※【『EVE Online』プレイヤー取材記】は、宇宙MMO『EVE Online』の歴戦プレイヤーである藤田翔平氏が、同作をプレイするさまざまなプレイヤーたちに取材する連載企画です。
2007年にわたしがはじめて『EVE Online』をプレイしはじめたとき、いまでもある程度はそうだが、星々のまたたくこの銀河系は、未知そのものであった。
当時はまだ日本語化も行われておらず、あらゆる情報が欠けていた。一般的なプレイヤーが知りうるインターステラークレジットを稼ぐ方法さえもが、チュートリアルで紹介されるPvEに限定されていたし、このやりかたで三ヶ月かけて購入した船を全ロストする危険を冒してPvPに投入する変わり者など、日系コミュニティにはほとんど居なかった。彼らが銀河系外縁部の領有権を得るなどという話は、当時はまだ夢物語でしかなかった。
ゼロ年代の日系コミュニティの勃興は、ほとんど神話めいた不明の霧に包まれている。ただ、わたしもその当時の生まれであることは確かだ。
数ヶ月かけて貯めた金で戦艦を購入し、日系の伝説的PvP企業、Mugen Industry社の門戸を叩いたことも覚えている。しかし当時のわたしはまだ若すぎて、この星雲の背後にうごめく様々なニュアンスを理解することができなかった。わたしはいくつかのフリートに参加し、完全に他人についていく形でいくつかの船を鹵獲したあと、同作のプレイを中断した。
このあたりのどこかで、どうやら筆者とすれ違いにMugen Industry社に入社したのが、今回インタビューを行うDexsar氏である。同氏は1500名のプレイヤーアカウントを束ねる日系企業連合、Caladrius Allianceの会長で、この企業連合は日系企業連合として唯一、10年の長きにわたって銀河系外縁部の太陽系領有権を保持し続けてきた。
※この記事は、『EVE Online』をもっと多くの方に遊んでほしいCCP Gamesさんと、電ファミニコゲーマー編集部のタイアップ連載企画です。執筆は同作の歴戦プレイヤーである藤田祥平氏が担当しています。
『EVE Online』における「巨大な経済圏」の基本的仕組み
本作を「複雑な政治的思惑が絡み合うサンドボックス型MMO」であると紹介することは、舌によく馴染んで軽快だが、ゲームを知らない人々にとっては絵空事にしか聞こえないだろう。
コミュニティとしての企業連合の運営という、いわば国体の保持のごとき偉業を成し遂げ、それを保ちつづけてきた氏の軌跡をたどるまえに、そもそもいったいこのゲームの何がそんなに政治的であるのかを、簡潔に説明しておこう。
上にしたスクリーンショットは、『EVE Online』の舞台である架空の銀河系、ニューエデンである。それぞれの点が太陽系を表し、赤い点がプレイヤーによる領有権の主張が可能な地域である。プレイヤーはこの宇宙に参加し、宇宙船を飛ばして遊ぶ。
さて、すべての宇宙船は建造のための資源を必要としている。この資源には鉱石、アイス、ガスなど、さまざまな属と種類があり、この広い銀河系全域に種類ごとに偏って存在している。したがって、ひとりのプレイヤーが建造に必要な鉱石をひとつひとつ掘っていくというプレイスタイルは、現実的ではない。ここで、プレイヤー間での資源の交換の必要が生まれてくる。
われわれプレイヤーがゲーム内のあらゆる資産を交換するために用いる通貨は、ISK──インターステラークレジット──である。作中において、この貨幣の信用度は百パーセントである。互いを心底から憎み合っている帝国と国連、あなたやわたしのような在野のプレイヤーも、誰もが例外なくこの貨幣をもちいてアイテムを交換するし、このメタの枠組みを脅かすRMTは、20年にわたって厳しく禁じられてきた。
宇宙船を飛ばすゲームをやるからには、より大きく、より強力な船を飛ばしたいと考えるのが、人間というものである。さて、この宇宙でいちばん大きな船、タイタン級の市場価値を見てみよう。相場は日々変動していて、半年後にはどうなっているかわからないから、かりに本体価格の恣意的な底値である1000億ISKであると仮定する。
筆者はPvPメインのプレイヤーであるから、そこまで効率的な金策を知っているわけではないが、十年ほどこのゲームをまじめにプレイしている。そのわたしが最高効率でISKを作ったとして、一日あたりの上がりを包み隠さず言えば、10億ISKほどだろう。さまざまなことが不明な初心者が、先述したチュートリアルのPvEミッションをまじめにプレイし続ければ、その十分の一くらいはなんとか稼げるかもしれない。
