Caladrius Alliance現会長が語る「歴史の一部」
さて、ここからCaladrius Alliance現会長、Dexsar氏にお話を伺っていく。読者はこの宇宙のもっとも深部に隠された、いくつかの物語を知ることになるだろう。
──本日はよろしくお願いいたします。
Dexsar:
よろしくお願いします。
──いろいろお聞きしたいことはあるのですが、まずはCaladrius Allianceの沿革から伺いたい。2010年頃にMugen-Runsの同盟関係が円熟してTricell Coalitionが結成され、日系コミュニティがヌル・セキュリティ・スペースにはじめて領有権を手に入れた。
しかしこのあたりのどこかでMugenとRunsの関係が悪化し、Tricellは防衛力を欠いて解散した……このあたりが、本企画の第一回でVed Run氏から聞き及んだ話です。その流れに、Dexsarさんも参加していたのでしょうか。
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Dexsar:
なにぶん10年前のことですから、記憶があいまいですが……少なくともPvP方面に関しては、私はMugenの出身です。当時の日系コミュニティはわりと融通が利いて、オルト(=alt。サブキャラのこと)をPvP用に育てて、Mugenに入社させるということが出来たんですね。
そもそもMugen-Runs同盟が解消するきっかけは、Mugenの兵站【※】担当だった方のアクティブが落ちたことにあったんです。それで兵站が賄えなくなって、altを入れていた人たちのツテで、ハイ・セキュリティ・ステータス宙域に居を構える生産系の企業に協力を仰いだ。そこのところの意見のすりあわせがうまく行かなかったというか……。
※兵站:
銀河系中心部に位置する商都から遠く離れたヌル・セキュリティ・スペースにおいては、採掘された貴重な資源を商都へと搬出して現金化したり、軍事力配備に必要な艦船や弾薬などを搬入したりする作業が絶対に必要になる。戦争をしてもシステムが咎めないということは、敵方の輸送船も撃ち放題ということであるから、この輸送作業には、まさに兵站と呼ぶべき専門的知識が必要になる。
──これは確認ですが、当時のMugenのトップがKillarkhanさん、RunsのトップがVed Runsさんでしたね。
Dexsar:
そうですね。この二社が軍事面で力を持っていましたから、ほぼツートップという形です。すべてではないかもしれませんが、実際にKillarkhanさんとVed Runさんが会議をする場にも、私は同席していました。しかし、二人ともリーダーシップが強すぎた。そうでなければ会社を率いることなどできませんが、この場合はそれが悪い方向に働いたと言えます。
──具体的には、どのような話し合いがあったのでしょう。
Dexsar:
一例ですが、ある前線から撤退を決めたとき、Vedさんが撤退のルートを組んで提案しました。Killaさんは一目見るなり、これでは駄目だと断じたり。まずいなあとは思ったんですが、Vedさんもそれに言い返すものだから……。
──うむ……大事にしているぶん、力が入るものですよね。
Dexsar:
ええ。……他人の過去を掘り返すのは気が引けますが、若かりしころの過ちだったと許してくれることを願うばかりです。とにかく、この同盟はどうもうまく行かなかった。それでRunsがTricellから脱退して、防衛力を欠いた。その状態で戦争に勝てるわけもなく、領有権を失ってしまい、Killaさんもそのあたりからあまりログインしなくなってしまった。
──この事変におけるアライアンス全体の被害の程度は。
Dexsar:
資産凍結【※】です。
──うわあ。
※資産凍結:
2010年ごろの『EVE Online』のプレイヤー占有可能宇宙ステーションまわりのシステムにおいては、ある軍事同盟が持っていた太陽系領有権が失効した場合、そのステーションに保持されていた同軍事同盟のあらゆる資産は、すべて「引き出し不可能」の状態になった。(現在では、最寄りのロー・セキュリティ・スペースの宇宙ステーションに転送される。現在のそれに輪を掛けて鬼畜な仕様だったわけだ)
Dexsar:
とはいえ、そうなっても現場の士気は高かった。きっとみんな、ヌルセクというコンテンツをやり足りなかったんですね。だけど肝心の、ゲームシステム的な決定権をもつCEOが不在になってしまった。これではどうしようもないとなり、組織を再編することになって、結成されたのがCaladrius Allianceというわけです。
──そうなると、Tricellを精神的に継いではいても、ほとんどゼロからのスタートと言えますね。
Dexsar:
そうですね。アライアンスの内部留保資産の引き継ぎさえ出来ませんでしたから。しかし現場には力のあるプレイヤーも残っていましたし、短い期間だったとはいえ、Tricell時代の同盟相手との人脈も生きていた。Tash-Murkon宙域のChamumeを拠点と定めて物資を移動しつつ、外交的コンタクトを始めました。
──Tricell時代の同盟相手とは?
Dexsar:
いちばん密に連携していたのは、Red Alliance【※】ですね。
──懐かしい! ロシア系でしたか。
Dexsar:
ええ。そこで外交が上手くいって、第四次Delve戦争【※】にSoCo-Red(Southern Coalition, 南部連合とRed Allianceの意)の一因として参加しました。この戦争そのものはわれわれが参加したSoCo-Redが敗北しましたが、領土再編の折に、OasaにCaladrius Allianceの領有権を手に入れることができました。
※第四次Delve戦争:
銀河系南西部に位置するコンステレーション、Delveは、その戦略的位置からしばしば戦争の火種となる。無数の戦いが行われてきたが、ここで氏が示しているのは同地を舞台とした四度目の戦争、2012年3月から8月にかけて行われたSoCo-RedとNulli-PLの戦争であったと思われる。
Dexsar:
ただ、そこで頼りにしていたRed AllianceのCEO、Silent Dodgerが失踪してしまったのです。ほとんど独裁制ともよべる治世をしていましたが、そのスタイルであれだけのプレイヤーをまとめていたのだから、すばらしいカリスマを持った人物だったわけですね。
その彼が失踪して、ナンバー・ツーだったskotenokというプレイヤーが一時的にCEOになりました。しかし、しばらくしてこの人物もアライアンスからキックされてしまいました。
──中々うまく行きませんね。自分たちでアライアンスを作ったと思ったら、こんどは同盟相手の内政が危うくなる。
Dexsar:
Scort自身はすごく頑張っていたんです。ですが、やはりSilent Dodgerのカリスマに惹かれて人が集まっていたようなところがあったのでしょう。いずれにせよ私たちは、リーダーを失ったRedに付くか、それともScortに付くかという決断を迫られました。
結局は後者を選びましたが、それは彼の実力に間違いはないと思ったからです。以後、RED AllianceはCouncil制度……合議制のもとに運営されるようになったのですが、失速していきました【※】。
※失速:
しかし2021年現在、失踪していたSilent Dodgerもまた不死鳥のごとく復活し、RED Allianceの会長に就任。第二次WWB戦争でPAPIを裏切り、Imperium側につくという大胆かつ強行的な外交政策を打ち出し、現在ではImpass宙域を居城として20もの太陽系を治めている。