今回ご紹介するゲーム『野狗子: Slitterhead』(以下、『野狗子』)は、きらびやかで妖しげな90年代の香港を思わせる街を舞台とする作品です。
公式が謡うジャンルは「バトルアクションアドベンチャー」。そんな本作を手掛けるのは『SIREN』や『サイレントヒル』などホラーゲームで知られる外山圭一郎氏。……外山圭一郎!?
いや、絶対タダの「バトルアクション」じゃないですよね……。だって、初報のトレーラーこれですよ?
※視聴には十分注意してください。
グロテスクなバケモノに、飛び散る鮮血。どう見てもホラーゲーム。めっちゃ怖い。ゲームを始めるときも、「逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ……」と恐る恐るでした。絶対に怖い。
ただ、実際にプレイを始めてみると……飛び込んできた世界に目を奪われます。街並みがすごい。90年代の香港がそこには広がっていました。
イギリス植民地時代の名残が残ったような、英語と広東語が混ざったポスターやら看板。輝くオシャンな漢字のネオンサインに立ち並ぶ高層マンションの数々、飛び交う異国の言語。
今の時代に住む我々からすると決して近くない存在なのに、なぜか感じる親近感と暖かさ。こんな90年代の香港をイメージした世界、もし行けたらと度々思ってしまいます。
……あれ?なんか怖くないかも?
振り返ってみても、遊んでいるときは全然怖がってなかったんです。プレイする前はあれだけ怖がってたのに。
……いや幻想だった!全部が怖くないわけじゃない!
ごめん、グロテスクなバケモノがいっぱい出てくる!!
……でも、そんなバケモノたちより怖いと感じたのが、本作の主人公。
一般人に乗り移ってバケモノたちをボコボコに殴る。その辺を歩いている「おじさん」や「おばさん」を囮にしたり、自爆特攻させたり、一般人の命を使い捨てにして戦っていく。思わず「鬼か!?」とツッコミを入れたくなるくらい倫理観がない。
というわけで今回は、ホラーゲームかと思ったら主人公のほうがホラーだったバトルアクションゲーム『野狗子』の魅力について紹介していきたい、そんな所存です。
まず目に飛び込んでくるのは「THE 80’s – 90’s 香港」な街並み
『SIREN』や『サイレントヒル』などで知られる外山圭一郎氏が手掛ける作品ということで、発表当初から「どんなホラーゲームになるのか?」と、国内外から注目を浴びていた『野狗子』。
実際に筆者もプレイする際には「めちゃくちゃ怖そう……」と、恐怖しながらゲームを始めました。
しかし、そこで目に入ってきたのは“怖いなにか”や“幽霊”などではなく、妖しく光るネオンサインに彩られた90年代頃の香港を彷彿とさせる景色。
もっとも、正確には香港ではなく「九龍」と呼ばれる架空の街なのだそう。ただ、マラリアについて注意喚起するポスターがあったり、随所にイギリスの影響を感じさせる英語が散りばめられていたりと、リアル香港との共通点は少なくない様子。
えっちなお店や、えっちなお店の求人ポスター。麻雀卓や小汚いキッチンまで。見たこともなければ、住んだこともない。昨今では創作物や歴史でしか知り得なくなってしまった「THE 80’s – 90’s 香港」な雰囲気が随所に溢れています。
初プレイ時には、その異様な現実感に興味を惹かれ、ストーリーそっちのけで30分近く探索してしまいました。
それに、この「九龍」という街並み、半端ないくらい作りこまれているんです。
露店や商店で販売されている商品もただの背景とは思えない情報量があります。食品関係だけに注目してみても、一匹いっぴき種類が異なる魚や、様々なパッケージの食品類。ビールまでもが数種類存在するなど。
店先の陳列部分から店奥の冷蔵庫まで「見れるもんなら全部見てみろ」と言わんばかりの密度の濃さが印象的でした。
人通りの多いメインストリート。浮浪者がたむろし、怪しげな求人ポスターが増える裏路地。道行く人々の噂話。歩いているだけで見えてくる多彩な街の表情はプレイヤーを飽きさせません。
なお、本作は「オープンワールド方式」ではなく、プレイヤーはミッションごとに限られたエリアを探索することになります。
探索できるエリアが広すぎないからこそ、世界観をより濃厚に感じられる。視覚的にも感覚的にも、本当に香港映画の世界に入ったような気分にさせてくれるんです。
人間に擬態する怪物「野狗子(やくし)」の存在が見え隠れする恐怖
さて、そんな「THE 80’s – 90’s 香港」を探索するのも本作の魅力のひとつ。高所から眺める香港の(ような)街並み……最高だ……。
最k……足!?
ゴミ箱から足が生えている……。何?なんなの?
じつはこのとき、劇中では謎の連続変死事件が発生しています。ストーリーの中ではラジオを通して警察内の混乱が描かれているのですが、一部の者達はその“原因”に気づいているようなのです。
それが、人間に擬態する怪物「野狗子(やくし)」の存在……。
ただ、この「野狗子(やくし)」という言葉、聞き慣れなさすぎる。記事を執筆している最中ですら変換できなくて一生コピペしているくらいには馴染みがありません。このワード、なに?
