何よりも大切なのは言語化。コミュニケーションを重視するスタジオ文化
石井氏:
あとスキルセットではないんですが、とにかく言語化をしようというスタジオ文化があります。話し下手なことがダメという意味では全くないのですが、チームで作品づくりをする上ではクリエイターだからといって、コミュニケーションを取らないことを正当化するみたいな振る舞いは、認められないといいますか。
説明できないっていうことは、理解していないっていうことだよね、というスタンスといいますか……。
鳥嶋氏:
ものすごく共感する。
石井氏:
それに僕らの場合、監督が一番言語化できてるんです。ここから繋がって、プロデューサーラインでも「言語化しましょう」ですし、クリエイターラインでも、「なぜ良いか」を言葉にできないと、チームで共通言語にならないじゃないですか。
鳥嶋氏:
ようするに、1人に言って言語化がうまくいっていれば、複数人の体験になるってことだね。
石井氏:
そうです。共有財産としての価値が、言葉ってやっぱり高いんです。何よりも、認識がズレた時に「どこでエラーが起きたのか」が言語化できていないと、もう原因が見えないんですよ。
鳥嶋氏:
それすごくよく分かる。アニメってやっぱり集団作業だから、どんどん誤差ができていく。ズレていくことを、どう担保するかって、どうズレないようにするかって、ものすごい大きなテーマであるんだよね。
僕はそれを“言語の厳密化”として語った現場を初めて見たよ。
石井氏:
あ、本当ですか(笑)。
鳥嶋氏:
アニメの現場では初めて聞くね。
石井氏:
でも上手いクリエイターが居て、その能力や手法をただ「上手いよね」って言語化せずに曖昧にしちゃうと、他の大多数からすると、逆に良くなかったりもするじゃないですか。
鳥嶋氏:
そうすると、姿が見えなくなっていくからね。それがまずいわけだね。
石井氏:
はい。なので、あくまでチーム戦をしようというのが僕らの考え方でして。それにチームの良さとしては、アニメ業界だと基本的に作品やプロジェクトが終わるとチームが解散するじゃないですか。でも僕らはそうではないので、作品づくりを改善させるためのサイクルを回すことができるんです。
これがもし解散してしまうと、何を教えるのにも工数が想像以上にかかるんです。例えば「AI使いましょう」という話が全然ドライブしないのって、「面倒だから」という部分もあると思うんですよ。でも僕らの場合は、そこはないんです。同じ人たちがいるので、言えば改善ができてしまう。そういう伸びしろは、すごくあるのかなと思います。
──お二人と同世代のクリエイターで、「言語化を徹底する」みたいな感覚がある人って、他にいるんですか? そして言語化を徹底するに至った経緯も改めて伺いたいです。
loundraw氏:
あまり聞かないですね。僕自身もイラストレーターとしては個人戦だったので、以前から言語化を意識していたわけではないですし。「言語化しよう」と思ったきっかけは、それこそチームを作るとなったからです。その中で、まず「自分は何が好きか」を言えなきゃいけない。また、一般的に「クオリティが高い」という言葉が何を意味するかということも言えないと、成長してないと思ったんです。
あとは、相手が納得してくれる説明ができないと(チームから)離れていくので、そもそもちゃんと説明しなきゃという気持ちがありました。
そういうのがあり、必然的に言語化を徹底していくようになりましたね。
石井氏:
あとルーツ違う人が多すぎるから、というのもありますね。例えば「明るくして」といった場合、撮影マンの「明るくする」と、美術マンの「明るくする」ではアプローチが違うんです。
loundraw氏:
例えば単純にコントラストを上げてハッキリとさせる人もいれば、ただ白くする人もいるんですね。
鳥嶋氏:
そうか。「明るくする」だと抽象性があるから、厳密に指示しなきゃいけないってことだね。
loundraw氏:
そうですね。あとこれは昔の話なんですが、背景の指示で「この辺はなるべく細かく描かないで」と言ったことがあったんですね。それは情報量とか取捨選択の意味で必要な行為だったんです。ですが、「描かない」という指示は「じゃ何を描くの?」という話になるから難しい指示だ、といったようなことを言われたことがありまして。
じゃあ逆に、この「なるべく描かない」という感覚をチームとして共有することができれば、それはちゃんと個性になるなとも思いました。この出来事は結構きっかけになったかもしれません。
石井氏:
そういう意味では、ルーツが異なることは問題ないですが、価値観は近くないとチームは組めないなと思っています。
鳥嶋氏:
そこだね。
石井氏:
たとえば僕らの場合、映画好きの子とアニメ好きの子がいた場合、やはり映画勢のほうが制作時の適応は早かったりするんですよね。これはもう、しょうがないなと思ってます。
鳥嶋氏:
でもそれは、漫画を描く人も同じで。映画を好きな人のほうが、やっぱり画面構成がうまい上手い。やっぱり映画はカメラの台数が多いし、特にクレーンで釣ったようなアングルって、映画からじゃないと出てこないからね。
石井氏:
だからかアニメ文脈の子は、超望遠の構図をあまり使わないんですよね。やっぱり、キャラクターを見せたい意識が無意識であるのかもしれませんが、バストアップが多い印象です。
──ちなみに、言語化の能力って、どうやって培ってるとかってありますか?
