カジュアルな百合を楽しませるって、ムリ?
──ちょっと素朴なことをお聞きしてしまうのですが、そもそも「百合のラノベを売る」ということには、どういった難しさがあったのでしょうか?
K原氏:
まず、僕の視点になりますが『わたなれ』を刊行した2019~2020年あたりだと、「百合の読者」への印象は“深く狭い”と思っていました。「百合」に対して情熱的なファンはいる反面、その総数は多くはないと思っていて。その上で、読者のメイン層は「マンガ」を読まれている方が多いと見ていました。
「マンガ」と「ラノベ」は同じエンタメという枠組みではあるけど、読者の層が結構違うんです。ラノベを作る側の視点からすると、まず「ラノベの読者」がいて、さらにその外側に「マンガの読者」がいるようなイメージです。
普段ラノベを多く読んでいる人がマンガを読むことはあるけど、普段マンガを多く読んでいる人がラノベに手を伸ばしてくれる機会は極端に少ない。これは、書店員時代の経験なども含めて実感していました。
そのうえ、年々ラノベの市場が縮小して、どんどん減っていくなかで……ライトノベルは、一般的には2週間から1ヶ月くらいで、打ち切りが決まってしまう。なので、その2週間から1ヶ月のなかで買ってくれる「熱心なラノベ読者」に届かないと、まず先が見えないと考えていました。
だから、「熱心な読者に、どうやって『わたなれ』を届ければいいんだろう」というのは、すごく意識していたと思います。「異世界ファンタジー」や「ラブコメ」をジャンルとして買ってくれるお客さんに、「百合というジャンルもあるよ!」ということを、どうやって浸透させていくのかは長いスパンでの課題として、取り組んでいました。
──「百合というジャンルの認知」から考えられていたんですね。
みかみ氏:
わたしは、若干意見が違っていて……もちろん、「百合の市場が狭い」ことが一番の問題ではあったのですが、わたし自身、重度の百合ファンとして過ごしてきた実体験から言うと、百合ファンって百合だったらなんでもひとまず手を出してくださるんですよ。
「マンガしか読まない」というわけではなく、マンガもラノベも、小説・映画・ドラマなども、「百合」の話題になっている作品であれば、なんでも買う人が一定数はいる。
百合で評判になった映画だから見る、百合で評判になった小説だから見る……そのときの「クオリティが高い百合を追いかける層」が、おそらく3000人くらいいるだろうと思っていました。そういう人たちが、同人のみかみてれん文庫を買ってくれていたから、まずその3000人の全員に売れるラノベを作ろうと考えていたんですよね。
だから、最初はそこまで「ラノベ読者を確保しにいこう」みたいな気持ちはなくて、1巻を出した時点では、少なくともその3000人に売れ続ければ、打ち切られずにもうちょっと長く出すことができるんじゃないかなと思っていました。
──ちょうど最近『わたなれ』がシリーズ累計発行部数100万部(デジタル版含む)を達成されていましたが、やっぱり「百合のラノベで100万部を達成する」というのは、相当な快挙なんですよね。
K原氏:
どこまでを「百合」とジャンル定義するのかもにもよりますが、……たしかに、数えるほどしかないとは思います。
みかみ氏:
『わたなれ』を買ってくれる方のなかには、「初めてラノベを読みました」という人も多いんです。
つまり、「アニメの百合作品は見てます」「でも、マンガも小説も買ったことはありません」という方が、初めて『わたなれ』で小説を買ってくださっていたりするんですよね。本当にありがたい話です。
──その「百合のラノベを売るのが難しい」という状況のなかで、『わたなれ』はどうやってその難しさを乗り越えていったのでしょうか?
K原氏:
やっぱり「ガールズラブコメ」という標榜をしたのが、ひとつの指針になった気がします。
みかみ氏:
あれは大きいですよね。
当時、知り合いの作家さんたちに「あなたも百合を書きませんか?」みたいな感じで声をかけていたときがあったのですが、ある作家さんに「百合は怖い」と言われてしまって。
──「怖い」ですか?
