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死者の魂を送る船を運営する“お別れ”ゲーム『Spiritfarer』レビュー。「当たり前のゲームプレイ」で巧みに人の心を動かす、今年もっとも傑出したインディーゲームのひとつ

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 過ぎ去って失ってしまった時間の記憶は、「におい」をトリガーとして鮮明に掘り起こされるとよく聞く。「残り香」とはよく言ったもので、なるほどなにかをきっかけに過去の人物やエピソードにまつわる一切が思い出されることは、誰にでも経験があることだ。

 とくに匂いに限らず、離別してしまった誰かを思い出すのに、その人が好きだった音楽や、場所、残していった物が極めて強く作用するという言説には、一定の説得力があるように思える。

 今年8月に発売されたThunder Lotus Gamesの『Spiritfarer』は、そんな「残り香」や「別れ」のテーマを強く感じさせる2020年もっとも傑出したインディーゲームのひとつだ。死者の魂を船で送る探索アクション&マネジメントゲームであり、年末最大のゲームアワードイベント「The Game Awards 2020」では、インディーゲーム部門にもノミネートされた。

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文/悲野ヒコ
編集/ishigenn

「死にゆくもの」を船で運ぶゲーム『Spiritfarer』

 『Spiritfarer』は、「死にゆくもの」というセンシティブなテーマを持っているにも関わらず、その文言からは想像もつかないほどゲームプレイは率直でとがっておらず素朴だ。

 主人公の少女ステラは故人の魂を運ぶ船頭として、ゲーム内の世界各地を転々としながら迷える霊魂を彼女の船に乗船させる。

 そして彼らの要望に任せて探索アクションパートで素材や食材を集め、船に客室やキッチン、製材所や畑などを作成。船の機能を徐々に拡張させながら地図を広げ、さらに客を集め、彼らが旅立ちを決意することの手伝いをする。

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 端的に言ってしまえば、ゲームプレイの大半は船の拡張というクラフト要素で乗客達の要望を叶えることで、ほぼ何の詰まりもなく進む。

 また、ゲーム中には「夜に寝る」以外の時間のスキップの方法が存在せず、船が目的地に着くまでの間は、農作物に水をやったり、釣りをしたり、木材を切り出したりと、適宜適当な行動をしているか、あるいは何もせず待ち続けるしかない。

 こういったゲームデザインを「まどろっこしい」と否定的に感じるか、「のんびりしている」と肯定的に捉えるかはほぼ人によるだろうが、総じて全体の進行に関してはかなりゆっくりと進む。

 クラフト要素や探索アクションの要素がとくにめずらしいわけでもない。主目的に対するアクセスの合間に、何か別の行動を採ることが苦痛ではない人向けに作られたレベルデザインの、あくまでもスローなゲームだ。

面倒な乗船者たちとの凡庸な船旅

 その船に乗ってくる乗客の面々はというと、これがまだ中々に個性的であり、わがまま放題だ。すぐに空腹を訴えるかと思えば、かなり細かい食の好みがあり、気に入らなければ絶対に食さない。ハグなどでご機嫌を取ったりするが、連続でやろうとすれば、すげなく断られる。
 自分のプライベート空間を欲しがったり、部屋の調度品を欲しがったり、やれ誰かに会いたいだの誰かを追い出せだのとのたまう。

 その上、自分から語る身の上話はいまひとつ意味不明であり、何が本当に心残りだったのか、何がまだ旅立ちを留まらせているのかの真意も、プレイヤーには断片的にしか伝わってこない。ステラができるのは、ただ動物の姿をした彼らをフィードし、たまにハグを受けいれていただき、そして要望に対して献身的に行動してあげることだけ。

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 ゲームプレイの序盤から中盤に差し掛かるまで、海域を移動しながら地図を広げる要素や、素材を集めて新しい建築物を立てるクラフトはそれなりに楽しめるものの、革新的でも情緒的でもないその時間は、一言で言うと凡庸なものでしかない。