石井氏:
質問し続けますね。「どういうこと?」みたいな。で、「こうです」とふわっと返されたら、「で、それはどういうこと?」ともう一回聞ききます(笑)。
loundraw氏:
石井さんもそうですし、僕もなるべく正確に本人が悩んでることを知りたいので、そもそもその絵は自分の中で何点? 描けた? 描けなかった? みたいなことも聞きますね。なので必然的に喋らないと進まない感じですね。
鳥嶋氏:
結構でも、エネルギーいるでしょ?
loundraw氏:
いやでも、楽しいですよ。描くより楽しいです(笑)。
鳥嶋氏:
描くより楽しい(笑)。
loundraw氏:
描くのは自分の答えに向かって時間と体力を使う作業ですけど、教えるは違う視点が入ってくるので、こっちのほうが身になるんですよ。
石井氏:
あとそもそもとして、基本的にみんな仲が良いんですよ。
loundraw氏:
前なんか、20キロぐらい歩いて、風呂入って帰るとかやって。
一同:
(笑)。
──でも時には「これじゃダメだ」という話をする必要もあるわけじゃないですか。その時どういうやりとりになるんですか?
石井氏:
純粋にクオリティとしてどうかと、本人的な満足度をそれぞれ聞きますね。上手く描きたかったけど、技術力やスケジュール的に描けなかったのか、あるいはモチベーションが上がらなかったのか、などなど。
これが例えば、上手く書けなかったんだけど、本人的には課題を認識していて、多少でも前に進めたのであれば、下手かもしれないけど価値があるものだからポジティブなフィードバックを返します。逆に「何のためにやってるのか分からないです」という感じだったら、「やんないほうがマシ」みたいな話になりますね。
──(笑)。
loundraw氏:
僕もいくつかの視点で見ますね。「僕はこう思う」と「世間はこう思う」のほかに、「どうすればその子の能力が活かせるか」みたいな。その上で、「ここ直るといいよね」みたいな会話をしてます。
25人いれば世の中は変わる
鳥嶋氏:
でも大変失礼だけど、それを継続させるためには、そこで仕事をすることが面白いとか、収入がちゃんと担保されるってことじゃないと、抜けちゃうでしょ。
石井氏:
おっしゃるとおりですね。幸いにも今のとこはほとんど抜けていないです。
鳥嶋氏:
今何人ぐらいですか?
石井氏:
契約形態問わずでいえば25人ぐらいですね。クリエーター職のほとんどが新卒です。これは悪い言い方かもしれないんですが、こう……染められてるんですよね。
鳥嶋氏:
逆に言えば、チームとしてのカラーはあるってことだよね。
石井氏:
かなりあると思いますよ。
鳥嶋氏:
映画で言えば、だって昔黒沢組とか小津組とかいうのは、だいたいメンバー固定してるもんね。
石井氏:
あと、顔の分からない方に任せて、意図しないものが上がってきたとき、「なんでこうなったんだ?」と原因が誰も分からずに途方に暮れることがあります。
鳥嶋氏:
ああ。分かる。
石井氏:
それって結構虚しいじゃないですか。でも「自分たちのメンバーの子ができなかった」だと、「教えよう」となる。前向きに捉えたり、ポジティブに向き合えるんですね。
鳥嶋氏:
ミスはミスで出てきたけど、それはひとつの結果であって、原因究明して辿っていけば、どこかに必ず行き着けるってことだよね。そこを直せば改善されるし、データにもなっていくと。
こうやって聞いてると簡単だけど、自分だけの価値観があって、そこに向かって粘り強くやれる忍耐力がないとね。あとは目の前の人間や才能に対する信頼感がないとできないと思うんですよ。
だから結構、肝が据わってるんだなって思いました。
石井氏:
いや、loundraw君は相当ですよ(笑)。
loundraw氏:
(笑)。
鳥嶋氏:
トップが400カットやってるんだから、下は動かざるを得ないもんね。
石井氏:
もう、それでしかないですね。loundraw君が一番オーバーワークしてるんで、みんな文句言えなくなってる空気はありますね(笑)。
鳥嶋氏:
そうだよね。分かる分かる。だって置いてかれちゃうから、ついてくしかないよね。
でも今日いろいろ話を聞いて、コンパクトさは大事だと改めて思ったね。組織が大きくなると、だんだん分業制に向かって行っちゃうからさ。そしてつまらなくなる。
今のところは非常にうまく考えてやられてると思うんだけど……。
──50人超えて、100人超えて、っていう話になった時に、たぶんカルチャーがまた変わってくるからって話ですよね。
鳥嶋氏:
さっきスタッフは25人って話があったけど、2~30人って週刊少年漫画誌のスタッフ人数なんですよ。上限24~5人までで、そこから増やすことないから。
──ジャンプの編集部員がそのぐらいだって聞いて思ったのが、25人いたら世の中が変わるんだ、ということで。いや、むしろそれくらいの規模感がいいんですかね。
鳥嶋氏:
そうそう。
ただ、アニメスタジオがそうならなかったのは、純粋に労働効率が悪いからだと思うんだよね。だからそこを変えようとしているのは、なかなか面白い試みだと思います。
loundraw氏:
一方で作画などに関しては、従来の作り方のほうが、意外とコストがかかるなと思う側面もあって。意思の疎通が計れなくて「これは何の時間だったんだろうな」みたいなボツが結構発生するんですよね。それよりは、たしかに1人当たりのハードワークぶりはもちろんありますが、俯瞰して見た時に無駄がないチームだなとも思っています。
なので、「意外と回ってる」という感覚がわりとありまして。
鳥嶋氏:
こういう言い方をしてしまうと申し訳ないけど、素人から始まったからこそ、ある種の正解をたぐり寄せたっていう感じはあるよね。
石井氏:
そうでありたいなと思います。