みかみ氏:
つまり、「百合にはすごくディープなファンがいて、生半可な知識で書くとその人たちに怒られてしまう」というイメージを持たれていたんです。それを聞いたときに、「周りの作家さんからは、気軽に手を出せないジャンルだと思われてるんだ……」と、びっくりしたんですよね。
わたしは、百合ってそんなに崇高なものでもないと思っていたんです。それこそ、「女の子がキャッキャウフフしてて、楽しい!」みたいな、カジュアルな百合好きがいてもいいと思うんですよ。
いまは、「百合」という言葉にものすごくたくさんの文脈が乗っているし、各々がイメージする「百合」の形も全員違うはず。だから、そういうものを一度取っ払って、「みんなも楽しめるものなんですよ!」「もっと気軽に楽しめるものなんですよ!」と、敷居を下げるための努力をしました。
──その「敷居を下げる」ために、どういった工夫があったのでしょう。
みかみ氏:
実は、「カジュアルな百合の楽しみ方」として、一番参考にしたのは「二次創作」なんですよね。
「百合」の市場はそこまで大きくならないけど……ネットで「百合の二次創作」はよく見るじゃないですか。アニメやゲームを含め、キャラ同士がイチャイチャしているようなイラストを上げる人は、すごく多い。でも、「百合を専門で買う人」はあまりいない。それが、ずっと不思議だったんですよね。
だから、この「百合がふんわり好きな人たち」……つまり、「二次創作はやるけど、百合を専門に買わない人たち」を取り込むためにはどうすればいいのかを考えていましたね。

みかみ氏:
そこの最終的な結論としては、「魅力的なキャラ」だと思ったんです。
考えてみれば当たり前ですけど、みなさん好きなキャラを動かしたり、描きたいから、二次創作をするんですよね。さらに、好きなキャラと好きなキャラが絡んでたら、嬉しいじゃないですか。
これはわたしの印象でしかないのですが……百合を書く作家さんは、どちらかというと最初から「キャラの関係性」に重きを置いている方が多いんですよね。
──たしかに、その印象はあります。
みかみ氏:
もちろん、その良さもいっぱいあるんですが、それって何割かは百合文脈を知った上の良さなのではないかと、考えたんです。なので『わたなれ』の場合はそうではなく、最初に魅力的なキャラを作ることにしました。
まず全力でキャラを好きになってもらえれば、もっと多くの方がその先にある「百合」にハマってくれるはず……そう考えていましたね。
『わたなれ』のキャラクターを構成する4つの要素──キャラ単体で「かわいい」と思わせるのって、ムリ?
──その「魅力的なキャラ」という指針から、れな子などのキャラが生まれていると思うのですが、どういったところを「魅力的」と定義していたのでしょうか?
みかみ氏:
まず、「キャラクター単体でかわいいと思える」ところなんですが、実はアイツ……れな子はあまりないんですよね。どちらかというと、れな子は「ストーリーを面白くしよう」と思って書いているキャラです。
ただ、「魅力的なキャラクターを作るためには魅力的なストーリーが必要で、魅力的なストーリーを作るためには魅力的なキャラクターが必要」という相互補完構造になっているので、うーん……ちょっとそれを出力するために、脳内で整理してみますね!
K原氏:
じゃあ、僕がちょっと場を繋いでおきますね!
まず、れな子に関しては、いわゆる「共感性」と、「応援したくなるところ」が大きいかなと思っています。
ぼっちだった中学時代から一念発起して、高校デビューした……はいいけど、それでもお布団で反省会をしたり、ゲーム好きな一面があったり、すぐ自己肯定感がなくなって自虐的になってしまう。
そんな誰しも抱えているものを、みかみさんの軽妙な語り口(地の文)で魅せることにより、どこを読んでもれな子を応援したくなる。面白い言動をする、しっちゃかめっちゃかな女の子を楽しめる。
そこが『わたなれ』のずっと楽しめる部分だし、この「どこを読んでも楽しめる」という読み味は、まさにキャラクターの魅力が出ているところですよね。れな子は読者が「ホンマこいつ……」とツッコミたくなるような言動も多いのですが、そこもすごく魅力的かなと(笑)。

みかみ氏:
「記号」、「ギャップ」、「バックボーン」、「主体的・能動的なストーリーでの活躍」……キャラを魅力的にするのは、この4つかなと思いました。この4つをMAXに調整するために、ストーリーがある感じです。
まず最初の「記号」は、テンプレートな魅力ですね。
たとえば真唯だったら、「お嬢様、金髪、麗しい」といった、誰もが浅いレイヤーで楽しめる、一番下の魅力が「記号的な魅力」です。「一般的にパッと入りやすい、わかりやすい魅力」でもあります。
その次に、「ギャップ」。
記号的な魅力を前提にし、「こんなキャラクターに見えるけど、こんな一面もあります」とギャップを見せて、さらに一段階上の魅力を付与する。
そこに「バックボーン」。
「このキャラクターがこんな性格になったのは、実はこういう背景が……」と肉付けをして、最後に「ストーリーでの活躍(見せ場)」を用意して、そのキャラクターにハマってもらう。こうやって、浅いレイヤーから、どんどん上のレイヤーにはめていくのが、キャラクターの魅力を作る過程だなと思います。
──『わたなれ』のキャラがそう作られていると考えると、すごく納得感があります。
みかみ氏:
わたしが書いている本は、だいたいこの構成なんですよね。
まだ仲良くない状態で出会い、れな子はそのキャラの「表面上の魅力」を知る。ただ、途中で「天使のように優しい子……でも、それだけじゃない」といったギャップの魅力に気がつく。そこから、そのキャラの半生を振り返ったり、現在に至るまでのバックボーンを見せる。
そして、最後のクライマックスで、その子が自分自身を成長させるための決定的な行動を起こす……勇気を出したり、一歩足を踏み出すことによって、みんなの好感度をかっさらう。その4段階があって、「魅力的なキャラクター」が誕生するのかなと思います。
──すごく理論的な説明で、腑に落ちます。なにか、その4段階は表やテキストなどで整理されていたりするのでしょうか?
