いま読まれている記事

“老いと死”とはなにか? 小さな農場で暮らす孤独な老婆の日々を淡々と描いた作品『The Stillness of the Wind』レビュー

article-thumbnail-200615z

 小さな農場で余生を送る、お婆さんの物語。
 そよ風のようにゆるやかな日々が流れていくが、理想的な老後というわけではない。
 『The Stillness of the Wind』は限界集落に残された、孤独な老人を描いた作品だ。

“老いと死”とはなにか? 小さな農場で暮らす孤独な老婆の日々を淡々と描いた作品『The Stillness of the Wind』レビュー_001

 2019年の春にSteamとNintendo Switchで公開され、iOS版は2020年に入ってから登場した。

 先に言っておくが、このゲームは面白くない。

 そもそもやっていて楽しいというゲームではない。
 ポツンと一軒家で暮らすお婆さんの人生の黄昏を見て、プレイヤーも一緒にたそがれる短編ドラマだ。
 フィクションであるが、ドキュメンタリー的な作品といっても良いだろう。
 このような一人暮らしの老人の最期など、世の中にはいくらでもあるのだから。

 一応、自給自足の農園ゲームであり、作物を育て、チーズを作り、行商と取引することができる。
 しかし農場を拡大する要素はほとんどなく、お婆さん一人ではできることは限られている。
 農場運営をやりたいのなら、『牧場物語』や『スターデューバレー』をやった方がマシだ。

 このゲームに夢と希望に満ちた発展はない。
 それらを求めて家族が出ていった後に残された、年老いた母の衰亡の日々である。
 それでもプレイヤーが頑張れば、その終幕の片隅に、ささやかな喜びを残せるかもしれない。

“老いと死”とはなにか? 小さな農場で暮らす孤独な老婆の日々を淡々と描いた作品『The Stillness of the Wind』レビュー_002

 小さな農場で出来ることは多くない。
 カゴを持ってニワトリ小屋でタマゴを取るか、クワを持って土を耕しタネを植えるか、バケツを持ってヤギの乳を搾り、作業小屋でチーズを作るかだ。
 畑を作ったなら、敷地の外の井戸まで水汲みに行かなければならない。

 しばらく経つと行商のお爺さんがやってくる。
 たった一人の限界集落で暮らすお婆さんにとって、彼は唯一の話し相手だ。
 親族からの手紙も届けてくれる。
 淡々としたスローライフが続くこのゲームで、手紙は数少ない物語であり変化である。

 お爺さんは農作業に必要なタネや干し草も譲ってくれるが、引き替えに収穫物を渡さなければならない。
 価値があるのは、やはりチーズだ。余裕があるならヤギを増やし、増産を目指してもいい。
 「知識の木」や「王の椅子」といった、ご大層な名前のアイテムも譲ってくれる。
 単なる調度品だが、それを目指して働くのも生き甲斐になるだろう。

 だが、ヤギを増やせば多くの干し草がいる。たくさんのタネを植えても水をやるのが大変だ。
 お婆さんの歩みは遅く、若くない体で多くの作業をこなすことはできない。
 しかも”ジャネーの法則”なのか、一日はあっという間に終わる。
 やれることは少ないが、それでもやりたいこと全てをやることはできないだろう。

 「さっさとヤギを売ってしまえ」という人もいる。
 色々なものを放棄することになるが、穏やかに暮らすだけで良いのなら、必要最低限のもの以外は売っても構わない。
 タマゴを食べながら、のんびり荒野を散策する日々を過ごすのも良いだろう。
 ここは他に誰もいない村。動けるなら自由なのだから。

 そして最後に訪れる人生の必然は、どんな生き方をした者にも等しくやってくる。

“老いと死”とはなにか? 小さな農場で暮らす孤独な老婆の日々を淡々と描いた作品『The Stillness of the Wind』レビュー_003
開始時に基本的な操作しか教えてくれないので、どうすれば良いのかわかり辛いが…… 悩むほど色々できるわけではない。
カゴを持って、この小さな小屋をのぞくと卵が手に入る。まずこれを日課としよう。
カゴがあれば郊外でキノコ採取もできるが、カゴに入れたものは家に持ち帰らないとストックされない。
“老いと死”とはなにか? 小さな農場で暮らす孤独な老婆の日々を淡々と描いた作品『The Stillness of the Wind』レビュー_004
クワを持てば畑を耕せる。水差しがどこにあるのかわかり辛いが、門を出て左下に向かうと井戸があり、水差しは最初、その近くに置かれている。
道具の場所がわからなくなったらメニューを開いて「道具の位置をリセット」を選ぼう。
タネは作物だけでなく、花のタネもある。食べたりはできないが、花を愛でる余裕も人生には必要だろう。
“老いと死”とはなにか? 小さな農場で暮らす孤独な老婆の日々を淡々と描いた作品『The Stillness of the Wind』レビュー_005
バケツを持ってヤギの乳を搾ったら、別棟に持って入ろう。チーズ作りを行える。
バケツにはいくらでも牛乳が入るので、ヤギがたくさんいるならまとめて絞ってから窯に入れると良い。

