世界に向けてゲームを届けられるSteam市場はウェルカムな気持ち
──美少女ゲーム市場は一時は縮小していったものの、Steamで遊べる作品が出てきたことなどで、日本のビジュアルノベルが世界で再評価されるような流れになってきていると思います。おふたりはこうした流れや、Steamという市場に関してはどう捉えられていますか?
折戸氏:
Steamに関しては……審査が厳しいですよね(笑)。
一同:
(笑)。
折戸氏:
聞いた話ですが、審査を担当する人によっても基準が変わってくるそうなので、なかなか難しいです。
下川氏:
めっちゃわかる。日本の美少女キャラクターのイラストは幼く見えるようで、日本と世界の基準の違いを感じることがあります。
Steamではないのですが、『WHITE ALBUM2 ドリームコミュニケーション』というゲームを制作していた際の審査で「3Dキャラの踊るシーンで胸が揺れている」点について修正が必要になったんです。
修正するために、3Dモデルのボーン(骨組み)を外して再審査の依頼をしたら「まだ揺れている」と返ってきて。「いやいや、ボーンが入っていないんだから、揺れるわけがない」と(笑)。
──仕組み的には揺れるはずがないのに(笑)。
下川氏:
仕組みを説明することで審査は通ったのですが、日本と世界の基準の違いによる難しさを痛感しました。
ただ、そういった難しさを踏まえても、Steam市場はウェルカムな気持ちですね。現在、日本のマーケットが縮小している中で、世界規模のSteamはプレイヤーの母数が多いですから。
折戸氏:
企画の段階から、やはり多言語化を視野に入れるようになってきてはいます。そのうえで、ゲームだけでなく、アニメやグッズ、ライブといったメディア展開も合わせて、息の長い作品として楽しんでもらえるようなものづくりをしないといけない。だから僕らがゲームを作り始めたころとは、かなり変わっていますよね。
新生『ToHeart』制作の経緯は現代でも遊べるタイトルとして世に送りだしたかったから
──昔と今とではゲームの作りかたも、ユーザーの遊びかたも大きく変わっているとのことですが、そんななか『ToHeart』は28年越しに新たな作品として発売が発表されました。この狙いや経緯について教えていただけないでしょうか。
下川氏:
今作を作るに至った経緯としては、『ToHeart』というゲームの名前は知っていても、プレイしたことはない人が増えてきたというのがひとつですね。プレイできる環境も限られています。ですので、『ToHeart』を現代でも遊べるタイトルとして世に送りだしてあげたかったんです。
──とはいえ、発売当初と現代では変わっていることも多いですよね。
下川氏:
おっしゃる通り、原作は画面のアスペクト比からして「横4:縦3」ですから、当時と同じものを再現するわけにはいきません。
本作のディレクターかつ、『ToHeart2』のディレクターも務めた鷲見(努)と、「何を変えないで、何を変えるのか」について議論を重ねました。つまりは、変わらず届けたい「『ToHeart』の良さ」とは何なのだろうか、と。
──ほうほう。その議論のなかでどのようなお話が?
下川氏:
「恋愛の疑似体験」というワードでした。「こういう学園生活っていいよね」とか「こういう生活がしてみたかった」とか、青春に寄り添った甘酸っぱさを疑似体験できることこそが、『ToHeart』の良さなんじゃないかと。そして、今作を制作するにあたって、その良さを主軸におこうと考えました。
新生『ToHeart』は原作と違い、3Dモデルを採用していますが、これも「恋愛の疑似体験」を重要視しての表現となっています。
たとえば、ヒロインと一緒に登校する中で「一緒に横を歩いて、お互いの顔を見ながら会話する」シーンであったり。教室で「ヒロインに近づいて声をかける」シーンであったり。原作の『ToHeart』では感じられなかった甘酸っぱい世界をより強調したいというのがコンセプトになっています。
──3Dモデルの表現により「原作の甘酸っぱい青春の良さ」がより感じられるようになっているわけですね。ただ、ひと口に「甘酸っぱい青春」と言っても、当時と今ではユーザーがイメージするものに違いがあると思うのですが、そのあたりの調整はどうされたのでしょう。
下川氏:
そこに関してはできるだけ変更は入れていません。とくに、シナリオや音楽、当時評価いただけたものに関しては極力いじらないようにしています。
ただ、あまりにも時事ネタが過ぎるものや、今の時代では表現が難しいものについては少し描写を変えたところもあります。
──時代の変化というと、美少女ゲームの主人公の性格も当時と今とで変化した部分かと思います。昔はオラオラ系というか、ヒロインに面倒を見てもらう主人公が多かったのが、最近は草食男子、万能男子の属性が主流な印象です。そういった点はどうされたのでしょうか?
