せずにテストプレイを繰り返して。その体感から得られた感覚を頼りに、その4人の意見を集合させて、最終的に判断しました。
 その判断の際も多数決にはせず、自分の意図を他の人にちゃんと伝えて話し合うようにしました。僕たち4人全員が開発者だから、ゲームの仕様をだいたい分かっているので。

──それもスゴい作り方ですね。

hamatsu氏:
 テキストを書く側の論理から言えば、余計な説明を乗っけたくないというのが、すごく理想主義的な考えとしてあるわけで。
 でも遊ぶ側からすると、そこが明示化されないと反復に耐えることができない。そこが高い水準で話し合われて、ゲームに落とし込まれているわけですね。

川勝氏:
 そこは頻繁にコミュニケーションを取るということが、すごく大事かなと思います。

手数の少なさこそが『グノーシア』の特徴

hamatsu氏:
 『ダークソウル』の手数の少なさというか、ひとつひとつの行動の重さと、モーションの根本的な少なさと、『グノーシア』の言葉の応酬って、かなり近いと思うんですよね。

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(画像はDARK SOULS REMASTERED ダウンロード版 | My Nintendo Store(マイニンテンドーストア)より)

──そうですね。『グノーシア』は会話そのものがゲームになっていて、パラメータや数値こそ表には出てこないものの、感覚的にはRPGでのバトルの際の攻防に近いですよね。

hamatsu氏:
 そうなんですよ。『グノーシア』の面白さって、そういうバトルの際の「何が起きるか分からない」という偶発性なんですよね。
 この面白さをちゃんと1人用のゲームとして成立させているところがスゴイ。しかも人狼ゲームの面白さが十分に味わえるなんて、なかなかできるものではないですよ。

──コマンドが極限まで絞り込まれていることによって、偶発性を上手にコントロールしていますよね。
 これがたとえばコマンドが100個あったとしたら、「これを言った後に何が起こるだろう」というのが、プレイヤーはなかなか想像できないと思うんです。でも、逆に絞り込んで抽象度を高めることで、「これを選んだら、こういうことが起こるかも?」という想像力が働くわけです。ジャンケンは3種類しかないからこそ、駆け引きが生まれるといいますか。

川勝氏:
 ちょっとヒントになるかもしれないですけど、米光一成さんが作られた『はぁって言うゲーム』というカードゲームはご存知ですか。

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(画像はAmazon | 幻冬舎(Gentosha) はぁって言うゲーム 幅102x高さ150x奥行き28mm 112307 | おもちゃ | おもちゃより)

 これは、それぞれのカードで与えられるテーマがあって、それを「はぁ」という言葉の声の出し方や表現だけで、他の人に当てさせるゲームで。悲しんでいる「はぁ」なのか、喜んでいる「はぁ」なのかを、読み解いて答えろというゲームなんですよ。

 『グノーシア』の場合は、さっきのゲームで「はぁ」というコマンド1個しかないのと同じように、「疑う」というコマンドに対して、意味合いを多面的に持たせているんです。
 他のキャラクターとの関係性を読み解きつつ、今回の「疑う」はこういう意味なのか、悲しんでいる意味なのか、相手を追い詰めようとしているのか、みたいなことも「乗せて」伝えるという。ひとつの言葉の意味合いを多面的に見せつつ、それが周囲にどう影響するのか、みたいな。

 だからこそ、この時に「疑う」コマンドを打ったのが後から効いてきたとか、最後の半日間の議論中でどう影響していったのか、みたいなものを、後で航海日誌を見ながら答え合わせをしていくみたいなこともできるんです。まるで小さなバタフライエフェクトみたいな感じで。

 だから言葉の「強度」というよりは、言葉の「多面性」というか。ひとつの言葉にどれだけの意味合いを含めながら遊んでいくのか、みたいなところはあると思いますね。

hamatsu氏:
 出力方法は「疑う」「かばう」の2種類でシンプルなのに、それを出力した際の“響き”というかリアクションは無限にパターンがある、みたいな感じなんですね。

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川勝氏:
 その言葉に対して、他の乗員たちの受け取り方のリアクションがどう返ってくるのか、みたいなことも含めてですけど。

hamatsu氏:
 同じセリフに対して、この人はさっきリアクションを返さなかったけど、今回は返してきた、みたいなところでパターンが違うってことですね。

川勝氏:
 はい。「あれ? 急に寝返ったじゃん」みたいな。最初は疑っていたのに急にかばってる、急に変えてるじゃん、みたいな。じゃあ最初に疑っていたのはどういう意味だったのか。そういった各流れの文脈みたいなものも考えながら遊んでいくという。

hamatsu氏:
 『グノーシア』って、最後にコールドスリープをドン! と決めるとか、「この人は人狼だから消します」というもの以外に、直接的な結果が出たりするわけではないので、いわばコマンドによって「波紋を見る」みたいなところがあるじゃないですか。

