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ファンタジー世界に組み込まれた“邦画感”こそが「秘密」シリーズの魅力。日本の夏の情感も相まって、世界中でヒットした? ガストの敏腕P・細井氏に訊く、ワールドワイドで受け入れられることを目指したRPGの作り方

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 「アトリエ」シリーズのファンである私がこんなことを言ってしまうのも少し変かもしれませんが、「アトリエ」がこんなに売れている世界が訪れるとは思いもしませんでした。こんなに嬉しいことはなかなかありません。【※】

※先日、『ライザのアトリエ(以降『ライザ』)』『ライザのアトリエ2(以降『ライザ2』)』合わせて世界累計出荷が160万本を突破したことが発表されました。これは本当にすごいことです。

 しかも、その人気は国内だけにとどまりません。私自身、海外の著名な実況者やVtuberたちが『ライザのアトリエ』を実況している姿を何度も確認しましたし、2019年と2023年に台湾に訪れた時は、台北の地下街に『ライザのアトリエ』の広告がずらりと並んでいる光景を目の当たりにしました。

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2019年の台北地下街の広告

 25年以上も続く「アトリエ」シリーズで、なぜ今、シリーズ最大級の売り上げを達成できたかというと、やはり「ライザ」というキャラクターの存在の大きさが挙げられるでしょう。
 なぜなら、ライザが主人公の「秘密」シリーズは「アトリエ」シリーズのなかでも抜群に面白いと個人的に思うからです。

 「アトリエ」シリーズ1作目である『マリーのアトリエ 〜ザールブルグの錬金術士〜』が打ち出した「世界を救うのはもうやめた」という”「アトリエ」らしさ”を表した雰囲気をしっかりと活かしたまま、現代のハイファイでスピーディーなゲームプレイにコミットしたデザイン。
 魅力的に描かれるキャラクターたちが織り出す、日常をベースとした爽やかな成長劇。

 そんな「アトリエ」シリーズの歴史と立ち位置をガラッと変えた人物のひとりがプロデューサーである細井順三氏なのです。

 「秘密」シリーズで描かれているライザたちの冒険は、3月23日(Steam版は3月24日)に発売された『ライザのアトリエ3 〜終わりの錬金術士と秘密の鍵〜』で終わりを迎えます。

 今回のインタビューでは、そんな「秘密」シリーズのプロデューサーを務めた細井順三氏に、最新作『ライザのアトリエ3(以降、『ライザ3』)』の意気込みや、なぜ「アトリエ」シリーズは変わったのかをお聞きしたのでその様子をお届けします。

聞き手・文/tnhr
編集/実存


ファンタジー世界に“邦画感”を入れるということ

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「秘密」シリーズプロデューサー・細井順三氏

──ついにライザたちの冒険が完結してしまいますね。今作『ライザ3』のキャッチコピーである「最後の夏、最後の秘密──」という言葉にはどのような思いが込められているんですか。

細井氏:
 「秘密」シリーズは3作すべてで「夏」をテーマに物語を描いています。そして夏というモチーフが単純な季節を表すだけではなくて、我々はライザたちの青春であるという捉え方をしています。

 ですので「最後の夏」というのは、ライザたちが大人になる前の最後の青春を今回の冒険で終えるというイメージですね。「最後の秘密」というのは、今作でライザたちの秘密の冒険が完結するという意味が込められています。

──なるほど、錬金術に出会ったばかりで未熟だったライザが大人になるという意味が込められているんですね。

細井氏:
 1作目の『ライザ』でのライザは、我々の世界でたとえるならば、「何をしていいのかわからなくて、漠然とした不安を抱える学生」といったイメージです。錬金術に出会って、ようやく好きなものに出会うことができて、錬金術士になりたいという目標ができたタイミングなのです。

──確かに、当時はまだ17歳でしたもんね……。

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細井氏:
 そうなんです。そして、2作目の『ライザ2』は錬金術にも慣れてきて、周りからも信頼されてきたライザが描かれます。たとえるなら「田舎にいた学生が東京に憧れて、都会ってどういうところなのだろう?」と感じるようなイメージです。

 ライザが田舎と都会のカルチャーの違いにぶつかって、「昔は嫌だと思っていたけど、田舎ってやっぱり結構いいところかも」思うような物語になっています。自分自身や故郷を振り返って、自分が退屈で嫌だと思っていた生活の中にこそあった良さを再発見するんです。

──なるほど。そして完結となる3作目ではどのような物語が描かれるんですか。

細井氏:
 3作目はライザが本当に錬金術士を生業としていくのかを考える様子が描かれます。「錬金術が好きだけど、それを使って自分は一体何をしたいんだろう?」と悩むところが今作の重要なポイントだと思います。

