『EVE Online』における外交とは
──外交とひとくちに言っても、具体的にはどのようなことを話すのでしょう。
Dexsar:
当時に限っていえば、我々はまだ若いアライアンスでしたから、最初の三年か四年くらいは、どこからもあまり相手にされていなかった。はじめのうちは、企業連合同盟の幹事アライアンスの信頼を得るために奔走する、といった日々でした。
そうしてさまざまな戦争に参加し。兵を出し、アライアンスの名前が売れるにつれて、われわれの力を求める勢力に引き立てられるようにもなってきました。そこでやっと、こちらの目的はこうだ、こういう動きを考えていると、外交のテーブルに着けるようになった感じです。
※話を聞いていて、なんとなく思い出した11年前の公式トレイラー、「Causality」。字幕をオンにしてどうぞ。
──外交政策の意思決定は、アライアンス内部で会議を持って決定するのでしょうか。それとも、Dexsarさんが他メンバーと相談して決めるのでしょうか。
Dexsar:
もちろん重鎮メンバーの意見を聞くためだったり、メンバー間ですりあわせるために会議を行います。しかし、最終的には私がきっぱりと決めてしまいます。どうも思うのですが、このゲームのアライアンス運営に民主制や合議制は合わない。あなたもそう思いませんか。
──確かに、私は企業連合会長と艦隊司令官を兼務したことがありますが、意志決定が戦闘寄りになりすぎた感があります。わたし自身は戦えればそれでいいという性向だったのですが、それで現場が必要以上に疲弊したと思う。内政と外交、生産と戦闘、そのバランスの取り方が難しかった。
Dexsar:
そうなんです。ヌル・セキュリティ・スペースで活動するには、戦闘だけでなく、兵站、生産、内政、外交といった、多種多様な部門をまとめなければならない。あるひとつの部門が力を持ちすぎると、船が傾いてしまうわけです。
──しかしそうなると、在籍しているプレイヤーに戦闘コンテンツが足りなくなりませんか。
Dexsar:
もちろんコンテンツは常に求めていますし、艦隊司令官も育っています。とはいえ、もはやわれわれは身軽ではない。
たとえばわたしたちが、あるひとつのリージョン(宙域)に居住を前提とした攻勢をかけるとしましょう……すると、事はもはや艦隊を動かすだけでは済まない。係留した採掘施設や宇宙ステーションなんかを移動するとなると、もはやビリオン(10億)の話ではない。トリリオン(10兆)の資産が動くことになる。
──たしかに、それだけの資産をその場の楽しみのために動かすことはできませんね。長期的な見立てと、プランが必要になってくる。それだけのリスクを冒す必要や価値があるかどうか、俯瞰で見られる人間が決めたほうがいい。
Dexsar:
経営と現場ですね。その分離は絶対に必要なことです……若い人にしてみると、上はなかなか動かない、といったふうにしか見えないでしょうし、理解しがたいかもしれませんが。もちろん、日々の艦隊運営に必要な資金はアライアンスから出せますし、どんどん金を使って経験を得て欲しい。しかし、たとえば話が侵略戦争となると……。
──話がビリオンではなくトリリオンになってくると。
Dexsar:
そういうことです(笑)。
──しかしそうなると、現場スタッフを含めた会議の意義は、やはり経営が現場の意見を吸い上げるため、といった感じでしょうか。
Dexsar:
そうですね、判断材料として報告をもらいます。ただ部門長自身が迷っているときや、部門同士の利害が一致しないときなんかは、ここは駄目なリアル企業かと思うくらいに会議が長引きます。二時間、三時間と掛かることもある(笑)。
──合議制の厳しいところですね(笑)。……さて、アライアンスの歴史のお話に戻りましょうか。Oasaに居を定めて、様々な戦争に参加していったということでしたが。
Dexsar:
はい。まず最初にOasa、それからEtherium Reach、Scalding Pass、Wicked Creek、Immensea、Delveと来て、現在はBranchとTenalに20の太陽系を持っています。この移動のひとつひとつに外交や戦争が絡んでいるのですが、まずは……。
(ここから様々な戦争の逸話を語って頂いた。その内容は筆者にとって非常に興味深いものであり、好奇心を抑えられなかったが、ここでは紙面の都合で省くことにする。)
Dexsar:
……といったところです。
──なるほど、ありがとうございます。しかし……申し訳ない。これはあまりにもコアな話にすぎて、原稿には使えないかもしれない。
Dexsar:
いえいえ。そういえばこの連載って、初心者向けでしたね。そうだな、どんな話をすればいいんだろう。
失敗を繰り返して遊ぶことに『EVE Online』の本質がある
──たとえば、Dexsarさんが初心者だったころのお話だとか。そもそも十年とすこし前にプレイを始められたとき、はじめからヌル・セキュリティ・スペースに行きたいとお考えになられていたのでしょうか。
Dexsar:
はい、わりと早い段階から考えていました。このゲームって、なんと言っても知識がものを言うんです。
ハイセクで活動しているとき、やっぱりISKの実入りがない。PvPの知識もつかない。もっと上手いやりかたはないのかと思って調べ始めると、やはりヌルセクというコンテンツが浮かんできて、魅力的に見えた。そのあたりで、Mugenがヌルセクに行くという話が持ち上がってきたので、丁度いい、おもしろそうだと流れに乗ったわけです。
──なるほど。
Dexsar:
ただ……そうだな、思い出しました。ほんとうに初心者のころ、シャトル【※】に乗って、辺境のヌルセクまで、独りで出かけて行ったことがあるんです。
※シャトル:
Shuttle。兵器類は装備することができないが、ワープ突入やワープスピードが速い、移動用の船。
──へえ! どのあたりに?