 アクションゲームだったらこう、ズバーン! とブン殴ったら直接的なインパクトが発生するのが気持ちいいんですけど。
 でも『グノーシア』の場合はちょっとした小石を投げることで、「あっ、上手く疑ってる」みたいな感じで(笑)。それは実際の人狼ゲームでも似たようなところがあって。

川勝氏:
 噂みたいな感じというか。

hamatsu氏:
 そこの面白さを表現するための会話なのかなとも思うんですよね。そこを数字に置き換えてしまうと、その味はたぶん消えてしまうだろうなと思うんです。

川勝氏:
 そうです、そうです。もう数字しか見ないですもんね、そうなると。

hamatsu氏:
 「今ちょっと、こいつに響いたかな」とか、「こいつに対する風向きが今、ちょっと変わったかな」みたいに、本当に繊細なところじゃないですか、そこって。

川勝氏:
 そうですね。

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人狼ゲームだからこそ、世界観や状況が分からなくても進めていける設計になっている

hamatsu氏:
 『グノーシア』のキャラクターって、人狼ゲームである以上、内面と役割が完全に分離しているじゃないですか。
 「誰かが誰かを陥れようとしている」という状況って、普通の作劇なら内面と役割が一致しているんですけど、人狼ゲームの場合はそこが完全に分離しているので、複雑ですよね。 「別に怨恨や因縁はないんだけど、グノーシアだから他人を狙う」という状況が生まれるじゃないですか。単に役割だからそうします、ってだけなんです。

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 でも、内面と役割が分離していることで、ひとりのキャラクターが同じセリフを繰り返していても、ループによって受け取り方がぜんぜん違うんですよね。
 同じセリフでも意味が変わってしまう。一回ごとの役割に応じて、響きが変わってくるんですよ。そこは人狼ゲームのよくできたところだと思うんです。

川勝氏:
 その点で言うと、人狼ゲームの仕組みにはすごく助けられましたね。

hamatsu氏:
 「人と人が殺しあう」って、よっぽどな因縁とか特殊な状況がないと発生しないことなんですけど、人狼ゲームの場合は「こういうルールだから」って受け入れることができるんですよね。

川勝氏:
 極端な話、ゲーム中に「航海日誌」という形で簡易的なプレイログが見られます。キャラクターが何を言ったかが分かるんですけど、あそこだけを見て面白がることはできないんです。
 ゲームの演出も含めて、もともと用意してある範囲のことしか起きないんだけど、実際のゲームプレイではその時々の状況に応じて印象が変わるんです。それってじつは『メゾン・ド・魔王』も同じなんですよね。

 「その時の状況に応じて、ひとつひとつのセリフの持っている意味が変わる」という楽しさはすごく意識していました。

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──人狼ゲームをテーマにしているからこそ、与えられた運命を受け入れなければいけないという状況ができあがっているわけじゃないですか。
 『グノーシア』の冒頭のシーンはとくに象徴的ですよね。解説の文字がバーっと出てくるんだけど、早すぎて読めないという(笑)。

川勝氏:
 あの最初の文字は迷ったんですよね。でも、最終的には「状況設定は分からなくても大丈夫」ということをプレイヤーに伝える覚悟をしました。
 だから、あの文字がバーって流れたあと、セツが「わかった?」って聞くんです。そもそも読ませる気がないから、「読まなくても大丈夫だよ」ということを理解してもらうために(笑)。

hamatsu氏:
 そうですよね。アドベンチャーゲームではまれにあるんですけど、プレイの途中でキャラクターの言っていることとかそこで提示される内容が理解できなくなったとたんに、読み進めるモチベーションがツラくなっちゃうんですよ。
 「ここで分からなかったら、今後も分からなくなってしまうんじゃないか」という心配をしてしまって、けっこうストレスが溜まるんです。

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 でも『グノーシア』の場合は、最初から「分からなくても大丈夫」という設計になっていますよね。大枠の話が理解できなくても、「とりあえず今はグノーシアを探していけば、いつか分かるようになるのかな」という気持ちになるのはスゴイと思います。

 謎があるという誘惑や、それを明かすタイミングが秀逸で、かつ、それが分からなくてもプレイを続けることができる。ビックリするぐらい間口が広いですよね。

──確かに、最初のテキストを読ませていたら、『グノーシア』ってここまで受け入れられていない気がします。最初にテキストが流れていって、なんとなく未来で、宇宙で、という断片だけは分かる。あれは作り手側の覚悟だったんですね。