 たとえば「ゲーム業界に行きたい」と思っていたとして、実際にゲーム業界で何をすればいいのか、したいのかは、自分で考えなければいけないじゃないですか。ゲーム業界で何を成し遂げたいかは人それぞれで、まったく違うはずですので。

 メディアさんであれば、「ゲーム業界、ゲームそのものをいろいろな人に伝えたい」だったり、実際にゲームを作るクリエイターであれば、「世界一のゲームを作りたい」だったりとか。このように、「ゲーム業界に行きたい」の中にもいろいろな目的や目標があると思うんです。

 ライザは今回の最後の旅で、「自分が錬金術で何を成し遂げたいか」を見つけていきます。多くの人が青春時代に体験したことがあるだろうこと、そして日本の風土や感覚を知っている人も共感できる情感を入れたいなと思っていて、それを意識しました。

──錬金術を扱うファンタジーでありながら、誰もが共感できるようなテーマを描き切っているところが「秘密」シリーズの魅力でもありますよね。

細井氏:
 これに関しては先ほども申し上げたように日本的な情感──言い換えると、邦画的なエッセンスを入れたかったんです。

──邦画的、ですか。

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細井氏:
 アクション性を前面に押し出す作品を作る方法もあったかもしれませんが、邦画のもつ雰囲気や空気感を取り入れて、登場人物の細やかな感情を描いていきたかったんです。

 夏を舞台にしているのも、邦画感につながっています。はじめは社内からの意見で「入道雲というモチーフは日本以外ではあまりなじみがないから、グローバル展開を考えているなら考え直した方がいい」という声もありました。

──「日本的」というテーマで考えたとき、普通は「和」に行っちゃいがちな気がするんです。でも、細井さんはそこで「邦画感」を選んだのが興味深くて。それはなぜなんでしょうか?

細井氏:
 「和」の雰囲気も魅力的ですが、やはりこの“情感“をファンタジーゲームにパッケージングすることが重要だと考えていました。正直な話、「夏」という季節感を無視すれば、いろいろなロケーションや、いろいろな衣装を出せたりもします。

 でも、あえて季節感を入れることによって、日本的な“夏への情感”みたいなものを表現して伝えたかったんです。

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青春を描くとは、身近な人たちとの関係を描くこと

──「秘密」シリーズのシナリオの大きな特徴のひとつが「親子関係」だと思います。ライザはもちろんのこと、パーティに加わるメンバーのほとんどが親や保護者との関係になんらかの問題を抱えている印象ですが、なぜこのような描写を強調しているのでしょうか。

細井氏:
 私の考えや経験では、青春期の問題は、そのほとんどが友達、親、保護者との出来事に収束すると思うんです。たとえば、働きながら自活されている方もいらっしゃいますが、学生時代は基本的に保護者のもとで育っていて、社会的にも個人として自立できないことが多いじゃないですか。自立したいのに、いろいろなしがらみなどがあって、思うようにチャレンジできないと言いますか……。

 ですので、私の中では青春を描くには、そうした身近な人たちとの関係性を描かなければならないと思っていました。

──青春を描くなら、そのテーマは絶対に避けることができないと。

細井氏:
 そうです。私の場合だけなのかもしれませんが、独り立ちのタイミングで何らかの”答え”が出ると思うんです。たとえば「ゲーム業界に行く」と身近な人たちに伝えたときに、反対される方もいらっしゃれば、賛成される方もいらっしゃると思います。

 でもまず、「自分がやりたいことを伝える」っていうこと自体が怖いと思うんです。「やりたいことを伝えて、これまで育ってきた環境を離れる」という、その行為自体が私にとって答えや目標を見つけて自立するということに近い部分もあると私は思っています。

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──やっぱりそこには細井さん自らの体験が生きているんでしょうか。細井さんが「ゲーム業界に入りたい」と家族に伝えたときは、どのようなリアクションを受けましたか。

細井氏:
 私の場合は自営業の親のもとに生まれていて、親からは「ウチは斜陽産業だから、継ぐ必要はないよ」と言われていました。ただ、親戚や周りの人たちからは、猛反対されました。そういった経験も影響しているかもしれません。

新キャラクターはライザがたどった葛藤を再現している

──今作から登場する新キャラクターもたくさんいますよね。フェデリーカとディアンはどのようなキャラクターなんですか。

細井氏:
 新キャラクターのフェデリーカディアンの大きなポイントは1、2作目のライザの立ち位置に重なっているというところです。

 フェデリーカに関しては1作目と2作目の間ぐらいのライザと同じで、やりたいことも、やれることもわかっているものの、問題を解決できないもどかしさであったり、周囲からの決め付けであったりを感じているキャラクターです。