下川氏:
主人公の浩之(藤田浩之)に関しても、原作通りにしました。
じつはこれに関しても議論があって、あまりに激しいところは少し丸めようとも考えたんです。でも、そこをマイルドにしてしまったら『ToHeart』ではなくなってしまうんじゃないかと思ったんです。
スティーブン・スピルバーグ監督が、『E.T.』特別版を作った際に「過去作への改変をしないほうがよかった」という話をしていたのを聞いて、僕も「あの時代の雰囲気というものを感じられるコンテンツにするべきだった」という考えかたが大事だと思いました。
今の若い子たちに対して、「30年前の美少女ゲームって、こういうノリだったのか」というのをお届けするのは、逆に新作のゲームではできないことですよね。かなり悩みましたが、そういったポイントはできるだけそのまま残そうと考えました。
会うのは20年ぶりだけどお互い昔から変わってない。高校時代の仲間がいまだ同じ業界で仕事をしているのは不思議な感じ
──最後になりますが、Leaf設立から30年ということで、これまでのクリエイター人生を振り返って、お互いにメッセージなどがあればお聞きしたいと思います。
下川氏:
なんでしょうね……。率直に不思議な感じがしますね。高校時代に遊んでいたメンバーが、こうして今でも同じ業界で仕事をしていて。「お互い良い人生だな」と思います。
折戸氏:
こうして会うのは20年ぶりくらいになるけど、「当時と変わってないな」と思いましたね(笑)。
下川氏:
折戸も高校時代からこんな感じだよね。ちょっと口数が増えたかもしれないけど。
折戸氏:
下川が饒舌すぎるから(笑)。僕は語彙力がないので、なかなかうまく答えられなかったところもありましたが、その点、下川の語りは本当にすごいなと思いますね。
下川氏:
クリエイターとしてじゃなくて、喋りで今日まで生きてきたから(笑)。でも、振り返るとすごく良い学生時代だったと思います。みんなで毎週泊まって、カップヌードルを食べて。
折戸氏:
一緒にバイトもしたしね。
下川氏:
したした。でも、学生時代に一緒に遊んでいた仲間が、憧れたゲーム業界でいまでも音楽を作り続けていることが、本当にすごいなと思います。
折戸氏:
30年以上続くって、すごいことだよね。
下川氏:
スタッフにも恵まれて、うちのタイトルが好きなユーザーさんたちにもたくさん反応をもらえて。こんなに魅力的な仕事を30年間も続けてこられたというのが、本当に嬉しいですね。こんなに幸せなことってないと思います。
──本日は長時間(3時間)にわたってお話をお聞かせいただきありがとうございます。そろそろお時間ということで……最後に今後の展望についてひと言ずついただけないでしょうか。
折戸氏:
どう答えたら良いか返答に迷う質問も色々あり、過去いち大変だった対談だったかもしれません(笑)。お互い、面と向かってどんな事を考えてたのか、当時何を思っていたのかなど、この対談がなければ一生知る機会もなかったと思うので、そういう意味では面白かったと思います。
この先どこまで世の中の流れについていけるのか怪しいですが、応援してくれているファンの方々がいる限り、がんばっていきます。
下川氏:
昨年の30周年イベントで発表しました『ToHeart』、『うたわれるもの 白への道標』、『ジャスミン』、『project kizuna』等を製作中ですので、皆さん、応援よろしくお願いします!
まずは、新しく生まれ変わった『ToHeart』を6月26日にお届けしますので、ぜひプレイしてお楽しみください。
3時間超という長い対談の中で、とくに印象深かった出来事が3つあった。
ひとつ目は、ふたりの音楽の原点に『イース』の古代祐三氏の存在があったことだ。高校時代には古代氏の曲を耳コピしたりアレンジしたり、ゲーム音楽の楽しさを知るきっかけとして同氏の名前をあげている。
そして、下川氏が「30代、40代のクリエイターと話すと、LeafやKey作品をプレイしている人が相当多い」と語るように、90年代の美少女ゲームをきっかけにゲーム業界を目指した人も多いと思う。系譜……というわけではないが、その繋がりが印象的であった。
個人的(編集担当)なエピソードで恐縮だが、筆者自身も大学時代に美少女ゲームに出会い、人生が変わった経験がある。美少女ゲームの魅力に夢中になった結果、卒業まで7年かかることになるのだが、その出会いがなければゲームメディアの編集者として働くことはなかっただろう。
ふたつ目は、当時の他ブランド、クリエイター、作品の動向よりも「自分たちの作品づくり」に打ち込んでいたことである。
取材前は、当時の話を「90年代美少女ゲーム界」というひとつの時代を振り返るにあたって、同じ時代をともに駆け抜けた他クリエイターたちとの関わりのお話が多く出てくると予想していた。
しかし、実際は「ゲームの曲を作れることが幸せ」で「仕事をしている意識はない」くらいに、作品作りに没頭していたというのだ。がむしゃらに働けるような時代性もあったとは思う。とはいえ、ひたすら目の前の作品に打ち込む姿勢が、熱狂を生み出す一因でもあったのだろう。
3つ目は、当たり前のことではあるのだが、30年前と現在でのゲーム開発の環境がまったくの別物になっていることだ。
Leaf設立は開発メンバーは7、8人で、全員が顔を突き合わせて話しながらゲームを作っていた。さらに、音楽担当だとしても、スクリプト入れやマップ作りなど、メンバー全員がゲーム作りに関することならなんでもしていたというのだ。
開発規模が大きくなった現代では「(企画、予算、人員を)昔に比べて計画的にうごくようになっている」とのことで、下川氏、折戸氏両社とも「昔と比べて大変」なところもあると明かしていた。
LeafとKey──。美少女ゲームの一時代を象徴する両ブランドにて、最前線を駆け抜けてきたおふたりが、どのようにゲームを、音楽を作ってきたのか。今回の対談では、これまであまり世に出ることはなかったエピソードが盛りだくさんだったように思う。
この記事をまとめるにあたって、あらためて『Feeling Heart』や『鳥の詩』を聞いていたら、久しぶりに作品をプレイしたくなった。ちょうどよく新生『ToHeart』は6月26日に発売するし、『AIR』はじめ多くの美少女ゲームはsteamで手軽に購入できる。
かつて美少女ゲームに青春を捧げた同志たちへ。久しぶりにあの“熱狂”に触れてみてはどうだろうか。