「制度」や「建前」の重要性は、決して物語の中だけで留まらない
──『銀英伝』のなかでは、制度の重要性も語られています。ヤンのセリフとして「政治の腐敗とは政治家が賄賂を取ることじゃない、それを批判できない状態を言うんだ」というものがありました。惑星エコニアでパトリチェフも「建前を軽視するとよくない」と言及しています。
エンタメ作品でありながら、こういった視点に触れるというのはやはり珍しいのではないかと思います。小田さんは『銀英伝』を読んでいてどう思われましたか?
小田氏:
普通に読んでいると、どうしても問題に目が行きがちですよね。だから、問題が起きないことで正しいと思ってしまう。だけど本当は、「問題が起きているけど誰も見ていない状態」が、一番の問題なんだと。
作中で戦争被害に関する本が出版されたとき、ヤンが「こういったことが起きたのは悲劇的なことだったが、この本が出版されたのは非常に喜ばしいことだ」みたいなセリフを言っていたと思うんですが、現代においても、問題から目を背けず詳らかにする、そうさせる制度が重要だということを、『銀英伝』では非常に重視して描いているんだと思います。
田中氏:
たとえば旧約聖書の時代だと、エジプトが戦争に勝ってユダヤ人を奴隷にする、なんてことは当時ぜんぜん問題にならなかったんです。どの国も、それを制度化していて当然のことだった。
そうなった場合、奴隷にされた側の心理や侵略された国の言い分というものは、消されてしまうわけです。
そのような制度が生まれるまでの人々の苦労みたいなものは、やっぱり描く価値があると私は考えます。一方でそういった制度が、制度を作った人の考えとは別の方向に利用されてしまう危険性もあります。
制度をひとつとっても、それができる前、できる過程、できた後という3つの状態を記述することができると思いますね。
──私たちは法治国家に生きていますが、そもそも法というもの自体にそういう性質がありますし、三権分立も制度の重要性と相互監視による悪用の阻止という考えで生まれているわけですよね。
田中氏:
権力者が独裁者に変化する過程は、20世紀以降ずっと同じです。憲法には必ず「大統領の任期は何年まで」と書いてあるのに、その憲法を変えて、自分が何年も居座れるようにしてしまう。それが、権力者が制度として独裁者に変化する瞬間だと思っています。
小田氏:
ときに、民衆がそれを望んでおこなうという状況もありますよね。
田中氏:
ありますね。
海のあるところには海賊あり。ゲームでは共通の敵として「宇宙海賊」が登場する
──『銀英伝』ではもともとルドルフが権力を得る過程で、宇宙海賊を討伐したという設定があります。小田さん、『ノイサガ』でも宇宙海賊が登場するそうですね。
小田氏:
はい。全ユーザーにとって敵となる勢力として、宇宙海賊をその位置に立たせてもらいました。星間での貿易をおこなっている世界ですから、ヤンやラインハルトが活躍する時代にも宇宙海賊はまだ結構いるんじゃないかなと思っているんですが、田中先生はいかがですか。
田中氏:
宇宙海賊を敵にするというのは、結構なことだと思います。海賊はそもそも人類史においても古くから存在していますし、「陸にいられなくなった連中が海に逃げて徒党を組む」というのはいつの世にもあることでしょうね。
たとえば共和政ローマのユリウス・カエサルなんかも海賊退治で名を上げました。カエサルは若いころに自身が海賊の捕虜となったことがありまして、いいところの坊ちゃんですから海賊は身代金を取ろうとします。
面白いのは、カエサルが「いくら要求した」と聞いて返ってきた金額に「オレの値打ちはそんなに安いもんじゃないぞ」と怒るんですね。そしてカエサルの要求通りに高額の身代金が支払われて、解放されたカエサルは今度は自分の海軍を率いてその海賊をやっつけてしまうと。
小田氏:
地中海の海賊と『銀英伝』の海賊は似ているんじゃないかと、個人的に思っています。カエサルのエピソードもそうですし、ポンペイウス【※】なんかも海賊討伐で名を挙げてますよね。
※ポンペイウス:共和政ローマ時代の政務官。カエサルとともに「三頭政治」と呼ばれる寡頭制の政治体制を結成した。のちにローマ内戦でカエサルに敗れる。
田中氏:
そうですね。
小田氏:
『銀英伝』でも、おおもとのルドルフだけでなくウッド提督も宇宙海賊の討伐で名を挙げていて、なんだか近しいものを感じました。
田中氏:
そう読んでくださってありがとうございます。実際、海のあるところには必ず海賊がいるんですよ。中国史でもインド史でも、アラビア史やヨーロッパのノルマン海賊史。どこを見ても必ずいます。
国際法においても、海賊が出た際にはすべての国が可能な限り抑止に協力するという義務があります。逆に、船が沈みかけているときはどこの国であっても乗員を救わなければいけないという決まりもあります。
数千年の歴史を積み重ね、海での緊急時には呉越同舟でやりましょうという建前が確立されているんですね。
それはつまり現代においても海賊は存在しているということを意味しますし、だからこそ自衛隊がジブチ【※】に行ったりもするわけです。
遠い昔から現在にいたるまで、陸にいられなくなった連中が逃げ出し、反抗する拠点として海はあり続けていますから、当然宇宙時代にも開発しきれていない場所に隠れ家を作って航路上の船を襲うなんてことはあると思いますね。私が自分の目でそれを見ることはできないでしょうけど(笑)。
※ジブチ
北東アフリカに位置する共和国。ソマリア湾での海賊被害に対応するため、2011年に自衛隊初の海外拠点が設立された。
『ノイサガ』には“アムリッツァ会戦”がない!