 必要なものが満たされているなら、一人でも生活は苦にならない。しばらくは平穏な日々が続くだろう。
 だが、田舎の老人の一人暮らしは危ういバランスの上にある。
 小さな集落にコンビニや診療所はない。いつも晴れではなく、冬も訪れる。
 いざというときに頼る者がいないなら、いずれ孤独な終わりを向かえることになる。

 今作の後半は喪失の過程が描かれる。
 真綿で首を絞めるような、ゆるやかなエピローグだ。
 都会に出た親族の手紙も徐々に様子が変わってくる。

 最期は自分の目で確かめて欲しい。
 そこまでドラマチックではないかもしれない。泣き叫ぶわけでもない。
 孤独な老人の最期とは、こうしたものだろう。

“老いと死”とはなにか? 小さな農場で暮らす孤独な老婆の日々を淡々と描いた作品『The Stillness of the Wind』レビュー_006
遠路はるばるやって来る行商のお爺さん。ライフラインにして、唯一の交流相手。
だが、毎日来てくれるとは限らない。もし彼に何かあったら……?
“老いと死”とはなにか? 小さな農場で暮らす孤独な老婆の日々を淡々と描いた作品『The Stillness of the Wind』レビュー_007
このゲームの時間の流れは相対的で、仕事をしていると早く経つ。
そして昼はあっという間で、夜は長く、真っ暗だ。
自宅では食事と睡眠の他、本や手紙を読むことができる。動けなくなるのでちゃんと何か食べること。
“老いと死”とはなにか? 小さな農場で暮らす孤独な老婆の日々を淡々と描いた作品『The Stillness of the Wind』レビュー_008
兄弟や子供たちは手紙をマメに送ってくれるが、帰ってくることはない。
お婆さんに寂しがる様子はないが、内心はどうなのだろうか?
余談だが、筆者の母の姉は一人暮らしをしているが、彼女の家にはたまに息子が帰ってくる。
翌日は二人分の朝食を作り、寝室に呼びに行くのだが、すでに息子は家を出たあとである。
そう、息子は帰ってきてはいない。彼女が生む幻である。

 人の生き方を問いかける映像作品と言えるだろうか。
 信念と希望があれば、人は何歳になっても若々しいと言うが、誰もがそんなに強くはない。
 衰えたその先では、どんな生き方が幸せだろうか?

 エンディングまでは3~4時間ほど。それほど手間はかからない。
 相応しくない言い方かもしれないが、独居老人シミュレーションである。
 感じ方は人それぞれで良いが、年老いた家族がいるのなら、心に何かが残ることだろう。

The Stillness of the Wind

小さな農場で孤独に暮らすお婆さんの余生

“老いと死”とはなにか? 小さな農場で暮らす孤独な老婆の日々を淡々と描いた作品『The Stillness of the Wind』レビュー_009
(画像はThe Stillness of the Wind – AppStoreより)

・農場シミュレーション
・開発:Lambic Studios(イギリス)
・公開:Fellow Traveller(オーストラリア)
・iOS版610円、Steam版1320円、Nintendo Switch版1280円

文/カムライターオ

【あわせて読みたい】

【レビュー:砂の国の宮廷鍛冶屋】アトリエ系ゲームの人気シリーズ最新作。魔物と戦いながら材料を集め、鍛冶屋を営む日本人好みの生産RPG

著者
“老いと死”とはなにか? 小さな農場で暮らす孤独な老婆の日々を淡々と描いた作品『The Stillness of the Wind』レビュー_010
『Ultima Online』や『信長の野望 Online』、『シムシティ4』など、数々のゲームのファンサイトを作成してきた。
iPhone 解説サイト『iPhone AC』を経て電ファミニコゲーマーのお世話に。
シューティングとシミュレーションが特に好き。

本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ている場合がございます

Amazon売上ランキング

集計期間:2024年3月28日22時~2024年3月28日23時

新着記事

新着記事

ピックアップ

連載・特集一覧

カテゴリ

その他

若ゲのいたり

カテゴリーピックアップ