「別れ」の感情を引き起こす『Spritfarer』の“冴えた仕様”

 節目が変わるのは、最初に乗った乗客が旅立ちの決意を伝えてきたときだ。旅立ちのためのゲートへ向かうタイミングで、心のざわつきは始まる。

 それは意外なほどに長い時間をかけて、驚くほどに生活に馴染んていた誰かが突如いなくなるという事実とともに、本作に込められている意図のようなものが、おぼろげながらも分かりかける瞬間だ。

 そのときの気持ちは、彼(彼女)との別れが悲しいとか、苦しいとかではない。これからのプレイで起こるであろう感情に対する微かな予感と呼ぶのがしっくりくる。それは文字通り「ざわつき」だ。

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 そして最初の旅立ちを見送って船に帰ったあと、感性の鋭い人はそのタイミングでこのゲームデザインそのものの真意に気付くはずだ。極めて単純で、かつ明瞭なひとつの仕様。しかしそれにより、『Spritfarer』が持つ強いメッセージ性は見事に裏づけされている。

 なぜこうも進行がのんびりしているのか、なぜ乗客はわがまま放題であるべきなのか。それは「乗客が乗っているとき」にプレイヤーに、より長く、より強い印象を与えることを目的としている。

 ではわがまま放題な乗客に対する愛着はいつ沸くのか。慕情や寂しさはいつ感じるのか。感情のゆれはいつ怒るのか。

 それは、彼(彼女)がいなくなってから。

 そのためにゲームプレイでクラフトにかかる縛りがたったひとつ。

 「旅立った魂の住んでいた家は壊せない」

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 たったひとつ、これだけだ。しかしこの仕様ひとつで制作者が「別れ」をどういうものだと捉えているのかは明確であり、プレイヤーに何を感じて欲しいのかすらも表現している。つまりそれは、「残されたもの」が別れた人々の記憶を読み覚ますトリガーだということだ。

 船の上で建物を立てられる空間は限られているため、筆者を含め多くのプレイヤーは、もう必要がなくなった魂の部屋を整理しようとする。

 するとそれができないことに気付くだろう。だがそれは不具合でも不親切でもない。その仕様によって『Spiritfarer』は、「人の心を動かすこと」をゲームシステムの中で見事に体現せしめている。

「ゲーム上は意味のない部屋の残骸」が積み重なり「物語」になる

 もう去ってしまった人物、その誰かのために作り残された家や調度品は、その人との思い出を呼び出す触媒であるという意味において、つまり極めて広義の意味での「残り香」だ。

 のんびりとした旅路の中、ふとした瞬間に送り出して消えていった彼らの残していった建物(それは当然プレイヤーが作ったものだが)に目が行く。

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 その瞬間によぎるもの。それはホンの少しの記憶の交錯でしかないのかもしれない。苗を植えているとき、織物を作っているとき、新しい乗客を迎えたとき。目の端に入る家がもたらす既に立ち去った誰かへの思いは、いくら鮮明であっても小さなものだ。

 だが想像してみて欲しい、ステラが送り出す魂はけっしてひとりではなく、そして無限でもない。

 物語が中盤から終盤に向かうにつれ、旅立っていった死者の魂達の一時の宿となった客室は徐々に増えていき、マネジメントゲームとしては明確に意味をなさない建物は単なる思い出の残滓、記憶としてスピリットフェアラーの船上に残り続ける。

 ある人物は何かを心の内に抱えて明かさないままにゲートをくぐり、またある人物はしめっぽい見送りが嫌で急に姿を消し自らゲートに向かう。最終盤、残った乗客の方が残った客室よりはるかに少なくなってしまった船上の空気感は、味わってみなければけっして分からない寂寥感に包まれる。