また、すべての「金策」は、現れてくるNPCを何も考えずにひたすら叩くといったものではなく、撃墜の危険をはらんだ探検、市場の動向をうかがっての投機など、つねに「損失」のコストを孕んでいる。そうしたリスク・リワードの金策を地道に続けてタイタンを手に入れようと思えば……わたしなら、だいたい半年はかかるはずだ。
収益を求めて人々が集まる軍事危険地帯「ヌル・セキュリティ・スペース」
しかしながら、だれだって上手くやりたいし、半年も待ちたくはない。そこで画策するのがよりよい金策の方法であり、投機や高クラスワームホールといった例外を除いて、タイタンを求めるものが最終的に行き着くのが、上に示したマップの、真っ赤な星々──銀河系外縁部のヌル・セキュリティ・スペースである。
銀河系外縁部の太陽系は、肥沃そのものだ。採掘施設を係留すれば、もろもろの宇宙船の建造に必要な高級資源を掘ることができる。いわば、油田を手に入れるようなものだ。
また、特殊な建造物を配置し、数十人がかりで採掘やPvEを行うことで、太陽系自体のうまみが上がり、生産高の上限も伸びていく。いわば、荘園のようなものだ。こうした領域に定住する者たちは、銀河系中心部に暮らす者たちとは比べものにならないほど多くのISKを手にするだろう。
しかし、ことはそう簡単にはいかない。まず、これらの領域には、NPC警察力の庇護がまったく届かない。そのために、この領域を通行する宇宙船は、ほかのプレイヤーへの敵対行為にペナルティを負わない。あらゆる兵器類の使用がシステムによって完全に黙認されており、資源を求めるコミュニティ同士の戦争は絶えることがない。
また、これまでの連載でも何度か示したが、このゲームにおける戦争の趨勢は、資金力とマンパワーが決める。したがって、いくつもの企業が肩を並べる巨大な企業連合であっても、いつどこからより巨大な勢力が現れるかわからない以上、安心してはいられない。
新しくヌル・セキュリティ・スペース入りを果たした若手の企業連合がいつも苦しむのは、金(領土)を得るためには力(軍隊)が必要で、その力を得るには金が必要である、という循環のジレンマである。
勢力を維持・拡張するための「企業連合同盟」と「外交」
そこで発達してきた概念が、コアリション──企業連合同盟だ。名だたる企業連合同士が互いに同盟や条約(NAP / Non-Agression Pact – 相互不干渉条約、NIP / Non-Invasion Pact、相互不可侵条約、などなど)を結び、ひとつの巨大な軍事同盟を形成して、互いの領土の安全を保証する。
もちろんそれぞれのアライアンスの運営の母体はアライアンスが担うが、友愛の意識を持って互いの領土を守るという盟約は、仮想的な緩衝地帯として互いを設定することで、物質的にも非物質的にも両者に利益をもたらす。
ここまできてやっと、われわれは外交について語ることができる。
世界中のプレイヤーが単一のインスタンスに接続してプレイする『EVE Online』において、あるひとつのアライアンスがヌル・セキュリティ・スペースに領土を確保したいと望むなら、自らのうちに軍事力をもつことも当然必要だが、その力を示し、アライアンス同士の信頼関係を育んでいくことも、絶対に必要になってくる。そうしなければ、本体がどこにあるのかさえわからない巨大なコアリションに挽きつぶされて終わりとなるだけなのだ。
そして、他者の信頼を勝ち取るために必要なのが、軍事力と外交力である。これはいずれも欠けてはならない。というのも、有事に際してなんの役にも立たない農民たちが口先だけで他アライアンスを懐柔し、領土を治めることはできないし、逆に百戦錬磨の戦士たちばかりでも、通りがかるものすべてに砲火を浴びせていては全宇宙から目の敵にされ、物量で潰されるのがおちだからだ。
だからヌル・セキュリティ・スペースでのアライアンス運営には、軍事力と外交力を用いて、文字通りに異なる言語と文化をもった同盟相手と渡りをつけていく、中世ヨーロッパにおける国体維持のような能力が求められる。
さまざまな政治的思惑と利害関係が交錯し、ひとつ間違えれば自分のコミュニティが路頭に迷いかねないヌル・セキュリティ・スペースにおけるアライアンスの会長職が、いかにハードコアなプレイスタイルであるか、これである程度は理解していただけたと思う。