Dexsar:
Molden Heathのあたりからです。
──だとすれば、東部……Curseか、Great Wildlandsのあたりでしょうか。
Dexsar:
そうですね、そのあたりからCatchまで抜けて……HED-GPからKhanidのハイセクに出ようとしたんです。
──HED-GP! ……抜けられましたか?
Dexsar:
駄目でした(笑)。ゲートキャンプ【※】に裏側から突っ込んでいったような形になって、みごとに爆散しましたよ。
※ゲートキャンプ:
ヌル・セキュリティ・スペースで使用できるAoEワープ妨害装置を一般通行用のスターゲートの周囲に配置し、通りがかった船を捕獲、撃墜する戦法のこと。HED-GPは、ヌル・セキュリティ・スペースとしては非常にめずらしいハイセク接続のスターゲートを持っており、ここに迷い込んでくる初心者狩りは現在でも有名。しかし、十年前から行われていたとは!
Dexsar:
とはいえ、そのときに判ったんです。ヌルセクと言っても、そんなに人が居るわけじゃない。これなら自分たちの力でどうにかすることが出来るかもしれない……最終的には勉強代を払うことになりましたが、このときの気づきがとても面白かったんです。
──もしもDexsarさんが十年前にHED-GPの表側から入っていたら、Caladrius Allianceは存在しなかったかもしれませんね。
Dexsar:
どうでしょうね(笑)。とはいえ、『EVE Online』って、こういう小さな失敗を積み重ねて、プレイヤーが成長していくゲームだと思うんです。もちろん避けられる失敗は避けたほうがいいですよ、三ヶ月かけて手に入れた船を全ロストするというのは、あまりにもダメージが大きすぎますから。
とはいえ、失敗を厭いすぎても成長のきっかけを見失ってしまう。失敗することで、次はどうすればいいか考えて、調べる。すると知識がついて、よりうまく自分のプレイスタイルを実践できる。
──確かに、我々はもうHED-GPを二度とは単身で通りませんね(笑)。
Dexsar:
ええ(笑)。もちろん初心者には、そこはいつもゲートキャンプが行われているから気をつけて、とは教えますよ。効率的にお金を稼ぐ方法だとか、PvPのやり方だとかも。それで初心者にとって、『EVE Online』での生活が上手くいくことも事実です。
ただ、これだけ複雑なゲームだから、どこかの時点でつまずくことは間違いないんです。そのときに原因をきっちり見極めて、学ぶことができるかどうか。ここで……才能あるプレイヤーとそうでないプレイヤーとが、別れてきますね。
──おや、厳しいご意見ですね……このゲームをプレイしている時点で、それなりに能力はあると思いますが。
Dexsar:
いえ、学ばないプレイヤーも沢山います。それこそ三年、四年と経っても成長しない人もいる。それでは駄目だと指摘したいこともあるんですが……いかんせん、これって、ゲームなんですよ。ただのゲームに過ぎない。だから、ある程度のところで満足して止まる人がいても、仕方ないとも思う。難しいところですね。
──しかし、知識を得てそれを行使するところが面白いのだけれど。
Dexsar:
長くこの立場にいると、銀河系全体の裏側が見えてきます。これがとても面白い。世界を動かすいろんな出来事に、文脈が裏打ちされますから。ほんとうはもっと色々お話したいのですけれど、初心者向けですからね。
私としては……壁にぶつかってもあきらめずに調べて、困ったら仲間や先輩に助けを求めてくれと言いたい。彼らも過去におなじ経験をして、それを乗り越えてきたのですから。私たちも近頃、Calardius Hiveという初心者向けの会社を作って、そこで色々なことを教えながら、新しいコミュニティを作ろうとしています。
なぜ10年にもわたりアライアンスを運営してきたのか
──もう十年間もアライアンスを運営されてきて、いまだにその熱意を保ち続けておられることを、尊敬します。プレイヤーとして、アライアンスとして……このふたつはほぼ同義かもしれませんが……これからの目標は何でしょうか。
Dexsar:
十年前にアライアンスを始めたとき、海外の勢力にくらべて、私たちは三周回は遅れていました。はじめのうちは同盟に付いていくばかりだったし、外交のテーブルにも着けなかった。しかし十年間の活動で、どうにか一周回遅れのところまで追いつけたと思う。追いつくための知識と軍備も蓄えてきた。数年以内に……いや、あと二年、一年のうちに、列強に追いつきたいですね。
──これまでいくつかの日系アライアンスがヌル・セキュリティ・スペースへの進出を果たしましたが、そこで燃え尽きることが多かった。結果として知識は継承されず、離散を繰り返してばかりだった。