──小田さん、今回の『ノイサガ』は戦略シミュレーションゲームとして、軍事バランスを一方に傾けてしまうということで、あの“アムリッツァ会戦”がないそうですね。
小田氏:
はい。これは原作を変更してしまってたいへん申し訳ないんですが、物語の早い段階でアムリッツァ会戦が起きてしまうと、同盟側に勝ち目がなくなってしまうんですね。ですから、ゲームとしてはアムリッツァ会戦が行われるちょっと前の段階からユーザーにはゲームを始めてもらって、「あの大敗がなかった」という前提で進めていくことになりました。
田中先生、「歴史にifはない」という言葉もありますが、『銀英伝』の世界でアムリッツァ会戦が起きなかったという可能性はありますかね? その結果、展開が幾分か変化するようなことも……。
田中氏:
往々にありますね。ファンの方はご存じですけど、もともと『銀英伝』は1巻で終わろうと思っていました。ですので、「最後に思いっきり派手な場面を作らないと」と思ってアムリッツァ会戦を出したわけです。
それが3巻になり、最終的には10巻。もし最初から10巻までと言われていたら、アムリッツァ会戦は5巻ぐらいになってたでしょうね(笑)。
小田氏:
なるほど、そういう事情でしたらホッとしました(笑)。ゲーム化をさせていただきたいというタイミングで、原作を何度も読み直しながら、「ここでアムリッツァ会戦が起きてしまうと、うまくゲーム化するのがすごく難しくなるな」……と不安に思っていたんです。
──そこからは同盟側が防戦一方になってしまいますからね。
田中氏:
私としても、アムリッツァ会戦は「もうちょっと小出しにすればよかった」と残念に思っていたところなので、是非この恨みを晴らしてください(笑)。
──アムリッツァ会戦にも関係する部分なんですが、『銀英伝』の戦いを非常に複雑で面白くしている「航行不能宙域」と2本の「回廊」について、先生は一体どういうものから着想を得たんでしょうか。
田中氏:
宇宙間の戦闘を描くとなったとき、参考にしたのは基本的にモンゴル帝国による中央アジアの征服なんです。中央アジアは、タクラマカン砂漠が真ん中にあって、北に天山(テンシャン)山脈、南に崑崙(クンロン)山脈があります。
山脈のふもとから水が湧き出てオアシスができると、今度はオアシスに人が集まって都市国家がいくつもできていきます。こういう形だと、砂漠の真ん中へ攻め込んで占領してもあまり意味がないですよね。
だいたいはオアシスとその周辺の都市を征服し、次の都市へ向かうわけです。私はこの砂漠を「宇宙空間のなかの航行不可能な星域」に、オアシス都市間を繋ぐルートを「航路であり戦場でもある」にとそれぞれ見立てて、書いていったわけです。
宇宙空間を自由に飛び回れるという設定にしてしまうと、お互いが出会う確率は何憶分の一……みたいな話になってしまいますからね(笑)。
小田氏:
そうですね。何万という艦隊が戦っていますけど、実際の宇宙空間の規模からすれば非常に小さいですから。
田中氏:
そうなんです。宇宙が広いと言っても、ブラックホールやら何やらがあってどこでも自由自在に行けるわけではないと。そうしないと、両軍がうろうろと走り回って結局何もできないということになってしまいます。
そしてオアシス都市を惑星にすることで、それぞれの惑星を結ぶルートができて、先ほどの話にもあった海賊もこのルート上で獲物を狙ってくる。やがて、ルートの真ん中ぐらいに「兵家必争(へいかひっそう)の地」というのができます。
兵家とは「軍隊」、必争は字のごとく「必ず争う」ということで、長い歴史のなかで何度も大会戦の舞台となるような場所を指す言葉です。こういう土地は、西洋にも東洋にもあるんですよ。
たとえば1600年に徳川と豊臣が争った関ケ原では、その千年ぐらい前にも「壬申の乱」という大海人皇子(おおあまのおうじ)が天皇の位を狙って起こした戦があり、両軍が激突しました。
また、私が今年の初めに出した『残照』という中国ものの小説では、「アイン・ジャールートの決戦」という章が登場します。このアイン・ジャールートも兵家必争の地でして、小説の舞台であるモンゴルの時代も大きな戦争が起きましたし、その数千年前に旧約聖書においてダビデがゴリアテを討ち取ったのもここです。この地を掌握すれば、アジア・ヨーロッパ・アフリカの三方向すべてを抑えることができるんです。