川勝氏:
 そこで最初の会話が、セツから「人類はいないほうがいいんじゃないか?」って質問されるという。最初に思いっきりかましていくスタイルですよね(笑)。
 それでよく分からないうちに、自分がグノーシアなのではないかと疑われる。そこで何の根拠もないのに、いきなり投票に持っていく。このいきなりさは、意図的なんです。

──その冒頭も含めて、プレイヤーと主人公の情報量が一致していることが、『グノーシア』の理解しやすさにつながっていると思います。
 プレイヤーが知っている情報と、作中で描かれる主人公の立場の情報量が完全に一致しているので、ワケの分からない状況を純粋に体感できるんですよね。

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『グノーシア』は、“次の物語”の第一歩目を踏んだのかもしれない

──ここで整理すると、リプレイ性に耐え得るためのストーリーや構造をテキストでどう組み立てるかというのを体現したものが、『グノーシア』であると。
 その上でさらに、プレイヤーには見せないもの、情報の少なさにこだわることで生まれる価値や意味みたいなものも、かなり重要ですよね。

川勝氏:
 僕としては、ゲームのシステムとストーリーを「絡ませる」というのが、いちばん大きな成功要因ではないかなと思っているんです。

──その意味で言うと、「プログラムから生まれる物語」といった文脈に近いものがありますよね。普通の作家さんが言うストーリーの描き方とはぜんぜん違う、ゲームならではというか、プログラマーが作る物語なので。

hamatsu氏:
 プログラマー的な物語の書き方だとか、プログラマー的な見地から生まれた物語とか、そういったところとつながりそうですね。

川勝氏:
 僕が見た限りですけど、「ゲームデザインのシステムとストーリーを絡ませた作品」というのは、あまり多くないですよね。きっとかなり作るのが難しいからだと思うんですけど。

──ほとんどないですよね。

川勝氏:
 だから、そこに挑戦する価値があるし、実際そういうものに近しいゲームがヒットしているのを見ると、「ここしかない」とも思いますから。そこは今回、かなり徹底させました。

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──もうひとつ、可能性みたいな話で言うと、今は実況や動画でゲームが展開されることが前提の世界になったじゃないですか。
 そうなると、一本道のストーリーテリングってやっぱり、強度が弱いように思えるんですね。動画で見てしまえば、極論プレイしてなくてもお話の面白さは味わえちゃうわけですから。

 そう考えると、『グノーシア』のようなシステムで語り得るストーリーテリングにはめちゃくちゃポテンシャルがあると思うんです。要するに、実況者が何回やっても違う展開が生まれて、毎回新鮮な感覚で実況できるってことですから。それってスゴイことじゃないですか。

川勝氏:
 そうですね。『グノーシア』をクリアする実況を見て「お話は分かっているんだけど、自分も買っちゃった」って人もけっこういるんですね。
 なにしろ実況する人によって、展開やリアクションがまったく違いますからね。それぞれの実況者に「撮れ高」みたいなものがあるんです。しかもそれは、その人じゃないとできない撮れ高で、みんな同じじゃないですから。

 それはやっぱり、公平性がないと無理なんですよね。こちらで意図的に調整すると、そういう展開にはならないんです。

hamatsu氏:
 可能性の芽を摘んじゃうことになっちゃいますもんね。

──だからこのへんの話をちゃんとしていくと、アドベンチャーゲームのその「次」だとか、あるいは「物語」そのものの次のあり方というのが、かなり提示されてくるというか。その輪郭がぼんやりと見えてくる話にもなるなと思っているんです。
 そういった「“次の物語”の第一歩目を『グノーシア』が踏んだんだ」とか、「『グノーシア』が切り開いたかもしれないんだ」というのは、ワクワクする話ですよね。

川勝氏:
 そうですね。このシステムでまたいろんなゲームが出せたらいいなと思いますね。それがまた難しいと思うんですけど……(笑)。

 「ひとりで遊べる人狼ゲーム」って言われたら、普通は「そんなの成立するのか?」って、やっぱり思うんですよね。『グノーシア』は実際のところ、それをどこまでできているのかと、人狼ゲームを知っている人ならたぶん、みんな思っていたはずなんです。

 ポイントはキャラクターというか、要はCPUのクセですね。それを人狼ゲームにおける思考のクセに当てはめて、「キャラクター性」に転換することで、整合性を取ったんですよ。