 何も変わらない。ただ建物が増えただけの船上に本作のもっともエモーショナルな瞬間が現れる。本作はけっしてひとつの繋がった大きな物語として成立はしていないが、幾多の小さく愛おしい物語たちは、船上の外観を彩る思い出の数々を糸で繋いだ集合体として完成している。

 直截な言い方をすれば、本作では舞台であり移動手段である「船」それ自体が「物語」へと変容していく物語なのだ。

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『Spiritfarer』は“当たり前のゲームプレイ”で感情を揺り動かす

 プレイヤーは、永の旅路へと送り出す客がどういった人生の背景を持ち、その中で何を後悔して何に安堵しているのかをほとんど理解できない。たしかに誰かの心情を理解することは、人と人の繋がりの中で大切なことかもしれない。だがそれは人と人との繋がりの全てではない。

 毎日の挨拶や、一緒に食事を食べるという行為、日常の些細な繋がりの集合。それは誰かの思いをくみ上げることと同じくらい大切で愛すべき人との営みなのだ。

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 死別離別に関わらず、誰かと二度と会えないということは、彼らと過ごした風景との訣別でもある。それは滓ではなく、何かもの悲しい色をした雪のように心に折り重なり、大切な日々も、楽しかった日常も、知らぬ間に過ぎ去って永遠に戻ってこない。塵網の中、僕らの日常は終のその日までそういうものの連続でできているのだ。

 そんな当たり前で、そして逃れられない運命の切なさと大切さを、『Spiritfarer』は当たり前のゲームプレイの中に見事に融合し、それを自然に、限りなく優しく体験させてくれる。そこにどんな感情が生まれるのかは、プレイヤー次第ではあろう。しかし、そこに強い感情の揺れが発生するであろうことだけは疑いようがない。


 コロナ禍の影響での開発の乱れか、あるいは次世代機のロンチイヤーの影響か、2020年を顧みるとビデオゲーム作品の足並みが揃っていない印象を受ける。さらにインディーゲーム業界も、ソリッドな野心を持った作品が話題になることは徐々に少なくなり、レッドオーシャンと化した世界に似たジャンルの量産型のゲームが生み出され続けている状況が続いているといった印象を拭えない。

 そんな中、たったひとつの仕様でここまで明確にコンセプトを体現、ゲームプレイに融合させた作品はそう多くはない。説教や哲学を説くのではなく、あくまでも自然に「空気」としてそれを感じさせているという意味では出色の出来栄えの作品であり、少なくとも2020年を代表するインディーゲームのひとつであると断言しうる内容だ。
 ほぼ全てのプラットフォームで遊べる状態にあるこの作品が、日本ではメディアやSNSを含めてあまり注目されていないように見受けられるのは気のせいだろうか。

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 世界はつねに乾いていて、悲しいことも辛いことも全身で避けながら人生を漕いでいく瞬間も多い。過去の思い出に浸るということは、じつに生産性のない行為ではある。

 しかしそこにあった、しあわせで眩しかった時間を思い出すことは、必ずしも過去に囚われて留まり動かないことではなく、前に進むためのプロセスでもある。キュートで小さな友人たちと一緒に過ごす船上での生活は、不思議な方法で出会いと別れの中にある真実について僕らに囁いてくれる。

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悲野ヒコ
レビュアー、インタビュアー、企画立案者。業界とは深い関わりを持たないにも関わらず、独自の着眼点で名記事を生み出してきた異端児。その作家性の高い文章や思考から、ゲーム業界の内外から高い評価を受ける。代表作は「亡き父親のゲーム攻略メモ」など。彼のバイオはこちらから
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ニュースから企画まで幅広く執筆予定の編集部デスク。ペーペーのフリーライター時代からゲーム情報サイト「AUTOMATON」の二代目編集長を経て電ファミニコゲーマーにたどり着く。「インディーとか洋ゲーばっかりやってるんでしょ?」とよく言われるが、和ゲーもソシャゲもレトロも楽しくたしなむ雑食派。
Twitter:@ishigenn

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