田中氏:
ですので、アイン・ジャールートではモンゴル軍とイスラムのマムルーク朝による大きな戦いがおこなわれました。そこでモンゴル軍が敗れたことで、アフリカ大陸への侵入ができなかったわけです。
こういう歴史を変える戦いになりうる場所というのが、必ずあるんです。そしてその地を巡って、その土地を直接取りに行くのか、そう見せかけて奥の都市に急襲し、挟撃するのか。そういう戦術が出てくるわけです。
結局のところなんらかの制約や条件というものが存在しなければ戦略・戦術もまた立ちませんから、広大な航行不能宙域というものをでっち上げたということですね。
小田氏:
それは、物語のなかでどういう戦術を描こうと決めてから宙域を作り上げたんでしょうか。
田中氏:
わりと並行的に作っていたので、航行不能宙域を作ってからなのか、戦いを生み出すための航行不能宙域なのかは、ちょっと前後は曖昧ですね。
小田氏:
なるほど。実はゲーム内のマップでも、航行不能なエリアがある程度登場します。それによって両軍がどこでぶつかるかを制限し、ゲームのなかでも戦術として使えるような形で作っています。
田中氏:
それはもう、私にとっても願ってもないところです。よろしくお願いします。
──『銀英伝』で登場するイゼルローン要塞やガイエスブルク要塞などは、やはりそういった「地理上の要所に築かれた砦」というイメージで生み出されていったんでしょうか。
田中氏:
そうですね。多くの人や物が行き交うルートが出来れば、敵が進軍してくる方向というのもある程度予想がつくようになりますし、そのルートのなかでどの辺りが最重要地点なのかを考える人も出てきます。
そうして、その要地を抑えるために要塞が作られる必然性も生まれてくるんですね。
小田氏:
春秋戦国時代の函谷関(かんこくかん)みたいなものですか。
田中氏:
そうですね。函谷関はすごいですよ。映像を見た事がありますが、これは通れないなと思いました。
中国史で言えば清が明を滅ぼしたとき、万里の長城の東の端にある山海関という要所を通らなければ進軍できないというので散々に攻め立てましたが、いくら攻めても落ちませんでした。ですが結局裏切り者がその関を清に明け渡してしまって、清軍の中国統一が果たされた。そういう歴史もあります。
ほかにも、中国の中央あたりに襄陽(じょうよう)という街がありますが、ここは北の勢力が南を征服するためには必ず通らなきゃいけない場所なんですね。他にもルートがあるように見えるんですが、みんなここを通るんです。そうすると、襄陽は攻められるのが分かっているから、大要塞を築きます。
かつてモンゴル帝国が宋を征服する際も、この襄陽に戦力を注ぎ込みました。それでも、陥落させるために5年を費やしています。しかしモンゴルはここを落とせなければ相手を滅ぼすことができないと分かっていますから、犠牲も時間もおかまいなしで攻勢を仕掛けていくんですね。
やっぱり、制約が無ければ戦争なんてものは生まれませんし、描くこともできません。
源義経は戦術家、真田幸村は戦略家?“戦術”と“戦略”の違い
──『銀英伝』では、「戦略」と「戦術」という概念を大きく区別しています。戦記ものでは作戦の妙を競うようなものがよくありますが、『銀英伝』において少数で多数を倒すことはあくまでも奇術であって、「大軍を揃えること、その大軍を支える経済を養うことがそもそもの勝利なんだ」と述べていますが、小田さんはこういった内容についてどう思われましたか。
小田氏:
そうですね。みんな戦術で勝つのがすごくかっこよく感じてしまうんですが、実はその裏側にある戦略こそが重要で、もっというと政治や経済という部分に着目されているのが本当に面白く、驚きました。
田中氏:
私は中学生のころに第二次大戦の将軍列伝みたいなものを読んだんです。そこでは、たとえばドイツのロンメル将軍は戦術家である。マンシュタイン元帥は戦略家である、と書いてあり「どう違うんだろう?」と思って調べたことがありました。