 だから、「あっ、思ったより人狼してるじゃん」というのは、けっこうな褒め言葉ですよね。みんなそもそも「成立しない」と思っていたものなので(笑)。

──今、人狼ゲームというか『Among Us』がめちゃくちゃ流行っていて。でも「自分には難しい」なとか、「なんか楽しめないな」って思ってる人も、いっぱいいるはずなんです。

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(画像はAmong Us ダウンロード版 | My Nintendo Store(マイニンテンドーストア)より)

 僕が『グノーシア』に感じているポテンシャルの高さというのは、そこにアプローチできるところなんですよ。 人狼ゲームでハードルの高いところをよりソフトな形で提供して、しかもひとりでも遊べるというのが大きいですよね。

 たとえば昔で言うと、「TRPGの『ダンジョン&ドラゴンズ』がすごく楽しい」という話を聞いても、4人で集まるのはなかなか大変だったじゃないですか。そこに『ドラゴンクエスト』みたいなコンピューターゲームが「ひとりで遊べるRPGですよ」って出てきて、間口を一気に広げたわけですよね。
 『グノーシア』にはそれと同じようなポテンシャルがあるなと思っているんです。

川勝氏:
 ありがとうございます。

──人狼ゲームを遊んだことのない人たち、あるいは人狼ゲームの楽しみ方を味わったことのない人たちが、『グノーシア』で初めて人狼的な面白さを味わえる。そこのポテンシャルがすごくあるんじゃないかなって、ずっと思っています。

川勝氏:
 「人狼ゲーム」って名前で、まずある程度ハードルが上がってしまいますからね。だから「ローグライトアドベンチャー」という、次のステップに行きたいなと思っています。

hamatsu氏:
 『グノーシア』って、久々に再開しても苦もなく遊べるんですよね。アドベンチャーゲームって、いざやるとなると、けっこうグッとがんばって遊ばないといけないし、途中から再開すると「これって誰だっけ?」みたいになっちゃうんですけど。

 でも『グノーシア』は、なんとなくキャラを覚えていれば、それで大丈夫だし。忘れていても、何度か遊んでいると「こいつはこういうヤツだった」とか、「このコマンドはこれだった」みたいなのを思い出してくるので。

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 だから2〜3回やって、またやめて。で、また久々に出して遊んで、みたいなことを繰り返してもいいし。それにストーリーだとか目の前の謎解きとかを無理にやらなくても、とりあえず目の前の人狼ゲームを遊ぶだけでも十分に楽しいし。

 「久々にあのキャラとちょっと会おうかな」ぐらいの、軽いノリで遊べるところもすごく良いですよね。

 そういう意味ではTAITAIさんがおっしゃるように、もっと間口が広いというか。潜在的に『グノーシア』にハマる層って、日本国内だけでもまだまだいると思うんですよね。そこにもうちょっと届いてほしいなという気持ちはありますね。

──『グノーシア』の5分〜10分で1ゲームを遊べるサイクルって、すごくモダンな設計だと思うんですよ。
 昔は1サイクルが1時間、2時間のゲームが多かったと思うんですけど、現代はそうではない。モダンなゲームの特徴って、「テンポの良さ」と「サイクルの短さ」なんです。

 『グノーシア』はまさに、そのモダンなゲームの形を完全に内包しているんですね。これがたとえば、アドベンチャーゲームでめちゃくちゃ感動するというゲームがあったとして、「1サイクル30時間です」って言われると、もうモダンじゃない。僕自身はそういうゲームも大好きなんですが……。
 このモダンさって、さっき話したポテンシャルの高さともたぶん紐付いていて、もっと売れる可能性があるはずなんです。

川勝氏:
 『風来のシレン』って、「1000回遊べるRPG」みたいなキャッチコピーじゃなかったでしたっけ?

──そうです、そうです。

川勝氏:
 じゃあ『グノーシア』は「1000回遊べる推理ゲーム」みたいな感じで(笑)。

 たまたま人狼ゲーム的なシステムを踏襲してはいますが、永久に遊べる推理小説があったらいいよね、みたいな考えもあるので(笑)。そのあたりをライトに見てもらえたら、それは嬉しいなと思いますけどね。

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──『グノーシア』が持っているモダンさだとか、サイクルの良さとかテンポの良さって、じつはどれもことごとく、アドベンチャーゲームが「弱点」としているものなんですよね。
 だからこそ、「そこを解決しながらナラティブにストーリーを作れます」とか、あるいは「このサイクルをベースにしながらお話が作れます」というのは、かなり強力なフォーマットになり得る可能性があると思っていて。

hamatsu氏:
 「会話をデジタルゲーム的に落とし込んだ」という意味では、空前絶後みたいな作品ではありますよね。

──それは今日話していて思いましたけど、相当にスゴイですよね。

hamatsu氏:
 ですよね。「はい」「いいえ」とか、「何百ポイントのダメージを与えました」とかじゃなくて、自然な会話なのにデジタルゲームとしてちゃんと機能しているというのは、やっぱり相当スゴイことですよ。