 そこでライザに出会って、「私もこういうふうになりたいな」とか、「私も私自身のことを大切にしたいな」と思うような気持ちが生まれてくるような描き方をしています。

 ディアンに関しては本当に1作目のライザそのままと言いますか……。故郷の土地が本当に嫌い、というところからはじまって、ライザに出会ったことによって、「実はこの土地も案外好きだったかも」という発見をして、その上で「やっぱり外の世界をもっと見てみたいな」と感じていくキャラクターです。

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フェデリーカ
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ディアン

──なるほど。つまり1、2作目をプレイしたユーザーが、昔を思い出して懐かしめるような設計になっているんですね。

細井氏:
 ふたりを見て、ライザも当時はあんなことを言っていたけど、今となっては「そんな大人なことを言えるようになったのか」という成長が感じられると思います(笑)。

──(笑)。ライザってファンタジーの世界で錬金術をやっている人なのに、かなり親近感が沸く存在になってますよね。だからこそ、ライザがちゃんと成長して大人になったのも嬉しくなるというか。

細井氏:
 いろいろなキャラクターが成長したからこそ、1作目から遊んでくださっているユーザーさんには、「きちんと成長したな」というところを味わっていただいて、初めてプレイされる方には「もしかして、ライザも過去にディアンたちみたいに悩んだことがあったのかな」といった部分を知っていただきたいんです。

──2作目から3作目って1年しか時間が経過してないですけど、その差を表現するのってかなり難しかったんじゃないでしょうか。

細井氏:
 そうですね。開発当時、トリダモノさん【※】とお話ししていたときに「人って、1年じゃ変わらないですよ」と言われました(笑)。「それはそうだけど、変えないといけないよね」というところで工夫しました。

※「秘密」シリーズのキャラクターデザインを担当しているイラストレーター。

 基本的には過去の幼なじみだったキャラクターたちは1、2作目の経験をもとに、1年ぐらいでどのように成長しているか、を意識して描いていただきました。

 一番重要だと思って意識していたのは、この1年間にユーザーさんが「ライザたち、こんなこともやってたの!?」と驚かないようにしたいということです。たとえば、ライザがユーザーさんの知らない間に誰かと出会って、急激に覚醒しました、みたいなこともできると思うんですけど、そうやってユーザーさんから見えない経験を入れ始めてしまうと、もう何でもありになってしまうと思ったんです。

 そのため、基本的にはユーザーさんの想定通りの1年を歩んできたキャラクターをデザインする、というところも重きを置きました。

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──高橋弥七郎さんが参加していた1作目のシナリオは、個人的に「アトリエ」シリーズ最高傑作どころか、日本のRPGの中でも有数のシナリオだと思っています。今作では高橋弥七郎さんが改めてシナリオに参加するとのことですが、どのように進めていったのでしょうか。

細井氏:
2作目はお仕事のタイミングが合わなくて、残念ながらお願いできなかったのですが、やはりライザたちの物語を終わらせるにあたって、再度参加していただきたいなと思ったんです。高橋さんにも快諾していただけたのでよかったです。

 また、我々からシナリオに関して強いオーダーはほとんどしていなくて、こちらからのお願い事は「1、2作目での伏線を全て回収したい」というところと、「ライザはこの物語で大人になって、将来やりたいことを見つける。そういう旅にしたい」ということです。

 そしてもうひとつが、今作から鍵というシステムが追加されるので、このシステムがきちんとシナリオとリンクするようにしてほしい、とお願いしました。

 高橋さんからシナリオの候補が上がってくるたび、ミーティングなどをしながら、お互いの齟齬をなくしていったり、調整をお願いしたりしつつ進行していった形ですね。

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ライター
『プリパラ』、『妖怪ウォッチ』ありがとう。黙々とゲームに没頭する日々。こっそりと同人ゲーム、同人誌を作っています。ネオ昭和ビジュアルノベル『ふりかけ☆スペイシー』よろしくお願いします。
Twitter:@zombie_haruchan
デスク
電ファミニコゲーマーのデスク。主に企画記事を担当。 ローグライクやシミュレーションなど中毒性のあるゲーム、世界観の濃いゲームが好き。特に『風来のシレン2』と『Civlization IV』には1000時間超を費やしました。最も影響を受けたゲームは『夜明けの口笛吹き』。
Twitter:@ex1stent1a

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