調べるとまず戦略目標があり、その戦略を実現するために戦術がある。こういう順序なんだと分かりました。そうすると、源義経は戦術家であって戦略家ではない。その場その場の戦闘では必ず勝つんだけど、その戦闘が何の意味があるのかには考えが及んでないんですね。
あるいは、真田幸村なんかは戦術家として評価されてるけれど、実は戦略目標を持っている。というのも、「とにかく家康の首を取る、そうすれば天下が覆る」という戦略を立てて、そのために戦ったわけだからこちらは戦略家と言っていいんじゃないかとか。
そうやって、歴史ものを読むたびに自分の頭のなかで勝手に「戦術家としては90点だが、戦略家としては20点」とか、偉そうに点をつけたりしていました(笑)。
一同:
(笑)。
小田氏:
ただゲームを作るにあたって、戦略という要素を大きくゲーム内に取り込んでしまうと、これは極端に言うと「将棋の駒を自分だけ相手の倍用意する」みたいな戦いに行き着いてしまい、面白いゲームにならないんですね。
ですのである程度制約をつけて、「駒の数は一緒だけど、ひとつひとつの強さが少し変わるかも?」ぐらいのレベルで戦略という要素を扱わせていただいています。
田中氏:
ああ、それはもう。戦略でゲームをやってもそんなに面白くはないので……(笑)。
──戦う前に勝敗が決まってしまったりしますからね。
小田氏:
そうですね(笑)。
──では小田さん、最後に『ノイサガ』はどういうゲームを目指して制作しているのかお聞かせください。
小田氏:
『銀英伝』を読んでみんな、「もし自分が艦隊を指揮したら、この戦場でどう戦うだろう」ということを想像したと思うんです。なので、それをできる限り『銀英伝』の世界のなかで実現させるということを目指して、「これが『銀英伝』の世界だ」「これが艦隊戦だ」と思っていただけるようなゲームを目指して、作っています。
田中氏:
本当にありがたいお言葉です。ただ原作のことはあんまり考えなくて結構ですよ。むしろ、「原作にできなかったことをゲームでやっていただきたいな」と原作者としては思いますので、どんどんやってください。よろしくお願いします。
小田氏:
ありがとうございます。
田中氏:
自分の書いたものを、そのまんま別のジャンルでやられても、原作者としては別に面白くないんです。原作というのは、グラウンドを作るところまでは頑張ったので、あとはいい選手たちにいいプレイをしてもらえればそれが一番嬉しいです。
まああの、しょうもない連中ばっかりですけど、なにとぞよろしく……。(了)
数々の名作を世に送り出してきた田中氏のキャラクターの立て方や物語の作り方は、実に明快で力強いものだ。
そしてその根底に流れる「制度」や「建前」への思いは、御年71歳となった現在も衰えることがない。
かつて田中氏の小説を読み、心を躍らせたふたりの若者は時とともに大きく成長し、それぞれの形で『銀英伝』を作り出すまでに至った。誰かを魅了し、これほどまでに突き動かすパワーが作品に籠められているのも、田中氏の思いの強さと決して無関係ではあるまい。
田中芳樹作品のファンの皆さんにも、また田中芳樹作品にまだ触れたことがないという皆さんにも。本稿を通じて、田中氏の思いが伝わっていれば幸いである。
銀河帝国と自由惑星同盟のふたつに分かれ覇を争う戦略シミュレーションゲーム『銀河英雄伝説 Die Neue Saga』はiOS/Android/Windowsへ向けて鋭意開発中だ。
冒頭でもお伝えしたクローズドβテスト(CBT)の詳細については次の通り。『銀英伝』の新たな歴史の1ページを、自らの手で紡いでみてはいかがだろうか。
【クローズドβテスト概要】
募集期間:2023/12/27(水)12:00~2024/2/28(水)17:59
実施期間:2024年3月予定
対象:スマートフォン(iOS/Android)
募集人数:計6,000名(各OS 3,000名ずつ)
クローズドβテスト詳細URL:https://www.gineiden-neuesaga.com/cbt※募集期間、実施期間は予告なく変動することがございます。あらかじめご了承ください。