調べてみると、「野狗子」は清の時代の短編小説集『聊齋志異(りょうさいしい)』に登場する妖怪で、獣の頭部と人間の体を持つ死体なのだと言います。なお、本作に登場するのは「野狗子」そのものではなく、作中での立ち振舞から便宜的にそう呼ばれているものとなります。
そんな野狗子の見た目は……。
ぐえぇ!!!なんだコイツ~~~~!
初めて見たとき、叫ばずにはいられないその気持ち悪さ。素で「うぇぇ」という声が口から漏れてしまう、狂気に満ちたビジュアルはあまり目にすることのない新鮮な面立ちをしています。
シンプルに言えば、すげぇキショい。超グロテスク。妙な生々しさがある……。
野狗子にはクソデカい成体らしき姿も存在します。それがこちら。
あ、こっちはなんか好きかも……。魚やタコなどさまざまな種類があるようですが、筆者的には上の画像にも映っているハナカマキリがお気に入り。
モチーフとなっている生物の意匠を残しつつも、もともとの身体が人間だった名残も見えてくる二足歩行と四足歩行の中間のような出で立ち。幼体や首から生えてくる寄生体のような姿に明確な“気持ち悪さ”があったのとは対象的に、こちらは華麗で風格のある“カッコよさ”や“美しさ”を強調したボスらしい見た目に感じられます。
ちなみに、「ツマグロカマキリモドキ野狗子」や「クマドリカエルアンコウ野狗子」など、声に出して読みたくなるネーミングも特徴的。ほかにどんなネーミングが出てくるのだろうか。気になります。
一般人の命を使い捨てにする主人公のほうが怖いかもしれない
なお、物語序盤で「野狗子」の存在に気づいているのは、精神生命体である主人公の「憑鬼」ほか、「稀少体」と呼ばれる特殊な一般人数名。
気づいている人たちだけが行動を起こそうとしている、なんともヒーローモノ的な展開になっていくのですが……。この主人公こそが、一般人の命を使い捨てにしまくる凶悪な存在なのです。
なお、その主人公、最初は犬に乗り移っている姿で登場します。精神生命体である主人公(憑鬼)は、何かしらを依り代にしなければいけないようで、街中を彷徨った挙げ句、犬に入り込んでしまったようなのです。行く先なかったにしてももう少し選択肢あったやろお前……。
「憑鬼」である主人公は、実体が存在せず、物理的に現実世界に干渉できません。そのため、犬に乗り移ったように、無数の一般人を依り代にしながら野狗子たちに立ち向かっていくわけです。
この「乗り移り」という概念、ゲームの進行にも活用することになるのですが……もちろん戦闘中にも使用します。どこにでもいそうな「おじさん」やら「おばさん」に乗り移ってバケモノをぶん殴る。ホラーゲームをイメージしていると、不思議な光景かもしれません。
この乗り移りシステム、明確に他のゲームと“違い”を感じる本作ならではの体験なのですが、使い慣れてくると、あることに気が付きます。
戦闘が始まったタイミングで“なぜか”一般人が周辺に寄ってきたり、
乗り移った直後であれば戦闘用のバフ(強化)がかかったり、
残機制なのに死ぬ前に別の一般人に乗り移れば残機は減らなかったり、
とにかくゲーム側で、やたらめったら乗り移ることを推奨してくるんですよ。しかも、一般人の命と引き換えにした爆弾を作れるスキルも出てくる始末……。
あれ……バケモノより主人公のほうが怖くないですか?
『野狗子』は強力な能力を駆使してバケモノたちをボッコボコにするアクションゲームだった
本作の戦闘中における基本的なアクションは、移動・攻撃・回避・パリィ(攻撃を受け流す)など。主人公が人間に乗り移りながら戦う以外は、シンプルな内容となっています。
鍛えているわけでも、特殊能力を持つわけでもない一般人は、当然ながら貧弱。バケモノと戦うにはあまりに心許ない性能です。
1体倒すだけでもやっと……という状況の中、野狗子をバシバシ倒せてしまう“ヒーロー”的存在が現れました。その名も「稀少体」。
稀少体とは、ミッション開始時に選ぶ“プレイアブルキャラクター”のようなイメージの存在で、「憑鬼」と「九龍の街」を繋ぐ重要な人物たちとなっています。執筆時点で筆者が確認できた稀少体は「ジュリー」と「アレックス」のふたり。どちらも段違いにクソ強いです。
一般人が血液で作られたメイスのようなものでのみ攻撃できるのに対して、稀少体のアクションは強力無比。
大きな爪での攻撃や全体回復が可能なジュリー、大量の血液を消費する代わりに強烈な弾丸をブツけられるショットガン使いのアレックスと、豪快なアクションを楽しめます。
あれ……?