──しかもそれが100回、200回のプレイに堪え得る設計にまで昇華されているというのは、本当にゲーム史上初ぐらいのレベルじゃないですか。

川勝氏:
 『グノーシア』を作っていて、「最初にして最強を行くぞ」というのはずっと意識していました(笑)。
 4年間作っていても、他からあまり似たようなゲームが出てこなかったので。だから「行けるとこまで突き抜けよう」という気持ちになれましたね。

 もちろん、このシステムを最大限に活かした話なので、「そう何度もできるもんじゃないだろう」とは思っていますけど。

──『グノーシア』が実際に世に出てしばらく経つ今でさえ、これをフォローしようと思う人すら、たぶんまだ現れていてないと思いますから。

川勝氏:
 そうですね。

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──これを深いレベルで理解して乗り越えてくるというのは、なかなか難しそうだなって思いますね。だからこそスゴイ。川勝さんというかプチデポットさんで、アドバンテージがある状態がしばらくは続きそうな気がしますね。

hamatsu氏:
 オリジナリティがすごく高いのに、めちゃめちゃ洗練もされているんですよね。最初にPS Vitaで出たというのも含めて「いったい何なんだ」と、後の時代から振り返った人が思っちゃいそうですよね(笑)。それぐらい、急に現れた感じがスゴイので。

川勝氏:
 作り方も、発売するタイミングも、やってることもおかしいですからね。僕も傍から見てて思いますよ、「フワフワしてるな、プチデポット」って(笑)。(了)

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 『グノーシア』は「人狼ゲーム」というフォーマットを最大限に活用し、新しいゲームの在り方を提示した傑作である。それは今回の座談会をここまで読み進めた人であれば、十分に納得してもらえたはずだ。

 人狼ゲームというものは、参加者全員が与えられた瞬間にその役割を全うしなくてはいけないうえに、1回ゲームが終わってしまえば、その役割は変更されてしまう。

 あるキャラクターが前回のゲームと同じセリフを言ったとしても、役割が変わればその意味は同じであるとは限らない。そういった状況を繰り返して、何度も語られる同じセリフに対して、その都度意味を見出し、キャラクターに性格を与えるのは、じつはプレイヤー自身である。

 川勝氏の語った「僕たち制作者も含めて、ゲームではプレイヤーの想定を超えることが起きるかもしれない」という言葉は、まさにゲームというメディアが持つ本質的な面白さのひとつ、といって過言ではないだろう。作り手があらかじめ設計し想定した面白さを超える面白さは、まさにその“余白”から生まれるのだ。

 6000回ものテストプレイを経て磨き上げられた作品が生み出す、“次の物語の形”。未プレイの方はぜひプレイして、ゲームの歴史が動く瞬間を感じていただきたい。

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編集長
電ファミニコゲーマー編集長、およびニコニコニュース編集長。 元々は、ゲーム情報サイト「4Gamer.net」の副編集長として、ゲーム業界を中心にした記事の執筆や、同サイトの設計、企画立案などサイトの運営全般に携わる。4Gamer時代は、対談企画「ゲーマーはもっと経営者を目指すべき!」などの人気コーナーを担当。本サイトの方でも、主に「ゲームの企画書」など、いわゆる読み物系やインタビューものを担当している。
Twitter:@TAITAI999
デスク
電ファミニコゲーマーのデスク。主に企画記事を担当。 ローグライクやシミュレーションなど中毒性のあるゲーム、世界観の濃いゲームが好き。特に『風来のシレン2』と『Civlization IV』には1000時間超を費やしました。最も影響を受けたゲームは『夜明けの口笛吹き』。
Twitter:@ex1stent1a
ライター
過去には『電撃王』『電撃姫』『電撃オンライン』などで、クリエイターインタビューや業界分析記事を担当。また、アニメに関する著作も。現在は電ファミニコゲーマーで企画記事を執筆中。
Twitter:@ito_seinosuke
ライター
『プリパラ』、『妖怪ウォッチ』ありがとう。黙々とゲームに没頭する日々。こっそりと同人ゲーム、同人誌を作っています。ネオ昭和ビジュアルノベル『ふりかけ☆スペイシー』よろしくお願いします。
Twitter:@zombie_haruchan

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