Dexsar:
非常に勿体ないことだと思います。燃え尽きる前に、誰かに相談できればよかったんだけれど。
──しかしCaladrius Allianceは十周年を目前に控えて、少なくとも門外漢には、経験の面では盤石であるように思います。
Dexsar:
いや、まだまだですよ。しかし、実際のところ、日系勢力がひとつにまとまれば、この銀河系のリージョン(宙域)をひとつ征服することくらいは、まったく可能だと思うんです。
──銀河系外縁部に、日系コミュニティの故郷ができるような未来……老兵の見立てではありますが、コミュニティ全体の経験値を勘案すれば、十分に可能だと思います。しかし、そのためにご自身が対外的にに動かれているようには見えませんね。これも、なにかお考えがあってのことでしょうか。
Dexsar:
他社には他社の考え方がありますから、それは尊重しなければなりません。また、動機を持って創業した新興の会社を囲っていては、彼らの学びの機会を奪うことになりかねない。もちろん、聞かれればなんだって答えますし、できるかぎり協力もしますが……中々コンタクトがありませんね(笑)。だけど、いつでも話しかけてくれて大丈夫ですよ。
──いつの日か、日系コミュニティ全体の運命が交差する時が来るかもしれない。その日に備えて、Caladrius Allianceはヌル・セキュリティ・スペースの第一線で戦い続ける。そんな言い回しで、結構でしょうか。
Dexsar:
ええ。そのときまでに、周回遅れを取り戻しておきますよ。
──楽しみにしています。本日はありがとうございました。
この原稿はかなり長くなってしまったが、それでもまだ『EVE Online』のアライアンス運営という、深遠なテーマを語り尽くしたものとは思われない。というのも、これは俯瞰的に見れば──Dexsar氏には最大の敬意を感じつつも──さまざまな人物の思惑が交換されながら、日々変遷を遂げるヌル・セキュリティ・スペースの、あるひとりの視座を語っていただいたものにすぎないからだ。
『EVE Online』のエンドコンテンツとも呼べるこの領域には、文字通り世界中からのプレイヤーが集まり、外交や戦争を含めたさまざまな歴史を編み続けている。それらの登場人物の背景や思想が重なり合い、交歓されていくところにこそ、このゲームの真髄がある。事実、わたしは氏と話しながら、自分が何度も脱線し、過去の戦争や出来事について、氏の意見を求めているのに気づいた。そうすることが、非常に楽しかったからである。
インタビューののち、氏は公式による新しいロア・ポータルサイトについて触れ、そこで掲げられている文言に言及した。それは、If knowledge is power, and power is control, then to know is to control. 〈知識が力であり、力が支配であるなら、知ることは支配である。〉というものであった。
こういった知識をプレイのあいだに得ていくことで生まれる感興をいちど味わえば、このゲームをほとんど完璧なRPG──西洋的な意味での、ロール・プレイング・ゲーム(役割を演じるゲーム)と呼ぶにふさわしいことは、きっと了解されるであろう。そしていつの日かおなじ物語をわれわれが共有するにいたったとき、われわれはおなじ戦場に肩を並べて立っているだろう。
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■連載企画 『EVE Online』 転生(完結)
第一回:「9割のプレイヤーが離脱する過酷な宇宙MMO」で企業連合の元会長が初心者に転生しようとしたら速攻身バレして艦隊司令官になった件
第二回:数が圧倒的正義の宇宙戦争が繰り広げられるMMOで「七機のサムライ同士が御前試合のように死狂う銀河一武道会」に参戦した件
第三回:PR企画の展開にどんづまって酒に酔っ払い前世の貯金を使って宇宙艦隊戦を始めてみたら帝国軍と国連軍に挟撃されて全滅してしまった件
■連載企画 『EVE Online』 プレイヤー取材記
第一回:現実世界の過労でうつ病をわずらった「元社長」が、宇宙MMOの世界でふたたび企業の経営者を二度も務めた話。58歳のプレイヤーになぜゲームをプレイし続けるのかを聞いてみた
第二回:なぜその男は「小規模PvP」で“強さ”を求め続けるのか? 小勢で強くなっても無価値な宇宙MMOで戦い続ける孤狼のプレイヤーに、ひりつくほどの現場に身を起き続ける理由を聞いた
第三回:1500名のプレイヤーアカウントを束ねてきた日経企業連合の会長は、日経勢力による銀河宙域の支配を夢見る。宇宙MMO『EVE Online』プレイヤーに聞く歴史と外交