みかみ氏:
いや、いま考えました(笑)。
一同:
(笑)。

K原氏:
その形式がすごくハマったのが、3巻の紫陽花さん・4巻の香穂ちゃんの話ですよね。
とくにこのふたりは、1~2巻を読んでいると、「読者的には気になるけど、まだ担当の回がやってこない」というキャラクターだった……でも、3巻と4巻で紫陽花さんと香穂ちゃんメインの話が出て、さらにキャラの情報量が増えたことで、読者はより好きになってくれる。そういう構造になっているのかなと。
──ゲームっぽい視点で考えると、「キャラの絆レベル」みたいな感じですよね。
みかみ氏:
まさに、そういう感じです!
ソシャゲなども、キャラクターをガチャで売り出すときには、まず「ビジュアル」と「テンプレ(記号)」が来る。そのあとに、そのキャラを深掘りする話があって、主人公と一緒に悩みを乗り越えて……そこの「キャラをどんどん好きにさせる」という作り方が、ソシャゲはすごく上手いんです。ガチャを回させるために、現代文学のすべての粋を結集させたようなものですよね(笑)。
『わたなれ』のストーリーに関しては、「キャラを好きにさせるためのもの」と決めているんです。そのなかで感動させたり、笑わせたりするのも、全部「キャラを好きになってほしい」からやる。そしてキャラを好きになってもらえれば、その効果が倍増していく。この辺りが、二次創作から学んだポイントかな、と。

──デザイン面も『わたなれ』のキャラクターの魅力だと思うのですが、イラスト担当の竹嶋えく先生はどのように決められたのでしょうか?
みかみ氏:
竹嶋えく先生は、わたしのほうで挙げさせていただきました。
ひとつ目の理由としては、「百合マンガ層を取り込みたい」というマーケティング的な側面がありました。もし百合マンガが好きな人にラノベを読んでもらうなら、イラストも「百合マンガを描いている人」が適性があるだろうなと。
次の理由として、マンガを描いていらっしゃる方は、当然ですが、表情やモノクロの表現がすごく上手いんです。『わたなれ』も綺麗な一枚絵を推すというよりかは、キャラクターの心情がよくわかるような「感情のこもった絵」を描ける方がいいだろうなと思い、マンガ家さんがいいなと思いました。
K原氏:
まず、「キャラのいろんな表情を描ける方がいい」という話がありましたよね。
まさに、1巻の挿絵のなかで真唯が「れな子をギュッとしたい」という紙をドヤ顔でかかげて、れな子が「なんだこれ……」といった顔をしているシーンのような、キャラの喜怒哀楽や崩しの表情、デフォルメを上手く描ける方にお願いしようと考えていました。
みかみ氏:
そして最後の理由として……竹嶋えく先生が本当にとてつもなく絵が上手かったから!
まだ竹嶋えく先生もそこまで有名じゃない時期だったのもあって、「この人に声をかけておくべきだろう」と決めました。
──『ささ恋』【※】の前に声をかけられていたんですか?
みかみ氏:
ちょうど、『ささ恋』の連載が始まったばかりの頃でした。それから竹嶋えく先生はやっぱり、あれよあれよと売れてゆき……!
※「ささやくように恋を唄う(ささ恋)」
竹嶋えくによる、マンガ作品。主人公の木野ひまりと、彼女からの思いを恋心だと勘違いしてしまった先輩・朝凪依のいろいろな想いが描かれる。2019年より連載が開始。(竹嶋えく・著/一迅社刊)
- 『わたしが恋人になれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった!?)』1巻より
- 『わたしが恋人になれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった!?)』6巻より
みかみ氏:
原作6巻の表紙は、遥奈の後ろにれな子が立っているんですが……そのれな子の表情が、ラノベの表紙ではありえない表情をしているんですよね。
──あれも、マンガ的な表情ですよね。
みかみ氏:
主人公なのにね!
ああいう遊びは、どんどん入れていきたいなと思っています。
それこそ、キャラクターデザインに関しても、わたしのほうでキャラ表を作ったうえで竹嶋えく先生にお送りさせてもらい、ほぼ全員一発OKでした。「さすが竹嶋さん!」と思いましたね。
K原氏:
1巻を刊行する前に3人で会う機会があったんですけど……竹嶋さんがいままで出されていた同人誌を全部持っていったんです。ただ、同時にみかみさんのカバンからも竹嶋さんの同人誌が全部出てきて(笑)。相談したわけじゃないのに!
みかみ氏:
わたしが「実は持ってきたんですよ……」と超どや顔で出したら、K原さんもカバンから「僕も……」と取り出してきて。竹嶋先生は「そんなことある!?」と爆笑してました(笑)。
K原氏:
そこで、僕とみかみさんの「心から、竹嶋先生に描いてほしいんです!」という思いが伝わったのかもしれません。



