小さな農場で余生を送る、お婆さんの物語。
そよ風のようにゆるやかな日々が流れていくが、理想的な老後というわけではない。
『The Stillness of the Wind』は限界集落に残された、孤独な老人を描いた作品だ。
2019年の春にSteamとNintendo Switchで公開され、iOS版は2020年に入ってから登場した。
先に言っておくが、このゲームは面白くない。
そもそもやっていて楽しいというゲームではない。
ポツンと一軒家で暮らすお婆さんの人生の黄昏を見て、プレイヤーも一緒にたそがれる短編ドラマだ。
フィクションであるが、ドキュメンタリー的な作品といっても良いだろう。
このような一人暮らしの老人の最期など、世の中にはいくらでもあるのだから。
一応、自給自足の農園ゲームであり、作物を育て、チーズを作り、行商と取引することができる。
しかし農場を拡大する要素はほとんどなく、お婆さん一人ではできることは限られている。
農場運営をやりたいのなら、『牧場物語』や『スターデューバレー』をやった方がマシだ。
このゲームに夢と希望に満ちた発展はない。
それらを求めて家族が出ていった後に残された、年老いた母の衰亡の日々である。
それでもプレイヤーが頑張れば、その終幕の片隅に、ささやかな喜びを残せるかもしれない。
小さな農場で出来ることは多くない。
カゴを持ってニワトリ小屋でタマゴを取るか、クワを持って土を耕しタネを植えるか、バケツを持ってヤギの乳を搾り、作業小屋でチーズを作るかだ。
畑を作ったなら、敷地の外の井戸まで水汲みに行かなければならない。
しばらく経つと行商のお爺さんがやってくる。
たった一人の限界集落で暮らすお婆さんにとって、彼は唯一の話し相手だ。
親族からの手紙も届けてくれる。
淡々としたスローライフが続くこのゲームで、手紙は数少ない物語であり変化である。
お爺さんは農作業に必要なタネや干し草も譲ってくれるが、引き替えに収穫物を渡さなければならない。
価値があるのは、やはりチーズだ。余裕があるならヤギを増やし、増産を目指してもいい。
「知識の木」や「王の椅子」といった、ご大層な名前のアイテムも譲ってくれる。
単なる調度品だが、それを目指して働くのも生き甲斐になるだろう。
だが、ヤギを増やせば多くの干し草がいる。たくさんのタネを植えても水をやるのが大変だ。
お婆さんの歩みは遅く、若くない体で多くの作業をこなすことはできない。
しかも”ジャネーの法則”なのか、一日はあっという間に終わる。
やれることは少ないが、それでもやりたいこと全てをやることはできないだろう。
「さっさとヤギを売ってしまえ」という人もいる。
色々なものを放棄することになるが、穏やかに暮らすだけで良いのなら、必要最低限のもの以外は売っても構わない。
タマゴを食べながら、のんびり荒野を散策する日々を過ごすのも良いだろう。
ここは他に誰もいない村。動けるなら自由なのだから。
そして最後に訪れる人生の必然は、どんな生き方をした者にも等しくやってくる。
必要なものが満たされているなら、一人でも生活は苦にならない。しばらくは平穏な日々が続くだろう。
だが、田舎の老人の一人暮らしは危ういバランスの上にある。
小さな集落にコンビニや診療所はない。いつも晴れではなく、冬も訪れる。
いざというときに頼る者がいないなら、いずれ孤独な終わりを向かえることになる。
今作の後半は喪失の過程が描かれる。
真綿で首を絞めるような、ゆるやかなエピローグだ。
都会に出た親族の手紙も徐々に様子が変わってくる。
最期は自分の目で確かめて欲しい。
そこまでドラマチックではないかもしれない。泣き叫ぶわけでもない。
孤独な老人の最期とは、こうしたものだろう。
人の生き方を問いかける映像作品と言えるだろうか。
信念と希望があれば、人は何歳になっても若々しいと言うが、誰もがそんなに強くはない。
衰えたその先では、どんな生き方が幸せだろうか?
エンディングまでは3~4時間ほど。それほど手間はかからない。
相応しくない言い方かもしれないが、独居老人シミュレーションである。
感じ方は人それぞれで良いが、年老いた家族がいるのなら、心に何かが残ることだろう。
The Stillness of the Wind
小さな農場で孤独に暮らすお婆さんの余生
・農場シミュレーション
・開発:Lambic Studios(イギリス)
・公開:Fellow Traveller(オーストラリア)
・iOS版610円、Steam版1320円、Nintendo Switch版1280円
文/カムライターオ
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