自分の知っているアクションホラーゲームって、「弾やら回復アイテムやらのリソース管理をシビアにして恐怖感を煽ってくる」ものだったはず……。
でも『野狗子』では、主人公が強力な能力を駆使して、バケモノたちをボコボコにしている。
……異能力バトルじゃんこれ!!
自爆特攻させたり、囮にさせたり、一般人を駒として扱うことへの抵抗感がなくなっていく
とはいえ、稀少体と言えども元は一般人。どうも耐久性の部分に関しては感覚的に一般人と変わらない様子。そのため、稀少体をメイン火力としつつ、一般人を乗り回しながら野狗子を翻弄していくのが、戦闘のポイントかもしれません。
乗り移ることのできる一般人は老若男女さまざま。“半裸のおじさん”や“娼婦のお姉さん”など印象に残る人物が多く、探索中に乗り移る機会も多く存在するため、不思議と顔を覚えてしまうんですよね。
でも、一般人のほうは憑依されている間のことは覚えていない様子。しかも、序盤のうちは乗り移りや回復のタイミングに慣れていないこともあってか、一般人がどんどん死んでしまうんですよ。悲しい。
とはいえ、慣れてきたら慣れてきたで、命を犠牲に放つ「タイムボム」で一般人を自爆特攻させたり、一般人を囮にして野狗子との戦いを有利に進めたり、人の心のないプレイングをするようになるんですけど。
プレイを進めていく中で、だんだんと一般人を駒として扱うことに抵抗感がなくなっている感覚は間違いなくあったと思います。
でも、ふと我に返った時に罪悪感が押し寄せてくることも。一般人の顔を覚えていくにつれて、使い捨てる自分と一般人への罪の気持ちが同時にのしかかってくるんですよね。俺ってひどい人間だ……。
この自分の中で発生する葛藤が、作中で主人公が抱く「野狗子を全部殺すことが正解なのか?」という問いと、つながってくる気もするんですよね。エモ……。
ちなみに……ゲームの中ではランダムに出現した人間に乗り移ることになるのですが、一般人の中にどこかで見たような顔が混じっていることも。たとえば彼。
そっくりすぎる。もはや本人だろこれ。
香港映画×異能力バトル。なんでこんなうまく融合してるの!?
グロテスクなバケモノが登場し、ビジュアルこそホラーゲームの色合いが濃い『野狗子』ですが、実際にプレイした感覚としてはガチガチのバトルアクションでした。
もちろん、ホラー要素が完全に排除されているというわけではありません。少なくとも筆者個人としては、『SIREN』で感じたような怖さは根底に潜んでいるように感じました。“何かが起きなくても怖い世界観”……本作で描かれる世界には、それと同系統の怖さが漂っているんです。
ところで、本作における「香港映画×異能力バトル」という構図について、少なくとも筆者が知っている香港映画では題材にされたことがなく、最初は違和感を抱きました。でもなぜか、ひとつの作品としてスッと受け入れられている自分がいる。なんでだ……?
「この違和感を中和してる存在ってなんなんだろう?」 と考えたとき、まず思い浮かんだのは、凝りに凝って圧倒的に作りこまれた世界観でした。
架空の世界だとわかっていても、現実味を帯びている。そんなリアルな「THE 80’s – 90’s 香港」な街並みが再現されているので、中華圏の映画ではあまり見ない“邪道的”設定が盛り込まれても世界観が壊れていないんです。
加えて、本作でメイン武器として扱われている「血」でしょうか。中国語圏の創作物では、道士のような特殊な人しか扱わないようなものだそうで。筆者が見てきたキョンシー映画なんかでも敵が血を使っていた記憶があります。「血を使う=悪」というイメージって何となくありませんか?
そして、よくよく考えると、ゲーム内で我々がやっていることって“THE ダークヒーロー”っぽいですよね……。あえて純粋な正義のヒーローとして描かれていないからこそ、香港映画的世界観の中で主人公が特殊能力を使うという描写に対して違和感を覚えづらい。一因としてあり得そうです。
そのうえで、バケモノ(野狗子)とバケモノ(主人公)が戦う。グロテスクなバケモノ、飛び散る鮮血。少年漫画では描くことができない“大人向けバトル”が描かれるとあっては、面白いに決まってるじゃないですか!
あれ……? 最初は「ホラーゲーム」だと思って怖がっていたのに。最終的に「結局ホラー要素どこだっけ?」ってなるくらいには、ホラーらしくないゲームという印象に落ち着きました。
なお、ホラーが苦手な筆者からすると、プレイ感が「バトルアクション」なのは一種の救いにもなっていました。操作するキャラクターが強いことで、バケモノに相対したときの恐怖がある程度は軽減されていたと思います。
グロテスクな表現に抵抗がなければ、怖いのが苦手な人でも手を出しやすい作品になっているかも? そんな『野狗子: Slitterhead』は、PS4、PS5、Xbox Siries X|S、PC(Steam、Epic Games Store)向けに2024年11月8日より発売中です。
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